表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

うらびと

作者: 名称未確定
掲載日:2024/08/04

瞼の裏に潜む人の噂

「うらびとって知ってる?」

 昼休み、周りの子数人と空いている机をくっつけてお弁当を食べていると、誰かがそんな話を切り出した。

 まったく聞いた事のない言葉だったので、私と席を寄せていた藍ちゃんが、

「何それ?」

 と聞き返す。

 そして、文字入力がダントツに速い夕ちゃんは、返事の前に無言でスマホを操作し、一瞬で検索して、

浦人(うらびと)。漁師など水辺に生活する人。他に近いのは裏番組とか裏書人(うらがきにん)みたいな単語が出てくる」

 夕ちゃんが人と話すときもスマホばかり見ているのは、いつもの事だった。それが無ければ、と思う事もあるけど別に嫌な子ではない。

「そーいうんじゃなくて、皆の周りにも実は『いる』かもしれない、って人たちだよ」

 そんなもったいつけた言い方じゃなくて、はっきり言って欲しいとは思ったが、まあなんとなく雰囲気はわかった。

「何それ、怖い奴?」

 私たちのグループの中で、一番ノリの軽いIちゃんがまず反応し、

「都市伝説みたいな噂話?」

 と私も訊いた。

 夕ちゃんだけは、相変わらずスマホから目を離さずに言う。

「うらびとってワードと都市伝説や噂を結びつけても、他の都市伝説の話が出てくるね」

 つまり有名な話ではないということだ。もしかすると、休み時間に披露するために、授業中に考えていた与太話かもしれない。

 しょうもない話だとこの時点で思っていたが、そろそろ中間テストがあるため、気を抜くとその話ばかりになる。それよりはいいだろうと思い、うらびととやらの話に付き合うことにした。

「で、何なのそれ?」

 お弁当の卵焼きを箸で摘まみながら、私は訊く。

「目を閉じてみて」

 言われるまま藍ちゃんが従い、夕ちゃんもそれに続いたのをみて、私も玉子焼きを口に放り込んでから目を閉じた。

「どこでもいいから、知っている場所を思い浮かべて」

 どこでもいいと言われると、かえって難しくなる。

 とりあえず今いる教室を思い浮かべた。がらんとした教室の景色が、閉じた目の中に広がる。

「思い浮かべた場所に誰かいる?」

 近くに気配があるからか、夕ちゃんや藍ちゃん、他に一緒に食事をしている子の姿が見えた。


「その中に知らない『全然知らない人』とか、いないよね?」


「――え?」

 なんか、不覚にもその瞬間、背筋を撫でられたような気がした。

 思わず空想の中の教室を探す、いるのは皆クラスメイトで、知らない人はいないはずだが、なんだか不安になってくる。

「もし、目を閉じて見た風景の中に知らない人がいたら、その人は『いる』から」

「『いる』って……?」

「瞼の裏の世界……、裏世界の住人『うらびと』が」

「そのうらびとがいたら、どうなるの?」

 空想の教室ではない、現実の夕ちゃんの声が質問すると、

 

「いなくなる」

 

 ピタリと水を打ったような声が響き、それに呼応して言いようのない不安感が湧き上がってきた。

 妙に真に迫った語り口。本当にただの怪談話なのか、不覚にも思ってしまった。

「うらびとは常に裏の世界から、こちら側を狙っているわ。普段は誰にも認識されない存在だけど、ふとしたきっかけで取り入った人から、こっちの世界に出てきて、仲間を増やそうとするの」

 こうしている間にも既にうらびとがいるかもしれないのか、なんて考えなくてもいいのに考えてしまう。

「瞼の裏の世界に注意してね。特に自分の家で見かけた時には――」

 いつの間にか全員、瞼を開いていた。

 話はそこで終わりらしい。

 長く微妙に気まずい静寂。階段話で盛り上がってキャー、みたいな雰囲気にはならない、言いようのない気持ち悪さがそこにはあった。

「なんか……キショいね」

 最終的に、藍ちゃんがその言葉で一刀両断してくれて助かった。

 敢えて具体的な言葉にしないっていうのも、貴重な能力だなと思った。

 その後は普段通りの会話になり、うらびとなる怪談話は放課後になる前に、すっかり忘れ去っていたのだけど――

 

 ◆


 ガタ、ガタガタガタガタッ

 その日、自室でテスト勉強をしている最中、玄関の方でそんな音が鳴り始めた。

 さっき母が買い物に出て行ったから、戻って来たのかとその時は思った。

 ちょっと音が派手過ぎるけど、うちは古い木造住宅で、玄関も引き戸なので開け閉めするとき結構うるさい。

 だから最初は気にしなかったけど、あまりにもガタガタとしつこい。

 流石におかしいと思い様子を見に行くと、想像していたよりも遥かに乱暴に玄関の戸が揺らされていた。

 ガタガタガタガタッ! と破壊する勢いで、誰かが外で鍵の掛かった戸を掴んで開けようとしている。

 私はその光景に、恐怖を抱いた。

 うちの戸は、摺りガラスが張られているので、向こう側にいる人の様子が、ほんのりわかる。

 服の色合い的にも上背的にも、買い物に出た母ではない。

 体格的に、男性のように見えるが、誰かはわからないし、こんな事をする人にも当然だが心当たり無かった。

 単純に、知らない男が玄関先にいるという事実が怖い。

 それに加え、ここまで一切無言で戸だけを揺らし続けているというのが、あまりにも不気味だった。

「だ、誰ですか?」

 恐怖の中から絞り出した声は小さすぎて、騒音にかき消された。

 私は意を決して、玄関ごしに叫ぶ。

「や、やめてください!」

 相変わらず戸は揺らされ続けているが、男の挙動は少し変わったように見える。

 どこかこちらを覗き見るような動きだ。怖気が走って、既に胸元で合わせていた手の平を、より一層強く握り込む。じっとりと粘ついた汗の感触があった。

「けーさつ……警察を呼びますよ!」

 なんとか今の状況から逃れたい一心で、相手を追い払えそうな言葉を言った。

 近くに電話はないし、読んだとしてすぐ駆けつけてきてくれるのか。

 そんな現実的な不安をよそに、外にいる男は玄関の戸を揺らすのを止めた。

 そして、ふっと玄関のガラスから人影が離れる。

 諦めてくれたのだろうか……?

 そう思って、少しだけ安堵の長い息を吐いたとき、

 キィィーー

 と、古い金具が擦れる音がした。

 うちには古い家屋にありがちな、玄関に直接埋め込まれている郵便受けがある。

 その蓋が外から押し開けられ、郵便の細い隙間から一瞬光が差し、そして――


 さっきまで戸を揺らしていた男の目があった。

 そこに足を滑らせて落ちてしまいそうなほど、

 深く光のない黒いぎょろりとした男の目。

 何者とも知れないその男は、その暗い瞳の中、瞼の奥深くに引きずり込もうとするように、私をじっと見つめていて――

 

 

「いやーっ!」

 と、冗談みたいな悲鳴を上げて私は飛び起きた。

 気が付くとそこは自室で、私はいつのまにか机で寝てしまっていたらしい。

 少し折り皺のついた参考書とノートが目の前にある。

「夢……?」

 その割には偉く生々しい感覚が残っている。全身に汗だらけで、かなり最悪な気分だ。

 一体なんだってこんな悪夢を見てしまったのだろうか。

 夢の舞台が自分の家だったせいで、起きてもまだあの男がいるんじゃないかと考えてしまい、なんだか落ち着かない。

 というか、あの男は一体誰だったのだろうか。夢に出てくるぐらいだから、多少は覚えがある存在であって然るべきだと思うけど。

「……あ」

 目を閉じた世界にある自分の家。まったく知らない男。

 私は、昼間に聞いた怪談話を思い出した。

 ひょっとしてあれが、件のうらびとだったとでも言うのだろうか?

「まさか」

 いくらタイミングがよく夢を見たからって、あんな与太話を信じるなんてあり得ない。

 ひとまず何か飲んで一旦落ち着こうと思い、廊下に出ると玄関から物音がして身体が強張った。

 まさかと思いながら、それでも見に行こうとする自分を止められない。

 今度はちゃんとスマホを手に持って玄関へ。

 誰かが家の扉に手をかけているのが、ガラスごしに見えた。

 思わずスマホの画面に指を置く。

 しかし、私の緊張感に反して、玄関の鍵はカチン簡単に外れて戸が開いた。

 カラカラカラ、と涼しい音を立てて、買い物から帰ってきた母が入ってくる。

「ただいま――」

 言いながら、玄関先で身構えている娘を見つけて、怪訝そうな顔をする。

「あんた、どうしたのそんなとこで突っ立って」

「う、うん……」

 どうしたのかと聞かれると自分でも困ってしまうが、とにかく家に入って来たのが母でよかった、という安心感があった。

「あ、でも丁度よかった、これ冷蔵庫入れておいて」

 買い物鞄を渡される。

 余計な仕事を増やされてしまったものの、とりあえずここが瞼の裏の世界などではない事に、心底ほっとした。

 

 

 翌日、藍ちゃんと夕ちゃんと他に誰か誘って、また一緒にお昼を食べることになった。

 その席で昨日の夢の話をしてみるかどうか、私は少し迷う。

 もしかしたら私と同じように、知らない人を見てしまった人がいるかもしれないから。

 ただ、どう切り出してみたものかわからないし、あんな怪談話を真に受けて話してしまうのは、なんだか恥ずかしいという思いが勝ち、最終的には黙っている事に決めた。

 昨日と同じように、空いている机を引っ張ってきてくっつける。

 その作業をしているとき、私はふと気が付いた。

「そういえば、この机って誰の席なんだろう。ずっと誰も座ってないよね」

 私の隣にあるいつも空いている机。昼食時に便利だから、勝手に使っているけど、本来ここに座るのが誰なのか私は知らない。

「席替えの前、夕ちゃんはこの席の近くだったよね?」

「うん。けど、誰かが座ってるのは見た事ないかな。まあ、不登校か休学してるとかでしょ」

 まあ大方そんなところだろは思う。

「名前って誰か知らないっけ?」

 私の問いに答えたのは藍ちゃん。

「ううん『知らない人』だね」

「知らない人――」

 一瞬息が詰まった感覚を覚えた。喉に何か引っかかったような。もう少しでその違和感に気が付けるような。

 一度だけ深く瞬きをする。一瞬訪れた瞼の裏の闇を見て、私は思い出す。


 ――昨日、ここでうらびとの話をした子は、一体誰だったのだろうか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ