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イエロー・ベル・キャブズの厳戒態勢(High A)  作者: 枕木悠
第一章 ファーファルタウは夜の七時
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第一章⑦

 ファーファルタウは、夜の六時。

 国会議事堂に隣接する時計塔、ファーファルタウのランドマーク、金色の鐘を持ったビック・ベルという巨大な建造物は、六時になった瞬間に鐘の音を六つ響かせ、王都の人間に夜の六時を知らせた。

 宮殿に住まう魔女たちの夕食の時間だ。食堂は腹ペコの魔女たちで騒がしくなる。

 ピチカートとシャーロットはその時間、魔女の塔の七階にある狭い会同室、その円卓でディスカッションをしていた。二人だけじゃなくて、他の魔女たちも集合していた。シャーロット曰く、信頼出来る魔女たちだ。

 議題はもちろん、アメリアがどうすれば空を飛べるようになるか、についてだった。

 会同に集められたのは、ピチカートとシャーロットの他に鋼の魔女のエヴァ・シエンタ、緑の魔女のファアファ、氷の魔女のピックキャット、光の魔女のゼプテンバ。皆、世代的にはピチカートとシャーロットと一緒くらいで、気心の知れた、確かに信頼出来る魔女たちだった。それに四人とも、純粋で綺麗な髪の色の持ち主だった。心が純粋で綺麗、ということまでは分からないけれど、彼女たち魔女として優秀であることは髪の毛の色を見れば分かる。

 会同にあたり、アメリアが空を飛べないという事実を伝えると、四人はそれぞれ反応の度合いは違えど、驚いていた。驚いて当然だ。ピチカートだって、凄く驚いたんだから。

 ピチカートは終始黙り込んでいた。ディスカッションは白熱している。様々な色による、様々な角度からの意見が飛び交っていた。そこから何か得られるかもしれないと期待しながら、ピチカートは耳を澄ませていた。

 アメリアに関する情報はディスカッションの前に資料を作成して皆に配っていた。アメリアの身長、体重から、これまでにアメリアの頬を赤くさせてまで聞き出した様々な情報が資料には詰まっていた。本当は秘密にしたかった大事な情報もある。完璧な資料だ。

 この資料のおかげで会同は速やかに進んだ。ピチカートが思いも寄らなかった意見たちに遭遇出来ている。一蹴すべきものもあるが、ヒントになるものもいくらかあった。この会同はほとんどの会同が無駄であるのに珍しく無駄ではない、と思えるものだった。

「一度崖から突き落としてみればいい」ゼプテンバが生意気そうな眼をして言って、シガレロの煙を吐いたタイミングだった。

 会同室の扉が開き、魔女ではない人物の顔が見えた。男だった。「シャーロット、お待たせ」

「遅い、」シャーロットは彼を睨み付けて言う。「約束の時間を三十分もオーバしているわ」

 会同室は一瞬しんと静まり返った。

 魔女の塔に男がいる、というのは中々あり得ないことだからだ。よく平気な顔をしていられると思った。魔女の塔にいて、平常心でいられる男は稀だ。ほとんどの男が魔女に対する恐怖で顔が勝手に歪んでしまうというのに、彼は曇りの一切ない笑顔だった。

「誰?」ピチカートは聞く。 

「ドラゴン隊のケイジよ、」シャーロットが紹介する。「四番隊の副長だっけ?」

「いや、この九月で昇格して、組長になった」

「へぇ、」シャーロットは感心なさそうに頷いた。「ああ、ケイジに来てもらったのはね、ドラゴンに関する話を聞ければ、と思ってね」

「え?」

「アメリア、ドラゴン使いだって言っていたでしょ? だからもしかしたら、アメリアが飛べない理由にドラゴンが関わっているんじゃないかって思ってね」

「ああ、そっか、そうね、」ピチカートは小さく頷く。「確かに、ドラゴンが何か関係あるかもしれないわね」

「どうぞ、よろしく、」ケイジはジェントルに言って、ピチカートに向かって右手を差し出した。「僕に協力出来ることがあれば、何でもいたします」

「……心強いわ、」ピチカートはじっと二秒間、彼の無骨な手を眺めてから、仕方なく握手を交わした。男には出来れば触りたくない、というのが本音だが、協力してもらうのだから、握手くらいはしなくてはいけないだろう。「ええ、よろしくね」

 それにしてもシャーロットがドラゴン隊の騎士とまで交流があったことは驚いた。ケイジはピチカートよりも五つ年上の二十一歳。硬そうで、量の多い髪はうねっている。前髪を上げていて、額が露出している。額にはドラゴンの爪によるものと思われる大きな傷があった。眉は太く、目と鼻と口と耳、顔のパーツがそれぞれ大きい。体も大きい。今はシャツに、シルエットの細めのスラックスといういでたちだが、ドラゴン隊の鎧を纏ったらさらに大きくなるだろう。生理的に無理、とピチカートは思った。

 ケイジが円卓に付くと、エヴァ・シエンタが彼に言った。「ドラゴンとの接触経験がアメリアに影響を与えているとするとどんなことが考えられる?」

「そうだね、」ケイジは顎をさすりながら言う。「そもそもドラゴンは君たち魔女みたいに、浮かんで飛ぶ、という感じじゃない、羽ばたいて飛ぶ、だからアメリアがドラゴン使いとして長いことドラゴンの背中に乗って飛んでいたのなら、もしかしたらその感覚が、箒に乗って飛ぶことに、何かしらの影響を与えているかもしれない、と考えることは出来る」

「なるほど、」エヴァ・シエンタは頷く。「一理あるかも」

「でも僕の個人的な感想として、一度シャーロットの後ろに乗ったことがあるんだけど、一緒だったよ、空を飛ぶということは一緒だった、曖昧で悪いけど、一緒だったんだ、上手く説明出来ないけどね、感覚が狂ってしまうほどの違いというものはないと思うんだ、ドラゴンに乗っていたことがアメリアに影響を与えているとして、そこにはどんな理屈が働いているのか、僕は説明出来ない」

「うーん、そうだね、」エヴァ・シエンタは両手でカップを持ち上げて珈琲を口にする。「ケイジ、ドラゴンに乗るってどんな感じなの? 難しいっていうけどさ、具体的にどう難しいわけ?」

「ああ、難しいよ、とても難しい、具体的に説明してくれ、って言われると困るけど、まず、ドラゴンに乗るためには、ドラゴンと意思を通わせなきゃいけない、ユニコーンもグリフォンもこの点は一緒だと思う、その手続きを踏んでやっと、自転車やバイク、ワゴンのように簡単にコントロール出来るようになる、思い通りになる、それでも彼らの機嫌は常に伺って置かなくちゃいけないし、もし気に入らないことになったら、ドラゴンはすぐに反抗的になるからね、それを考えたらアメリアは君たちよりもよっぽど空を飛べることに長けていると思うんだけどね、魔女は箒に跨ったら勝手に、その、浮かぶんだろう?」

「感覚がおかしくなっているというわけではないのならやっぱり、」緑の魔女のファアファが手を挙げて発言する。「何か余計なことをしているのかもしれない」

「何か余計なことって、」シャーロットが言う。「例えば?」

「風を無意識のうちに編んでしまって、浮かんだ瞬間に自分で編んだ風に吹き飛ばされているとか」

「何それ、大変」氷の魔女のピックキャットが朗らかな表情で言う。

「それはないわ、」ピチカートが発言する。「アメリアは風なんて編んでない、断言できる」

「原因はやっぱりドラゴンにあると思うんだけどな、」エヴァ・シエンタがシガレロを口にして言う。「誰か、ドラゴンに乗って確かめてみようよ、何か掴めるかも」

「いや、」ケイジが発言する。「ドラゴンはきっと関係ない」

「どうして断言できるの? 分からないでしょ、あんたは魔女じゃないし、信用は出来ないよ」エヴァ・シエンタはケイジを軽く睨み煙を吐いた。

「なんでそんなにドラゴンのせいにしたい?」ケイジは笑っていたけれど声は大きくなっていた。「ドラゴンにトラウマでもあるのか?」

「あ、そうだよ、トラウマとか、アメリアにはそういうものはないの?」ファアファが手の平を合わせてピチカートに質問する。

「トラウマねぇ、」ピチカートは首を横に振った。「聞いたことないわ」

「ドラゴンの背から振り落とされたことがあって、」ピックキャットが手の平に氷を作りながら言う。「高いところが駄目とか?」

「そういうトラウマがあるのなら、まず箒に跨れないでしょ、」シャーロットが言う。「飛ぼうとは思わないでしょ、少なくともアメリアは飛びたがっているし」

「だから、ドラゴンだって、試してみようよ、なんなら私が乗ってみようか?」シエンタが言う。

「いいや、ドラゴンが原因の可能性は低いだろう、」ケイジが大きい手を振って否定する。「君の推測は間違っていると思うが」

「いいや、間違っていないと思うね」シエンタはケイジを睨む。

「さっきから、何なんだ、ドラゴンに何か恨みでもあるの、君?」

 ケイジは挑発的に言った。

 その瞬間。

 会同室は銀色の光に包まれた。

 エヴァ・シエンタは跳躍。

 円卓の上に飛び乗った。

 彼女はシルバに輝くブレイドをケイジの喉元に突き付けている。

 エヴァ・シエンタが魔法で編んだ自慢のブレイド。そのブレイドは空間も切り裂く。そのブレイドで刺されれば出血過多で死んでしまうだろう。

 ケイジは歪んだ表情で両手をゆっくりと持ち上げた。「ごめんなさい、許して、その、すいません」

 エヴァ・シエンタはブレイドをゆっくりと消す。

 そしてほっと息を漏らしたケイジの顔面をブーツの底で蹴る。

 ケイジは椅子ごと後ろに倒れた。

 ガタンと倒れた時、光の魔女のゼプテンバがくくっと笑って言った。「明日は皆でピクニックに行こうぜ、ドラゴンの背に乗ってさ、きっと楽しいぜ、くくくっ」

 正直議論は行き詰っている。

 ファーファルタウは夜の七時。

 それを知らせる鐘が響いている。

 四つの塔の鐘と、それからビック・ベルが王都に夜の七時を響かせる。

ベルの音は体の底を叩く、重低音。

 心を包み込むサラウンド。

 思わず笑いが込み上げて来るほどの、それはそれは、摩訶不思議な響きだ。

 ピチカートはシガレロに火を点けて、煙を吐いた。

 シガレロを吸わないのはファアファ一人だけ。狭い会同室は霧の中みたいに煙たかった。窓に近い場所に座っていたピチカートは窓を開けて風を編んで換気をした。

 ファーファルタウの夜の七時の景色を見る。

 王都は夜でも明るい。月がなくとも、街の輪郭は確認出来る。ピチカートは街に向かって煙を吐く。視界は一瞬白く煙る。

 これから新しいアイデアが浮かんでくることはなさそうだ。

 現時点ではドラゴンの背に乗って可能性を探るのが、一番正解に辿りつく道筋として正しいだろう、とピチカートは思った。

 でも、ドラゴンが全く関係なかった場合。

 それを思うと絶望的な気分になった。

 アメリアが解雇された時のことを少しだけ考えてしまった。

 ピチカートは首を横に振ってその考えを振り払う。

 とにかく、全てはドラゴンに乗ってからだ。ピチカートは息を吐きながら言った。「ケイジ、私にドラゴンの乗り方を教えてくれるかしら?」

 その時だ。

 部屋の扉が外側に開いた。

「ピチカート、いる?」

 扉を開けたのは風の魔女のケイティだった。背は小さく、顔立ちも幼いが歳はピチカートたちよりもずっと上。宮殿に仕えて十年目、と以前自分で言って、自分で言ったくせに「誰が、おばさんだ、こらぁ」ってピチカートはなぜか怒られた。

 そんなケイティは容姿に似合わず、王都守護職という、役職に就いていた。宮殿に仕える魔女は王都の治安維持のために働かなければいけない義務があるが、それらの治安維持活動を統括する最高責任者が、小さい彼女だった。

 ケイティは少し慌てている様子だった。ケイティは円卓に座る魔女を順に見回して、ピチカートと目を合わせた。

「なんでしょう?」

 ピチカートは壁に立てかけていた箒を手に取って立ち上がった。こんな風にケイティが少し慌てて扉を開ける場合、何か王都によからぬトラブルがあったに決まっているからだ。ピチカートは円卓を迂回しケイティに近づく。

「悪いことがあったの、飛んで頂戴」

「ええ、それで何が?」

「そうそうたるメンバね、一体何をしていたの、ドラゴン隊のケイジ君もいるじゃない、鼻血出して、どうしたの?」

「いや、別に」ケイジはケイティに向けて力なく手を振った。

 ケイティはピチカートを見つけて少し余裕が出来たらしい。どうやらそれほど緊急事態ではないみたい。

「ディスカッションを、少し、ちょっと色々ありまして」

「へぇ、まぁ、皆までは聞かないけれど、」ケイティは一瞬微笑んで、表情を真剣に戻した。「ああ、シャーロット、ついでにあなたも来なさい」

「え? 私も、ですか?」シャーロットは自分を指差しながら箒を手に取った。「ピチカートだけでは難しいことなのですか?」

「魔女が検問を破って王都に侵入したの、すぐに飛んで行って捕まえて頂戴、二人の方が確実でしょ?」ケイティは早口で言った。「シックス・タワー・ブリッジの検問よ、今はセンジュとユウキが追跡しているわ」

「それで検問を破ったっていう魔女の特徴は?」シャーロットが群青色のおさげを触りながら聞く。

「東洋の魔女」


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