ロイヤルブルーと光り輝くダイヤモンド
どうやら今日の彼女には、少し悔しいことがあったみたいだ。
夕方のマジックアワー、互いの会社の中間地点にあたるいつもの待ち合わせ場所で彼女を迎え入れ、普段とさして変わらない家路を今日も二人で歩いていく。
外は茜色と紫色が程よく調和していて、妖しげな光に包まれた街がより幻想的な雰囲気を演出していた。空が綺麗だなと思わずホッと深く息を吐きながら、隣を歩く彼女の方を見る。けれど、いつもであれば「空が綺麗だね」と明るく笑うあなたが、今日は黙りこくったまま、ただ静かに家までの道を歩いて進んでいくだけだった。
――なんとも珍しいなと、私は不思議に思って彼女の様子を眺める。それこそ普段は留まることを知らないくらいに彼女がいろんな話をこちらに投げかけるから、ここまで沈黙を貫いているのは本当に珍しかった。
今日は、どんな一日を過ごしたのだろうか。それこそいつもと変わらぬ調子で私が何気なしにそう問いかけようとしたとき、不意に彼女の瞳からポロッと一筋の涙がこぼれ落ちた。
「……え…?」
歩みを止めて慌てて彼女の前に回り込み、少しかがんで顔を覗き込む。…すると、普段は明るい笑顔で雰囲気を作り上げてくれる彼女が、苦虫を噛み潰したように顔をしかめながら尚も溢れてきそうな涙をグッと堪えていた。
曰く、仕事で失敗をしてしまった、と。ほんの少しの気の緩みで、取引先に大変迷惑をかけてしまった、と。本来謝らなきゃいけないのは自分自身なのに、先輩が各所に連絡を入れて謝りに回っているのを隣で一緒に頭を下げることしか出来なくて。…それが本当に申し訳なくて仕方がなかったのだ、と。
彼女が泣きながら話をする隣で、私はただひたすら背中を擦って彼女を落ち着かせることしか出来ない。十分に反省をしている彼女相手に中途半端に慰めても、結局彼女の心をすり減らすことになってしまいかねないからだ。
歯がゆい気持ちに苛まれながらも、でもやっぱり放っておくことなんて出来なくて。…だからせめて、苦しそうに呼吸を繰り返す彼女の隣であなたをそっと抱き寄せて、その悲しみを少しでも軽くしてあげたいと願ってしまうのだ。
「…今日は、早く休もう?」
しばらく息を殺して涙を流していた彼女が少しばかり落ち着いたタイミングを見計らって、私は彼女にそっと声をかけた。
ありきたりな言葉しか投げかけることが出来なかったけれど、やがてそんなありきたりの言葉にさえ、彼女はとても嬉しそうに大きく首を縦に振ってくれた。…そして、ようやく思いを言葉にすることが出来た安堵からか、今しがた無事に泣き止んだというのに、再び彼女の瞳からまたしても大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちてしまう。
仕方ないなぁと笑って、私はもう一度彼女の背中を擦って彼女を落ち着かせようとしていた――そのときだった。地面に滴り落ちる彼女の涙に視線を向けた瞬間、キラリと光に反射したそれに、私はふと心を奪われてしまいそうになったのだ。
(――宝石?)
それは、確かに流体の形をしている。触れればいとも簡単に崩れてしまうし、そもそも手で掴むことさえ出来ない。…けれど、私の目には確かに宝石に見えた。ひときわキラキラとまばゆい光を放つ、唯一無二の美しい結晶のように、彼女に淡くキラキラとした輝きを与えてくれていた。
(……本当、優しいんだから)
シャクリを上げる彼女の背中をゆっくりと優しく擦りながら、「早く帰ろっか」と彼女の手をギュッと強く繋いで、やがて二人の住む家へと再び歩き出す。
ありがとうと小さく呟きながら、手の甲で拭い取られた彼女の涙が綺麗に宙を舞って。――それがさながら、私の目には美しく光り輝くダイヤモンドのように見えた。
潤んだ瞳からこぼれ落ちた涙が、まるで宝石のように光り輝いているように見えてしまったのは。…きっと、誠実で心が澄んでいるあなたの実直な涙であったからなのだろう。