第5話:命より安い装備があるかいな
辺境の要塞都市へ。
そこは、絶望した若者が「死ぬ気」で依頼を受ける、末期症状の現場でした。
中央ギルド支部でのカスハラ問題を一掃し、次なる目的地へと馬車を走らせていたヨシコ。
王都へ戻る道中、彼女が立ち寄ったのは、険しい岩山に囲まれた辺境の「要塞都市」にあるギルド支部だった。
一歩足を踏み入れた瞬間、ヨシコの肌を刺したのは、不自然なほどの熱気だった。
だがそれは、活気や希望に満ちたものではない。
焦燥と絶望、そして一発逆転を狙う博打打ちのような、どこか投げやりで危うい熱気だった。
酒場のテーブルには、昼間から安酒を煽り、充血した目で掲示板を睨みつける冒険者たちが溢れている。
床には食べこぼしのカスと錆びた武器の削りカスが散らばり、空気には古い血と安酒、そして焦げ付いた焦燥の匂いが混じっていた。
「……あかん。ここは組織として完全に『末期症状』やわ」ヨシコの「総務勇者」としての直感が、この支部の異常な運営実態を即座に感知した。
その時、掲示板の前で、一組の若手パーティが震える手で依頼書を剥がそうとしているのが目に入った。
リーダー格と思われる少年は、まだ十代半ばといったところだろうか。
彼が身に纏っているのは、あちこちがひび割れ、継ぎ接ぎだらけの無残な革鎧だった。
そこから覗く手足は、ろくに食事も摂っていないのか、痛々しいほどに痩せ細っている。
「よし、この『ドラゴンの鱗採取』を受けよう。これさえ、これさえ達成すれば、実家の借金が返せるんだ。……僕さえ死ぬ気でやれば、母さんも妹も助かる。もう、これしかないんだ」
少年の背中から漏れ出した、祈りにも似た悲痛な呟きを聞いた瞬間、ヨシコの足が止まった。
窓口の受付職員は、彼らのボロボロの装備や、死を覚悟したような異様な顔付きを視界に入れていながら、まるで見えていないかのように無機質に一枚の書類を突き出した。
「はい、受領。あ、その前にこれにサインしてね。万が一の際、ギルドは一切の責任を負わないっていう免責同意書だ。……まあ、君たちのその実力と装備じゃ、まず死ぬだろうけど。死ぬのは勝手だけど、ギルドに迷惑だけはかけないでくれよ」
「……ちょっと、あんた」
少年の震える手が、死神への招待状のような契約書にサインしようとしたその時、ヨシコの厚みのある掌が、少年の頭を上からがしっと掴んだ。
「ひゃっ!?な、なんだよ、おばさん!邪魔しないでくれ、僕には、僕たちにはこれしかないんだ!」
「放っておけるかいな。……あんた、今『僕さえ死ぬ気でやれば』言うたな?その言葉、あんたを腹痛めて産んで、今日まで一生懸命育ててきたお母さんの目の前でもう一回言えるんか?」
ヨシコの目は、冷徹な監査役のものでも、厳格な役人のものでもなかった。
それは、道を外れようとする我が子を本気で叱る、「母親」そのものの色を宿していた。
「借金のためにあんたがドラゴンの餌になって、家には金だけが届いて息子が帰ってこんくても、お母さんが喜ぶと思てんの?その金で借金返して、お母さんが明日から毎日どんな顔して飯食うか、想像してみなさい。……あんたの命と引き換えに届く金なんてな、お母さんにとっては一円の価値も、救いもないわ!そんなもんはな、ただの悲しみの塊やねん!」
「……でも、こうするしか……そうしないと、返せないんだ!理不尽な利息がついて、働いても働いても増える一方で、もう、どうしようもなくて……!」
少年の瞳から、堪えていた涙が濁流のように溢れ出した。ヨシコは彼の震える細い肩を力強く抱き寄せ、深く、静かな沈黙を置いた。
その視線は、騒ぎを聞きつけて奥から現れ、耳をほじりながら面倒くさそうにこちらを見ている支部長へと向けられる。
「……支部長さん。あんた、この子らがどんな事情抱えて、どんな絶望を背負ってるか、一言でも聞いたんか?『自己責任』いう言葉はな、大人が子供を守るための責任を全部果たしてから、ようやく使うてええ言葉やで」
「ふん、余計なお世話だ。借金問題なんてギルドの管轄外だ。我々はただ、需要と供給を調整しているだけだ」
「お節介や言うんやったら、トコトン焼かせてもらうわ。……この子らの借金のカラクリも、あんたの支部の杜撰極まりない安全管理も、全部ウチの『最強の家族』が丸裸にしたる。……ええかあんたたち、今日はもう帰りなさい。実家の飯食って、顔洗って、よう寝るんや。……借金の問題も、死ぬほど危ない依頼のことも、全部大人のウチらが『事務的に』片付けたるから!」
ヨシコは慣れた手つきでスマホを取り出し、連絡先を開いた。
画面には、保険とリスク管理のプロであり、金の流れを追わせれば右に出る者はいない次女・ハナコの名前が光っている。
「……ハナコ?ウチや。今すぐ準備しときなさい。命を金と天秤にかけるような、腐った計算機を叩き壊すで。……ウチのお節介、次はちょっと数字とロジックに厳しく行くよ!」
ヨシコの背後に、最強の「損害の計算機」の気配が立ち昇る。
それは、要塞都市にはびこる悪しき慣習を根こそぎ奪い去る嵐の予感だった。
(第6話へ続く)
命より安い装備なんて、この世にあってええわけない。
次は、次女のハナコが「損害の計算機」として冷徹に詰め寄るで。
更新まで、飴ちゃんでも舐めて待っとき!




