第6話:命の値段を計算しなさい
借金のために死ぬなんて、お母ちゃんが一番悲しむんや。
ハナコ、あんたの「ロジック」で、この歪んだ仕組みを叩き壊しなさい!
翌朝。
要塞都市支部の役員室には、重苦しい空気が満ちていた。
不機嫌そうに椅子にふんぞり返る支部長の前に、ヨシコは四男・シロウ特製の通信端末を「ドン!」と、重々しい音を立てて机に置いた。
画面には、膨大な資料と電卓を前に、冷徹なまでに冷静にページをめくる次女・ハナコが映し出されている。
「……ハナコ、どうや。あんたのプロの目から見て、この支部のやり方はどないや」
『――ええ、分析完了しました。支部長さん、あんたが「自己責任」の盾にしているあの免責書類。……リスク管理のプロから言わせてもらえば、組織としての自殺行為、いや、ただの「時限爆弾」やわ』
ハナコの言葉には、銭ゲバと言われようとも「損害」という現実から目を逸らさない者特有の鋭さがあった。
『装備の不備を承知で、生存率の低い危険な場所に若手を送り出す。もしこれで大規模な事故が起きて、両国の監査が入ったらどないするつもり?あんたの支部は一発で取り潰し、あんた自身も背任罪で一生監獄行きや。……目先の利息回収のために、組織全体の未来をドブに捨ててはる。こんなん、経営やなくてただの「資産の食い潰し」やわ!』
ハナコの冷徹な指摘に、支部長は鼻先に浮いた汗を拭いながら言葉に詰まる。
「……だが、彼らの親が背負った借金を返させる手段が他にないんだ。この都市は大凶作で疲弊している。ギルドが仕事を与えなければ彼らは野垂れ死ぬだけだ」
「何を言うてんの。……支部長さん、あんた、さっきから数字と効率の話ばっかりやけどな」
ヨシコがゆっくりと椅子から立ち上がり、支部長を射抜くような視線で見据えた。
「この子らの親がどんな思いでその借金背負ったか、一分でも考えたことあるんか?凶作で食うもんもなくて、それでも何とか子供に食べさせたい、一粒でも多く米を食わせたい……その必死の親心に付け込んで、今度はその子供に『命と引き換えに返せ』やて?あんた、自分の子供に同じこと言えるんか!」
ヨシコの魂の叫びが役員室の壁を震わせる。
支部長は気圧されたように視線を泳がせた。
その沈黙を切り裂くように、ハナコが再び画面越しに声を上げた。
『……感情論だけやないですよ。仕組みの問題です。支部長さん、ウチのお節介で、今すぐこの歪んだ仕組みを正常化させてもらいます。……解決策、提示しますわ』
ハナコが電卓を叩き、一つの運用案を表示させた。
『まず、ギルドとして「若手冒険者支援基金」を設立。そこから無利子に近い形で、装備の貸与と、親の債務を整理するための「つなぎ融資」を公的に行います。……もちろん、不当に吊り上げられた利息については、すでに長男のイチロウに全件リストを回しました。……支部長さん、あんたも薄々気づいてるんでしょう?この街の借用書、「返済しても元本が減らない」どころか、端から計算式が狂ってる「魔法の複利」が組み込まれてることを。これ、ただの借金やなくて、若者を使い捨ての駒にするための「人身売買の変種」やわ。
この悪質なカラクリの首謀者と、それを見逃してきた行政の裏側については、今ごろイチロウが法典を武器に「掃除」を始めてます。あんたはここで、不当な利息を適正額まで引き下げた「正しい更生計画」を即刻承認しなさい。……死ぬ気やなくて「生きて返せる」道を作る。それが組織としての、最低限の「責任」いうもんでしょうが!』
ヨシコは、懐からナケナシ国王と魔王の紋章が鮮やかに並び立つ「あの金色の書状」を静かに、しかし逃げ場を塞ぐような重々しさで机に置いた。
「支部長。あんたも人の親やったら、明日からこの子らの顔を真っ直ぐ見て仕事しなさい。……ええか、若手がボロボロの装備で死にに行くのを止めるんは、コストやなくて『投資』なんやわ。……あんたが守るべきは数字やない、この街の未来や。その誇りを取り戻しなさい」
数日後。
要塞都市支部には、新しく整備された貸出用の頑丈な防具がズラリと並んだ。
少年たちは、重苦しい借金の呪縛から解き放たれ、「明日への希望」を持って、自分の身の丈に合った無理のない依頼から再出発していた。
ギルドの広場では、太陽の光を反射してピカピカに輝く胸当てを着けた少年たちが、無事に依頼を終えて山盛りの串焼き肉を頬張っていた。
「うめぇ!これでお母ちゃんに土産も買えるぞ!」
互いの無事を笑い合い、生きている喜びを噛み締めるその声は、かつての投げやりな熱気とは全く違う、生命力に満ちた響きだった。
その光景を遠くから見つめ、満足げに頷いたヨシコが、馬車に揺られて次の街へ向かおうとしたその時、スマホが緊急事態を知らせる激しい振動を上げた。
かつて魔王軍時代、兵站の管理で共に汗を流した魔族の同僚からの、切迫した相談だった。
「……はいはい、今度は何や。……え?『かつてお世話になった農夫のパウルさんが、先祖代々の土地を奪われて路頭に迷いかけとる』やて?」
その一報を聞いた瞬間、ヨシコの目が、かつて数多の兵站問題を解決してきたプロとしての鋭さを一気に取り戻す。
「情報の非対称性を利用した、悪質な契約詐欺……。実直な農家をカモにしとる悪徳貴族がおるんか。……こら、放っておけんな。シロウ、サブロウ、準備しとき。次は、言葉の裏側にある汚い『罠』を、全部洗い流しに行くで!」
ヨシコの胸の内には、正義感という名のオカン魂が、再び激しく燃え上がっていた。
(第7話へ続く)
若手への投資は、街の未来への投資や。
……次は、おかんの昔馴染みの農夫パウルさんが泣いてる。
どうやら「魔法の契約書」に騙されたみたいやね。




