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第9話 ルーグリス公国の政変

 夕日を浴びる海岸通りをナギサは歩いていた。

 シャーロットを市場で別れてから、ナギサはローレライ協会に向かった。


「ちょっとはシャーロット様と仲良くなれたかな?」


 最初はとっつきにくいように感じたけれども、頑張って話しかけたおかげか、少しだけ打ち解けたような気がする。


 クレープを頬張るシャーロットの姿を思い出して、ナギサは声を押し殺して笑う。お姫様とはいえ、クレープを食べる姿は普通の女の子そのものだ。

 あんなに風に普通の女の子の姿を見せれば、もっと親しみやすいのに……。


「でも、明日の重要な用事って何だろう?」


 シャーロットはルーグリス公国の重要な話し合いと言っていた。

 それが何なのかはさっぱりわからないけれども、あの真剣な眼差しを見ても、相当大事なことだと思う。胸がなぜかざわめいて、これから何か起きるような気がする。


「ただいまー」


 そんなことを思いながら、ローレライ協会に戻ってくると……。


「大変だ! ナギサ!」

「どうしたの、ミサキちゃん?」


 ナギサがきょとんとすると、ミサキが新聞を見せてきた。


「これ知ってたか? ルーグリスがやばいらしいぜ」

「……えっ?」


 思いがけない発言に、ナギサは慌ててミサキから新聞を受け取る。


『ルーグリス公国において、バウマン首相がルーグリス国王の退位を求める』


 新聞の見出しには、大きくそう書かれていた。

 詳しく読めば、ルーグリス家と並び、ルーグリス公国において強大な派閥を持つバウマン首相派がルーグリス公国の国王制度を撤廃しようとしていることが書かれていた。


「つまり、バウマンって首相がルーグリス公国を乗っ取って国王を追い出そうとしているらしい。シャーロット姫の家族は、その渦中にいるってことさ」

「ルーグリス国王って、シャーロット様のお父さんだよね?」


 ナギサが質問すれば、ミサキはうなずく。


「ああ。バウマンはルーグリスを乗っ取るために、隣国のグレイヴァニア王国を味方につけているらしくて、議会もバウマンが買収した連中が大勢いるらしい」


 グレイヴァニア王国はルーグリス公国の隣にある国だ。軍事に力を注いでいる国であり、他国に対しても高圧的な態度で迫ってくることでも有名であった。


「もし国王制度が撤廃したら、シャーロット様はどうなるの?」


 ナギサがミサキの腕を掴んで揺さぶる。


「そんなことアタシに聞いてもわかるわけねえだろ。まあ、新聞によれば、ルーグリス家は国を追い出されることになるんじゃないかって言われてる」

「……国から追い出される……」


 新聞を手にしたまま、ナギサは呆然としてしまった。


「おい、ナギサ。また余計なことを考えているんじゃないだろうな? おまえの顔に心配でたまらないって書いてあるぞ?」

「だって、シャーロット様が……!」


 ナギサが声を上げれば、ミサキはため息をこぼした。


「いいか、ナギサ。国のことなんてアタシたちの手に負える話じゃねえんだ。これはお姫様とルーグリスの問題だ。アタシたちがどうにかできるわけないだろ」


 確かにミサキの言うとおりだ。

 あくまでもこれはルーグリス公国の問題だし、アクアトリアのナギサたちがどうにかできることではない。しかも、ただのローレライの少女であるナギサには、国の問題などどうにかできるわけもない。

 ナギサが黙り込んでいると、ミサキがやれやれと首を振る。


「おい、ナギサ。頼むから厄介ごとに首を突っ込むなよ。まあ、いくらおまえでも、よその国の問題じゃどうにもできないだろうけど」


 ミサキが険しい顔で忠告するが、ナギサは振り返った。


「ちょっと会長に話を聞いてくる!」


 ナギサは急いで階段を駆け上がって、会長室に向かった。

 会長室に飛び込めば、会長のエルマがいつものように座っていた。


「お帰りなさい。そろそろ来ることだと思っていました」


 顔から察するに、エルマは全てを理解しているようだ。


「会長、これはどういうことですか? シャーロット様は……、ルーグリス公国はこれからどうなるのですか?」

「落ち着きなさい。私たちも今はその新聞に書かれてあることしかわかりません」


 いくらローレライ協会の会長といえども、遠い国の出来事がわかるはずもない。そんな当たり前のことすら気づかない自分を恥じてから、もう一度質問する。


「あの、私はこれからどうすれば……」

「シャーロット姫様次第というところになるでしょう。もし姫様がルーグリスに帰国されるようでしたら、あなたの役目はそこまでとなります」

「そんな……まだ二日間しか一緒にいないのに……」


 まだシャーロットと二日間しか一緒に過ごしていない。ようやく少しだけ仲良くなれた気がしたのに、このままお別れするなんてあまりにも悲しすぎる。

 エルマは軽く息を吐いてから話しを続けた。


「……私も心配ですが、下手に動けば、姫様の立場をさらに悪くする可能性があります。とにかくルーグリス公国側から連絡が来るまで、あなたは待機しててください」

「……わかりました」


 ナギサはただうなずくことしかできなかった。


  ◇ ◇ ◇


 その夜、ナギサはなかなか寝付けなかった。

 まさかシャーロットが国を奪われる危機にあったなんて。


 他国には他国の事情があるし、ナギサはそもそもルーグリス公国の民ではない。まして、ただのローレライであるナギサが国の問題をどうにかできない。

 それはわかっているのに、どうしても気になってしまう。


(シャーロット様は、ずっとわかってたんだ……)


 シャーロットが市長からルーグリス侯爵家について触れられたことや、ルーグリス街で老女が心配しながら声をかけたこと、そしてシャーロットがたまに見せていた悲しい顔はこのルーグリス公国の危機を指していたのか。

 そんなことをつゆ知らずに、自分はのうてんきに明るく話しかけてしまった。


「私、なんてバカなことを……」


 自分が情けなくて、ベッドの上でのたうち回ってしまう。

 シャーロットがどうするかはわからないけれども、このまま別れるのはあまりにも寂しい。今の自分にできることがあるとは思えないけども、せめて明日ちゃんと会ってからあやまりたい。


(それに、あの夢も気になるし……)


 彼女と初めて会った日に見た悪夢のことも、まだ気にかかっている。

 夜の海でシャーロットがずぶ濡れで倒れていた夢の正体がはっきりしない。あれが予知夢なのかはわからないけども、このままシャーロットを放っておいたら、おそろしいことが起きそうな気がする。


 どうしたらいいものかと悩んでいると、ふと父の言葉が浮かんできた。


『パパはいつも外国で何ができるんだろうと思っているんだ。困っている人がいたら、まずは話を聞いてみよう。そうすれば、何か役に立てることが見つかるかもしれないだろう?』


 外交官だった父も赴任した国で様々な問題に向かい合った。そんな父だったからこそ、今でも様々な国から感謝の手紙が届いている。

 もし自分も誰かの役に立てるのならば役に立ちたい。


「やっぱり明日、もう一度会いに行こう!」


 何ができるかわからないけども、もしシャーロットが困っていて、自分に何かできることがあるなら役に立ちたい。父がそうして多くの人たちの役に立ったように。


「お父さん。見守っててね」


 そうつぶやきながら、ナギサは窓の外の海に輝く星々を見上げた。

 どこか遠くで父が微笑んでいる気がして、胸が少しだけ温かくなった。

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