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第14話 海の盟約

 翌朝。目が覚めると、目の前にシャーロットが微笑んだ。


「おはよう、ナギサ」


 急に美しい金髪と綺麗な顔が見えて、どきりとしてしまう。


「は、はい! おはようございます!」


 瞬時に目が覚めて、慌ててシャーロットから離れる。

 シャーロットはくすりと笑ってからベッドから出た。


「昨日はありがとう。あなたおかげで、ゆっくり寝られたわ」

「そ、それはなによりです」


 昨日のことを思い出して急に顔が熱くなってきた。

 なりゆきとはいえ、一国のお姫様を抱き締めながら寝るなんて。


「さあ、着替えましょう。これからまた忙しくなるだろうし」


 シャーロットは寝間着を脱いで、青いドレスに着替える。

 着替える後ろ姿を見るだけでも、ドキドキしてしまう。


「ナギサ。あなたの服なら、メイドが持ってきてくれたわ」


 シャーロットにうながされて、寝室のテーブルを見れば、洗濯されてアイロンがかけられたローレライの制服がちゃんと用意してあった。

 ナギサもベッドから出て制服に着替える。ローレライ協会には何も報告していないから、みんな心配しているだろう。そう思いながら着替えていると、シャーロットからはにかんだ表情で小さく伝えた。


「昨日はたくさん恥ずかしいところを見られてしまったわね」

「……恥ずかしいところ?」


 首をかしげるナギサを見て、シャーロットが拗ねて口を尖らせる。


「もう、とぼけないで。あなたに抱き締めてもらって寝たことよ」

「あっ、もしかして失礼でしたか!?」


 もしかして不敬罪というものに当たるのだろうか。

 ナギサが慌てて身を引いていると、シャーロットは顔を赤くしながら続けた。


「ううん。嬉しかった。小さな頃にお母様と一緒に寝た頃を思い出したわ。こんなにぐっすり寝られたのは、本当に久しぶりよ」

「そうですか。それはよかったです」


 喜んでもらえたようならなによりだ。


「でも、ルーグリス公国の姫ともあろうものが、子どもみたいに抱き締められて寝るなんて、ちょっと恥ずかしいでしょう?」

「そんなことないですよ。これくらい友達同士なら当たり前です」

「そうなの? 友達なら当たり前なの?」


 きょとんするシャーロットに、ナギサは慌てて続けた。


「ああ、ごめんなさい。友達なんて言ったら失礼ですよね」

「いえ、いいのよ。友達なんていなかったから、少しびっくりしただけ。私、幼い頃から宮廷の中でただ『姫』として振る舞うことしか求められてこなかったから……誰かと一緒に笑ったり、肩を並べて話すなんて、ずっと遠い世界の話だと思ってた……」


 シャーロットはあらためて「友達」と小声でつぶやく。


「ふふ、そうなのね。あなたと私は友達なのね」


 噛みしめるように言われると、ナギサも少し照れてしまう。


「わかったわ。あなたと私は友達。なら、私のことはもう「様」と呼ぶのはなしよ」

「えっ? さすがにそういうわけには……」

「ダメよ。これは命令。今から様はなしよ」


 シャーロットから上目遣いで見つめられ、ナギサは「はい!」とうなずく。


「じゃあ、シャーロット……さん」


 ナギサがおずおずとつぶやくと、シャーロットは苦笑した。


「まだぎこちないけれど、最初はこんなものよね」

「えへへ。頑張って慣れるようにします」


 照れながら笑うナギサを見て、シャーロットは苦笑した。


「本当にあなたって変わった子ね。ナギサと一緒にいると、初めてのことづくしだわ。ルーグリスの寄宿舎でも、友達と一緒に寝ることなんてなかったのに」

「じゃあ、これからは私と一緒にたくさん思い出を作りましょう」


 ナギサが両手を握ると、シャーロットは「ええ」と微笑んだ。

 どうやら少しは元気が出てきたようだ。自分の存在が、シャーロットの心を少しでも救うことができたのなら、それは何よりも嬉しい。


 あとは肝心のルーグリス公国の問題をどうするかを決めないと。


「えっと、これからどうしましょうか?」


 ナギサがおずおずと質問すると、シャーロットは静かに答えた。


「バウマンが国王の解任を議会に可決させてしまったら、もう元に戻すことはできないわ。なんとしても、私がアクアトリアにいる間に、会談を再開させてルーグリス家がアクアトリアとエストルヴィアと同盟を結んだことを公にしないと」

「でも、会談は中止になったんじゃ……」


 ダリントンの手によって会談は中止にさせられしまった。


「まだ完全に終わったわけじゃない。私には『海の盟約』がある。それがあれば両国とも助けてくれるはずよ」

「……あの、海の盟約って何ですか?」


 聞き慣れない言葉を聞いてナギサが質問すれば、シャーロットはドレスの胸元のボタンを外す。そこには美しい青い宝石がはめられたペンダントが出てきた。


「かつてルーグリスはアクアトリアと共に、エストルヴィアの危機を救ったの。その時にエストルヴィアは、もし私たちに危機があれば、支援を惜しまないと約束したの。その条文がこの宝石の中に仕込まれているのよ」

「そんなすごいものがその宝石に……」


 まさかそんなペンダントにそんなものが仕込まれていたなんて。

 エストルヴィア連合王国は西の大国と呼ばれて、ルーグリスやグレイヴァニアよりも遙かに大きな国土と国民を持っている国だ。もしそんな大きな国が味方になってくれるのなら、これほど心強いことはないだろう。


「エストルヴィアは伝統を重んじる国よ。彼らは会談に『海の盟約』を必ず持ってくるように伝えてきた。それがなければ、決して味方にはなってくれない……でも、これさえあれば、彼らは私たちの味方になってくれる」


 そう言ってから、シャーロットは目を伏せた。


「でも、その会談を準備してきたダリントンが……」


 勝手にエストルヴィアとの会談を取り消してしまったのか。


「あの、もう一度エストルヴィアと会談することはできないのですか? 他に会談を用意できそうな人は……」


 ナギサの質問に、シャーロットは「うーん」と腕を組んだ。


「ルーグリス大使館の外交官も、ダリントンやバウマンの息がかかっていると見るべきね」

「そうなんですね。私の知り合いに力がある人がいればいいですけど……」


 いくら父が外交官とはいえ、ナギサには国を動かせるような知り合いはいない。


「私も偉い人の知り合いなんて、エルマ会長ぐらいだし……」


 ぽつりとナギサがつぶやくと、シャーロットがはっとした。


「ナギサ、それよ!」


 ナギサは「へっ?」ときょとんとしてしまう。


「ローレライ協会のエルマ・ルゼーヌ会長ならなんとかしてくれるかもしれないわ」

「ええっ!? エルマ会長ですか?」

「あの方の名声は、私たちルーグリス公国にも響いているわ。エルマ・ルゼーヌ会長はこれまでにも幾度となく外交的危機を解決に導いてきた方よ。アクアトリアとエストルヴィアの要人たちに直接働きかけて、ダリントンの策を崩してくれるかもしれないわ」

「か、会長って、そんなにすごい人だったんですね」


 普段エルマは過去について何も話さないから、そんなに偉い人だとは知らなかった。


「もし会長が手を貸してくれるなら、ぜひ頼みましょう」


 ナギサが呼びかけると、シャーロットも「ええ」とうなずく。


「ふふ、まさにローレライの導きね」


 ふたりは準備をすませると、ローレライ協会に向かった。

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