4 ハッピーエンド
ギアルがクレアを連れて向かった先は、王城内にある部屋だった。ギアルに促され中に入ると、どうやら執務室のようだった。
「ここは俺が王城で仕事をする際に使っている部屋なんだ」
そう言ってギアルはクレアを見ると、クレアを抱きしめた。
(な、何!?お兄様に、抱きしめられてる!?)
ふわりと鼻先をくすぐる上品ないい香りに、男性の香りが混ざっている。クレアを抱きしめる腕はしっかりとしていて、クレアはギアルに包まれている状態だ。あり得ない状況にクレアの心臓はバクバクと大きく鳴り響き、身体中が一気に熱くなる。
「あ、の、お兄様?」
「ようやく会えた。ごめん、俺がいない間にクレアがあんな目に遭っているなんて……助けることができて本当によかった。今日もしクレアが来てくれなかったらと不安で仕方なかったんだ」
「おばあさまに絶対に行けと言われたので……」
「今度お礼を言わなくちゃだな。ああ、クレア、君をこうして抱きしめることができて嬉しいよ」
ぎゅうっとクレアを抱きしめる力が強くなる。
(あああ、どうしましょう、こんなに抱きしめられることなんて初めてで……しかもギアルお兄様に抱きしめられてるなんて!)
クラクラしそうになる頭をなんとか堪え、クレアは聞きたかったことをギアルに聞く。
「あ、あの、お兄様、お兄様が第二王子というのは本当なのですか?」
クレアの言葉に、ギアルは静かに腕を解いてクレアから少しだけ距離を置いた。だが、クレアの肩を掴んで離さない。
「ずっと秘密にしていてすまなかった。小さい頃、遠い親戚の君と一緒に遊べることが嬉しくて仕方なかったんだ。俺が第二王子だとわかったら、きっと君は第二王子へ向けた態度を取るだろう?俺は第二王子としてじゃなく、俺自身として君に接して欲しかったんだ。だから、身分を明かさないようにって君のご両親にも周囲の人間にも言っていたんだよ」
(お兄様が、本当に第二王子……)
「あの、お兄様は私を助けるためにあんな風におっしゃってくれたのですよね?」
「?」
「婚約、するとか……」
「いや、俺は本気だよ。本気で君に婚約を申し込んだ。君と結婚したい。言っただろう、正式に申し込むって。君も了承してくれたじゃないか」
少し怒ったようにギアルが言う。
(え、本気なの?私なんかが、ギアルお兄様と、……第二王子と婚約?結婚!?)
唖然としてギアルを見上げるクレアの肩を、ギアルは少しだけキツく掴んだ。
「俺は小さい頃からクレアのことが好きだった。でも、俺は第二王子だ。大切なクレアを王家のしきたりやしがらみに巻き込みたくなくて、諦めていたんだよ。でも、俺がいない間にクレアがあんな目にあって……どうしても我慢ならなかった。もう俺は自分の気持ちに正直になる。俺はクレアと結婚したい。どんなことがあっても、クレアを一生かけて幸せにするって決めたんだ」
鮮やかなスカイブルーの瞳がクレアを射抜く。その瞳には固い決意と深い愛情が感じられて、クレアの心臓は大きく跳ね上がった。
「ねえ、クレア。俺じゃダメかな?」
「そんな……!光栄なことです。でも、恐れ多くて……私なんかが第二王子の相手に務まるはずがないです」
「第二王子と言っても、俺は王位継承権を放棄するつもりだ。そうなれば、いずれは爵位が与えられて貴族になるだけ、だからそんなに身構えることはないよ。それまでは色々とややこしいこともあるかもしれないけど、クレアが困らないように俺がなんとかする。それに、クレアの俺に対する気持ちは?第二王子ではなく、俺自身のことをどう思ってる?」
「そ、れは……」
(どう思ってるって、ギアルお兄様は幼馴染で、小さい頃から仲が良くて、かっこよくて、一緒にいると楽しくて……)
「俺のこと、お兄様って呼ぶけど、兄のようだとしか思っていない?男として見てくれたことは一度もないのかな?」
「そんな……っ!お兄様だって、小さい頃から私のことを妹のように思ってるとばかり……」
「小さい頃は確かにそうだった。でも、いつの間にか俺はクレアのこと、妹ではなく一人の女性として見ていたよ。好きで好きで仕方なかった。でも立場のことを考えて、君に迷惑がかかると思って気持ちを隠していたんだ。でももう隠さない。俺はクレアのことが好きだ。ほんの少しでも脈があるなら、俺にチャンスをくれないか?俺のことを意識してもらえるように、男として見てもらえるように頑張るよ」
そう言って、ギアルはクレアの片手を優しく掴むと、そっと手の甲にキスを落とした。そして、クレアをじっと見つめる。その瞳は、心の底から愛おしいものを見つめる熱のこもった瞳だった。
(手に、く、唇の感触が……!それに、そんな顔されたら、心臓が……!)
突然のことにクレアは顔が真っ赤になる。そんなクレアを見て、ギアルは嬉しそうに微笑む。
「それで、クレアの気持ちは?やっぱり俺のことは兄のようにとしか思っていない?」
「それは……お兄様はお兄様ですけど、ずっと会いたかったですし、今回のことも本当はギアルお兄様に一番に話を聞いて欲しかったんです。でも、悪女なんて呼ばれている私なんかと関わったらお兄様に迷惑がかかると思って……。こうしてお会いできて、助けていただいて本当に嬉しかったんです」
顔を赤らめながら、なんとか必死に言葉を紡ぐクレアを見て、ギアルの胸は愛おしさで張り裂けそうになる。
「それならよかった。俺に抱きしめられたり、手を掴まれてキスされたりするのは、嫌じゃない?」
「そんな!ギアルお兄様にされて嫌なことなんてありません!」
不安そうに言うギアルを見て、クレアは慌てて否定する。そんなクレアに、ギアルは本当に嬉しそうな微笑みを返す。そして、クレアの片手を掴んだままクレアの前に跪いた。
「だったら、俺との婚約、受け入れてくれるよね?」
「第二王子ともあろうお方が、そんな跪くなんておやめください!」
「俺はクレアが了承してくれるまでやめないよ」
フフッと少しだけ意地の悪そうな笑みを浮かべながら、ギアルはまたクレアの手の甲にキスを落とす。そのおかげで、クレアの顔はさらに真っ赤になった。
(お兄様ったらずるい!これじゃ断ることなんてできない……そもそも、断る意思なんて私にあるのかしら?こんなに嬉しい気持ちになっているのに。私だって、断りたくないって思ってしまっている)
クレアはギアルを見つめて、静かに深呼吸した。
「わかりました。婚約の件、謹んでお受けします」
「本当に!よかった!」
クレアを見上げてギアルは目を輝かせる。そして、すぐに立ち上がるとクレアを抱きしめた。
「ああ、嬉しいよクレア。一生かけて大事にする。幸せにするよクレア」
「お、お兄様、苦しいです……!」
「あ、ああ、ごめん。嬉しすぎてつい。あ、それからクレア。もうお兄様は無しだろう。夫婦になるんだし。名前を呼んでほしいな」
「えっ!」
クレアから体を離してクレアの肩を掴んだまま、ギアルはクレアの顔を覗き込む。サラリと靡いたギアルの美しい銀髪が光に照らされて美しく光った。
「え、えっと、ギアル様……」
「ふふ、嬉しいな、どうしよう、嬉しくて堪らないよ。……ねえ、クレア、キスしてもいいかな」
「……はい!?」
(キ、キス!?オリヴァー様にだってされたことなかったのに、ギアル様とキス!?ええ!?)
クレアの顔がまた見る見ると真っ赤になっていく。それを見てギアルはクレアに顔をどんどん近づけていく。
「もちろん、クレアが嫌ならしないよ。断ってくれて構わない。でも、断られないのなら、俺は今すぐにでもクレアにキスしたい」
そう言いながら、片手でクレアの頬を優しく撫でながらクレアの目の前に顔を近づけ、額を合わせる。
(ギアル様の顔が!目の前に!)
クレアは今にも沸騰してしまうのではないかと思うほどに顔が熱くなっていた。でも、ギアルにそんなことをされてもクレアはちっとも嫌ではない。むしろ嬉しささえ感じてしまう。それがギアルに伝わったのだろうか、ギアルは少しだけ嬉しそうに微笑んだ。
「嫌がらないなら、良いように受け止めるよ」
そう言って、ギアルはクレアの唇に優しく口付けた。
婚約破棄されてビンタをしてしまい、ありもしない噂を流され悪女呼ばわりされていた令嬢は、実は第二王子だった幼馴染と再会し助けられ婚約を申し込まれる。
ずっと幼馴染の令嬢を好きだった第二王子は、その後令嬢と結婚して令嬢を一生涯愛しぬき、二人は周囲が羨むほどの溺愛夫婦として幸せに暮らしていくのだった。
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