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第10話:ええ仕事は、ええ睡眠とええ飯から生まれる

ええ仕事は、ええ睡眠とええ飯から。

現場の「段取り」を見直し、職人の誇りを取り戻させたる!

工房の空気は、支店長の怒号によって限界まで張り詰め、疲弊しきったレオの肩は今にも崩れ落ちそうだった。

充満するポーションの安っぽい薬草臭が、鼻をつく。

だが、ヨシコは微塵も動じない。

彼女は手慣れた手つきでスマホを操作し、その画面を工房の壁一面に投影した。

そこに映し出されたのは、地球にいる弟たちから届いた、この工房の「死」を宣告する冷徹な解析データだった。


まずは三男・サブロウ(経営コンサル)による、容赦のない経営分析だ。

画面に姿こそ見えないが、スピーカーからは慇懃無礼ながらも氷のように冷たい、あの「インテリヤクザ」と称される声が響き渡った。


『……失礼。支店長。君の経営は、まさに破綻寸前の砂上の楼閣ですわ』

サブロウの言葉は、まるで鋭いメスのように支店長のプライドを切り裂いていく。

『シロウから共有されたレオ氏のバイタルデータに基づき、過去三日間の歩留まりを算出しました。……疲労による微細な魔力制御のミスで、高価な魔導回路の廃棄率が通常時の四倍に跳ね上がっています。君、この「目に見えない材料費の垂れ流し」を損失として計上していませんね?』


「な……何だと……!?四倍だと!?」支店長の声が上擦った。


『それだけではありませんわ。君が無理に詰め込んだ王宮への特急案件。……もしレオ氏が過労で倒れ、ラインが完全に沈黙した場合、発生する延滞違約金は現在の想定利益を大幅に上回ります。君は利益を追っているつもりでしょうが、実際には「確実に発生する損失」を、レオ氏の命を削って積み上げているだけですわ。……ちゃいます?』


サブロウの突きつける「数字の暴力」に、支店長は言葉を失った。

激昂していた肩がわずかに震え、手元の資料を見つめたまま、長い沈黙が流れる。

支店長の頭の中で、旧態依然としたプライドと、突きつけられた巨額損失の恐怖が激しく火花を散らしている。

その迷いを見透かしたように、ヨシコは静かに、隅で控えていた見習いの少年・ニルスを指差した。


「支店長さん。迷うてる暇があったら、この子の『動き』を見なさい。答えは最初からここにあるんやわ」


壁に投影された映像が切り替わった。

それは、ヨシコが記録したニルスの無駄のない作業風景を、四男・シロウ(工学博士)が工学的な視点から解析し、理想的な工程として数値化したシミュレーション動画だった。


「ニルス君は、職人たちの作業を客観的に見て、次に何が必要か、どう動けば現場が淀みなく流れるかを掃除の合間に完璧に把握しとる。これこそが、この工房に最も欠けている『段取り力』や。……支店長、あんたも含め、熟練職人全員でこの子のやり方を学びなさい。作業の手を止めることなく、必要な素材が常に手元にある環境を整える。それだけで、ポーションに頼らんでも作業時間は一割以上短縮できる。……数字は嘘つかへんで」


支店長は、これまでただの雑用係としか見ていなかったニルスを凝視した。

少年の立ち居振る舞いには、確かに職人への敬意と、それを支えるための完璧な計算が宿っている。

(……職人が、若造から学ぶだと?だが、このままでは本当に工房が潰れる……)

葛藤する支店長に向けて、ヨシコのスマホが、最後の一撃となる鋭い着信音を鳴らした。

長男・イチロウ(国際弁護士)からの、逃げ場のない最終通告だ。


『……支店長。私は既に、王宮の調達局に対し「現状の労働環境下における魔導具の品質安定性の欠如」を指摘する法的意見書を提出した。労働者の安全管理義務違反を放置したまま納品を続ければ、君の工房は不適格業者として王宮のサプライヤーリストから永久に除名されるだろう。……契約を維持したいのであれば、今すぐ私の提示する「労務改善計画」に署名し、労働時間の適正化と若手の育成に利益を再配分することを誓約したまえ』


法的リスク、経営的損失、そして目の前に提示された「改善の具体策」。

支店長は深く、長く、これまで溜め込んできた毒を吐き出すような溜息をついた。


「……分かった。……レオ、今日はもう帰れ。ポーションは捨てろ。しっかり寝るんだ。……ニルス、お前は明日から作業場に入れ。現場の動線、お前のやり方で一から作り直してみろ」


数日後。

工房「ブリッツ」の空気は一変していた。

シロウの設計した魔法の自動化ラインと補助ツールを、ニルスが磨き上げた「段取り」で運用し、レオは万全の体調で高度な魔導核の調整に集中している。


休憩時間。

レオとニルスが「しっかり寝た後の魔法は、キレが違うな」と笑い合いながら、ヨシコが差し入れた具沢山の豚汁を囲んでいた。

湯気とともに漂う味噌の香りが、かつてのポーション臭を完全に消し去っていた。


「……よし、ええ現場になったな」

ヨシコが飴を噛み砕き、満足げに目を細めたその時、スマホがまた激しく震えた。

今度はスラム街からのSOSだ。

安価だが副作用の強い「粗悪ポーション」が蔓延し、弱者が次々と倒れているという。


「……人の弱みを、金に変えるような真似、大嫌いやわ。……六男・ロクロウ、準備しときなさい。次はあんたの『神の手』で、この街に蔓延る毒を根こそぎ浄化するで!」


(第11話へ続く)


レオ君、ニルス君、しっかり寝るんやで。

……次は、スラム街に蔓延する不気味な紫色の瓶。

人の弱みを金に変える「毒」の正体を暴きに行くで。

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