第8話:あんたの全財産、飛ぶで
奪った土地で幸せになれると思うなよ。
最強の弟たちが、不誠実なバロム子爵を追い詰める!
豪華な絨毯が敷き詰められたバロム子爵の役員室に、凍り付くような沈黙が落ちた。
バロムの手から滑り落ちたクリスタルグラスが砕け、飛び散った赤いワインが、パウルの奪われた土地に流された血のように、不吉なシミを広げていく。
通信端末の画面越しに、三男・サブロウ(経営コンサル)が冷徹な事務口調で追い打ちをかける。
『バロム氏。君は目先の土地という「資産」に目を奪われ、経営者として最も失ってはいけない「社会的信用」を自らドブに捨てましたわ。君が銀行へ提出した融資計画書……シロウが押さえた内部資料と照らし合わせれば、明らかな虚偽記載です。不当な契約で得た土地を担保にする行為は、銀行に対する「融資詐欺」にも該当しますわ。……ちゃいます?』
「そ、そんな……。私はただ、領地の収益を上げようとしただけだ!商売には多少の駆け引きは付き物だろう!」
「駆け引き?あんた、それは大きな勘違いや」
ヨシコがゆっくりと、しかし確実な足取りでバロムへ歩み寄る。
その威圧感は、数多の修羅場を経済の最前線で乗り越えてきた「最強の総務」ならではの重みがあった。
「あんたな、商売で一番大事なこと、忘れてへんか?自分に後ろめたさが無いように心がけ、正直な契約を積み重ねること。それが一番遠回りに見えて、実は一番の近道なんやわ。……人を裏切るような汚い契約は、巡り巡って、最後には自分自身がその契約に裏切られることになるんやで」
ヨシコは、四男・シロウ(工学博士)が解析した「認識阻害魔法の解除ログ」を突きつけた。
「あんたがパウルさんを『無知や』と馬鹿にして、魔法の罠を仕掛けたその瞬間から、あんたの破滅は決まってたんや。……あんたの不誠実さを、ウチの弟たちが見逃すわけないやろ」
画面が切り替わり、長男・イチロウ(国際弁護士)が、冷徹な理性を宿した瞳でバロムを見据えた。
『……聞こえるか、バロム氏。君がパウル氏に対して行った行為は、明白な詐欺罪だ。さらに、私が作成した訴状には、君が過去数年間にわたって同様の手口で行ったすべての強奪行為に対する「集団訴訟」の委任状も含まれている。……君が蓄えてきた不当な利得は、一円残らず被害者への賠償と追徴金で消えることになる。……君の全資産を以てしても足りないだろうな。……今すぐ自首してすべての土地を返還するか、あるいは私が君の人生を「法的に」完全に解体するのを待つか……選ぶがいい』
「な……そんな……私のすべてが……瓦解するというのか……!」
「当たり前や!あんたは、人が泥だらけになって、何代もかけて守ってきた土地と『思い』を、汚い指先一つで盗もうとしたんや!」
ヨシコの怒声が、屋敷の壁を震わせる。
バロムは震える手で頭を抱え、床に崩れ落ちた。
彼が「自分だけが得をするための魔法の武器」だと信じていた契約書は、今や彼自身の首を絞める絞首刑の縄へと変わっていた。
数時間後、バロム子爵は駆けつけた魔導憲兵隊に連行された。
彼が不正に取得した財産はすべて差し押さえられ、パウルをはじめとする農民たちへの補償に充てられることが決定した。
夕暮れの畑。パウルは返ってきた土地に立ち、深く息を吸い込んだ。
そこには、夕闇に湿った柔らかな土の匂いと、風に乗って運ばれてくる若々しい麦の芽の香りが満ちていた。
パウルは愛おしそうに土を撫でた。
「ヨシコさん、ありがとう……。本当に、ありがとう。また、いい野菜を作るよ。ワシ、正直に土と向き合って生きていくのが一番だって、改めて分かっただ」
「ええ顔になったな、パウルさん。……しんどい時は、いつでも言いなさい。……さて、お代は美味しい野菜が出来たら、それでええよ」
ヨシコはパウルと飴を分け合い、夕焼けに染まる広大な畑を見つめた。
しかし、その安堵も束の間、ヨシコのスマホが緊急事態を知らせる激しい振動を上げた。
「……はいはい、今度は何や。……『ブリッツ魔導具工房』?あそこ、ウチが以前、通信機を頼んだ熱心な子がおる所やないの」
届いたメッセージには、かつての知人である若き魔導具師・レオが、無理な増産ノルマと魔法薬漬けの連日連夜の作業により、工房内で倒れたという悲痛な知らせが記されていた。
「『プロなら寝ずに働け』やて?……こら、ウチの『労務管理』の出番やな。命削って作る道具に、ええ魔法なんか宿るわけないやろ。……シロウ、準備しときなさい。次は、その腐った『根性論』を最新の理論で叩き潰しに行くで!」
(第9話へ続く)
パウルさん、またええ野菜作ってな。
……一息つく間もなく、今度は魔導具工房のレオ君が倒れた?
「プロなら寝ずに働け」?おかんの逆鱗、最大出力やわ。




