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神様がみた青春

作者: がるしあ


 新学期。


峰島みねしま あおいは高校二年生になった。

同じ通学路なのにいつもと違うように感じる。

桜散る中歩くこの感じも、去年とは違うものだった。

葵はこの時をずっと待ち望んでいた。

今朝はつい浮き足立って、部屋の掃除、朝食の準備、愛犬の世話、全部一人でやったほどだ。


挙句の果てには母親に「これからは毎日僕が朝食の準備するから、母さんは目覚ましを後1時間遅らせていいよ!」なんて言ってしまっている。


それくらい、嬉しかった。


二年というのは特別だと葵は考える。


何故なら、二年というのは初めて後輩が出来る学年だからだ。

中学三年間を振り返ってもそうだ。

一年で先輩と新生活にビビり、ニ年で後輩が出来たことに喜び、三年までくると新鮮味が薄れていた。


三年間の学生生活では二年生というのが一番幸せだと思う。

受験、就職は後回し。慣れてきた学生生活を満喫するチャンス。


人生においての青春は、高校二年なのだ。


葵はイヤホンから流れるロックに集中する。

レッドツェッペリン。葵が一番好きなバンドだ。


このバンドが好きになったきっかけは3年前に交通事故でこの世を去った姉の影響だった。姉はいつも部屋で音楽を流していて、弟の葵によく聴かせていた。


お陰で葵は本の虫からロック好きへと転職したのだ。

今背負っている相棒も、3年前に姉から譲り受けたものだ。


相棒の名はテレキャスター。

レアなヴィンテージもので姉も元々は叔父から譲ってもらったらしい。

ピックアップは姉の自作で、クリーントーンが抜群に良い。

昨夜は、時間たっぷりかけてメンテをした。

心も相棒も心機一転、今日から始まる新生活に心が躍ってしまう。


ブラック・ドッグが終盤に差し掛かると、我が校が見えた。

市立阿和凪高等学校。

良くも悪しくも平均といったところで、学業も部活動も歴史に名を残すほどの成功をおさめていない、一般的な高校だ。


ただ一つ、この学校には伝説があった。


葵がこの学校を志望した理由。


それは・・・


「おい、峰島。急がんと新学期早々遅刻するぞ!」


 葵を呼ぶのは、次々と舞う桜を竹箒ではき散らかす体育の城田。

文字通り散らかしていて、桜の山などどこにも見当たらない。

散らかすのは頭だけにしとけっての。

今日もムキムキ。体育教師の鑑みたいなやつだ。彼が持つと竹箒がただの木の枝に見えてしまう。


イヤホンから流れるロバートの声を退けて突き刺さる低音ボイスは朝に聞くには少し堪える。


しかし、いつも通り家を出たハズだ。歩くペースもいつもと同じ。不思議に感じて、葵は去年父親から貰った安物の腕時計に視線を落とす。


「・・・あれ、先生。まだ30分も余裕あるじゃないですか。新学期だからって変な冗談で

脅かすのやめてくださいよ」


普段冗談なんて言わないくせに。


しかしまあ、脳みそまで筋肉でできていなくて良かったと葵は思う。


冗談が言えるほど柔軟な脳みそ持っているなら結構なことだ。


「何言ってんだ! 新学期の初日は登校時間が30分早くなるって春休み前に説明しただ

ろう!」


・・・あ。


背中にぶわっと汗が吹き出る。




やってしまった。



学生生活でやってはいけないことベスト10に入ることをやってしまった。

新クラスで遅刻はやばい。マジで。


「ほら! あと一分きったぞ! 急げ!」


城田の怒号がスタートの合図となった。

葵は背中の相棒を背負いなおし、地面を蹴り、両手を交互に振りぬき、全力で校舎へと向かう。


「まずいまずいまずいまずい」


何だってこんな重要なことを忘れていたんだ。

とにかく急がなければ・・・!

曲が変わり、天国への階段が流れる。

何も階段上ってるときに流れなくても。

普段なら昼食時の小咄に出来るなと笑っているが、今はそれどころじゃない。

二段飛ばしで駆け上がり、目的の教室を見つける。

間に合った! 針はまだ真上を向いていない!





―――ガラガラ




「・・・・・・」


葵が勢いよく教室のドアを開けると、クラスメイトが一斉に視線を集めた。

丁度黒板に名前を書こうとしていた先生もその手を止めてこちらを見ている。

間に合ってはいる。


しかし、違和感。


違和感の正体はすぐに分かった。

ただ、思考が完全にストップしていて、思わずその場で固まってしまう。

眼球の動きだけで教室を見渡す。

綺麗に整頓された机、光沢がまぶしいガラス窓。

行儀よく座る生徒達。


・・・・・・。


知った顔が見当たらない。

こんな連中、見たことがない。

それに制服の胸についてるソレ。


それって新入生の―――。


「あの・・・あなたは確かA組だった子よね? 二年は上の階よ。ここは一年A組。間違え

ちゃったかな?」


・・・先生は見覚えがあった。確か去年葵たちが入学したときに一緒に入った新任教師だ。他の組の副担任をやっていたからあまり話したことはないが、同じ学年にいる以上、面識はあった。


真面目で綺麗だと生徒からも職員からも評判の女教師だ。黒板に途中まで書かれた名前の隣に"担任"と大きくあるのを見ると、今年から一年の担任を受けもつらしい。


頑張って欲しいと葵は思う。

それより今頑張るべきは葵の方だ。とにかく何か言い訳を考えなければ。


「いや、えと、間違えたとかじゃ、なくて。あ! 本を取りに来たんです! 持って変えるの忘れちゃって」


我ながら見苦しい言い訳だ。

しかし葵は構わず、そそくさと新入生の間を縫うようにして教室の後ろにあるロッカーの上に立てかけられた本を適当に一冊抜く。


"我輩はエゴである"


某有名作家の作品だった。

葵は元々読書が好きと言ったが、読むのは大抵SFとか非日常ものが多く、こういう文学には手を出したことがなかった。


HR直前の新入生の教室に忘れた本をわざわざ取りにくるだろうか。そんなようなことを新入生たちがぽそぽそとつぶやき始めた。

しかし葵のなんともパッとしない見た目のお陰で、有り得なくもないだろうという声が上がるのを聞いて、葵は胸を撫で下ろした。


「あ、じゃあ僕戻りますんで。先生、担任頑張って下さい」


「はあ。どうもありがとう」


少し苦しかったが、何とか"一度自分の教室に入っているが、大事な本を新入生に持っていかれたくないので急いで取りにやってきた読書家な先輩"を演出できただろう。


何て思っていたが、背中の相棒と学校指定のショルダーバッグが真実を物語っていた。

そのミスに気付いたのは、新しい教室に入って新担任に遅刻を咎められ、昨年同様一緒のクラスになった友人にさんざん馬鹿にされた後のことだった。







新学期初日ということで今日は授業が一切無かった。


代わりに何をしたかというと、二学年の授業科目とカリキュラムの説明、新クラスメイト同士の自己紹介、そして最後は新担任の身の上話。


欠伸が出るほど退屈だった。


葵は新しい席が窓際の一番後ろなのをいいことに、頬杖をつき一年の頃とは違う高さから見える校庭に視線を落としていた。


そろそろチャイムが鳴る頃だ。


今日は午前のみ。そこからは帰宅するか部活に行くかに別れる。

 我が校は部活動に力を入れているのでその比率は三・七といったところだ。

もちろん葵は後者で、軽音部に所属している。


我が校の軽音部は人気が高く、部員も多い。去年での総部員数は三十人超で、視聴覚室をローテーションで使っていた。


ローテーションといっても、ほとんどは先輩達の独占状態。週に3回は音楽室も使えたが、やはり先輩達が優先となる。一年連中は先輩達のオーディエンスとなり、演奏を盛り上げたり、ミニアンプで細々練習したりで、結局学校帰りにスタジオに寄って練習をしている。


葵達もそうやって一年間を我慢してきた。


余談だが、軽音部は校内でももっとも部員数が安定しない部活だ。

それは何故かというと、楽器というものが若者の手に入りにくいというところにある。

現に新入部員の八割は全くの楽器未経験者なのだ。

去年、葵は軽音部に入部した同級生にこんな質問をした。


「なんで軽音部に入ろうと思ったの?」


その問いに対して八割の人間が「新歓ライブがかっこよかったから」「楽しそうだから」と答えた。


そう、みな中学には無かった新たな刺激を求めて軽音部に入部してくるのだ。

そして、親達は高校への進学祝いに、軽音部へ入部したいと言う子供達に楽器を買い与える。


しかし、憧れだけでは乗り越えられない楽器の壁に道を絶たれ、折角手に入れた楽器に埃を着せる者も多く出てきてしまう。


そのせいで、軽音部の部員は安定せず、活動場所の範囲を広げることも認められずにいる。

これは、どこの高校でも言えることなのだが、この阿和凪高校では違った。


元々ウチの軽音部はひっそりとした、学祭でしか出番の無い地味な部活動だった。

しかしあることがきっかけで、爆発的人気を誇るようになったのだ。

そのあることというのが、我が校伝説の・・・


「よう葵。今朝は散々だったな」


急に声をかけられ、葵の肩は少しだけ跳ねた。

 声の方に顔を向けると、そこには先ほど葵の今朝の失態を馬鹿にしてきた小木 宗次が仁王立ちで葵を見下していた。


いつの間にかチャイムが鳴ったらしい。一九〇センチでラグビー部のような体格をした宗次の脇から見える教室は閑散としていた。


「お前が茶々入れなかったら僕の心はここまでダメージを受けていなかったんだけどな」


「あはは・・・。悪い悪い、悪気はなかったんだがな。許してくれ」


葵が訝しげに睨んでやると、宗次はたじろいで言い訳をする。

席を立ち、宗次を正面から見据える。

一六五センチしかない葵と宗次が並ぶと、まるで親子のようだった。


「僕はあまり目立ちたくないんだよ」


荷物をまとめながらぶっきらぼうに言う。

すると宗次はぷっと吹き出して笑い始めた。


「バンドマンが目立ちたくないとか冗談言うなよっ。それじゃあ亜香音さんを超えられないぞ!」


亜香音というのは葵の姉だ。三年前に交通事故で亡くなった姉は、阿和凪高校の軽音部だった。


「うるさいな。そういう意味じゃないっての。ほら、さっさと部室行くぞ」


大口空けて笑う宗次を尻目に、葵は相棒を背負って颯爽と教室を出て行く。


後ろからデカブツが慌てて荷物をまとめてるのを見ると、葵は思わずため息をついた。

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