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第13章 豆 狸


 第1話 タヌキ県・徳島

 狐狸(こり)。キツネとタヌキは昔から、あまり人間に信用されていない。人を化かす、とかの理由で警戒されてきたのである。


「狐狸妖怪」などと一緒くたにされるが、徳島では妖怪と言えばまずタヌキ。キツネとは格が違うのである。

 千足村の近くの山城村には、多くの妖怪伝説が残る。やはり特徴的なのは、タヌキに化かされた話が多いことだ。確かに祖谷地方で「自分は本当にキツネに化かされた」と聞いたことがある。貴重かつ希少な証言である。


 徳島の妖怪タヌキ、つまり豆狸を代表するのが「(きん)(ちょう)(たぬき)」である。民話『阿波狸合戦』で主役を張った。

 スタジオジブリの『平成狸合戦ぽんぽこ』は、徳島県民お馴染みの民話が元ネタになっている。実は、これは二匹目のドジョウを狙ったものと言えなくもない。

 昔、倒産寸前の映画会社を救った作品があった。一九三九年(昭和一四)に民話と同名の映画が公開され、空前の大ヒットとなった。お陰で映画会社は経営を立て直した。

 そのお礼に関係者が建立したのが県東端・小松島市にある金長神社、とされている。足を向けては寝られなかったのだろう。


 第2話 湯治

 もちろん、千足村にもタヌキはいた。キツネを目撃したという話はほとんど聞いたことがなかった。キツネはいても、肩身が狭かったと推測される。


 山々が紅葉すると、村の気温は急速に低下する。村人は厚着して背中を丸め、足早に行き交う。

 隆の父親は今日も権蔵爺さんと婆さんに出会った。手荷物を持っている。

「どこに行かれる?」

「湯治よ」

 爺さんは胸を張って答えた。

(夫婦で湯治に行くくらいのゆとりができたんだ)

 隆の父親は少し(うらや)ましかった。


 湯治と言えば、祖谷川の中流にある天然温泉か、祖谷川の支流にある松尾川温泉くらいしかない。

「遠いところを、ご苦労なことやのう」

 簡単に行ける距離ではなかった。

「いいや。千足にも温泉が湧いたんや」

 夫婦は仲良く肩を並べて、山道を下りて行った。


 第3話 岩盤浴

 隆の父親は今日も権蔵夫婦に会った。

「精が出るのう」

「いいや。温泉に浸かって、後は岩盤浴しとるだけやからのう。まあ、食事も出るんで、遠くからの泊り客も多いわ」


 隆の父親はニコニコして聞いていたが、内心おだやかでなかった。明らかに、お隣さんに異変が起きていた。それも、夫婦そろって。

 夕食時に家族に話した。

「おかしなことを言うのう。ボケてきたんかなあ」

 母親は信じられない様子だった。


 隆は、洋一と修司を誘って、権蔵夫婦の後を付けた。

 夫婦は千足谷に向かった。水車小屋で服を脱ぎ、タオルを手に、水たまりに座った。体に水をかけ、紅葉する山々を満足げに見上げている。

 隆たちは見ているだけで、体が震えてきた。


 やがて夫婦は水から出て、岩の上で甲羅干しを始めた。

「ほう、愛媛からおいでなさったか」

「それはそれは。どこにも悪い嫁はおるもんやなあ」

 夫婦はそれぞれ勝手なことをしゃべっている。まるで誰かと世間話でもしているかのようだった。


 第4話 お縄

 洋一は小学校五年の時、父親を山の事故で亡くした。母親の富江は農協に働きに出て、洋一と和子を養ってきた。

 遅い夕食が始まった。洋一は権蔵爺さんたちのおかしな行動について、少しだけ話した。富江と和子は笑っていたが、富江は急に我に返った。

「そう言や、今日な、爺さん、農協からお金引き出したんや」


 昼間の出来事だった。まとまった金だった。

「そんなに、何に使うん?」

 富江は訊いた。

「いろいろと支払いがあってのう」

 権蔵爺さんの応対はしっかりしていた。


 隆は洋一からその話を聞き、一瞬ながらキツネに(つま)まれたようになった。

「洋ちゃん。仮に、権蔵爺さんたちがタヌキに化かされとるとしても、金を引き出すのはおかしいで。まあ、とにかく正気に返らせるのが先やなあ」


 隆と洋一、修司は長老を訪ねた。

「狐狸の災いを取り除く(まじな)いはある。本気になって勉強するんなら教えるけんど、遊び半分な者には教えんで」

 長老は不承不承ながら、実演してくれた。


 土曜の登校時、通学班は背広姿の男とすれ違った。前日にも見かけた男だった。


 権蔵夫婦が岩盤浴をしていると、最近入ったという番頭がやってきた。

「小杉様。月末なので……今月分の……お願いします。……で三万ほどになって……」

 ちょうど、村の防災無線放送とかぶって、番頭の話は聞き取れないところがあった。

「なんぞ、放送しとるぞ」

 夫婦は耳を澄ませた。

「こちらは防災千足です。次は、警察署からのお知らせです。最近、管内に幻惑商法グループが出没しています。お金のからむ話には十分お気を付けください。ポンポコ、コンコン。ポンポコ、コン」


「怖い話やなあ、爺さん」

 婆さんは眉をひそめた。

「なんで、爺さん、裸になっとるん? 何か着んと風邪ひくで」

「婆さんこそ、何か羽織らんと。素っ裸やないか」

 番頭の姿はなかった。


 洋一の家に、勲おじさんがバイクでやってきた。いつもよりスピードを出していた。

「警察はえらい騒ぎやったで。爺さんが大金引き出したことに疑問を抱いたとかで、富江に感謝状を出そうという話が持ち上がっとるで」

 おじさんは興奮していた。

 まず富江が気づかなかったら、犯人はまんまと大金をせしめていただろう。


「隆たちも犯人の情報提供したので、表彰されるで。『お手柄三中学生』や」

 おじさんの言葉に、三人は思わず腰を上げかけた。

(無名の少年探偵団のままがいいか)

 隆は二人を座らせた。


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