被害者みたいな顔で助けて欲しいと言われても私達はあなたにとって邪魔だったんでしょ
姉のフィナレナは変だ。あの人には大人しくしておくという言葉が、個人的な辞書にないらしい。いつもいつも泥だらけで男の子たちに混ざって、剣を振り回していた。
そんなことをしているから母親にいつも怒られていた。肌を傷つけるな、黒く陽で焼くなと言う親の言葉は正論だ。平民ならばともかく、姉妹は貴族として生まれたのだから。
両親が叱る内容は理不尽ではなく、基本的なことばかりだった。しかし、街に勝手に護衛もなしで行くからか、平民たちの距離が近いせいで話し方が男っぽく、変人の枠になった。
「騎士団に入りたいなぁ」
ガチャガチャと音を鳴らしてお茶を飲む姉を、冷淡な顔つきと目で見つめて無言でいた。下手にエーミルが何か言うと「貴族っぽい」と言うから何を言うのかと話す気持ちも失せた。
姉は自分たちがどうやって生きてきたのかすっかり忘れている。一人で生まれて、一人で育って生きてきたかのように。赤子の時から両親にずっと育てられ、今のようにのんびりお茶を飲める生活を与えられてきたというのに。
それなのに自ら令嬢としての市場価値を落とす真似をする身内を、私はとっくに見限っている。しかし彼女は頭だけは良く、次期当主になるための勉強はそつなくこなしていた。
バカだが勉強できるらしかった。そこで評価を上げるはずなのに、話し方と作法のせいで我が家を見る他家の視線が冷ややかだ。そんな有り様なので婚約の申し込みが来るわけもなく、縁談はゼロだ。
「当主になりたくないなぁ」
チラチラと鬱陶しい視線を送ってくる。エーミルへ当主になれと遠回しに言っているのだが、そんなことは簡単に許されない。それに、姉は知らないのだろうが、次期当主予定の姉と嫁に出されるエーミルとではかけられる予算や教育に差がある。
教育に使われるお金と時間のかけ具合が違うのに、責任の重い肩書を押しつけられるなど、嫌だ。
最初から後継として手塩にかけられたのなら、喜んで交代してもいい。次女が当主など大出世である。しかし、そうではないのだ。姉はこちらと親の期待のかけ方が違うと気付いてもいない。
それなのになぜ、重い責任を軽い待遇でやらねばならないのだ。確かに、二人は民の税金で生きている。けれど、ならばこそ。姉が自由に生きられて、こちらが想定されていない役職をやるのは可笑しい話。
たくさんお金をかけられている姉が、際限なく好きに生きれるのならば、エーミルにだってその権利が同じく発生すると、姉は考えてもない。責任を妹に押し付けようと目を光らせているが、エーミルこそが自由に生きたいと常日頃考えているのだ。
しかし、貴族として令嬢として生まれたからには、この国に貢献するのが人生。姉は一番それを骨身に叩き込まれているはずなのに、身に付いていないとはどういうことなんだろう。両親は姉の教育に失敗したことに、他ならないのでは。
と思っていたのに姉が勝手に護衛もつけずに街に行った日、お忍びで来た他国の王太子と仲良くなったせいで思わぬ運命が、こちらへ転がってきた。
王太子が姉を見染めたのだ。そして姉が当主候補なので優秀だと判断した周りも、納得して姉と他国の王太子を応援し始めたのである。
両親は姉は王太子妃など無理だと断った。当たり前である。いくら相手が王族でも令嬢を、特に次期当主予定者を勝手に他国にあげる権利はない。令嬢は親の持ち物だ。国王でも他国の人間でも姉を勝手に持っていくことはできない。そんなことをしたら罪となる。
「あなたたち夫妻は娘を冷遇していたね」
「「「は?」」」
王太子の自信のある声がこれほど虚しく響くことなんて、あるのだろうか。何を言ってるんだこいつはと、不敬なのを除き三人はフィナレナを伴った男を見つめた。
「彼女は騎士団に入りたいという気持ちを我慢して、今まで男の子たちに混ざることでしか心を解放できなかったと聞いた」
「えーっと、王太子様、このような場合、娘を止めるのは親として当たり前なので冷遇と判断されても、他家であっても親は同じように止めますが」
父が戸惑った顔で問いかけた。しかし王太子はなぜか伝わらないというより、聞く気がないみたいに首を振る。話を聞くつもりがないのか。話が前後して進まない。
姉をチラッと見ると被害者みたいに、王太子の服を指先二本で摘んでいた。姉の被害者面にこちらを嵌めようとしている気配がしてしまい、思わず口に手を当てた。
「お父様、お母様、お姉さまは私たちを悪役にして、この家から無理矢理出ようとしてるみたいです。もう止めようがないです」
唖然とした両親に姉の顔を見るように促すと、両親は目を見開き、姉の顔つきに親を罪人にしてまでこの家から離れようとしている意図を感じたらしい。
あまりにも恩知らずであり、親不孝な行動に父が怒りに顔を赤くした。そうしてスンと顔の表情が抜けた姿に、王太子とフィナレナは気圧されてヒュッと息をのんだ。
「わかった。お前の籍は抜く。好きに生きていけ」
「なっ。そこまでする必要はない。私は彼女を保護しようと」
「王太子殿下」
父が当主の威厳を持った声で止める。衣擦れの音が姉のほうから聞こえた。王太子の動きに釣られて、びくりとなったらしい。今更動揺しても後悔してもすでに父の中では、終わっていることなのだろう。
「不肖の娘ですがどうぞお連れに」
こちらはもういらないけれど。言外にエーミルの耳にはそう聞こえた。彼らにも聞こえたのだろう。虐待や冷遇していたことにして、姉のフィナレナを次期当主として正式に世間的に周りを納得させるために仕組まれたシナリオを、こちらは真っ二つにへし折った。
王太子としてはこちらの後ろ盾を保ったまま、貴族令嬢として貰い受ける予定だったのだろう。でないと、今みたいに慌てないはず。もう長女を好きにしろと言わんばかりに、父はソファに背を預けた。
「お父様?」
「まだなにか」
他人行儀な問いかけに姉は目を丸くして、何が起こっているのか理解していない顔をした。父や母を娘を蔑む酷い人間にしておいて。お父様と呼べる図太さに内心で冷笑していた。縁を切ると言われるに決まっているではないか。
「どうしました?お帰りを」
「ご当主、まだ話は」
「私たちは終わりました。その娘は当家の令嬢ではなくなります。除籍させるのでお好きになさってください」
父と母は立ち上がり、エーミルに声をかけてから客が帰ると執事らに告げた。
「候!まだ話は!娘のことなのだぞ!?」
「お父様お母様、待って!」
今になって焦るなんて。脅したら籍を残したまま差し出すと思っていたのだろう。鼻で笑いたくなる。父も母もフィナレナの性格を理解している。やりたいことがあれば、人の理解など求めない自己中な面を。
やめろと言っているのに、やめることはない勝手さを。王太子も始めに対応していた丁寧さをかなぐり捨てて、今は焦りに口調が乱れている。
無理矢理帰らせると当家は姉と王太子たち、他国やこの国の人間からの非難を、断固として受けることはしなかった。王家へは事実だけを書いた手紙を書いて、それ以降は後継者の変更届けをしたのみ。
姉からも王太子から手紙が来たり使者が来たものの、無視してなかったことにした。一年以上手紙が来たが頻度は月ごとに減っていき、遂に来なくなった頃にはエーミルが後継者として忙しくしていた。
「すまない」
「いえ」
お金を相応にかけられていないのに、当主候補として引き上げられたことで、父も母も共に次女の己を手伝い、普段やっていたことよりもこちらの負担を最小限にした。
本当は言いたいことはたくさんあった。その頃には、姉にも何とか親が探して繋いだ婚約者がいたので、王太子の誘拐に近い行為を婚約相手に詫びた。慰謝料は少しだけだが支払ったが、向こうも他国が無理矢理連れて行ったようなものだと、事情を加味してくれた。
姉の婚約者は好きな子がいたから助かったと、最後のお別れをする食事の日に、別室で弟に話しかけていた。少し酒に酔っていたのだと思う。姉の粗暴なところが嫌だったと聞いたが、エーミルも姉フィナレナの無神経に辟易となっていたから気持ちはよくわかる。
家庭や育ちが同じような人間でも、気がつくと男の子に混じって遊んで派手に走ったりする将来の妻など、不安に思って当然だ。同意する。
「エーミルさん、そろそろ休憩しよう」
「はい」
彼はエーミルの婚約者のドウェインだ。もともとエーミルが嫁ぐはずだったが、急遽婿になるために当主になる予定を降りてくれた。地位は弟に譲り、こちらの家に入ってくれたのだ。前々から姉がなんだか家出をしそうだと、妹なりの予感で話題にしていたから、彼も彼で家族に話していてくれていたらしい。そうしたら、もしもそんなことがあった場合の対応も考えていたらしい。
「君の元お姉さんの……恋人から手紙が来たと聞いたけど」
「恋人なのかしら、あれ」
不肖の姉が我が家の籍を抜かれたあと、王太子の国に連れていかれたと知っている。報告でもあり、向こうからの手紙の内容だけは確認していた。動向を知りたくもあったし、娯楽扱いでもある。
姉を恋人として連れ帰ったが、連れ帰り方が無理矢理で後ろ盾もなく根回しもないせいで、彼方の国に渡っても、養子にしてくれる家がなかった。
最終的には男爵家の養子になったとか。方法は王太子の私的な資金を消費をしたことで、金で養子の権利を買ったのだ。当然ながら、王太子周りから批判に晒された。
「騎士団に入りたいと、向こうの国で女騎士としてコネで入ったけど……別に剣の天才ってわけじゃなかったですし、まあ好きなことをして生きたいという願いは、一応叶ったのだと思いますよ」
「王太子の愛人として見られていて、妃になるわけでもないと」
彼が新聞や手紙を見聞して、こちらの見解と同じ答えに行き着く。姉は騎士として特に秀でていた訳ではなかったのに、男の子たちと混ざるチャンバラごっこが楽しくて、才能があると勘違いしたのだ。
まさにチャンバラである。本人は実力があると思っていたが、一体誰が貴族令嬢に本気になるというのか。普通に考えて怪我をさせて連座にされたくないのだから、誰も彼もが手を抜いていた。
おまけに「お強い」とのおべっか付き。こうして自尊心と自信のついた大して強くもない、自分には剣の才能があると思い込んだ貴族令嬢が出来上がった。周りがスクスク育てたともいう。
立ち止まり本当に強いのか確かめることもできたのに。王太子に気に入られたということは、王太子も同じ感じで周りに忖度されていた可能性がかなり高いのだろう。
実力主義の国ならボコボコにされていたかもしれないが、そうでもない国の王子が本気でやって、相手も本気で対応するなどという夢物語はない。
よくよく考えても、王の息子の怪我一つなど大騒動になる。大切に育てて王にするのだから頭を打ったりして問題が起こるようなやり方など、わざわざ取るわけもない。
第二や第三、第四らへんの王子から怪我をしてもいいからと、スペアの盾として鍛えて万が一の扱いにしている国もあるかもしれないが、王家の第一子など乳母日傘で育てるに決まっている。王太子を傷付けた罪の連座で死ぬなんて誰も嫌だろうし。
自身と婚約者の二人で当主としてお互い支え合いながら生活していると、姉が連れて行かれたは国で小さなクーデターがあったと新聞にあった。あまりに小さいので記事だって小さくて、たまたま目に入らなかったら知ることもなかったろう。
そこには姉と意気投合した王太子の名前もあり、幽閉されていると書かれている。実姉のことなど、当然だが書かれていないので何もわからない。王子に近かったから、同じ目にあっているのかもしれない。それか、お役御免にされて下町らへんに放り込まれているとか。
そう予想していたのに、それから二ヶ月後。うちの門の前に不審な女がいるとの報告を受けて、父たちと顔を見合わせた。不審な女という言葉に嫌な予感をひしひしと感じる。
不審な女が来たのは初めてのことであり、門番が判断できないということは貴族とは言えないということ。父と報告を待つと、彼らの口から姉の名前が出てきた。
女は姉の名前を口にしている。門番は姉のことを知っている、長く勤めてくれている者たち。それなのに気づかないほど変貌しているということになる。
必要最低限の相手を通す時に使う応接室に連れてこられたのは、酷く見窄らしくなった姿の元姉だった。外で洗われたらしくギリギリ見目は整えられているが、こちらを見る目はギラギラとしていて同一人物なのか、姉妹だった己でさえ目を疑う。
飢えた獣に似ていると、ふと浮かぶ。人間たちに虐待されて、人間を信じられなくなった犬や猫を見たことがある。それになんだか似ている。
つまりは、そういう境遇に堕とされたということなのだろう。同情はしない。すでにこの家からフィナレナは除籍された身。書類上から彼女の名は消えてしまっている。
過去の存在であり、身内を悪として告発した犯人。そんな相手を家に入れたのは、父たちが最後に会うと決めたからだ。おそらくこれが、顔を見る最後の日になる。
「私はあなたたちの娘なんだけど。なんなのこの扱いは……私は隣国の王太子の友人なのに」
開口一番にそれか。最後に会った時のあの、籠の鳥がカゴを壊した達成感に満ちた顔つきとは大違いだ。別に鍵をかけた覚えはない。勝手に外に憧れ、外の世界が淘汰される厳しい空だとは気付かず、新しい飼い主にホイホイついて行った自業自得な今だというのに。
「当家はお前と縁を切っている。虚言と身分詐称で突き出されたくないのなら、二度と言うな」
「え」
父がピシャリと断言する。フィナレナは父の娘に向けるには他人行儀な瞳に動揺を示す。温かく「大変だったな」と迎え入れてくれると思い勝手な期待をしていたわかりやすさ。あまりに軽い。こちらの覚悟を、ちっとも理解していない態度だ。
温い湯で湯浴みをさせて貰えて、そのあとはたっぷりのミルクを注いだ紅茶を入れてくれると疑ってない瞳。その後は、父と母は長女を抱きしめて「待っていたのよ」といった言葉を沢山かけてくれるとでも思い込んでいたような。
「な、なんでよ。わ、わたしは、あなたたちが当主になれと言うから、嫌だったけどやってきたのに。わたしを無理矢理その椅子に縛り付けたのに……その子が、エーミルが座ったら私はポイッてわけ?」
自嘲に濡れた笑みを口の端を引き攣らせて浮かべる、元令嬢フィナレナ。元がつくというのに、彼女はまだ過去に生きているというのか。家族たちは呆れたため息を吐く。
「お前が決めて出て行ったのだろう。すでに成人しているお前があの人物についていった。それに関して私たちは責任を負う理由はない。私たちはあの日、お前に好きにしろと言ったはずだ。覚えてるな」
問いかけると言うより、逃さないといった気配にかつての姉は指先に力を入れる。下働きのものが着ていたお古を着せられた彼女は、どこからどう見ても貴族には見えない。
キュロットの布地が爪先により、皺を作るのがよく見えた。切り揃えていない髪は、その場の勢いで切られたようにざんばら。
どんな扱いをされていたのか、大体それで背景が透けて見えそうだ。知りたいとも思わないが。それでも、フィナレナの方はエーミルが気になって仕方ないらしい。
「そ、そこは、そこは私が座るべき……そうだ。私が当主になってあげる。エーミルは嫌がってたでしょ。私がなるからあなたはもう何もしなくてもいいからっ」
エーミルの立場が欲しくなったらしい。昔はフィナレナ自身がいらないとこちらへ無理矢理寄越して、最終的にまんまとこちらへ押し付けた役割。
「うちの娘はエーミルだけだ。お前はもう違う。当主になる資格を失っている者が代わることはできない。法で決められており、国にも当主予定変更届が提出されている。お前は何の力もない娘だ」
籍を抜けた後、彼方に渡っているのなら平民のままだ。平民に当主を継ぐ資格は現当主の養子にでもならないと認められない。しかも、フィナレナの場合は親に対する冤罪という最悪な裏切りの末なので、国は絶対に認めない。
「な、そんな……そんなわけがない。私、お父様とお母様の娘なのに!」
「お前が親の情を悪質な行為と変換して、私たちを裏切った。まだ若いのにもう忘れたと言うのか?私たちより若いのに?私たちはあの日の言葉を一言一句覚えているぞ?虐待されたと、よくも親を目の前にして言ってくれたものだ」
「あ……それは、それは、悪かったと思ってるっ。バカなことを言って、ご、ごめんなさい!」
元に戻りたいだけの謝罪は薄っぺらく、羽より軽い。驚くほど心に響かない。
「次に元とはいえ、お前の代わりに将来を無理矢理変えられた妹を困らせるようなことをしたら、兵に突き出す」
「な、わ、私よりその子を取るの?あり得ない!私は、私は次期当主として」
「もう次期当主じゃない。娘でもない。身内でもない……連れていけ」
うちにいる護衛たちに両脇を捕まえられたフィナレナはそこでやっと、通じないと思い知った。
「謝ったじゃないっ、謝ったら許してよ!私は苦しんだ!向こうじゃ誰も、うまくいかなかったから、戻ってもいいでしょ!?他の子だって、失敗したら実家に戻れるじゃない!私だけなんておかしい!おかしいおかしいおかしいっ」
「フィナレナ」
エーミルは最後の言葉を使うことにした。ハッとした顔でこちらを見上げる目には、正気を失いかけている濁りが見える。
「私たちはもうあなたの邪魔をしないから、好きに生きればいい」
「!!」
テーブルの上にある皿を全て振り落としておいて、なかったことにならないように。彼女のやったことは親を苦しめた。あんなことをされるほどのことをしたのかと、自問自答する両親を見ていた。
姉は自らを、羽を切られた鳥のように思っているのかもしれないが違う。初めから飛べなかっただけ。飛べると勘違いして、助走を付けて崖に向かって飛び降りたのだ。
叫ぶ声を最後に、エーミルは目を瞬かせた。姉はちゃんと願いを叶えられたのにかつてあった物をまた、手に取ることを許すことはない。その分はドウェインの分であるから。たとえ、姉が見下した貴族らしい生活を今一番欲しがっても、一つも余っていないのだ。
最後まで読んでくださり感謝です⭐︎の評価をしていただければ幸いです。勝手に出て行って砂をかけられたら身内でも許されませんよね




