第1話:あんたの仕事は、遊んで、学ぶことや
お待たせしました!
伝説の総務勇者、ヨシコおかんが帰ってきました!
今度の舞台は平和になったはずの世界。
でも、そこには新しい「不備」が転がっているようで……。
かつてナケナシ王国の腐敗した冒険者ギルドを根底から叩き直し、事務の合理化と透明化を成し遂げた伝説の「総務勇者」ヨシコ。
彼女が魔王軍総務課職員として魔王の生活指導に軸足を移してから数年、世界はナケナシ王国と魔王軍の「恒久平和条約」の下、穏やかな時を刻んでいるはずだった。
しかし平和は新たな病理を生む。
ナケナシ王国と魔王国の境界に設立された「多種族合同ギルド(連盟)」は、肥大化しいつしか「マニュアルという名の壁」で弱者を阻む官僚組織へと変貌していたのである。
「……はぁ。また今月も、足りないな」
新興都市の路地裏。
少年トト(十二歳)は、ひび割れた手で古びた家計簿を睨みつけていた。
かつて腕利きの冒険者だった父は、半年前にダンジョンで正体不明の呪いを受け、今は寝たきり。
八歳と五歳の弟妹を抱え、トトは朝からギルドの倉庫番、昼は荷運び、夜は酒場の皿洗いを掛け持ちしていた。
学校に行く時間はとうにない。
トトの手には子供らしい柔らかさではなく、労働の報いであるタコと汚れがこびりついている。
「お兄ちゃん、お腹空いたよ」
「……ごめんね、リナ。今、お粥を作るから待ってて」
トトはギルドの窓口で突き返された一枚の書類を、悔しさに震えながら見つめた。
それは父がかつて王都ギルド刷新期に貢献した証となる「特別休業見舞金」の申請書だった。
だが合同ギルドの窓口職員は冷淡に告げたのだ。
『規定にありません。お父様の呪いは「公務災害」のカテゴリーに該当しないとの判定です。前例がないので、特例は認められません』
かつてヨシコが教えたはずの「誠実な事務」は、いつの間にか「マニュアルへの盲従」にすり替わっていた。
そんなある日のこと。
トトがギルドの片隅で、泥に汚れた申請書を抱えてうずくまっていると背後から無慈悲な怒鳴り声が響いた。
「おい、小僧!いつまでそんなゴミを眺めてる。邪魔だ、どけ!」
高ランク冒険者の男がトトを乱暴に突き飛ばした。
地面に這いつくばり、散らばった書類を必死に拾い集めるトト。
周囲の冒険者たちは、かつての仲間であったはずの功労者の息子を日常の一部として冷ややかに通り過ぎていく。
だがその冷たい空気の中に、一点の猛烈な熱源が割り込んだ。
「ちょっと、あんた。今の、わざとやろ?」
低く地を這うような、それでいて芯の通った関西弁がギルドの喧騒を切り裂いた。
振り向いた冒険者の目に飛び込んできたのは、派手なエプロンを腰に巻きハリのあるパーマを揺らした、どこからどう見ても「大阪のおばちゃん」――ヨシコであった。
「あぁ!?誰だババア、引っ込んでろ!」
「ババア?誰のこと言うてんの。耳腐ってんのか。それよりあんた、この子が持ってた書類、破けてるやんか。これ、再発行の手間がどれだけかかるか分かってんの?」
ヨシコは男の脅しなど微塵も気にする様子もなく、トトをスッと立ち上がらせるとその手から汚れた書類を受け取った。
「……あ、あの、おばさん。いいんだ、僕が悪いから……」
「あんたは黙っとき。悪いのは、この『ガラの悪い障害物』や」
ヨシコは男を指差し鼻で笑った。
「あんたな、今の行為は総務的に言うたら『職場環境の著しい悪化』。不法行為による業務妨害や。ギルドの安全衛生管理責任者にチクられたくなかったら、さっさと謝って、その汚れた服のクリーニング代出しなさい」
「……っ、ふざけるな!」
男が拳を振り上げた瞬間、ヨシコの手元から飴ちゃんが一つ、弾丸のような速さで男の口の中に放り込まれた。
「ガハッ!?……ゴホッ、なんだこれ、甘……っ」
「黒糖飴や。頭に血ぃ上ってカリカリしとるみたいやから、まずは甘いもんで脳みそ冷やしなさい。……で、本題はここからや」
ヨシコはスッと目を細め、逃げようとする男の腕を総務の熟練した「掴み」でがっしりと捕らえた。
「ちょっと待ち。逃げるんは、落とし前つけてからやで。あんたが突き飛ばしたせいで、この子の服は泥だらけ、大事な書類も破けてしもた。……ええか、よう聞き。あんたがやったんは『過失』やなくて、明確な『悪意ある嫌がらせ』や」
ヨシコの背後に、ナケナシ王国の勇者としての、そして「最強の総務」としての凄まじい圧が立ち昇る。
「クリーニング代、今ここで出しなさい。それと――この子に、ちゃんと謝れ」
「な、なんで俺がガキなんかに……!」
「謝れ言うてんのが聞こえへんのか?自分の不機嫌を自分より弱いもんにぶつけて、恥ずかしいと思わんのか。あんたが今日まで冒険者として食うてこれたんは、こういう下働きの若者がおって、ギルドが回っとるからやろ。組織の歯車を大事にできん奴は、いずれ自分も誰にも助けてもらえんようになるで」
男はヨシコの迫力に気圧され、周囲の冷ややかな視線にも耐えかねたのか、顔を真っ赤にして小刻みに震えだした。
そして、絞り出すように声を出す。
「……っ、す、すまなかった。悪かったよ!」
男は懐から銀貨を数枚トトの手に叩きつけるように渡すと、逃げるようにギルドを飛び出していった。
「……おばさん、ありがとう」
「ええよ。当然のことしただけや」
ヨシコはトトの手の銀貨をきっちり確認し、汚れた申請書をマジマジと見つめた。そこには、複雑な魔導言語で書かれた給付条件と、それに基づき「不支給」の判子が無慈悲に押されていた。
「なんなん、これ。この書き方、わざと分かりにくくしとるやろ。……トトって言うのか、あんた。これ、いつから止まってるの?」
「……半年、です。お父さんの薬代も、弟たちの学校の準備も、もう無理で。僕が働かないと、みんな死んじゃうから」
震える声で答えるトトの目には、諦めと疲労が深く刻まれていた。トトの家へ同行したヨシコが目にしたのは、さらに凄惨な光景だった。カビ臭い部屋、寝たきりの父、痩せこけた子供たち。そして、部屋の隅に積み上げられた、返せるはずもない高利貸しからの督促状。
「……なるほどな。これはただの貧乏やない。社会のシステムが、この子に全部背負わせて、見て見ぬふりしとるんやわ」
ヨシコは、トトの細い肩に手を置いた。
「いい、トト。あんた、よく頑張ったね。一人で全部、抱え込んだね。……でもね、もういいよ」
「……え?」
「あんたの仕事はね、鼻垂らして遊んで、泥だらけになって勉強することなの。家のこと、お父さんのこと、お金のこと。そんな面倒な事務作業は、全部大人の仕事なんだから」
ヨシコの目が、総務のプロとしての鋭い光を帯びる。
「ウチ、決めたわ。この世界のギルド、もう一度徹底的に『監査』入れたる。まずは、あんたの家庭の『総務部』、ウチが引き受けた!」
ヨシコは即座に、四男・シロウ(四十歳)特製の次元通話端末を取り出し、ある番号をコールした。
「……あ、ゴロウ?ウチや。あんた、今暇か?……ちょっと一人、心がボロボロの優秀な少年がおんねん。あんたの『心のケア』と、ウチの『事務処理能力』、セットで売り込みに行くで。……行き先?腐りきった合同ギルドの役員室や!」
五男・ゴロウ(三十五歳)――カリスマ保育士にして「心の守護者」が召喚される。最強の総務オカンと、そのスペシャリストの弟妹たちが、異世界の闇にメスを入れる。ヨシコさんの逆襲が、今ここから始まった。
トト君、一人で抱え込みすぎや……。
ヨシコさんが黙ってるわけありません。
次は、あの冷徹なギルド役員室にカチ込みです。
更新は……週明け、おかんの気が向いた時に。
通知をオンにして待っときや!




