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第11章 美 談


 第1話 集団登校

 徳島県の田舎で集団登校が始まったのは昭和も四〇年近くになってからと、隆は記憶している。

 それまで、各自が登校していた。

 隆の級友に、手から血を流し、Yシャツの胸元を黄色く汚して登校した者がいた。

「途中、崖の上で、カラスの卵を吸うとったら、親が巣に帰ってきて、襲われた」

 と語っていた。中には、飛んだ道草をする子供もいたのである。


 集団登校になってからは、子供たちは整然と並んで歩いた。ただ、通学路にクルマが通る区間はごくわずかだった。それに、通るとしても路線バスくらいだった。

(何のために一斉登校しているのだろう)

 多くの子供たちは腑に落ちなかった。学校としても、交通安全の機運の高まりを受けて、取り敢えず試みた制度だったに違いない。


 ところが、ちょっとした事故が起きた。

 隆のグループに、水たまりで転んだ子がいた。おっちょこちょいがふざけていたもので、洋服がずぶ濡れになった。

 学校に着くと、隆は校長からいろいろと訊かれた。隆は、水たまりで転んだだけだと答えたが、校長はその程度では納得しなかった。

「よっしゃ。谷に転げ落ちたのを助けた、ということにしておこう」


 校長は全校集会で、この話を例に引きながら、集団登校の効用を強調した。

「小杉君の班では、もう少しで大変な事故になるところでした。みんなも安全な登校を心掛けてください」

(歴史はこんな風に造られるんだ)

 隆も片棒を担いだようで、わだかまりが残った。


 第2話 現行犯

 交通事故こそゼロだったが、子供たちの死亡事故は起きた。

 隆の級友の弟は、川で流されて死んだ。下校途中に河原で遊ぶのは、子供たちの大きな楽しみだった。しかし、流れは急で、危険な場所も多かった。ひとつ間違えば、命を落としかねなかった。


 学校が最も神経質になっていたのは、夏季の水難事故だった。プールなどないので、子供たちは谷や川で遊んだ。天然のプールである淵や、流れをせき止めた臨時のプールを水遊びの場所と指定。それ以外は水泳禁止区域とされた。


 その夏も洋一と修司、隆は千足村の子供たちを引き連れ、祖谷川まで遠征していた。もちろん水泳禁止区域である。

 隆たちが魚を追っていると、見張りに立てていた下級生が何か言っている。

「先生がおる!」

 隆が下流を見ると、男の教員がいた。暴力教師として名高く、子供たちは声を聞くだけで震え上がっていた。

 教員は見回りにきていたのだ。隆も洋一も修司も覚悟を決めた。決定的な場面を押さえられてしまった。この上は、どんな暴力を振るわれても仕方がなかった。


 教師は苦虫を噛みつぶしたような顔で、隆たちを睨んでいた。教師の後方を見ると、よその村の子供が数人、突っ立っていた。

(あいつらも、見つかったんか)

 隆は仲間が増えた分、殴られる恐怖、痛みが軽減したような気がした。しかし、この時は不思議に無罪放免となった。


 第3話 ()りない教師

 夏休みの登校日。校長は全校生徒を集めて訓示した。

「水泳禁止区域で泳いだ者は手を挙げなさい」

 何人かが手を挙げた。千足村の子供ではなかった。


 こうして、その夏、千足村の子供たちは運よく、お咎めをまぬかれたのだった。

二学期が始まった。隆は男性教師に呼び止められた。

「隆。お前ら、水泳禁止区域で泳いだのに、なんで手あげんかったんや。ワシらだけ校長に怒られたやないか」


 なんと、その教員は生徒数人と泳ぎにきていたのだった。

「ずるいやっちゃ」

 教師は(すご)んできた。


「あいつらには『泳ぎに行ったこと黙っておけ。絶対しゃべるな』って言うておいたのに」

 教師は反省していなかった。

「先生。それはないでしょう。先生の名前なんか出したら、どんな目に遭うか分からんのですから」

「まあ、そりゃそうや。誰がワシのことチクったんやろ」

 後、考えられるのは保護者からの通報しかなかった。だとすれば、校長も、もみ消すわけには行かなかったのだ。


 第4話 罪悪感

「かなり怒られたようやな」

「生徒連れてあんな危ない場所で泳いだんやから、校長は許してくれんで」

「不祥事もええとこやな。けど、あんまり薬になってないようやなあ」

 もはや、対岸の火事だった。


「だけど、手あげたやつらは、先生のことやワシらのことを黙っていてくれたなあ」

 洋一にはあっぱれと思われた。

「そうや。あの先生やって、ワシらのことバラしとったら、ワシら校長室に呼ばれとったで」

 修司の言うように、まんざら悪い教員でもなかったのだ。

「おっちゃんに相談してみようか。いくらなんでも、これでは後味が悪すぎるよ」

 隆の一言で決まった。夜、修司の家に集まることになった。


 勲おじさんは話を聞いて

「ええ心がけや」

 と誉めてくれた。

「ワシが校長に匿名で手紙出しちゃる。溺れかけたところを、先生に助けられたことにしょうか」

「さすが、おっちゃんや」

 隆と洋一は改めて感心した。


 男性教師は再び、校長室に呼ばれた。

 教師の心配をよそに、校長は笑顔で迎えた。

 話を聞いた教師は

「それはボクじゃないです」

 人違いである旨を告げた。

「差出人は千足村の保護者でしょう。先生が千足村の子供たちをかばいたい気持ちはよく分かります。それでは、先生が浮かばれない。夏休み返上で巡回していて、子供を水難事故から救った。誰でもできることではありませんよ」


 校長は職員会議で、この美談を紹介した。もちろん、校長なりの誇張が加わってはいた。


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