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第三話

 入学式出席のため、一年生はもとより、全学年が大広間に集まっていた。

 この学院は五年制であり、十五歳で入学し、二十歳で卒業となる。問題なく留年しなければの話であるが。

 教師陣が立つ壇上にはステンドグラスの大窓があり、学院を象徴するリンドウの花が描かれている。

 その前に教師陣がずらりと並び、真ん中に立つ女性が学院長だという。

 年は若く、正直なところ二十代にしか見えないのは何故だろう。

 彼女は挨拶の中で「一番の古参なんで学院長をしております」と確かに言ったから、それなりの歳なはずなのだが。

 一年生の間にどよめきが起こったから、疑問に思っているのはユーリだけではないはずだ。


(若返りの魔術があるのかな)

 

それはとても興味深い、と今度図書室で調べてみようと思うユーリである。


「では、生徒宣誓。――シグレ・クラウン」


 すると、昨日出会ったシグレが壇上に向かって歩いて行った。

 彼は壇上に上がると、剣と杖を手渡され、それを胸の前で交錯させた。そして、教師陣の前で片膝をつく。


「我々は誓う」


 シグレは口を開いた。


「荒れ狂う黒い海が襲い掛かろうとも、空が怒り雷を地に放とうとも、大地が割れ地底の闇が待ち受けようとも、我々は女神の旗のもと、この身を世界の安寧のために捧げることを」


 一片の淀み無い、流麗な口調。

 喋り終えた途端、拍手が全学年から沸き起こった。指笛もたくさん聞こえてくる。

 そして、だ。思わずといった様子で、女子生徒の大半が恍惚とした表情で彼に見惚れているのが分かった。


「人気なんですね、彼」


 ぼそりと横にいるリトに呟くと、リトは「まあね。あいつら、昔から顔だけはいいから。性格は別だけど」と心底どうでも良さそうに言葉を返した。


「はは……」


 中々手厳しい意見である。

 シグレ・クラウンか……。クラウンといえば、聖七族のひとつではないか。

 聖七族というのは、魔力を持たない人の血が入っていない純潔一族を指し、優れた魔術師を代々輩出している。


「聖七族とは驚きでした」

「それをいうならザグもそうよ。彼はイール家の三男坊」

「えっ、そうなんですか。じゃあリトも――」

「ああ、わたしは微妙に違うわ。半分だけ血は流れているんだけど、あの家の姓なんて死んでも名乗りたくない」


 吐き捨てるようにリトの口から発せられた台詞に、ユーリは小さく頷くだけで終えた。

 言葉には棘があり、彼女の目元には陰りがある。

 軽々しく踏み込んではいけないというのは、すぐに分かった。

 そういえば、あのツインテールの少女がリトのことを「半分だけ」と言っていた。

 きっと何か事情があるのだろう。

 そんなことを考えながら、シグレが壇上から降りてくるのをぼんやりと見守っていると、一瞬、彼と視線がかち合ったような気がして、ユーリは眼鏡の下で目を瞬かせた。


「……やっぱり、あんたも気になるわよね」


 リトの呟きは小さすぎて、ユーリには聞き取ることができなかった。


***


 一年生は二組に分けられ、同じクラスのまま五年生まで学園生活を共にすることになる。

 幸いにもリトとは同じクラスになることができ、また、シグレとザグも同じだった。


「やぁリト。また同じだねぇ」

「腐れ縁って本当にあるのね」

「ここまでくれば悪縁だな」


 リトと並んで教室の席に座っていると、その後ろにシグレとザグが座った。

 食堂と同じで席は決まっておらず、自由に選ぶことができる。

 木の机と椅子は年季が入っていて、細かい傷や、誰かが彫ったような跡があり、こういうところは名門といえ田舎町と変わらないのだな、と思う。


「あ、ユーリちゃんだっけ。よろしくね」


 ひらひらと手を振るザグに、ユーリは頭を下げた。


「よ、よろしくお願いします」

「シグレもお疲れね。ちゃんと真面目にやってたじゃない」

「絶対にサボるなって、昨日教員から呼び出されて注意されたからな」


そういえば迷子になっていたユーリを寮の前まで送った後、彼は職員棟に用があると言っていたことを思い出す。


「はは、なるほどね。にしても女子の視線、一身に集めちゃって。ザグが妬くわよ」

「そんなもん知るか」


 先程の騎士然たる空気はどこに行ったのか、彼は不貞腐れたように頬杖をついていた。


「大丈夫だよ。シグレは女の子、綺麗にさばける性格じゃないからね」


 すると、リトがザグの頭を軽く叩いた。


「あんたが一番失礼なのよ。このすけこまし」

「違いない。おまえにだけは、どうのこうの言われたくねえな」


 さすが幼馴染み三人、仲が良い。しかも容姿もピカイチで、身の上もしっかりしているから、正直自分が混ざっていて良いのだろうかと不安になるユーリである。

 現に、自分に向けられる敵意の混じった視線が、先ほどからチクチクと突き刺さっている。


(みんないい人たちなんだけど……。わたし、文字通り毛色が違いすぎてるんだよなぁ)


 彼らのやり取りに口を挟めない、いまいち緊張が解けないユーリである。

 すると、教室の扉が勢いよく開け放たれた。

 そこから現れたのは一人の男。鳥の巣のようなもじゃもじゃした髪型で、目元がはっきりと見えない。着古した真っ黒なローブに身を包んでいて、なんというか不気味だ。歩くたびに、手にしている杖が床を打つ。

 クラスの中は、一瞬にして静かになった。

 男はわざとらしく、こほんと咳払いした。


「あーえー、担任のルマンだ。早速だが、まずはおまえたちの実力を知りたい。……というわけで、基礎学力テストをするから。自己紹介はそれが終わってからね」


 皆の口から一斉に「えー!」「はぁ?」など不満そうな悲鳴があがる。

 ユーリも声に出さないものの、「いきなりなんだ」と目をぱちくりさせる。

 すると、ルマンは杖を床に強く叩きつけた。皆の肩がびくりと跳ね上がる。


「あのねおまえら、一体何しにここに来たの? ここは学ぶ場所なんだよ。四の五の言わずとっととやること。制限時間は一時間。はい、始め」


 静かな口調なのに凄みがある。

 彼はローブの中からテスト用紙を取り出しそれぞれに配ると、皆、慌ててペンを取り出しテストに臨む羽目になった。


***


「――へぇ。ルマンのクラス、満点が二人かぁ。うちのクラスは一人だけなのよねぇ」

 

 職員棟でルマンの部屋に立ち寄った、もう一人の一年生の担任――ベラは、生徒たちの成績結果に目を通していた。というより、勝手に覗いている。

 ルマンは戦闘術担当で仕込み杖を常に持ち歩いているが、ベラは魔法薬科担当で、腰に幾つかの小瓶を下げている。栗毛色の髪をハーフアップにし、首元には花のような入れ墨がある。


「さすが、名門クラウン家のお坊ちゃん。あとは例の特待生かぁ」


 ふっくらとした赤い唇に指を当てルマンの手元を覗きこんでいると、彼に顔を押しやられた。


「何すんのよっ」

「鬱陶しい」

「相変わらず面白くない男ね」

「お互い様でしょそれは」


 ベラはふんっと鼻を鳴らすと、本が乱雑に置かれているソファにどかりと腰掛けた。

 それどころか、ガラス瓶に入ったキャンディーを勝手に食べだす始末だ。


「ちょっと、勝手に食べないでくれる」

「いいじゃん、今度美味しいチョコあげるわよ」

「……それなら許すけど」


 ルマンが甘党であると知っているベラは、彼の扱いに長けていた。


「で、例の特待生。一体誰に魔術の基礎を教わったわけ? 今まで通ってた学校は、一般人の学校でしょ。それなのに実技もパーフェクトっていうじゃない。そんな天才いる? 今日のテストでも満点って、相当勉強しなきゃ無理よ。クラウン家は名門だから分かるけど」


 ベラのせいで散らかったテスト用紙をまとめながら、ルマンが答える。


「離脱者が教えていたってさ。彼女の養父はケイ・ガニングだ」

「……ケイって。まさかあの、行方不明中のケイ・ガニング!?」


 驚きのあまり、ベラは思わず前のめりになった。


「南の国境沿いで孤児院の院長として暮らしている。あと、奴の側にはかつての副官、エリーもいる」

「……なんでそんな大物が田舎町にいるのよ。しかもなんで孤児院?」

「さあね。俺に聞かれても困るよ」

「協会は黙ったままなの?」

「ああ。好きにさせてるところを見ると、何らかの理由があるんだろう」

「ふうん……。赤髪の魔術師の卵、ね。気になるわねぇ。確か昔、ヴィンター家の亡くなった子も赤髪だったかしら」

「そうなのか?」

「確かそうよ。なんでも、不治の病で凄惨な死を遂げたとか。詳しくは知らないけどね。そのせいで、夫人はショックで今でも体調が優れないそうよ。後継ぎは、分家があるからなんとかなるでしょうけど」

「おまえ、本当によく知ってるねぇ」


 呆れたような視線を向けるルマンに、ベラはにやりと笑った。


「女は噂好きなのよ」

「あっそう」

「ふふ。にしても、今回の一年生は十分楽しめそうねぇ」


 手元に転がっていた一年生の生徒名簿に視線をやり、彼女は楽し気に呟いた。



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