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第15話 エルマ・ルゼーヌ

 ナギサとシャーロットは、ふたりだけでホテルを抜け出してローレライ協会に向かった。

 ルーグリス公国の姫であるシャーロットがローレライ協会の建物に入ってきた途端、他のローレライたちがざわざわと注目した。


「ナギサ。おまえ、その人、シャーロット姫じゃねえか」


 ミサキがたじろいでいると、シャーロットは柔和な笑みを浮かべた。


「ごきげんよう。少しお邪魔させてもらいますね」


 優雅に会釈をすると、ミサキも上擦った声で「ご、ごきげんよう」と返した。慣れないお嬢様の言葉の挨拶を聞いて、ナギサは声を押し殺して笑ってしまう。

 ミサキはナギサに近づいてきて小声で耳打ちした。


「ナギサ。どういうことか、説明しろよ」

「えーっと、全部終わったら話すよ」


 あいまいな笑顔でごまかしてから、会長室へと向かった。

 会長室に入れば、いつものように航海図や湾内の地図を出迎える。部屋の奥には、ローレライ協会の会長エルマ・ルゼーヌが椅子に座り、ルミナが隣に立っていた。


「これはこれは。まさかシャーロット様がいらっしゃるとは」


 さすがのエルマとルミナもシャーロットの登場に面食らったようだ。


「ルゼーヌ会長、初めまして。シャーロット・ルーグリスです」


 シャーロットは両手を組んで軽く会釈するルーグリス公国の挨拶をする。それを見て、エルマもまた両手を組んでルーグリス式の挨拶をする。


「どうぞ私のことはエルマと呼んでくださいな」

「ありがとうございます、エルマ会長」


 エルマにうながされて、ふたりはソファに座る。


「エルマ会長。実はあなたに頼みたいことがあるのです」

「まあまあ、どのようなお話でしょう?」


 エルマはあくまでも柔和な笑みを浮かべながら答える。


「実は……」


 シャーロットはこれまでのことを素直に全て話した。

 バウマンがグレイヴァニア王国を味方につけて、ルーグリス公国を乗っ取ろうとしていることや、それを阻止するためにシャーロットやルーグリス侯爵家はアクアトリアとエストルヴィア連合王国を味方につけようと秘密裏に同盟を進めていたこと。

 そして、ダリントンの裏切りによって、計画を壊されそうになっていることも。


 やがてシャーロットが話を終えると、エルマは静かに息を吐いた。


「私が知っていたよりも、事態は深刻のようですね」

「……会長、ご存じだったのですか!?」


 ナギサがびっくりすると、エルマはうなずいた。


「もちろんです。ルーグリス公国がバウマン首相やグレイヴァニアに乗っ取られることは、いずれアクアトリアの海にも災いが起きるとして、政府もかなり警戒していたようです」

「どうして会長がそんなことまで……」


 ローレライはあくまでも水先人として船を港まで連れてくるのが仕事だ。そんな外交問題に関われるような立場ではない。

 呆気にとられるナギサに、エルマとルミナがいたずらっぽく微笑んだ。


「それはトップシークレットです、ナギサさん」


 昔から謎めいているとは思っていたけれど、このふたりはまだまだ謎が多いらしい。


「それで、シャーロット様。私に何をしろと言うのですか?」

「エストルヴィア連合王国を会談の席に着かせてほしいのです。エルマ会長、アクアトリアにもエストルヴィアとも強い繋がりが強いあなたなら、それができるはずです」


 シャーロットが毅然と伝えると、エルマは首を振った。


「残念ながら、それはできません。私はただのローレライ協会の会長です。国同士の重要な問題に関わることはできません」

「そんな……」


 シャーロットの顔から血の気が引いていくのがわかった。彼女の震える拳を見たナギサは、反射的に何か言おうとしたが、言葉が出てこなかった。

 ナギサが顔をゆがめていると、隣のルミナが微笑んだ。


「ナギサさん。会長は力にならないとは言ってないわ。国の重要な問題に関わるのなら、それ相応の立場の人物でなければいけないと言っているの。そうですよね、会長?」


 ルミナが顔を向ければ、エルマは静かにうなずく。


「シャーロット様。あなたにソウジロウ・オカイ様を紹介しましょう」

「……ソウジロウ・オカイ様?」


 その名前を聞いた時、ナギサはあっと声を上げた。


「ナギサ、知ってるの?」


 シャーロットが質問すると、ナギサは力強くうなずく。


「はい! アクアトリアの外務次官ですよね? 昔一度会ったことがあります。お父さんとお仕事を一緒にしたって聞きました」


 子どもの頃にオカイと会ったことがある。アクアトリアの大使として、父と共に様々な国に出かけたことがあるらしい。


「ええ。私よりもエストルヴィアとも、強い繋がりがあります。エストルヴィアを味方にするのであれば、あの方以外にふさわしい方はいないでしょう」


 そんな立派な人物が味方になるというのか。


「ぜひその方を紹介していただけませんか?」

「わかりました。連絡をすぐに取ってみましょう」

「ありがとうございます!」


 シャーロットに笑顔が浮かぶが、エルマは真剣な顔になって答えた。


「ですが、私ができるのは紹介するまでです。オカイ様は外交官としては優秀ですが、非常に慎重な方です。あなた方の話に耳を傾けるかどうかもわかりません」


 ナギサは子どもの頃の彼を思い出そうとしたけれども、一度しか会っていないためにわからない。けれども、彼を説得しなければ、会談を開くことができない。


「……どんな方でも必ず説得してみせます。私は祖国を奪われるのを、ただ見ているだけではいたくないのです」


 迷いなく告げるシャーロットに対して、エルマは微笑んだ。


「あなたのような姫をもって、ルーグリス公国は幸せですね」


 ふたりのやりとりを見ていたナギサは、ルミナに声をかけた。


「えっと、会長とオカイさんとはいったい……」

「ふふ。昔、いろいろとあったのですよ」


 ルミナがエルマを見れば、彼女もエルマはまた意味深な笑みを浮かべるだけだった。


(会長って、いったい何者なんだろう?)


 エルマの正体も気になるけれども、今はルーグリス公国を救う方が先だ。

 そのオカイという人物に会えば、ルーグリスを救えるかもしれないらしい。


 なんとしても、オカイを説得してエストルヴィア連合王国を味方につけよう。

 そうナギサはシャーロットの顔を見て決意したのだった。

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