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第22話 ルーグリス会談

「ようやく来ましたね、シャーロット姫」


 最初に口火を切ったのは、エストルヴィア連合王国の代表だった。


 見た目から外交官ではなかった。髪は白く染まり、顔に深いしわが刻まれている老女であった。王族らしいきらびやかなドレスの上からマントを羽織っている。けれども、老女にしては眼光が鋭く、見ているだけで震え上がるほどに威厳にあふれていた。


 彼女の姿をあらためて見た時に、シャーロットが目を見開いた。


「アレクサンドラ女王陛下!?」


 その名を聞いた時、ナギサも思わずあっと口を開いた。


(えっ? エストルヴィアの女王様!?)


 ナギサもアレクサンドラ女王のことは名前だけは知っている。

 アレクサンドラ女王は西の大国エストルヴィア連合王国の絶対君主だ。幼い頃から女王として大国を支配している。まさかエストルヴィアの大使ではなく、アレクサンドラ女王自ら会談に足を運ぶとは思いもかけなかった。


 シャーロットが頭を下げるので、隣にいたナギサも慌てて頭を下げる。


「わざわざ女王陛下がいらっしゃっているとは思いませんでした」

「『海の盟約』は国の代表が来るのが約束ですからね。まあ、会談が中止ということで今日帰るところだったのですが、オカイに呼び止められましてね」


 アレクサンドラが目を向けると、アクアトリアの代表のオカイが苦笑した。


「陛下の存在を知られないようにするのは、大変でしたよ」

「またあなたには貸しができてしまったようですね」


 アレクサンドラも厳かに口にしてから、シャーロットに目を向けた。


「シャーロット姫は今日体調が悪くて会談を出席すると聞いていましたが……もう体は大丈夫なのですか?」


 シャーロットがダリントンに目を向ければ、彼は気まずそうな顔をしていた。


「ご心配をおかけして大変申し訳ありません。昨夜少し問題が起きましたので……」

「確か私が耳にしたところによると、暴漢に襲われたとも聞いていましたが……」


 その言葉を聞いたシャーロットとナギサは、はっとして目を見開く。さすがはエストルヴィアの女王だ。彼女の前では隠し事は無駄なようだ。


「なにやら昨夜は大変だったようですが……会談はちゃんとできるのですか?」

「もちろんです。そのためにやってきました」


 シャーロットは毅然とした態度で、アレクサンドラに呼びかけた。


「今、我がルーグリス公国は危機にさらされ、バウマンとグレイヴァニアにルーグリスは乗っ取られようとしています。もしバウマンに国を奪われれば、ルーグリスの民はますます困窮することになります。なんとしても民を助けなければいけません」

「待ってください。それは誤解です」


 ダリントンが会話に割って入る。


「バウマン首相は現在、ルーグリス公国を救おうとしているのです。新しい政治の形を進めることで、グレイヴァニアとの同盟関係もそのためです」

「いいえ。グレイヴァニアはバウマンを支持しなければ、武力による脅しもしかけています。そんな状況では、ルーグリス公国だけではなく、この海を危険にさらすことになります」


 シャーロットははっきりと告げてから、アレクサンドラとオカイに目を向ける。


「これを防ぐためには、今一度『海の盟約』を結び、バウマンやグレイヴァニアの脅威から平和を守らなければいけないのです」


 これを聞いたダリントンが不敵な笑みを浮かべて間に割って入る。


「バウマン首相とグレイヴァニアは、エストルヴィアとの同盟も望んでいます。もしそれを叶えてくれれば、エストルヴィア連合王国の商船を優先的に受け入れると申しています」

「そうやって私たちの時にも近づいて裏切ったじゃない。信用できないわ」


 シャーロットはダリントンを睨み付けた。


「それは誤解というものです。バウマン首相はいつもルーグリス公国の未来を考えています。これはエストルヴィアにとっても、悪い話ではないでしょう」

「だったら、堂々と会談をすればよかったじゃない。なぜ私や『海の盟約』を狙ったの? バウマンは『海の盟約』で、私たちにエストルヴィアが味方になるのを恐れたからでしょう?」

「さあ、何のことかわかりませんな」


 ダリントンはあくまでもしらばっくれる気だ。


「あなたがヴェスパーたちに支持して、私を誘拐したと知っているのよ?」

「それはひどい言いがかりですな。これが間違いならあとで公表させてもらいますよ」


 ふたりの言い合いを見ていたアレクサンドラはため息をこぼす。


「シャーロット姫。もしダリントン大使が犯人だというなら、その証拠はあるのですか?」

「……いえ、証拠はありません」


 シャーロットが伏し目がちに答えると、ダリントンは口を開いた。


「ルーグリス侯爵家も地に落ちましたな。これではルーグリス公国の正統な統治者を名乗るのもおこがましい」

「そんなことないわ。『海の盟約』を持っているかぎり、私たちはまだ正統なルーグリス公国の統治者よ」


 シャーロットが隣のナギサを見れば、ナギサが箱を手渡した。

 中を開けば、青い宝石が入ったペンダントがあった。


「そ、それは……!」


 ダリントンは『海の盟約』を見て驚愕に目を開いた。

 彼にしたら当然のことだろう。海に落ちたはずの『海の盟約』が今目の前にあるのだから。けれども、動揺したものの、決して顔を表には出さずに言った。


「では、その『海の盟約』が本物かどうか確かめてください」


 ダリントンが動揺しながら言うと、アレクサンドラもうなずく。


「そうだ。本物ならルーグリス侯爵家の血を引く者が触れれば、我が王国と交わした条文が現れるはずだ」

「……わかりました。では、条文をお見せします」


 シャーロットは息を吐いてから、宝石に手を触れる。けれども、『海の盟約』は何の反応も示さなかった。何度もシャーロットが宝石に触れる、宝石は何も出てこなかった。

 それを見たダリントンは声を上げて笑った。


「やはり偽物か! 偽物を持ってきてごまかすとはこざかしい。本物は海に落ちたはずだ」


 これを聞いたシャーロットは、ふっと口元に笑みを浮かべた。そして、ナギサの方に顔を向けると、ナギサも力強い笑顔でうなずいた。


「ナギサ、今の言葉を聞いたわね」

「はい、確かに聞きました!」


 ダリントンが言葉の意味がわからずに眉をひそめる。


「いったいどういうことだ?」


 シャーロットは周囲に目を向けてからはっきりと伝えた。


「なぜあなたが〝『海の盟約』がなくなった〟ことを知っているの?」

「………っ!」


 ダリントンははっとした。シャーロットが鋭い視線で睨み付ける。


「『海の盟約』が海に落ちたことを知っているのは、私を誘拐した犯人だけよ。そのことは公表されていないわ。だったら、そのことを知っているのは……」


 会談に出席した全員の視線がダリントンに向けられる。


「こ、これは罠だ! 私をはめようとした罠だ! 私は偽物だと言っただけだ」

「これは確かに本物よ。ただ、条文を出すには、条件が必要なのよ」


 シャーロットは宝石に触れて静かに口にする。


「〝古き海の友よ。我が盟約をここに指し示せ〟」


 その声によって、青い宝石が光り出し、建物の壁に言葉を描きだした。


『ルーグリス侯爵家を友とし、海の盟約に基づいて、もしこの国に危機があれば、いかなる支援も惜しまないであろう。――エストルヴィア一世』

 それを見たアレクサンドラ女王は、ふっと微笑んだ。


「確かに私の祖父エストルヴィア一世のもので間違いないようですね」


 アレクサンドラもまた首元からペンダントを取り出した。それは赤い宝石がはめこまれており、ルーグリス公国の国花ユリオスの花が台座となっていた。


「これはルーグリス公国から我がエストルヴィアに与えられたものです。両国の友好の証として、代々我が家に受け継がれてきました」

「どうやら決まったようじゃのう」


 オカイが微笑むと、アレクサンドラもうなずく。


「バウマンもダリントン大使も信用できません。我がエストルヴィアは、古き『海の盟約』にのっとり、ルーグリス侯爵家をルーグリス公国の正統な統治者として支援することを約束しましょう」

「ありがとうございます! これでルーグリス公国は救われます!」


 シャーロットが頭を下げると、ナギサは彼女の両手を掴んだ。


「やりましたね! シャーロットさん!」

「ええ。あなたのおかげよ、ナギサ」


 シャーロットは目元に涙を浮かべていた。


「このままではグレイヴァニアが黙っていませんぞ」


 これを聞いたアレクサンドラ女王は厳しい口調で答えた。


「ダリントン大使。バウマンとグレイヴァニアに伝えておきなさい。我がエストルヴィアは姫を誘拐するような卑怯者には、決して味方になることはありません。ルーグリス侯爵家に仇なすのであれば、エストルヴィアが黙っていないと……」


 ダリントンは「くっ」とうめく、がっくりと椅子に座り込んだ。


「では、シャーロット姫。これでよろしいですか?」

「はい! ありがとうございます!」


 シャーロットが手を組んで深々と頭を下げると、アレクサンドラは笑みを浮かべて、そのまま部屋から出て行った。


「……はあ」


 アレクサンドラの姿が見えなくなった途端、ぐったりとしてシャーロットが倒れ込んできた。それを慌ててナギサが抱き留める。


「シャーロットさん、大丈夫ですか!?」

「疲れてしまったわ。しばらく寝かせてもらうわね」


 無理もない。これまで緊張から解き放たれて、疲れが出たのだろう。海で溺れかけた体力だって、まだまだ回復していないはずだ。


「はい。ゆっくりお休みになってください」

「ありがとう、お休みなさい……」


 ナギサの腕の中で、シャーロットは静かな眠りに落ちていった。


「おやすみなさい、シャーロットさん」


 そんな彼女の頭をナギサはそっと撫でたのだった。

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