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第15章 ヤングケアラー


 第1話 天才ハンター

 田舎の生活はまったりしていた。村の衆は少々のことでは腹は立てなかった。

 それでも、例外はあった。蜘蛛(くも)の巣だけは、シャクにさわった。朝一番に道を通ったりすると、体にベチャとくっついた。中には強力な粘着質のものもあって、()がすのにひと苦労だった。


 別に蜘蛛が人間の領域を侵犯したわけではない。逆である。

 蜘蛛はせっせと糸を張る。空中ブランコよろしく、要所要所に糸を結んでいく。外枠ができれば、中心に向けて糸を張っていく。


 後は獲物が通り掛かるのを待つだけである。アブやハエ、蚊、蛾、蝶などが掛かると、急いで腹から糸を繰り出して、ぐるぐる巻きにする。芸術的なテクニックである。蜘蛛もまた、天才ハンターと言わざるを得ない。


 田舎の子供たちは蜘蛛の巣で遊んだ。

 細い木の枝を輪っかにして、蜘蛛の糸を集める。ちょうど、金魚すくいのポイを大きくしたようなものだ。これで、虫を捕まえた。

 お株を奪われた蜘蛛の心中は、どうだったか。子供たちには、そこまで思いやる余裕などなかった。


 第2話 弁当箱

 千足村に、よく妹の面倒を見ている女の子がいた。隆の同級生だった。同じクラスの和子とも仲が良かった。名前を清美と言った。


 清美は小学校に上がってすぐ、母親を亡くした。

 父親は山仕事から帰ると、清美に酒のアテを作らせ、飲み始める。二人の子供を何かにつけて叱った。姉妹が夕食に箸を付けるのは、父親が酔いつぶれてからだった。


 父親は家にほとんど金を入れなかった。学校で集金があると、清美は小銭を家中探した。和子の家で借りたこともあった。


 清美は朝早く起きて、弁当を三つ作った。

 材料が足りない日もあった。仕方なく、清美は妹と父親の分だけ作り、お昼は我慢することにしていた。空腹には慣れていた。

 また、米の割合が少なく、ご飯が押し麦で黒っぽくなることもあった。そんな時は、妹の弁当から表面の押し麦を、自分の弁当に移した。


 妹はいつも弁当を完食してくれた。大好物は卵焼きだった。おかずに卵焼きが入っているだけで、大喜びだった。


 明日は妹の小学校の遠足だった。小さなリュックを枕元において眠りについた。

 清美が台所に行くと、おかずの材料が切れかけていた。なんとか父と妹の分は作れるとしても、卵が一個もなかった。


 遠足の行き先は、学校から一時間半ほど山道を登ったところにある湿原だった。

 清美も小学校の遠足で行った。山の上なのに、湿原が広がっていた。弁当を食べた後、隆や和子たちと鬼ごっこなどをして遊んだ。

 数少ない、楽しい思い出のひとつだった。


 清美は妹が弁当箱を開けるところを、想像したくなかった。とめどなく、涙があふれてきた。


 第3話 届け物

 権蔵爺さんには友達らしい友達は、いなかった。気難しい性格から、村の衆は関わり合いを避けた。

 それでも一人だけ理解者がいた。息子の同級生の敏夫である。親が遺した田畑を守って独身暮らしをしている。


 権蔵爺さんの息子は、嫁と家を出た。孫たちはたまに遊びにきてくれるが、息子はその送り迎えで家に寄るくらいである。嫁に忖度(そんたく)しているのだ。

「まあ、あんなに性格の悪い嫁は見たことがない」

 権蔵夫婦がぼやくと、敏夫は同情してくれた。


 敏夫は何かにつけて権蔵爺さん宅に顔を出した。そのたびに、身の回りで獲れたものを届けてくれた。

「今日は卵が少ないけんど、まあ、二人で食べてみてや」

 敏夫は家の鶏小屋から獲ってきた卵を差し出した。


「誰ぞ、うちに用事のある者がきたのか、今朝は鬱陶(うっとう)しい蜘蛛の巣がなかったわ」

 敏夫が髪を撫でつけた。

「けんど、気をつけんと、悪い子供らがおるからのう」

 言いながら、婆さんは敏夫自慢の髪型を見た。時々、蜘蛛の巣がかかっていて、おしゃれも台無しだった。

(一つ、二つ、くすねるのはプロのやり口や。見つかりにくいからのう)

 権蔵爺さんには、犯罪者の心理が読めた。


 第4話 余計なお世話

 清美の妹は、遠足の話をしてくれた。

 山の上に田んぼがあり、メダカやドジョウが泳いでいたこと。その上を大きなトンボが飛んでいたこと。小さな白鷺(しらさぎ)のような花をつけた草があったこと。土の中に、(はち)の巣があって、何人かが刺されたことなども報告した。


 サギソウに感動している妹が、清美の目に浮かんだ。大きなトンボとはオニヤンマに違いない。蜂の巣の話には驚いた。妹たちは逃げ惑ったことだろう。

「お姉ちゃん! お弁当ありがとう。卵焼きおいしかった」

 妹は台所に行って、弁当箱を洗い始めた。


 いつになく、権蔵爺さんが隆の家にやってきた。

(何ぞイヤなこと言いにきたな)

 隆には分かった。

「千足もしばらく治安がよかったけんど、また、盗人(ぬすっと)が出とるようやなあ」

 爺さんは隆の父親に話しかけているが、隆を意識しているのは明らかだった。


「今朝、敏夫んとこの卵が盗まれたんやって。隆。誰ぞいつもと変わった様子の者はおらんかったか」

 権蔵爺さんは隆を見た。

「悪いのと付き合うたらいかん。ワシはお前のこと心配やから、言うてやっとるのやで」


(そう言えば…)

 隆は清美の髪の毛に、蜘蛛の巣がついていたことを思い出した。みっともないので注意してやりたかったが、言いそびれていた。

 清美の家は敏夫さんの家の近くだから、通ることはある。もし、敏夫さんの庭かどこかで蜘蛛の巣を付けたと仮定して、そんなに朝早く、何のために行ったのだろう。

 隆はいろいろなケースを想定した。


 翌日、清美を注意深く観察した。蜘蛛の巣は取り除かれていた。いつものように、和子と談笑していた。


 第5話 身代わり

「洋ちゃん。どう思う?」

 隆は洋一の考えを訊いた。

「盗ったのがワシやのうて、爺さん、残念やったなあ。けど、清美がまさか…」


 洋一はいたたまれなくなってきた。

 清美は妹の面倒を見ながら、苦労している。洋一も父親を亡くしているので、ひとり親の(つら)さは身に染みている。

(ワシがやったことにしてもええ)

 密かに決心した。


 誰かがきたのか、和子が玄関に出た。

「おるよ。入りなよ」

 清美だった。洋一は清美の顔を見ることができなかった。意外なことに、清美は明るかった。

「富江おばちゃん。昨日はありがとな」

 紙の袋を出した。

「ええんよ。自分らで食べな」

 富江は袋を押し返した。

「夕べ、父ちゃんに怒られてな。『卵借りに行くなんて恥ずかしいことすんな。明日買うてきて返しとけ』って」


 洋一は一刻も早く、隆に知らせたかった。

「鶏やって、年取ったら、卵産まん日もあるやろ」

 権蔵爺さんに言ったつもりだった。

「何ブツブツ言うとるの、洋一」

 富江が清美に、何かおかずを持たせている。

「和子と一緒に、清美ちゃん送っておやり」


 三人で暗い道を歩いた。敏夫さん家の前を通ると、テレビの歌番組が流れていた。敏夫さんが憧れ、同じ髪型にしている歌手だった。

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