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第一話

 トランクケースを手に持つ少女は、ユーリ・バルト。朝焼けのような赤髪は少年のように短く、まん丸い眼鏡をかけている。

 そんな彼女の背を追いかけるように、複数の少年・少女たちが駆け寄ってきた。


「ユーリ! 本当に行っちゃうの……?」


 後ろから聞こえてきた寂しそうな声に、ユーリは手に持っていたトランクケースを足元に置いた。そして振り返り、泣きそうな顔をした小さな兄弟たちをぎゅっと抱きしめる。

 ここは田舎町にある孤児院、ユーリの家だ。

 壁にはこどもたちが描いた絵が飾られ、床には古びた積み木や人形が無造作に転がっている。


「うん、行かなきゃ。だってね、ちゃんと立派な魔術師になったら、いーっぱいお金を稼げるんだから。そうしたら、みんなにたっくさん美味しいもの、買えるようになるんだよ」

「お菓子も……?」

「うん、たくさん買えるよ。それにね、学院がお休みの時はこっちに帰れるから。ちゃんと戻ってくるから、みんないい子で待ってて。約束できる?」

「……うん」

「よし、じゃあ約束ね」


 まだまだ小さな彼らと指切りを交わすと、院長であり、父親同然のケイが近づいてきた。

 短い茶髪の髪に、耳に多くのピアスをつけている強面の男。一見厳つく見えるがひょうきん者で、明るく、誰よりも家族想いだ。孤児院の皆から愛されている。


「ユーリ、そろそろ時間やで」

「はい、先生」


 するとケイはまじまじとユーリの姿を見つめ、感極まったように目に涙を浮かべた。そして、痛い程に強くユーリを抱きしめる。


「先生、痛いですよ」

「娘が一人、巣立って行くやなんて……。あー、寂しいわ。ええか、ちゃらんぽらんな男には気を付けるんやで。いざとなったら――」

「股間を蹴り上げ、顎に掌底食らわす、でしょ? 任せてください」

「せや。遠慮はいらん、思いっきりやるんやで」


 幼い頃から言われ続けてきた教訓を言葉にすると、ケイは満足げに頷いた。


「ちょっと。うら若き女子に何を教えてるんですか、ケイ先輩」


 すると、彼の後ろから小柄な女性が顔を出した。彼女はエリーといい、この孤児院の職員として働いてくれている女性だ。ストロベリーブロンドの髪が特徴的で、性格は天然でおっちょこちょいだ。

 前の職場も同じだったようで、いつもケイのことを先輩と呼んでいる。


「気を付けて行ってきてね、ユーリ」

「はい」

「王都の宿に着いたら、わたしの知り合いが買い物に手伝ってくれるはずだから」

「ありがとうございます。魔術師になって、たくさん稼げるようになってきます」

「あはは、頼もしいわねユーリは。じゃ、そろそろ馬車に」

「はい」


 待たせていた箱馬車に荷物を詰め込み、ユーリも座席へと乗り込んだ。


「みんな、行ってきます!」


 皆が見送ってくれる中、ユーリは馬車の中から元気よく手を振った。

 必ず魔術師になって、みんなに恩返しをする。

 それがユーリの一番の目標だ。でも、学院に行きたいのはもう一つ理由がある。

 ある人を探しているのだ。

 人に言ったところで、誰もユーリの話を信じてはくれないだろう。何せ直接会ったこともないのだから。

 でもユーリは、どうしても見つけたいのだ。

 赤髪の少女を載せた馬車は、北に向かって進んでいった。


 ***


 春の到来を告げる黄色いラサの花が、風に吹かれて青空に舞っている。

 そんな空の下、ユーリは大荷物を抱え、学院内の敷地内で足を止めていた。

 手には、ぱんぱんに膨らんだトランクケース、背中には大きなリュック。

 彼女の口から、迷った、という言葉が零れ落ちた。


(敷地が大きすぎて、分かんない……!)


 寮を目指していたはずが、だだっ広い場所に出てしまった。ここはなんだ、庭園のようだが広すぎるだろう。競馬場のように広いではないか。


「ど、どどどうしよう。ただでさえ二日遅れなのに、さらに道に迷うなんて……」


 学院内には建物が多すぎて、どの建物を目指して良いのか分からない。

 学院の入り口で寮への道順を聞いたが、複雑すぎてすっかり分からなくなった。

 魔力を持つ――中でも金持ちが通う学校は、一般庶民のユーリからして理解できない。

 とりあえず、目に見えている建物を目指して再び歩き出すかと溜め息をついた時、後ろから声をかけられた。


「……おい。あんた迷ったのか?」


 後ろを振り返れば、同じ制服に身に包んだ青年がいた。

 ふわりとした黒髪に、くすみがかった紫の瞳。切れ長の一重の目は鋭い印象をユーリに与える。端正な顔立ちをしているが、笑顔が一つもない。無愛想、その一言が一番しっくりくるかもしれない。

 顔から下に視線を向けると、皺のない新しい制服。お下がりを譲ってもらった自分とは身なりが違うのは、一目でわかった。

 この学院の制服は、紺色のシャツにタイを合わせ、下は黒のズボン、もしくはスカート。その上に黒のローブ。

 ちなみにユーリは、譲り受けた制服がズボンだったので、それを穿いている。

 ユーリは孤児院出身だ。本来ならこんな場所に縁がないのだが、魔力を持っていたことで魔術師になることを志し、学費が全て免除になるという特待生枠を受験したら、まさかの合格を果たした。なので、こうして場違いな場所にいる。


「ま、迷いました。寮はどこでしょうか」


 ユーリが眉尻を下げて情けない表情で尋ねると、彼は嘆息して「ついてこい」と歩き出した。どうやら案内してくれるようだ。放っておかれるかと思ったが、意外と親切である。


「ほんっとうにありがとうございます!」


 助け船だと、ユーリは顔を輝かせた。


「ついでだ」

「先輩ですか」

「あんたと同じ新入生だ」

「そうでしたか。声をかけていただき、助かりました」

「なんで入寮が遅れている」

「その……準備に手間取ってしまって」


 実は一般の入寮日に、色々と訳があり準備が間に合わなかった。で、二日遅れとなってしまったのだ。幸い、入学式は明日なのでなんとか間に合う。


「準備に?」

「はい。その、田舎から出てきたもので、何をどこで買えば良いのか分からなかったんです」

「そんなことがあるのか?」


 男は心底意外そうに、目を瞬かせた。


「あるんです、残念ながら。わたしの田舎は、ウードとの国境付近なんで」

「へぇ、かなり南だな」

「はい」


 今、ユーリたちがいるこの国はアベルという。アベルは北に海を持ち、東・西・南は他国と接している。そしてウードというのは、南にある隣国だ。

 かつてウードとは敵対関係にあったが、現在は良好な関係を築いているので、緊迫した様子はない。

 ユーリの住んでいたところは穏やかな気候で、数多くの果物が名産の田舎町だ。そんな田舎で今まで暮らしていたため、王都での買い物はユーリにしたら難易度が高かった。

 一応ケイたちが手配してくれた助っ人がいたのだが、その助っ人には大変申し訳ないが、あまり役に立たなかった。一緒に王都の中を迷うという始末だ。

 結局必要品を集めるだけで、二日かかってしまった。なんでもその人も、最近の王都事情には詳しくなかったらしい。

 案内されて訪れたほとんどの店が、既に閉店、もしくは移転しており、色々と大変だったのだ。


(あの天然エリーさんの知り合いだから、仕方がないといえば仕方がないんだけど)


 などと胸中で思っていると、男がユーリの髪に視線を向けた。


「話はずれるが、南には赤毛が多いのか?」

「赤毛? 多いかは分かりませんが、時折見かけますよ。珍しいですか?」

「……いや。変なことを聞いた、すまない」


 ふいっと視線を逸らし、男は足を止めた。

 いつの間にか目の前には、真っ白な建物がある。


「入って左が男子寮だ。右は女子寮だから、間違えるなよ。じゃあ、俺は職員棟に用事があるから」

「ありがとうございます。本当に助かりました」


 ユーリは笑顔でお礼を告げると、彼は片眉を動かし、去っていった。


(名前、聞くの忘れちゃったな)


 同じ学生なのだから、そのうち知る機会はあるだろう。


(ん? それよりわたし、男子と間違えられてた?)


 まぁ出るとこが出てないし、ズボンを穿いているから仕方がないか。それに田舎でもよく間違えられていたし。

 自分の体を見下ろして苦笑したユーリは、荷物を抱えて寮の中へ入った。


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