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第21話 再会

 翌日。ナギサはホテルのベッドで眠るシャーロットを見ていた。

 窓からまぶしい日差しを浴びながら、シャーロットは眠っている。白い寝間着に着替えさせられた彼女は、静かな呼吸を繰り返していた。


「シャーロットさん……」


 前夜に海に溺れた彼女は奇跡的に息を吹き返したものの、ホテルまで戻ってきたところで力尽きて眠りに落ちてしまった。医者の見立てでは、命に別状はないとのことだったけれども、彼女はなかなか目を覚ますことはなかった。


 ミサキが病院に連れて行った方がいいんじゃないか、という話が出たけれども、病院に連れて行けば今回の騒動が表沙汰になってしまうために、ホテルに運び込んだのだった。

 時計を見れば、昼の十二時を迎えようとしている。


 三国の会談がそろそろ始まる時刻だけれども、とてもこの状況ではシャーロットが会談に出席することはできないだろう。


(でも、せめてシャーロットさんの思いだけは伝えないと)


 シャーロットはルーグリス公国を助けるために、命をかけた。そして、ナギサを助けるために、海に落ちてしまった。

 だったら、せめて自分がシャーロットの代わりにルーグリス公国を助けないと……。


「シャーロットさん、行ってきますね」


 ナギサがシャーロットの代わりに会談に向かおうとした瞬間。


「……ん……」


 小さな声が聞こえて、そちらに顔を向ければ、シャーロットが意識を取り戻した。


「シャーロットさん!」


 ナギサがベッドの側に駆け寄ると、シャーロットはうろんげに顔を向けた。


「……ナギサ? ここは?」


 シャーロットが辺りを見回すので、ナギサは彼女の手を取った。


「ここはホテルですよ。もう何も心配しなくていいですからね」

「……私、どれくらい眠っていたの? 会談はどうなったの?」

「えっと、それは……」


 伏し目がちにナギサが時計を見れば、時計の針は零時を過ぎている。その時間を見た途端、ナギサははっと目を見開いた。


「もう会談が始まってる? 行かなくちゃ……」


 シャーロットは無理に体を起こそうするので、慌ててナギサが彼女を支える。


「まだ動いちゃダメです。私が代わりに行って事情を説明してきます」

「そうはいかないわ。『海の盟約』はなくしてしまったけども、私が会談を説明して、アクアトリアとエストルヴィアを説得してみせるわ」

「えっと、そのことですが、実は……」


 ナギサは胸ポケットに入れていたものを取り出した。

 青く光る宝石のペンダントは紛れもなく『海の盟約』だった。


「……『海の盟約』? どうしてこれが?」


 シャーロットが驚くのも無理はないだろう。彼女がヴェスパーから取り戻そうとした時、確かに『海の盟約』は海に落ちていた。


「あれ、実は偽物なんです。エルマ会長がもし奪われたら終わりだからって……だから急いで職人さんに頼んだんです。会長も無理言ったから怒られちゃったみたいですけど」


 ナギサは苦笑いしながら説明する。

 エルマの案によって、『海の盟約』とそっくりな偽物を用意した。誘拐犯との取引までごくわずかな時間の中で、アクアトリアの職人が急いで仕上げてもらった。


「……あなたたちローレライは本当に……」


 シャーロットは呆れていいか苦笑していいかわからない顔をしていた。けれど、大きく息を吐いてから、ナギサの手から『海の盟約』を手にした。


「ありがとう、ナギサ。これでまだ希望は繋いだわ」


 シャーロットがぐらっと倒れそうになったので、慌ててナギサが支える。


「シャーロットさん、ダメです。エストルヴィア連合王国もシャーロットさんの身に起きたことがわかれば、きっとわかってくれるはずです」

「いえ、もう時間がないわ。今日エストルヴィアを説得しなければ、バウマンを止められない。だから、必ず今日中に決着をつけてみせる」

「……シャーロットさん」


 ナギサが不安げな表情を浮かべると、シャーロットはそっと微笑んだ。


「ナギサ、今までありがとう。ここからは私の仕事よ。ルーグリス公国を救うのは、ルーグリス侯爵家の娘でなければいけないわ。でも……」


 シャーロットはナギサの手を掴んで微笑んだ。


「一緒についてきてほしいわ、ローレライさん」


 この言葉を聞いて、ナギサは「はい!」と強くうなずいた。


  ◇ ◇ ◇


 それから車に乗って、急いで会談が行われるルーグリス公国の大使館に向かった。

 シャーロットはルーグリス公国の白いドレスを身にまとい、気丈に微笑んでいた。けれど、その笑みの奥に隠れた疲労の色を、ナギサは見逃さなかった。


「シャーロットさん、本当に無理しないでくださいね」

「……大丈夫よ。今は進むしかないから」


 シャーロットがナギサの心配を察して微笑んだ。

 今は彼女のことを信じるしかないだろう。そのあとはゆっくりと休んでもいいように、全力で会談にのぞむことにしよう。


「それよりも、ヴェスパーたちはどうなったの?」


 シャーロットの質問に、ナギサは苦い顔をして答える。


「ヴェスパーさんたちはアクアトリア政府が話を聞いているそうですが……今は黙秘を続けているそうです」


 ナギサたちローレライがヴェスパーを捕まえた後、オカイによってアクアトリア政府が彼らを逮捕したものの、彼らは黙秘を続けていた。ダリントンやバウマンの差し金であることは一切口にしていなかった。


「今日の会談が終わるまでは、彼らは黙り続けるでしょうね。それでは、ダリントンに悪事を認めさせて、エストルヴィアを味方にできないかもしれない」

「……では、どうやってダリントン大使に認めさせるのですか?」


 シャーロットは手元にある海の盟約に触れる。


「あなたが守ってくれたこれでダリントンを追い詰めてみせるわ」

「……『海の盟約』で?」


 どういうことかわからずにナギサがきょとんとすると、シャーロットは真正面から見つめた。


「会談の最中は私を信じて。何があっても、私を見ていて」

「……わかりました。シャーロットさんを信じます」


 覚悟と決意が入り交じった青い瞳を見て、ナギサもうなずく。


 やがて車はルーグリス大使館に到着した。


 大使館の中に入っていけば、ルーグリス公国の外交官たちが十人以上集まっていた。事件を知らされていた彼らは、シャーロットが戻ってきたことに唖然としていた。


「シャ、シャーロット姫!?」


 シャーロットは周りの外交官たちが驚愕している中も、堂々とした足取りで歩いて行く。その姿は昨日死にかけた様子はまるでなかった。


「さあ、会談の場所まで案内しなさい」


 シャーロットが堂々と告げると、外交官の男がおずおずと案内する。

 そして、会談が行われているという会議室に到着して扉を開いた。


「大変お待たせいたしましたわ」


 そこにはアクアトリアの代表として外務次官のオカイ、そしてエストルヴィア連合王国の代表と思しき初老の男が座っていた。そして、ルーグリス公国の代表の座席には、ダリントンが座っていた。

 ダリントンはシャーロットの姿を見た途端に、体をのけぞらせた。


「シャーロット姫!? なぜここに!?」


 まさかシャーロットが登場するとは思わなかったのだろう。

 シャーロットは何も言わず、代表の座席に向かって歩いて行く。そして、そこに座っているダリントンを睨み付けた。


「なぜあなたがそこに座っているのです? そこは私の座席です。どきなさい、今すぐに」


 鋭いひと言が向けられ、ダリントンはぐっと言葉を詰まらせると、渋い顔で座席を空けた。シャーロットはアクアトリアとエストルヴィア連合王国の代表に目を向ける。

 そして、両手を組んで優雅に頭を下げる。


「おふたりとも大変お待たせいたしました。さあ、会談を始めましょうか」


 こうしてルーグリス公国の未来をかけた話し合いが始まった。

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