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第二章①

 九月二十三日、早朝。

 ピンクの髪の色。

 破裂する魔女。

 伊予宇和島の神尾ミリカは、王都ファーファルタウの手前にある、広大な砂漠を渡るためのワゴンに乗るため、シティ・リンクという旅行会社の港町支社に入った。しかし受付の女性によれば、今日のワゴンは予約で一杯らしい。明日も一杯らしい。

 ミリカは何かを破裂させたい気分になったが、ピンクの髪を煌めかせて魔法を編むことはせずに、旅行会社を後にした。ミリカは入り口に立てかけていた箒を手にし、港町を砂漠の方に向かって歩いた。

 途中の屋台でホットドッグを買って空腹を満たし珈琲を飲んだ。旅の最初は慣れない文化の食事にミリカは拒絶反応を起こしていたけれど、今ではそんなことはすっかりなくなった。シルクロードを歩き、ヨーロッパ・ユニオンの様々な都で寝泊まりした経験はミリカの胃袋を強くしてくれた。ホットドッグと珈琲は最高の朝食だ。

 ミリカは箒をクルクルと回しながら砂漠の方に向かう。

 景色は徐々に変わってくる。

 遠くに砂の山が見え、建物の数も少なくなってくる。ミリカは幼少期の出来事を思い出す。愛しい彼女と鳥取砂丘を走った思い出。

 彼女のことを思い出すと、自然と顔が綻ぶミリカだった。

 視界にワゴンの群が映り込む。シティ・リンクの看板が立てられ、色とりどりのワゴンが整列していた。ミリカは様々な楽器を背負った音楽隊一行がワゴンに乗り込む乗車場の横を通過して、砂漠の向こう側に連れて行ってくれるという、ハンモック業を営む魔女たちが住まう、巨大なテント群の方に向かった。テントが張られているのはすでに砂漠、というべき場所だった。町に追いやられるような具合にテントの群があった。

 テント群の中心には鉄骨で組み上がった三十メートルくらいの背の高い監視塔があり、上では双眼鏡を首にかけた少女が居眠りをしていた。

 ミリカは居眠り中の彼女を一瞥、監視塔の隣に位置する、天辺に虹色の旗が舞う、巨大なテントの中に入った。

 入り口の看板を読めば、このテントの名前は、サン・ガラン。サン・ガランと読めたけれど、その意味はよく分からない。

「お邪魔しまーす」

 テントの中は涼しく、部屋というものがないせいだろう、とても広く感じた。開放的だった。天井は傘の骨組みのような構造になっていて外から見るよりも天井は高い位置にあるように感じた。その骨組みには電源が通っていて等間隔で丸い電球が光っている。

 テントの円周上に箪笥、机、ベッド、箒、綺麗に畳まれたハンモックが置かれている。床には絨毯が敷かれている。限りなく西洋的でない、真言の曼荼羅を思わせる模様だった。

 その曼荼羅の絨毯の上に、裸足の魔女たちが座っている。ざっと数えて二十四人。皆、同じドレスを纏っていた。胸元には蝶の羽根の形をした大きなリボン。フリルの多い、薄手のスカート。ピンク、オレンジ、黄色、水色などと、色だけがそれぞれ違っていた。

 彼女たちは音を立てず首だけを動かし、テントの中に入ったミリカに視線を集める。

 ミリカは少し、戦闘的な気分になった。

 こっちを見るな。

 エネルギアの乏しい、髪の色の悪い魔女どもめ。

「ブーツを脱いで、お上がりなさい」

 透き通る声が響いた。魔女たちの中心にいる水色のドレスを纏った魔女だ。

 ミリカはブーツを脱いで、膨らんだ風呂敷と箒を置き、絨毯を踏んだ。ミリカは魔女たちにゆっくりと近づく。

 魔女たちはミリカから視線を離さない。魔女たちは皆、ぺたっと絨毯の上に座っているから必然的に上目でミリカを見ている。ミリカは複数のカラスに威嚇されているような気分だった。

 大きな声を出したい気分になる。

「あのっ!」ミリカは魔女たちの前で立ち止まり、高い位置から口を開いた。「私を王都まで連れてって下さい!」

「ごめんなさいね、」水色のドレスを纏った魔女は扇で自分を仰ぎ、髪を揺らしながら静かに言った。「今日は飛べないわ、風が強いの、いつもの風よりずっと強い、だから飛べないの、あなたも魔女なら分かると思うけど」

「全然風なんて吹いてない、」ミリカは首を竦めて言う。「私が見た砂漠は静かなものだったわ」

「蜃気楼って、知ってるかしら?」

「ええ、砂漠が見せる幻でしょう?」

「砂漠は本当の姿を見せないの、全て幻だわ、これは大事な真実よ、砂漠は本当の姿を見せない」

「へぇ、信じられない」ミリカは首を横に振る。

「信じられない、と言うのなら、一度飛んでみれば、そうすれば分かるわ、嵐が吹いていない、というのなら、魔女のあなたは王都まで飛んでいけるはずでしょう?」

「荷物があるから、運んで欲しいのよ」

「大きな荷物ね、中には何が?」

「色々よ、色々」

「とにかく、飛べないわ、私たちは今日、絶対に飛ばないわ、王都に行くならワゴンに乗って頂戴」

「さっき断られたばかりなの、予約で一杯って」

「そう、残念ね」

 ミリカは金貨の入った麻袋を魔女たちの前に投げる。「これだけ払うわ」

「いいえ、飛びません、」魔女たちは金貨に何の反応を見せなかった。それが凄く、ミリカには不気味に思えた。「命が大事、私は、私の魔女たちを危険にさらすことは出来ないわ、お金よりも、時間よりも、若さよりも大事なものよ、命って」

 ミリカは金貨を回収してから、盛大に舌打ちしてテントを出た。

「ああ、もぉ!」

 ミリカは魔女が幻だと言った静かな砂漠に向かって、何かが破裂したみたいに叫んだ。「私は王都に行かなくちゃいけないのにぃ!」

 何かって、多分、愛とか、そういうピンク色の気持ち。

 ピンク色の気持ちは破裂してもまた新しく膨らんで、ミリカを焦らせる。

 ミリカは明日までに王都に行かなくてはいけなかった。

 絶対に。

 行かなくちゃいけない。

 明日は特別なんだもん。

 急がなきゃ。

 明日を過ぎてしまったら、意味がないんだ。

 ミリカは砂漠を睨み腰を手を当てて考える。

 何か、方法があるはずだ。

 砂漠の向こう側、王都に行ける方法があるはずだ。

 考えろ。

 片方の頬を膨らまし考えて。

 口の中の空気を抜いて。

 そしてミリカはサン・ガランのテントの横の監視塔をよじ登った。

 高いところから見渡せば、何か見つかるかもしれないと思ったのだ。

 監視塔の上の少女は眠り込んだままだった。監視塔からは砂漠が一望できる。この世の果てのように砂漠が広がっている。砂嵐はこの高さからでも確認できない。砂漠の向こう側も見えない。王都の背の高い建造物が見えない、ということが、すなわち砂漠の幻を証明している、ということだろうか。

 ミリカは膝を折ってしゃがみ、監視塔の上で眠っている少女の頬を抓った。「ねぇ、起きてっ」

「ぬおおおぉ、」変な呻き声を上げて少女は目を覚ました。「はっ、ここは?」

「ねぇ、お願いがあるんだけど」ミリカは頬を抓ったまま言う。

「痛い、離せ、なんだ、お前!」

 監視塔の少女が叫ぶからミリカは手の平で口を塞いで金貨を見せた。彼女は頭の回転が早かった。すぐに監視塔の魔女は静かになって、テントの方を窺った。誰にも見られていないことを確かめるとミリカがスマイルをしているだけで、小声で聞いてきた。

「何? 私は何をすれば?」

 少女は、まだ十一歳くらいだろうか、幼い顔立ちをしていた。ミリカも小さい生き物だけど、ミリカよりもずっと小さい生き物だった。動く小さな少女はコレクションしたくなるほど可愛いらしかった。

 しかし少女の目付きは反抗的だった。ミリカに反抗的、という感じではなくて、自分の今の境遇に満足していない、という風な感じの反抗的な目付きだった。ブルーの瞳は自分の居場所はこんなところじゃないって訴えている。こういう少女は信用出来る。複雑じゃないからだ。

「あなたの知っていることを教えてほしいんだぁ」

 ミリカはニッコリと笑顔を作って言った。

「黙秘権は?」黙秘権という言葉は少女の口から飛び出すには、生意気だとミリカは思う。

「そんなものがあると思う?」ミリカは笑顔を消して言う。「私は破裂する魔女よ、埃で自慢のピンクの髪は汚れてしまっているけれど、煌めいたら凄いんだから、凄く、破裂しちゃうんだぞぉ」

「横暴だ」少女は口を尖らせて言った。

「名前は? 私はミリカ、神尾ミリカ」

「セレナ」

「とっても素敵な名前ね、」ミリカは思ってもないことを口にする。「セレナは魔女? それとも普通の人間?」

「一応、魔女だよ、」セレナは自分のアッシュブラウンの髪を触る。「風の魔女」

「隣のテントの、サン・ガランの魔女かしら?」

「違う、どこにも所属してない、まだ魔女に開花したばっかりだし、連盟付けでずっと監視番」

「連盟って?」

「ガランの連盟ことだよ、ガランのいろんなことは連盟で話し合って決めてるんだ、ワゴンに対抗するにはどうすべきかとか、料金設定のこととか」

「ガラン、というのは、ハンモック業を営む魔女のグループのことを指す言葉ね?」

「うん」セレナは頷く。

「今日の砂嵐の具合は?」

「最低最悪だよ」

「その中を飛んだらどうなると思う?」

「死んじゃうと思う」

「どうしてセレナは砂嵐の具合が分かるの?」

「教えて欲しい?」セレナは子供らしくない悪い目をする。

「ええ」

「金貨、」セレナは手の平をこちらに向けて広げる。「一枚」

「調子に乗るなよ、小娘、」ミリカはセレナの頬を抓りながら金貨を握らせた。「調子に乗るなら爪を立てて可愛い顔に傷を付けてやる」

「離してよ、ちゃんと教えて上げるからさ、」セレナはミリカの手を払う。「このサングラスを掛ければ真実が見える」

「魔具?」

「うん、サン・ガランのジュリエッタが作った砂漠の真実を見る魔具」

 セレナはサングラスを掛けた。サングラスの黒いレンズは巨大で、セレナの顔半分はレンズで隠れてしまった。セレナにはとてもじゃないが、似合わない。ミリカは笑ってしまった。サイズも合っていないようでズリ落ちないようにセレナは手で押さえていた。

「なぁに、笑ってんの?」

「別に、」ミリカは笑わないようにセレナから顔を背けた。見ていたら笑いが止まらない。「そんなことより、本当にそのサングラスで見えるの?」

「うん、よく見えるよ、」セレナは柵から身を乗り出すようにして、砂漠の方を見て言った。「砂嵐はさらに激しさを増しているね」

「貸して」ミリカは金貨を差し出して言う。

「どうぞ」セレナは金貨を受け取ってから、サングラスをミリカに渡した。

 ミリカは目が悪い。眼鏡がなかったら、全てがボヤケて見えてしまう。だからミリカは眼鏡をしてサングラスを掛けることになった。セレナは小さく笑った。ミリカは気にしないで砂漠を見た。

 息を呑む。

 凄い嵐。

 地上から雲がある高さまで伸びる砂の渦巻きが何本もその形を見せている。

 これが砂漠の真実か。

 王都の手前で。

 この旅の中で最高に苛烈な現実を突きつけられたな、とミリカは思う。

 でも別に。

 絶望的な気分になったわけじゃない。

 敵は自然であり、魔女ではない。

「どう?」セレナが聞く。「凄い砂嵐でしょ?」

「うん、ちょっとこの中を飛ぶのは難しいかもしれないわね」

「え、飛ぶって、冗談でしょ?」

「でもいけないことはないと思うわ、渦の隙間を抜って飛べば、いけないことはないと思う、いいえ、これくらいの真実は想定内だった言うべき、セレナ、私このサングラス、とっても欲しいんだけど」

 ミリカはサングラスをはずして言って、金貨の入った麻袋をセレナに突きつける。ミリカが持っている全ての金貨が入っている。金貨は様々な夢を叶えてくれるものだけれど、ミリカが抱く夢は叶えてくれない。だからミリカには必要のないものだ。

「莫迦げてるわ!」セレナは両腕を広げてミリカに向かって叫んだ。「この砂漠を飛ぼうだなんて、正気だとは思えない、狂ってるんじゃないの、死んじゃうわよ!」

「死なないわよ、私は死なない」

「そうやって飛んで行って、骨になって見つかった魔女を私は何人も見てきた、あんたも骨になりたいの、死にたいの!?」

「セレナ、」ミリカはセレナの頭を撫でる。「あなたって、とっても優しい魔女ね、あなたと出会えたことは、あなたの優しさを感じられたことは、私にとって、とっても幸福なことだったと思うわ、でも、あなたが強い魔女になるためには、その優しさは間違いなく、枷となる、急がなくていいけれど、あなたはいつかその優しさを殺さなければならないわ、強い魔女になるためには、セレナは強い魔女になりたいのでしょう?」

「・・・・・・何よ、」セレナは瞳は微動していた。「何よ、私の全てを知っているみたいに、なんだか、訳の分からないことを言って、私をペテンにかけようとしているのね?」

「いいえ、あなたは分かっているはずよ、」ミリカはセレナの右手に金貨の入った麻袋を掴ませる。「分かっているはずだわ、分かっていてあなたは自分の真実から目を背けている、自分がここから脱出したいって心を見ていない、だから、見なさい、そして脱出しなさい、この金貨があなたの手がかりになりますように、私は祈ってる」

 セレナはまっすぐに、ミリカの方を見ている。

 見つめていた。

「そうよ、」不機嫌そうに、セレナは口を開く。「私はずっとこんなところにいたくない、ここで生涯が終わるなんて嫌、私は王都で暮らしたい、宮殿の魔女になって優雅に暮らしたい、ずっとここで砂漠を眺めているだけなんて、耐えられない、ねぇ、ミリカちゃん、」セレナはミリカの名前を呼んだ。「私、どうすればいいのかなぁ」

「それくらいは自分で考えなさいな」

「凄く優しそうな顔してさ、優しくないんだ」

「優しくして欲しいの?」ミリカは小さく笑う。

「別にいい、」セレナは首を横に振って笑う。「この金貨で私、素敵なドレスを買って、ワゴンに乗って王都に行く」

「あなたは自由よ、だから自由だわ」

「はあ?」セレナは首を捻る。

「深いでしょ?」

「意味分かんない」

「じゃあ、行くね」ミリカはサングラスを掛ける。

 そしてミリカは箒に跨り、監視塔の柵の上に立った。

 大きな風呂敷を背負っているので、どうしたって揺らめいてしまう。

 揺らめきながら。

 ミリカは集中力を高めた。

「セレナのおかげよ、ありがとう!」

 破裂する声を出して。

 ミリカは監視塔の柵を蹴り。

 ぴょんと空中に躍り出て。

 飛ぶ。

「絶対に死なないでよ、ミリカちゃん!」

 セレナが後ろで叫んでいる。「私、ミリカちゃんに会いに行くからね!」

 ミリカは砂漠の上で、振り返らずにセレナに手を振った。


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