第11話 裏切り
ふたりが向かった先は、港近くにある屋敷だった。
ルーグリス公国風の二階建ての煉瓦造りの建物だ。確かここはルーグリス公国の外交官が住んでいたような気がする。
「あの、ここは……?」
ナギサが建物を見上げていると、シャーロットが隣から声をかけてきた。
「ここはルーグリス公国のダリントン大使の屋敷よ」
大使ということは、ルーグリス公国を代表して外交交渉を行うトップの人物だ。
「でも、今からあなたはここで見たことも聞いたことも、絶対に他言無用よ。約束できなければ、あなたをルーグリスに連れ帰って、二度とアクアトリアに帰れないようにするわよ」
「わ、わかりました! 約束します!」
ナギサが敬礼をすると、シャーロットはため息をこぼした。
玄関をノックすると、中から初老の執事が姿を現した。
「シャーロット姫。ようこそいらっしゃいました」
執事に案内されて奥の応接間に案内される。
暖炉があるような応接間には、五十代くらいの中年の男が待っていた。髪は白髪交じりであり、かなり大柄な男であった。ルーグリス公国の背広を着ており、髪をかきあげている。穏やかな顔つきをしており、眼鏡の奥から柔和な瞳でこちらを見つめていた。
「これはこれは。シャーロット姫様。ごきげんよう」
「ダリントン。挨拶はいいわ」
シャーロットは厳しい表情を向けると、ダリントンは大げさに肩をすくめる。
「そちらのお嬢さんは? アクアトリアのローレライのようですが?」
「は、はい! ナギサ・カナタと申します。よろしくお願いします!」
ナギサが頭を下げると、ダリントンは眉をひそめた。
「これから話すことを他国の者に知られてよいのですか?」
「ええ。この子のことは気にしなくていいわ」
シャーロットが冷たく言うと、ダリントンは「さようですか」と答えた。
「まずは一服いかがですか? それくらいの時間はありましょう?」
ダリントンにソファに座るようにうながされて、シャーロットとナギサはソファに腰掛ける。ダリントンが指を鳴らすと、初老の執事がルーグリス伝統の紅茶を持ってきた。
ダリントンは紅茶の香りをゆったりと嗅ぐ。
「私はやはりルーグリスに限りますよ。アクアトリアのお茶は口に合わなくてね」
「…………」
ナギサとしては嫌みな言い方に渋い顔をした。アクアトリアの緑茶もおいしいことを伝えようとしたが、ぐっと堪えることにした。
「そう? 私はアクアトリアのお茶もおいしいと思うわ」
シャーロットの言葉を聞いて、そちらに顔を向ければ、彼女はお茶を飲んでいた。それから顔を上げて、ダリントンにはっきり伝えた。
「早速だけど、時間がないわ。明後日の会談のセッティングの状況を知らせて」
「ああ、『海の盟約』の件ですか」
ダリントンは苦笑してからさらりと答えた。
「申しわけありませんが、あの話は中止になりました」
「……えっ? どういうこと?」
シャーロットは愕然として目を見開いた。
「あなたはエストルヴィアとの同盟を任せていたはず……明後日には『海の盟約』によって同盟を再度結ぶことができるって……」
ナギサにはふたりが何の話しをしているのかさっぱりわからなかった。
(……海の盟約? 同盟?)
ダリントンは口元に笑みを浮かべたまま話を続けた。
「確かに私はあなたの父上……国王殿下に命じられ、バウマン首相に対抗するために、アクアトリアと、そしてエストルヴィア連合王国との同盟を結ぶように進めてまいりました」
「そうよ。グレイヴァニアを味方につけたバウマンに勝利するためには、西の大国のエストルヴィアが味方についてもらわなければいけないわ。そのためには『海の盟約』をもう一度する必要があるのよ」
エストルヴィア連合王国は西の大国であり、広大な国土と様々な領地を持っている。その大きさはルーグリス公国やグレイヴァニア王国を合わせるほどであった。
「かつてエストルヴィアとルーグリス公国で結んだ互いが正統な統治者だという証ですか……今さら、そんな古くさい盟約がなんだというのですか?」
ダリントンの不敵な笑みに、シャーロットが眉をひそめる。
「あなたも一国の姫ならば、おわかりでしょう? グレイヴァニアを味方に付けたバウマンと、沈みゆくルーグリス侯爵家のどちらにつくのが正しいのかを……」
「………っ!」
それを聞いたシャーロットは勢いよく立ちあがった。
「あなた、お父様を裏切ったの!?」
紅茶のカップが倒れて、中身が絨毯にぶちまけられた。
「姫様、この絨毯は高いのですよ」
ダリントンはため息をこぼすが、シャーロットは構わずに話しを続けた。
「ダリントン。あなたの家は代々私たちに仕えてくれたじゃない。なのに、私たちを裏切って、バウマンやグレイヴァニアに力を貸すというの!?」
シャーロットの顔からは悔しさと怒りがありありとあふれ出ていた。まさか信頼できるといっていた人物に裏切られるとは思わなかったのだろう。
ダリントンはシャーロットを冷たい眼差しで見つめた。
「バウマンからもし彼が地位を退けば、私が時期首相の地位を約束してくれました。私の祖父の代から、我々の家はあなた方に仕えてきた。だが、その見返りは与えられることはなかった。私にも国のトップに立ちたいという野心があるのですよ」
「これはルーグリスを守るためよ。あなただって、バウマンが反対する議員を失脚させて、グレイヴァニアを優遇したせいで、どれほど民が苦しんでいるか知っているでしょう? 明日の食事にも苦しんでいるような民が多いのよ」
シャーロットが必死に呼びかけるが、ダリントンはふっと笑った。
「それはあなたの家が無能だからバウマンに乗っ取られたのでしょう?」
「………っ!」
嫌みたっぷりの言葉に、シャーロットは拳を握りしめた。
これにはさすがにナギサも黙っていられずに立ちあがった。
「いくらなんでも、そんな言い方……!」
さらに文句を言おうとしたが、シャーロットが手を出して制した。
「ナギサ。あなたは黙ってて」
「でも……!」
「いいから黙っていなさい!」
シャーロットから鋭いひと言が突きつけられ、ナギサはうっと言葉を詰まらせた。けれども、ナギサの顔を見て、シャーロットは小声で小さくあやまった。
「ごめんなさい。でも、今は何も言わないで」
シャーロットの苦しみや痛みがナギサにもはっきりと伝わる。悔しいけれども、ここは自分は何もできることはなかった。
シャーロットはゆっくりと立ちあがると、ダリントンに向けて深々と頭を下げた。
「あなたしかルーグリスを助けられないの。私ができることはなんでもする。だから、お願い。ルーグリスを助けて」
「シャーロット様……」
ナギサはシャーロットを見ていられなかった。彼女が頭を下げているのが自分のためではなく、ルーグリス国や民や自分の家族を守るためであることがわかったから。
「そういう聖人然としたあなたが私は昔から嫌いでした」
蔑みの目が向けられても、シャーロットは頭を下げ続けた。
ダリントンは立ちあがると、扉を開けた。
「姫様。あなたにはできることは、もう何もありません。ルーグリスに帰って、国から出る準備でも進めておくことですね」
シャーロットは悔しそうに拳を握りしめていたが、やがてナギサに呼びかけた。
「……わかったわ。ナギサ、帰りましょう」
「シャーロット様、本当にいいんですか?」
「この男には、もう何を言っても無駄だわ」
シャーロットは毅然と顔を上げて、ダリントン に呼びかける。
「でも、私は決して諦めない。ルーグリスにはエストルヴィアとアクアトリアとの間に『海の盟約』がある。その盟約があれば、両国とも味方をしてくれるはずよ。必ず私は両国を味方につけてみせるわ」
それだけ告げると、シャーロットは足早に部屋から出て行った。
「シャーロット様!」
ナギサもまた彼女の後を追いかけたが、ふと立ち止まって振り返れば、ダリントンがこちらを睨み付けていた。
「…………」
その鋭い眼差しを見た途端に、背中にぞくりと冷たいものが走った。
次回は明日の投稿になります。
明日には全ての投稿をして完結します。
ぜひお楽しみにしててください!




