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後編

読んでいただいてありがとうございます。

「ジゼルはどこだ!!」


 数日後、王都のキュリオ伯爵邸にマルクが怒鳴り込んできた。

 出迎えたのは初老の執事と数人の侍女だけだった。


「おい!ジゼルはどこだ?離婚とはどういうことなんだ!!」

「旦那様、奥様はすでに屋敷を出ております。私共には、女王陛下からのお許しがあったと陛下直筆の離婚証明書を見せてくださいました。屋敷を出られた後のことは、私共では分かりません」

「何だと?陛下直筆の証明書?なんでそんなもんをアイツが持ってるんだ?」


 マルクが顔をしかめて聞いてきたので、旦那様は本当に奥様のことに興味がなく何も知らなかったのだと屋敷に残った者たちには十分に印象づけられた。


「奥様は、恐れ多くも女王陛下と親しい仲でございました。何でも奥様の母君が昔、陛下の傍でお仕えしていたことがあったらしく、幼い頃、奥様は陛下に遊んでいただいたこともあるそうです」

「……は?」

「ご存じなかったのでしょうか?ご結婚されてからも、時々、陛下に会われたり手紙のやり取りをなさっていました」

「……嘘だろう?」

「本当でございます。その証拠に、この屋敷には奥様宛に陛下からの贈り物が届くこともございました」

「何で報告しなかった!」

「旦那様は遠い領地にいらっしゃいましたし、それにいちいち報告しなくて良いとご指示がありましたので」

「ぐっ」


 確かに最初の頃は妻に関する報告書が月に一回は届いていたが、さして面白いことも書いてなかったので、すぐに報告はしなくてよいと命令した。


「だが、妻が女王陛下との繋がりを持っていたのなら、それは報告対象だろうが!それに離婚届の俺のサインは何なんだ!」

「旦那様が結婚した次の日、奥様に、お前やお前の交友関係に興味はないから好きにしろ、とおっしゃっていました。友人を紹介する必要もない、と。それに、離婚届は以前、旦那様がご自分でサインして置いていったものでございます」

「うるさい!」


 言われて思い出した。以前、ジゼルに離婚するつもりなのかと聞かれた時に、ついつい売り言葉に買い言葉でもらってきて書いた離婚届だ。ジゼルはそれを保管していて、今回の離婚に使った。

 今更、あれは冗談で書いた物だった、なんて言えない。

 そもそもすでに受理されているし、無効だとマルクが騒いだところで、マルク本人が書いた離婚届があるのだから、無効にはならない。むしろそんな風に騒いだマルクに、非難が集中する。

 

「くそ!」


 ラーニャと仲良く家族ごっこをしているマルクのもとに、ここ数日、急に仕事の書類が届くようになった。今まで王都の屋敷でジゼルが処理していた分なのだが、当主代理とも言えるジゼルがいなくなった以上、当主であるマルクが見るのが当然の書類ばかりだった。

 おかげでラーニャとの時間が奪われたマルクは、書類を持って来た者にジゼルに処理させろと怒鳴りつけた。だが、返ってきた言葉は、「奥様とは離婚なされたのでしょう?」だった。

 慌てて王都に来てみれば、屋敷に残っていたのは、数人の使用人とこの執事だけだった。


「旦那様、本来ならばあれらの書類は、旦那様が処理する書類ばかりでございます。奥様が代理で処理されていましたが、すでに奥様はこの家から出て行かれています。旦那様しか処理出来る方はおられません」


 騎士の娘であり貴族として教育を受けていないラーニャでは、絶対に処理をするのが無理な書類ばかりだ。今までは、全てジゼルが処理していた。王都で出来ることはやった方が早いから、そう言ってジゼルは仕事ばかりしていた。

 つまり、妻を蔑ろにしたくせに、その妻がいなければ成り立たない領地運営をしていたマルクが全て悪い。


「……連れ戻せばいいだろう」

「旦那様、これ以上、女王陛下を怒らせたいのですか?奥様は、陛下に直接今回の件をお話しになりました。その上で、陛下の裁可が下りているのです。それを覆すことは出来ません」

「は?陛下に直接言ったのか?アイツは」

「はい」


 マルクは頭が真っ白になった。

 今回のことを全て女王に知られている。


「……ああ、だからか……」


 ここに来る前に、ジゼルの実家に行き、友人であるジゼルの兄に彼女のことを聞いた。

 彼は顔を真っ青にしながら、もうジゼルに関わるな、俺にも関わるな、そう言って詳しいことは何も語らずにマルクを追い出した。


「……ジゼルは、どこに行った?」


 早くジゼルを探し出して、せめて陛下に言い訳を……あれは違うのだと、浮気ではなくて……浮気ではなくて、何と言えばいいのだ?真実の愛?そんなことを言ったところで鼻で笑われて終了だ。

 婚約する前から領地に愛人を囲って、いずれ愛人を妻にするつもりで追い出す前提の妻を娶った。しかも、それを妻の兄が計画した。

 不誠実で、愚か者の発想だ。

 もし自分ではなくどっかの貴族がそれをやったのなら、そう言って笑っただろう。

 家族を大事にしている女王陛下なら、よけいに許せない行為だ。


「……諦めてください。王都の貴族たちは、事の顛末を詳しく知らずとも、何かがあったのだと察しております。キュリオ伯爵夫人は貴族の間では、親しみやすく領地経営のことにも詳しい良妻と噂されておりました。旦那様が領地に籠もりっきりでも、奥様さえ居れば安泰だと。そんな方が急に離婚なさったので、すでに色々な噂が飛び交っております」


 ジゼルは家から出る前に、得意先や今まで交流のあった貴族たちに別れの挨拶を済ませていた。

 どれも夫を貶める言葉などなく、あくまでも自分の都合で伯爵家から去るという説明だったのだが、誰だって領地に籠もりっぱなしの夫と何かがあったのだと察していた。

 執事は詳しく言わなかったが、すでに愛人の噂が密かに流れていた。

 マルクがいた領地にだって出入りする商人などはいる。

 そういった者たちが、領地にいて女主人のように振る舞う愛人の存在を知り合いの貴族に伝えたりしていたので、ジゼルが去った後、密かにそのことが噂されていた。

 慌ててマルクが何かをしようとも、すでに遅いのだ。


「全て、諦めてください」


 執事の言葉に、マルクはがっくりと膝をついた。

 その顔は、絶望に満ちていた。




「タカトー、それを」

「はい。ジゼル様」

「コンラート様、こちら王都のお土産ですわ」


 王領に行く前に、ジゼルはちょっとした国内観光を楽しんでいた。

 この港町に来たのは、普段は海の上にいることの多い良き取引相手だった伯爵が滞在しているのを知ったからだ。


「キュリオ伯爵夫人、いや、ジゼル殿、わざわざ来てもらってすまないな」

「コンラート様にはお世話になりましたもの。海の向こうの野菜のことなど、色々と相談に乗っていただきましたわ」

「俺は種を運んだだけだよ。上手くいったのは、全て君の功績だ」

「まぁ、そう言っていただけるとありがたいですわ」

「はは、それで、これからどうするんだ?そっちの彼の国に行くのか?」


 コンラートはちらりとタカトーと呼ばれた青年の方を見た。

 あの黒い髪と瞳は、東方にあるセオリツ国特有のものだ。

 コンラートはまだ行ったことはないが、けっこう各国にセオリツ国の人間がいて、コンラートの知己の者もいる。

 たしか、タカトーという名字は、あちらでは……。


「いずれは行ってみたいと思っておりますが、しばらくは王領に身を寄せるつもりです。陛下にもその許可をいただいております」

「そうか。セオリツ国には俺も一度は行ってみたいと思っていたんだ。その時には俺が船で送って行こう」


 コンラートは海上貿易で儲けている伯爵だ。

 自ら船に乗って各国を巡っている。


「よろしいのですか?」

「あちらで商品を仕入れてくるついでだ。その時には、そっちのタカトー殿の伝手を頼みたい」

「よくて?タカトー」

「はい。私の知り合いの商人をご紹介いたします。コンラート様、申し訳ありませんが、私以外にも帰国したい者たちを乗せていただきたいのですが」

「かまわんよ。そう言えば、ずっと聞いてみたかったのだが、どうしてセオリツ国の人間は十五歳を過ぎたあたりで一度外に出るんだ?」

「セオリツ国は島国ですから、どうしても他国の事情に疎くなります。祖国では、井戸の中の蛙が世界の全てを知っているのか?蛙になりたくなければ、井戸の外に出よ、と言われておりまして、他の国のことを知らねば一人前の貴族として認められないのです。そのため、男性も女性も、十五歳を過ぎたら一度、他国に出ることになっております。期間は人それぞれで、一年くらい留学する者もいれば、何年も帰らない者もいます。中には行った先を気に入り永住する者もいます」


 春継は最初、バルバ帝国に留学していた。その後、フレストール王国に来て宰相に会い、彼の提案でジゼルの傍に派遣された。共にこの国に来た人間は彼の本当の身分を知っていたので反対したが、せっかくの機会だからと春継は執事になることを選んだ。

 派遣先がジゼルの傍だったのは、ジゼルが当主的な立場で物事を進めていたからだ。女性が立つということがどういうことなのか、すぐ傍で見られるようにという宰相の配慮だった。

 だが、まさか家に帰るのに、その女性を連れて帰ることになるとは思ってもいなかった。

 けれど仕方がない。

 ジゼルは春継が見ていなければ、すぐにどこかに行ってしまうし、一日中、仕事ばかりしてしまう人物なのだ。

 だから、ずっと傍にいる。


「セオリツ国の文字で、君の名前はどう書くんだ?」


 コンラートがそう聞いてきたので、春継はさらさらとメモに己の名前を書いた。


『天永 春継』


「綺麗な文字だな。そちらの国では一字一字に意味があると聞いている。これはどんな意味があるんだ?」

「こちらから、“天”は空、神様のいる場所などの意味があります。“永”は永遠とかずっと、“春”は季節のことで冬が明けて暖かくなってきた頃のことですね。セオリツ国では桜という美しい花が咲きますよ。“継”は継いでいく、まぁ、ざっとですが、そんな感じの意味になります」

「そうか」


 何だかすごく意味深な名前だったが、コンラートは気が付かないふりをした。

 ここにいるのはあくまでも、セオリツ国から各国のことを学びに来た執事だ。


「ジゼル様、そろそろ私のことを人前でタカトーではなくハルと呼ぶことに慣れてください。先ほどからずっとタカトーと呼んでおりますよ」

「あ、そうだったわね。ハルって呼ぶ約束だったわ。それなら、あなたもそろそろ私のことを呼び捨てにするのに慣れてちょうだい。もう伯爵夫人でも何でもないのだから」

「この国にいる間は、少々無理かと。ですが、この国から出たら呼び捨てにさせていただきます」

「生真面目ねぇ。別にかまわないのに」


 何だこれ?……ジゼル殿、確実に狙われてますけど、気付いてます?

 早まったかな。船で一緒に行くのはちょっとつらいか?

 これ、船上でもずっと見せつけられるのか?

 どう考えても目の前でいちゃつかれる展開しか見えない未来に、コンラートは少しだけ口がひくついた。だが、ふと考え方を変えた。

 そう言えば、妻とはまだ遠出をしたことがないな。彼女も遠い異国に興味があるようだし……帰ったら、一緒に行くか聞いてみるか。

 最近、ようやく夫婦らしい関係になってきた妻と出かけるのも悪くない。

 いくら過去に何があったとしても、今は夫婦なのだ。

 コンラートもセルフィナも、ようやく現実に身体と心が追いついてきた。

 それに行くのは二、三年後だ。その時には、この二人も夫婦になっているかもしれない。夫婦二組で異国の地に行くのも悪くない気がしてきた。

 コンラートは、先ほどまでひくついていた自分の口元が、今度は楽しそうに笑っていたのに気が付くことなく、セルフィナがどういう反応を示すのかを想像していたのだった。

 

 

 

 

「ふぅ」

「どうかなさいましたか?陛下」

「ため息ばかり吐いていると、幸せが逃げていってしまうよ」


 クラリスのため息に、年に一度あるかないかという偶然が重なって二人揃って執務室に現れたシモンとデヴィットが、一方は心配そうな顔で、もう一方はにこやかにそう言った。


「王配殿下、もう少し陛下の心配をなさってください」

「はは、昨日、しっかりと夫婦の時間を取ったから大丈夫だよ」

「そういうことではなく」


 放っておくと、そのまま口げんかに発展しそうな二人を見て、クラリスは微笑んだ。

 デヴィットは、シモンに負けず劣らぬ才能の持ち主だった。そんな男をクラリスが表舞台から消したのだ。

 改めて、昨夜、クラリスはデヴィットに自分の夫となって後悔していないのかどうか聞いた。


『君に選ばれた直後、私と彼は一晩中これから先のことを話し合った。どうやって君を支えていくか。どのように敵対する者たちを消すか。だから、私たちの間にわだかまりなんて存在しないよ。たとえ対立しているように見えても、彼も私も同じ女性を見ているからね』


「……じゃれ合っている姿を見るとまるで兄弟のようだな」

「兄弟ですか?私と殿下が?嫌ですよ、こんな兄弟」

「ひどいな。君と私は閨を共にした仲じゃないか」


 ははは、と笑って爆弾発言をしてくれたデヴィットにクラリスは目を見開いて驚き、シモンは「殿下!」と強めに抗議の声を出した。


「閨を共に……そうか、三角関係がより複雑に……?」

「違います!殿下と話し合いをしているうちに少々お酒も入ってしまい、そのまま部屋で寝てしまっただけです!決して!そういった意味で閨を共にしたことはありません!!」

「おや、君とならやぶさかではないが?」

「殿下!いい加減、私をからかうのはお止めください!!だいたい、どこにそんな需要があると思っているんです」

「需要があればいいのかな?」

「そういうことではありません!」


 普段は冷静なシモンが慌ててデヴィットに怒る様を見て、クラリスは、これもまた一種の家族か、と微笑ましく思った。


「……デヴィット」

「何かな?」

「もし、私が天馬に乗ってどこかに行こうとしていたら、そなたはどうする?」


 クラリスは、以前シモンと二人きりで紅茶を飲んだ時にした話を、デヴィットにも聞いてみたくなった。


「天馬?そうだね。少なくともその天馬は、成人四人は乗せられるくらいの巨大な馬か、成人四人を乗せた籠のような物をぶら下げて天を翔ることが出来るくらいの力がないとダメかな」

「四人?」

「そうだよ。だってクラリス、私、シモン、シモンの奥方、ほら四人いるじゃないか」

「は?」

「……君、もしかして奥方を置いて行くつもりだったの?だめだよ。クラリスの苦い紅茶を初めて味わういいチャンスだけど、君の奥方の淹れてくれる紅茶は絶品だったから、出来れば私はそちらもほしい」

「はぁ!?」

「君の奥方だって誘ったら喜んで来るさ。そうだろう?」

「それはそうですが……」


 だが、何か、そう何かもやっとする。

 以前女王に仕えていた妻の紅茶を、この王配殿下が飲んだことがあるのは仕方ないにしても、いや、けれど……。

 苦悩するシモンを放置して、デヴィットはクラリスに微笑みかけた。


「もっと複雑な四角関係になりそうだよ。まぁ、私たちの中心にいるのがクラリスであることに変わりはないけれど。それに私たちは、どこへだろうと一緒に行くよ」

「……そうか」


 クラリスも、夫に向かって微笑んだ。

 今日みたいな日が続けばいいな、と願いながら。

 

 

「その手の行方」のコンラートと違って、こちらのコンラートは元気です。あちらはあくまでもIFとして考えていただければ有難いです。

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― 新着の感想 ―
はじめまして! ジゼルのその後が、とっても気になります。 いつか、続きが読めると嬉しいです!
この女王の環境が良い 自分だったらなりたくない無理! と思えるが、その無理と思える事を自分一人じゃ無理と言える環境でありまた複数で支えることを周りが是として受け入れられてるのが、本当に奇跡的で凄い。 …
マルク、特に悲劇ぶりっこのラーニャはこれだけ?何もおとがめ・ざまあなし?
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