第18話:子供はあんたの所有物やない
子供はあんたの所有物やない。
間違いを許せる場所を作ることこそが、親の役割やろ。
ゴロウ、頼んだで!
翌日、王都の公園は冬の澄んだ空気の中に柔らかな陽光が差し込んでいた。
ヨシコは約束通りあの母子と面会した。
母親は昨日の今日で、まだどこか落ち着かない様子で、カイルの隣に硬い表情で立っている。
その手にはまるで御守りか鎖のように、いつもの分厚い魔導書が握られていた。
「……お待たせ。こっちがウチの弟のゴロウ。子供と遊ぶことに関しては、右に出るもんなしや」
ヨシコの紹介で一歩前に出たのは五男のゴロウ(カリスマ保育士)だった。
彼はカイルの目の高さまでしなやかに腰を落とすと、ひまわりが咲いたような明るく屈託のない笑顔を見せた。
その立ち振る舞い一つをとっても、カイルに威圧感を与えないよう細心の注意が払われているのがわかる。
「カイル君、初めまして!今日は勉強じゃなくて、僕と一緒に『魔法の積み木』で遊んでくれないかな?」
ゴロウが魔法の鞄から取り出したのは、虹色に光る不思議な積み木だった。
それは触れる者の微細な魔力に反応して形や色を変える、知育用の特注魔道具だ。
「な、何ですかそれは。カイル、そんな遊びより、昨日の復習を……。王立アカデミーの試験までは、もう時間がないのよ!」
母親が反射的に口を挟もうと、焦燥感に満ちた声を上げる。
だがヨシコがその肩を羽毛のように優しく、しかし確かな存在感を持って抱き寄せた。
「……お母さん。ここはプロに任せなさい。あんたは横であの子がどんな顔で笑うか、それだけを見てるだけでええんや。それ以外今は何も考えんでええよ」
ゴロウはカイルに「こうしなさい」と教えるのではなく自分自身がまず全力で遊び始めた。
「わあ、見てカイル君!重力を無視して積むと、こんなにきれいな塔になるんだよ。でも、これだけじゃ物足りないな。君のその繊細な指先なら、もっと面白い形にできる気がするんだけど……どうかな?」
最初は怯え母親の顔色を伺っていたカイルだったが、ゴロウの放つ安心感と積み木の幻想的な輝きに、恐る恐る手を伸ばした。
カイルが積み木に指先を触れた瞬間、積み木は彼の複雑に絡まり合った魔力を吸い込み、結晶のような幾何学的な、それでいてこの上なく優雅な形へと姿を変えた。
「……すごい!カイル君、これ、教科書の数式には載っていない、君だけの魔法の形だよ。君の中に、こんなに豊かな世界が広がってたんだね」
ゴロウの賞賛はお世辞ではなく、プロとして子供の才能を見抜いた本物の言葉だった。
その響きを受けて、カイルの瞳にこれまで見たこともないような鮮やかな光が宿った。
彼は夢中で積み木を組み替え、崩してはまた作り、声を上げて笑った。
自分の想像力が形になり肯定される喜び。
それは正解を求められるだけの苦行とは正反対の、「自由」そのものだった。
その光景を横で見ていた母親が、ハッと息を呑み持っていた魔導書を思わず落とした。
「……あの子、あんなに楽しそうに……。私が無理やりやらせていた数式より、ずっと高度な魔法を、あんな笑顔で操っている……」
ヨシコは母親の震える手を、冷えた指先を温めるように優しく握り直した。
「……お母さん。あんた、自分がかつて魔法使いを目指して挫折した時、何が一番辛かった?」
母親は、しばし呆然とした後、絞り出すような声で答えた。
「……それは。魔法が苦しくて義務になってしまったことです。誰かに認められないと価値がない、一番にならなきゃ居場所がないと思って……いつの間にか、大好きだった魔法が自分を苦しめるだけの鎖になっていた……」
「あんたは、この子に同じ思いをさせたくなくて必死やったんやね。一番になれば、苦しまんで済む。居場所を失わんで済む……そう信じて、自分の傷を、この子の背中に重ねてしもうたんや。でもな、お母さん。この子の才能を本当に伸ばすんは、あんたの恐怖やなくて、この子の『楽しい』いう無敵の気持ちなんやわ」
ヨシコの声は母親の心の奥底に沈んでいた「かつての少女だった自分」の涙に触れた。
「……子供はあんたの所有物やない。あんたの果たせなかった夢を叶えるための代わりでもないんや。……一人の人間として、ちゃんと目を見て話しなさい。あんたがこの子に本当にあげたかったんは、輝かしいステータスやなくて、ただ幸せに生きてほしいっていう、あの日の願いやったはずやろ?」
母親はもう何も言い返せなかった。
溢れ出した涙を拭うこともせずカイルの元へ駆け寄り、その小さな温かな体を力一杯抱きしめた。
「……ごめんね、カイル。ごめんね……。もう、無理に頑張らなくていい。あなたがこうして笑っていてくれることが、お母さんにとって一番の『正解』だったのに……。私、一番大切なものが見えなくなっていたわ……」
カイルも母親の背中に小さな手を回し、その胸に顔を埋めた。
二人は公園の真ん中で、長い長い時間をかけて、ようやく本当の「親子」に戻ることができたのだ。
ゴロウはそれを見て目元を少し潤ませながら満足げにヨシコへウィンクをした。
「……姉ちゃん。子供の自発的な力って、やっぱり最強だね。大人が信じて見守るだけで、こんなに輝くんだ」
「……せやな。遊びこそが、最高の学びやわ。総務の仕事も、遊び心がないとええ案は出えへんからね」
一仕事を終え親子が手を繋いで帰っていく後ろ姿を見送りながら、ヨシコは満足げに飴ちゃんを一つ口に放り込んだ。
カリリ、と小気味よい音が響く。
だが、安堵の時間は長くは続かない。
ヨシコのスマホが、これまでにない不穏な振動を見せた。
届いたのは、王都から遠く離れた山間部の村々——かつては豊かな実りを見せていたが、今は若者が去り、老人が取り残され、歴史が途絶えようとしている「限界集落」の崩壊を告げる、深刻なアラートだった。
「……今度は、村そのものが消えかかっとるんか。田畑は荒れ、神木は枯れ、人々の心がバラバラになっとる……。これは一筋縄ではいかへんな。ハナコにサブロウ、それからジロウの料理も、シロウの技術も全部必要や。……家族の次は、この世界の『故郷』いう仕組み、ウチらが再生させたろか」
ヨシコの瞳に、次なる巨大な「総務案件」への覚悟が、かつてないほど鋭く、そして熱く宿った。
(第19話へ続く)
カイル君、ええ笑顔になったな。
……さて、次は村そのものが消えかかってる「限界集落」。
王都の役人が「非効率」と切り捨てる村の真実、おかんが暴いたるわ!




