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第3話 ローレライ協会

 ローレライ協会の建物は、アクアトリア港の近くにある。

 煉瓦造りの小さな建物であり、中では十人ほどのローレライが勤務している。ローレライ協会に勤めるローレライは全員十代後半から二十代半ばくらい女性だった。


 アクアトリアの水先人であるローレライは、専門学校に進学して試験に合格することでなることができる。学校では海を操る歌や船にまつわる勉強などたくさんのことを学ぶ。

 ナギサもまた子どもの頃から憧れたローレライの学校に進学してから勉強をして、無事にローレライになることができた。

 いつものように、ナギサが協会の建物に入っていくと……。


「おーい、ナギサー!」


 ミサキ・ティモールが声をかけてきた。

 年齢はナギサのひとつ年上の十八歳。髪はショートカットで明るい茶色。ボーイッシュな顔立ちと体型をしているために、よく男の子に間違えられる。


「あっ、ミサキちゃん」


 ナギサが声をかけると、ミサキが絡んできた。


「見たぜ、ディアナ号を着岸させたんだろ。どうだった?」

「今日は海も落ち着いてたから、そんなに難しくなかったよ」


 ナギサがえへへと笑いながら答えると、ミサキがじれったそうに続けた。


「そうじゃねえよ。あの船にお姫様が乗ってたんだろ?」

「……シャーロット姫のこと? うん、乗ってたよ」

「やっぱそうか。アタシもついて行けばよかったぜ」

「あはは。ミサキちゃんはレッスンがあったもんね」


 ミサキはローレライの歌を自由に歌いすぎるところがあった。そのために、船の航行や着岸が少々荒くなることからローレライ協会には苦情がよく来ていた。


「それで、どうだった? ルーグリスのお姫様は? 会ったんだろ?」

「うん、やさしくて綺麗な方だったよ」


 シャーロットの姿は新聞の写真や肖像画のポスターで何度も見たことがあるけれど、本物の美しさに圧倒されてしまった。しかも、ナギサが迷惑をかけても気にとめることなく、こちらを気遣ってくれた。


「ああ、姫様がいる間に、アタシも一度会ってみたいな」

「ふふ、ミサキちゃんもシャーロット姫が好きだもんね」


 シャーロットの人気は、ルーグリスだけではなく、アクアトリアの中でも高い。彼女の美貌に憧れる女子は多く、彼女が身につけたアクセサリーを真似する子も多かった。


「でも、シャーロット姫はアクアトリアに何しにきたんだろう?」

「さあな。ただの休暇じゃねえの? 最近、ルーグリス国内では、ごたごたが起きてるって新聞に書いてあったし、いろいろと疲れてるんだろ?」

「ミサキちゃんって、ほんとにそういう話が好きだよね」


 ナギサはため息をこぼす。

 シャーロットがアクアトリアへの来訪はかなり突然の出来事だった。彼女の人気ならば、もっと話題になっていてもいいはずなのに。最近ルーグリス公国からエストルヴィア連合王国に向かう人々も増えているし、何か関係があるのだろうか。

 そんなことを考えていると、ナギサが声をかけてきた。


「ってか、ナギサはもうこの後に用はないのか?」

「ああ、忘れてた! 会長に呼ばれてたんだった!」


 ナギサが慌てると、ミサキから呆れた眼差しが向けられた。


「何やってるんだよ。だったら、さっさと行けよ」

「もう! ミサキちゃんと呼び止めたんでしょ!」


 ナギサは急いで階段を登り、二階の会長室へと向かった。


 ローレライ協会の会長室は二階の奥にある。

 扉をノックすると、部屋の中から「どうぞ」と声がかけられた。


「失礼します!」


 ナギサは部屋の中に入ると、アクアトリア港の景色が広がる。

 会長室は天井が高く、壁一面に古びた航海図が飾られている。その中でも目を引くのは、中央に置かれた古い机で、部屋全体にやさしいぬくもりを漂わせていた。


 そんな中、奥の椅子に、ローレライの制服を身にまとった老女が座っていた。

 ローレライ協会の会長のエルマ・ルゼーヌだ。年齢は七十歳を超えているようだけれど、よくわからない。五十年ぐらい前までローレライとして活躍していたらしい。彼女の歌声もまたかなり有名だったらしい。

 丸い眼鏡の奥から柔和な瞳が見つめている。


「ナギサさん。今日もお疲れ様でした。無事にディアナ号を着岸させたそうですね」

「は、はい! なんとか無事に入港できました!」


 ナギサが元気よく笑顔で答えると、エルマは微笑んだ。


「さすがですね。あなたのローレライとしての素質は、とても素晴らしいものです。あなたのお父様も、さぞ誇りに思っていることでしょう」

「…………」


 エルマのひと言に、ナギサの表情がわずかにこわばる。

 その表情の変化に、エルマは敏感に感じ取った。


「これはごめんなさい。うかつな発言をしてしまいましたね」

「い、いえ、大丈夫です。もう十年前のことですから」


 ナギサの父は、ナギサが幼い頃に海難事故によって、行方不明となっていた。

 父はアクアトリアの外交官の仕事をしており、様々な外国によく出かけていた。幼い頃のナギサは船酔いが酷かったので、母と共にアクアトリアに残っていたが、父が土産話で持ち帰る外国の話題にわくわくさせられたものだった。

 ナギサは話題を変えるために、あらためてエルマに質問した。


「あの、会長。本日は私に何か大切な用事があると聞いたのですが……」

「ええ。あなたに大切な役目を任せたいのです」


 エルマが急に真剣な眼差しを向けてきた。


「……大切な役目?」


 ナギサがきょとんとすると、エルマが静かに伝えた。


「あなたにはしばらくローレライを休んでもらい、シャーロット公女殿下についてもらいます」

「ええーっ!?」


 ローレライ協会にナギサの声が響き渡ったのだった。

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