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第12章 さらし者


 第1 暴力教室

 隆の世代は、よく先生に殴られた。親たちは、そんな教師ほど、熱心だと誉めそやした。

 小学生の時、女性の教員に殴られた記憶がある。

 始業ベルが鳴ったのを無視して遊んでいて、教室の後ろに整列させられた。

「股を張れ。歯を食いしばれ」


 何をされようとしているのか、隆には分からなかった。

 言われるまま、足を開いて踏ん張り、奥歯を嚙み締めた。

 教師は体をひねり、腕を大きく回して頬を張っていった。

 噂に聞く、軍隊式のビンタだった。不意打ちだと、吹っ飛んでいただろう。


 また、ある女性教員は陰湿だった。

 隆が女子生徒をいじめ、担任に呼ばれたことがあった。

 担任は二の腕を洋服の上から(つね)ってくる。年季が入っていた。はた目には指で突いているようにしか見えないだろうが、教員の指はしっかり隆の皮肉を(とら)えていた。


(もう止めてほしい。弱い者いじめはせんから)

 隆は身に沁みた。

 曲がった性根が次第に、まっすぐになっていくのを、痛感していた。


 暴力をふるった教員の多くは男女を問わず、戦前の生まれだった。

 隆が中学二年の時、短大出の新卒教員が赴任してきた。戦後すぐの生まれと思われた。

 大柄で、明るい性格だった。張り切って授業に出てきた。


 隆のクラスのワルが登校途中に青大将を捕まえ、教室の後ろの掃除道具入れで飼っていた時期だった。男子生徒が群がっていると

「こら、男子、そこで何やってるの!」

 女性教員はツカツカと近づいてきた。


 訊かれたので、ワルはとぐろを巻いた青大将を目の前に突き出した。

「キャ――――ッ」

 悲鳴が職員室に消えていった。

 女性教員は教頭に援軍を頼み、その時間は教頭による説教の時間となった。

 あれが戦前生まれの教員なら、男子生徒は連座制で、実刑を免れなかっただろう。


 第2話 バトル

 その若き女性教員が暴力をふるうのを、隆は一度だけ見たことがあった。

 宿題を忘れた者が立たされた。隆もその一人だった。

 教員は順に理由を訊いた。

 隆の前の席にワルが立っていた。教員はネチネチと追及している。


(次は自分か)

 隆はすっかり覚悟はしていた。いよいよ隆の番になった。

 教師がワルの横を過ぎようとした時、ワルが振り向きざま、教師の横面を張った。腹に据えかねていたのだろう。


 教師もワルに掴みかかっていった。しばらく揉み合いが続いた。

「もう、教頭先生に叱ってもらう」

 ワルは職員室に連行された。隆はひとり難を逃れた。


 その事件も教室で起きた。

 女性教員は教卓の前で、顔色を変えた。

「ナニ、これ!」

 小さな紙片に「バカ」と書かれていた。それが教卓の上に置かれていたのだ。

「私に対する当てつけのつもり?」


 手が付けられなかった。

「誰がやったのか言いなさい」

 全員黙りこくっていた。

「先生から見ると、こんなことするのは誰か、分かってるのよ。どの学年にも一人や二人はいる。上の学年ほどひどくはないけどね」

 洋一のことを指しているのは、明らかだった。


 延々と続きそうだった。

 隆は手を挙げて、起立した。

「何、小杉君」

「ボクがやりました」


 第3話 正義漢

「いいのよ、小杉君。はい、座って」

 教員は隆を座らせた。

「小杉君はね、自分で罪をかぶろうとしているのよ。小杉君がやってないことなんか、先生には分かっている。小杉君に対して、恥ずかしいとは思わないの。犯人は名乗り出なさい!」


 また、教師の長話が始まった。

 洋一やクラスのワルは、犯罪予備軍のような言われ方だった。

 教師は座席の間をゆっくり歩きながら、説教を続けた。


 隆の横を教師が通り過ぎた。

「先生。ちょっと」

 隆が教師の背中に触れた。手に何かを持っていた。紙片だった。

「こんなの付いてました」

 紙片には、やはり「バカ」と書かれていた。


「いつ気づいたの?」

 紙片を持つ教師の手が震えていた。

「教室に入ってきた時には付いてましたよ」

 隆は極めて冷静だった。

「そうでしたよ」

 和子が援護射撃した。隆はまったく予期していないことだった。


 教師は教卓に戻り、突っ伏して泣き出した。

 可哀そうだったが、隆たちにはどうすることもできなかった。


 しばらくしてチャイムが鳴り、教師はうつむいて職員室に戻っていった。

 翌週、その教師は体調不良で授業にこなかった。お陰で隆たちは、教頭から訓話を聞かされたのだった。


 第4話 ピエロ

「なあ、隆。あの先生、よっぽど恥ずかしかったのやろなあ」

 背中に紙片を貼られ、校内を颯爽と歩く姿を、洋一は想像した。

「洋ちゃん。ほんまにそう思うか?」

 隆は薄ら笑いを浮かべた。


「お前! ほな、和子まで巻き込んだんかいな」

 洋一は呆れ果てた。

「そりゃ、和ちゃんやって、洋ちゃんのことをあんなに言われたら、仕返ししとうなるわ」


 クラスメイトの背中に、悪口を書いた紙を貼るなどというのは、たわいないイタズラだった。落ちた紙片がたまたま教卓に置かれていたことから、気鋭の女性教員は難に遭ってしまった。

 誰が書いたものか、名探偵・隆には関心がなかった。その者が犯罪予備軍なら、世の中は軽犯罪者であふれている――隆はそんなことを考えるようになっていた。

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