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白猫と魔法のスパイス

「……始める」


「え早速?」


今回は前置きの雑談無し? あのクソ長い無駄話を楽しみにしてる読者だっていると信じたいんだぞ! お前の内心は知らんわ。


「……? 何回も説明した」


「ああいや何でもない。 多分俺の気の所為だ」


「?」


脳内妄想に置いてかれちゃダメだ。 現実見ないと。


「しっかし、よくもまぁ学生だけで調理室の使用許可出たな」


「……奏士に無い先生からの信頼がなせる技」


「一言余計だ」


俺だって信用くらい……あ、あると思うぞ! 授業態度真面目だし提出物ちゃんと忘れずに出すしテストは言わずもがなだし。 サボる時は上手くやるから素を知らなけりゃ真面目な学生で通るようにしてるからね。 未だにその恩恵が無いけど。


「……申請理由を『生徒会活動』にしたからすんなり通った」


「天下の会長様は信頼されてんなぁ」


普通は監督役が必須だろうに。 流石だねぇ。


「……始めて大丈夫?」


「ん、ん〜…………」


言われて確認。 調理台、綺麗。 器具良し、材料良し、時間良し。


「手は洗ったか?」


「……洗った」


「爪は?」


「……ちゃんと切ってある」


「覚悟」


「……決まってる」


「俺の遺書」


「……それは自分でどうにかして」


それもそうだな。 よしちゃんとカバンに入ってる。


「じゃあ始めるぞ。 今回の確認だが、作るのは尊き夢幻のマドレーヌ。 作るのは紅葉、俺はあくまでサポート役。 OK?」


「……マドレーヌに色々付け足されてたこと以外問題無い」


そこ1番自信あったんだけどなぁ……かなちい


「ちゃんとレシピは持ってきたな?」


「……ある」


紅葉が1冊のノートを取り出す。 へーこれが花伝家のレシピ帳か。


「見ても大丈夫か?」


「……(コクリ)」


紅葉から受け取ってパラパラ捲ってみる。 ノートがかなりボロい。 確か紅葉の親が死んだのが10年くらい前だったか? 物持ちいいなー


「殆ど菓子類のレシピばっかだな。 遺伝か?」


「……ママはご飯もちゃんと作れた」


「いや別に飯作れなかったとは言ってねぇけど」


だが少なくともその料理の腕は娘に継承する前におっちんだって事だ。 もしくは紅葉があまりにも料理に不向き過ぎて、どうにかこうにか作れるようにしたのがマドレーヌ一つだけって可能性もある。 真相は現状事故で記憶を失う前の紅葉だけが知っている。 死人に口なしだから親はノーカン。


「っと、あったあった。 これか件のマドレーヌは」


見開きで記されていたマドレーヌのレシピ。 他と比べて分量だったり時間配分が異様に細かい。 それだけ思い入れのあるものなのかね。 代々伝わるタイプか? うへぇなんか一気に重く感じる。


「……絶対完成させる」


紅葉も腕まくりしてやる気MAX。 でもその前にジャケットは脱ごうか。


「じゃ、作るぞー」


えーと何々? 『最初はマドレーヌとマドリードが違う事を理解します』 初手からボケられると幸先不安なんだけど。


「……ママはこうやって小さくふざけるのが好きだったから気にしなくていい」


「これまだあんの?」


「……あと7個ある」


マドレーヌ作るのやめてマドリード行きたくなってきた。 つーがなんでだよ。 マドリードはスペインじゃねぇか。


「色々アレンジレシピもあるみたいだけどどれ作るんだ?」


「……プレーン」


「なら基本に沿って作るぞ。 まずは、バターを溶かしてオーブンを予熱する」


「……オーブン……レンジと違う?」


「用途は近いけど、分かりやすくするならオーブンは焼くことに特化してる。 レンジでも出来なくはないけど、どっちかってーとレンジは温めることに特化してる」


「……ずっとレンジでやってた」


まぁ今のレンジはオーブンと同等の機能が備わってるらしいから差程問題は無いと思うけどな。 紅葉は絵以外の器具なら特に拘らず、カタログ見てサイズが合って良さそうなの値段見ずに買いそうだし。 まぁそれはそれとして。


紅葉がしゃがんでオーブンをブン。 温めてる間にバターを湯煎で溶かしておく。


「……バターはこれくらい?」


「んーもうちょい」


「……………………これくらい?」


「ん……これで大丈夫。 次は────」


逐一確認を取る紅葉にその都度アドバイスをして進めていく。 俺は器具の準備や手本を見せるだけで本筋には一切関与しない。 そういう契約なので。


「卵は割れるか?」


「……バカにしないで(バキャッ)」


「たった今バカにする理由が増えたな」


「……7回に5回は失敗する」


「約分できない数字を持ってくるな」


殻は取り除いてっと。


「……まぜまぜ」


「力入れすぎんなよ? 遠心力で何もかも吹っ飛ぶぞ」


「……それくらい分かってる」


なら銃撃戦みたいな音立てるの止めろ。


もっとこう……ボウルで混ぜる時の音って「カッカッカッカッ……」って感じじゃない?「カカカカカカカカカカカ……」って音は出ないはず。


「……バニラオイル……」


「匂いキツいか?」


「……バニラのいい香り」


「これを────えーと3滴だな。一滴でも匂いが強いから入れすぎるなよ」


「……匂いが甘いなら……」


「……間違えても舐めるなよ?」


「……そんな事しない」


「今絶対舐める気マンマンだっただろ」


「……奏士のことは舐めてもバニラオイルは舐めない」


「帰るぞ」


「……今のはお茶目なジョーク」


「何がお茶目なジョークだ濃縮還元本音100パーセントのくせに」


「……ストレートで本音100」


「正体現したね」


「……口が奏士のギャグくらい滑った」


「はいお疲れ様でした」


「……冗談を真に受ける人は好かれない」


「冗談は本気にされた時点で冗談じゃない」


紅葉はがっちり掴んで離しません。 まぁ流石にこれくらいで帰りはしないけどさ。 この程度で毎回キレてたら俺の脳血管は今頃パイプの回転パズルみたいになってる。


「……不思議」


「あ?」


「……奏士相手だと悪口がポンポン出てくる」


「舐めてるからじゃねぇの?」


「……ドンマイ」


「お前に俺を慰める権利は無い」


口数すくねぇのに余計な一言は壊れた蛇口みたいにドバドバ出てきやがる。 こいつと付き合えてる天音パイセンとポニテさんが凄い。


「おら口より手を動かせ」


「……暴力?」


「直接痛めつけろって意味じゃねぇ」


「……奏士がドMだからって否定しないけど時と場所は選んで欲しい」


「俺をマゾと断定するな」


「……奏士は律儀に反応してくれるから楽しい」


この性格ブスが。 見てくれにリソース割き過ぎたな。


とか何とか有りつつもそれはいつものこと。 俺の精神的負担以外に大きな問題を起こすこと無く、残すは最後の焼き上げ。


「…………!」


「あんましオーブンに近付くと火傷するぞ」


「……!……!」


ダメだ聞こえてない。 玩具を買ってもらえた子どもみたいに目がシイタケになってる。


そういや、爺さんから玩具を貰った事はあったけど俺から強請ねだった事は一度も無かったな。 1度くらい可愛い孫みたいに甘えた方が良かったか? 考えたとてもう意味は無いが。


「紅葉ちゃーん! 遊びに来たよ〜」


厄介な人が前触れ無く参戦。


「…………」


面倒を察知した俺は厄介さんに開けられた扉をそっと閉めた。


「も〜 どうしてお姉ちゃんを締め出すのー?」


どうしてこの人は俺の姉枠に不法侵入しているのだろうか。 既に定員オーバーだからこれ以上要らんって前にも言うたやろがい。


「そんな酷いことする子には〜」


天音さんはそう言いながらそっと近付き、制服のシャツだけに触れるくらい優しく指で触れてきた。


「お姉ちゃんが兜指○破、しちゃいますよ〜」


天音パイセンの優等生モードの笑顔怖い。 技のチョイスも怖い。 アンタ何処で学んだそんなの。


まさかあの初心ゴリラか? 未だに異性相手に素の状態で接することができないあの空手部主将か? 確かに『漢!』の具現化みたいなあの人なら読んでてもおかしくない。


「…………」


「紅葉ちゃーん! 大好きなお姉ちゃんが遊びに来たよ〜」


一瞬で紅葉に興味を移したこの先輩、人の事押し退けやがった。 調理室で危ないじゃないか。


「…………」


「紅葉ちゃーん? 無視されるとお姉ちゃん悲しいな〜」


「…………」


執拗いお姉ちゃん(笑)でも紅葉はなんのその。 そんなことより徐々に焼き上がるマドレーヌに興味津々。


「大変! 紅葉ちゃん反抗期!?」


「初手から元気だなぁこの人」


今やっと紅葉が大人しくなって休める時間なんだから大人しくしててくださいよお姉ちゃん(笑)


「どうしよう! お姉ちゃん何処かで教育間違えちゃった!? それとも一人っ子なのが寂しかったの? 分かった! お姉ちゃん今から賢星君と弟作ってくるから待ってて!」


「いい加減落ち着けよ」


ツッコミどころ満載で追いつきたくない。 一応先輩だけどタメ口で反応するくらい追いつきたくない。


1つずつツッコミ入れるぞ? まずあんたは紅葉の保護者じゃない。 そして紅葉は別に一人っ子で寂しくて無視してるんじゃなくて眼中に無いからだ。


最後にあのゴリラと子ども作っても子ゴリラが生成されるだけだぞ。 美女と野獣のハイブリッドって野獣の様な力持った美少女が誕生するのか? ヤダそれって紅葉の事じゃない? 野獣ってか自然現象に近いけど。


そうか、紅葉は美女と野獣のハイブリッドだったのか……随分と野獣の血が濃い。 美女要素が外見にしか現れてない。


「紅葉ちゃ〜ん! お姉ちゃん無視されると悲しいなぁ〜」


しゃがんでオーブンを見ている紅葉に覆い被さる様に後ろから抱き着き、ゆっさゆっさと紅葉の肩を揺らす天音お姉ちゃん。略して天姉ぇ。


「……邪魔」


紅葉は無慈悲にも天音さんの手を払い除ける。 流石紅葉さんハイパー無慈悲。 これが無慈悲な『わからせ』というやつか? 絶対違う。


「そ、そんな……」


青ざめてわなわな震える天音お姉ちゃん(笑)。 どーでもいいけどあなた暇なの?


「お姉ちゃんを蔑ろにする紅葉ちゃんなんて紅葉ちゃんじゃないよ! うわぁーん!」


自称お姉ちゃんは泣き叫びながら出ていった。 廊下は走らない。


…………


「追い掛けて来てよ!」


「忙しい人だな」


数秒で戻ってきた。 俺、この人はまだマトモな方だと思ってたんだけどなぁ……仮面がどんどん剥がれてく。


「……焼けた」


「じゃあ取り出すぞ。 熱いからちゃんと両手にミトンの装着を忘れないように」


「……準備OK」


紅葉はオーブンに入れた器をそーっと取り出す。 見てるだけでハラハラする。 火傷したら一大事。


「取れたらマドレーヌを型から外して、えーっと……あった。 この網の上に置いて粗熱をとる。 取り外すのに時間かけるとくっついて取りにくくなるから、急がず、素早く、安全にな」


「……頑張る」


火傷しないようにマドレーヌをそっと型から外す。 これもまたハラハラするけど俺はあくまでサポート役……だから紅葉に任せるのだ……ソワソワするけど任せて待つのだ。


「……取れた」


「触っても火傷しないくらいに冷めたら完成だ」


「……」


じーっとマドレーヌを見つめる紅葉。 そんなに見ても冷める時間は変わらんぞ。 冷めた目で見ても変わらない。


「……まだ?」


「まだ」


マドレーヌを冷ましてる間に色々準備しておかないと。 使った道具とか洗わなきゃだし。


「……まだ?」


「まだまだ」


少し落ち着けと言いたい。 が、ここまでキラキラした眼を見せられると「まぁいっか」ってなる。


「……まだ?」


「まーだまだまだ」


「……むぅ」


紅茶の準備して、道具洗ってっと……ティーカップはどれにしよう。 なんか猫っぽいこれでいいか。


「うぅ……お姉ちゃんが居ないものとして扱われてる」


まだ居たんか。 居てもやること無いし紅葉も未だに気付いてないからはよ帰れ。


「……まだ?」


「ん〜大丈夫だな。 出来たぞ」


「……!」


紅葉はマドレーヌを網から皿に移し替え、シュパッと椅子を3つ出す。 うわぁ素早い。


「……早く」


「はいはいはいはい」


紅茶も3つ用意して俺も座る。 うむ、アッサムのいい香り。


「……頂きます」


「いただきます」


シワとシワを合わせてこの世の全ての食材に感謝を込め、ついでに紅葉をそこそこ大人しくしてくれたマドレーヌに感謝を込める。 いやほんとマジで助かりました。


まぁ紅葉が大人しかった分別の人が大人しくなかったんですけどね。 これは誰に責任取らせるべき? とりあえずケジメつけよう。 委員会室に行けばエンコスターターセットとブースターキットも置いてあるから。 エンコのブースターキットが何かは不明。


「……美味しい」


「良かったな」


「……♪」


モフモフとマドレーヌを頬張る紅葉。 幸せオーラが溢れ出ております。 あ〜なんか聖なる力で我が身体が崩壊しそう。 こうなったら聖邪逆転で俺も負のオーラを出すしかない。


いやそれは普段から出てるな。 じゃあ勝ち目ないじゃんオワタ。


俺も1つ食べてみる。


良かった……用意した遺書が今回は不要そうで。 美味しいって素敵。


「うぅ……あ、本当だ美味しい……」


そしてしれっと食べてる天音さん。 いやまぁこの人の分の椅子とか紅茶とか用意したけどさ。 マドレーヌも紅葉が食うから多めに作ったし。


「とても紅葉ちゃんが作ったとは思えない出来だよ」


「……急に現れて失礼」


一応その人割と前から居たけどね。 君が気付いてなかっただけで。


「紅葉が料理できない理由は主に2つ。 大雑把過ぎる事と料理の行程を手順として捉えてること」


「……どういう事?」


「前者はそのままの通り。 食材切る時もサイズがバラバラ。 切り方もっていうか、切ってるんじゃなくて馬鹿力で無理矢理分離させるから食材そのものがその時点で死んでる」


「……むぅ」


「じゃあ後者は?」


「なんと言えばいいか……例えるなら、『1+1=2』であることは知ってるけど、『1+1がなぜ2になるのか』は知らないでやってるみたいな。 『AをBすればCになる』を理屈じゃなくて感覚……というかレシピの通りにしか見てないから、大雑把さとの相乗効果で壊滅的な腕になってる」


料理において大雑把というのは必ずしも悪いことでは無い。 大雑把を言い換えると目分量だとか感覚で覚えてることになるからだ。


但しそれは料理に慣れている人の話。 料理初心者と料理下手の大雑把は劇物製造までの一本道だ。 紅葉の場合は炭鉱までの一本道。


「……ボロクソに言われた」


「う〜んこれはさすがのお姉ちゃんでも否定しきれないかな〜」


ともあれ、これで課題は見つかった。


紅葉は金持ってるから今後も料理しないでデリバリーとか外食で済ませるといいよ。 1人で料理やらせると火事とか部屋爆発とかやりかねないので禁止とする。 今回みたいに監督者が見張ってないとダメ。


「……そんなに酷い?」


「なんでこれで一人暮らし許可されたのか疑問に思うくらい酷い」


洗濯機も回せない(一人暮らしの時はコインランドリー)

炊飯器も使えない(我が家でも普段は一般家庭用の炊飯器)

というか飯作れない(全て外食orデリバリー)


よく生きてたね。 金だけはあったからか。 ここまで俺と対極な人って居るんだ……


「……だって……教えて貰えなかったから」


それを言われると少し痛い。 本来は親に教えてもらうことをこいつは出来なかった訳だ。


でもそれは祖父母に教えてもらえばいいのであって言い訳になると思ったか?


「う〜ん……紅葉ちゃんは家事が出来る人と結婚しないとダメだよね」


「……別に結婚願望とか無い」


「大丈夫! 紅葉ちゃんが卒業したらお姉ちゃんの所においで! いつまでも二人で過ごそう!」


しれっと追い出されてる賢星くんが不憫で笑う。 あの人の扱い雑過ぎる。


「というわけで紅葉ちゃんは私が貰うね!」


「喜んでどうぞ。 なんなら今すぐに引っ越していただいて構いませんが」


こいつ部屋見つける気無いみたいだし。 ベル達は卒業までの約束があるのでしゃーなし。


「…………」


紅葉はマドレーヌ食べながら睨みつけてきた。 そんなことしても俺の防御は下がらないぜ。 精神防御は下がるかも。 メンタル雑魚。


「……引っ越し? そういえば紅葉ちゃん、今何処に住んでるの? お引越ししたって聞いたけど」


「…………」


紅葉はそっと顔を背けた。 おいこっち見ろ。


「………はっ! まさか紅葉ちゃん……ホームレスに!?」


この人はこの人で異次元の勘違いするなぁ。 もしかして今日の脳みそは旧型ですか?


「まぁ冗談はこれくらいにして。 お姉ちゃん、紅葉ちゃんの事ならなーんでも知ってるよ。 最近また胸が大きくなった事とか、ホクロの位置と数とか、紅葉ちゃんの今日の下着の色とか」


知識に偏りがある気がする。 この人属性的にはベルの護衛のあの人に近いぞ。 あの名前が思い出せない人。


嘘嘘覚えてるって。 白石ィレンドリングさんだろ? それ1発限りのネタですよ。 2発くらいやったかもしれない、


「それと〜…………君と紅葉ちゃんが同棲してる事とか」


あれおかしいな部屋の空調が壊れたのかな? 一気に寒くなったぞ。


「も〜 君ってば見境無いな〜 ベルちゃんだけじゃ物足りなくて紅葉ちゃんにまで手を出すなんて」


ニコニコしながら人差し指で頬をツンツンしてくる。


学園でも指折りの美少女先輩との触れ合いのはずなのに一切嬉しくないどころか全く落ち着かない。 思春期の多感さじゃなくて恐怖で。


「色々誤解」


「なら言ってみてよ。 紅葉ちゃんとお風呂に入った事? それとも同じ布団で寝たこと? それとも紅葉ちゃんの裸見た事?」


「……誤解、です」


くそう誤解なのに否定しきれない。 誤解なのに! なんなら被害者俺なのに!


「えーと、まず同棲じゃなくて下宿。 紅葉には新しい部屋見つけるまで部屋を貸してるだけ」


「うんうん。 つまり1つ屋根の下の同棲だよね?」


天音お姉ちゃん顔が怖いよ。 笑顔なのに笑顔じゃない。


「んで、 風呂云々は俺が入ってる所に向こうが入ってきまして」


「うんうん。 つまりお風呂に入って一糸纏わぬ姿でお背中流してもらったんだよね」


あれデジャブ。 さっきもこんなに感じで返された気がする。


「んで、同じ布団云々は雷にビビった紅葉が人の布団占領した後、気が付いたら紅葉が寝てただけで」


「うんうん。 つまり同衾したんだよね?」


ダメだぁどう返しても笑顔で返される。 無敵かこの人。 そりゃそうだ元々俺とこの人は相性悪いもの。


「そして、裸を見た云々は紅葉とゲームしてた名残で正当な結果で、しかも紅葉はちゃんと対策してたから厳密には見えてなくて……」


「うんうん〜」


……あれ? 身構えたけど来ない。 許されたのか? いや許されるものにも罪犯してないけど。


「…………要するに、君は見たんだよね?」


あ、全く許されてなかった。 覇気溜めてただけだった。 怖。


「紅葉ちゃんのあーんな所やこーんな所何もかも。 上の蕾から下の蕾までぜーんぶ見たんだよね?」


「いやそれは本当に見てないんだけど」


てか頭のてっぺんから足の先じゃないんだ……これ完全に俺がカラダしか見てない変態だと思われるよね。


「ん〜〜〜判決! お姉ちゃん的にギルティ! 有罪だよ有罪!」


あれいつの間に魔女裁判始まった? 裁判員制度を使えェ!


「紅葉ちゃんにはまだ早いよ! そういうのはちゃーんと手続きしてから然るべき手順でするべきだと思う!」


天音さん意外と古風? もしかして婚前交渉反対派ですか?


「でもしてしまった事に変わりはないので、はいこれ!」


天音さんはどこからか1枚の紙を取り出した。 これどこから出したの? ねぇ?


「何コレ」


「婚姻届! 紅葉ちゃんを誰にも渡すつもりは無いけど、2人が結婚するならお姉ちゃん色々と許します! あ、ちなみに紅葉ちゃんの方はお姉ちゃんが代筆したから書くのは君だけでいいよ」


「何一つ安心出来るワードが無かった」


「……天音さんには後でお話がある」


「何何お話? 紅葉ちゃんからなんて嬉しいなぁ〜 後でと言わず今もお話しよう!」


「つっよ」


この人は社会に出たら良くも悪くも大物になりそう。 もし悪い意味でバズって大物になったら絶対知らんふりしよ。


「……筆跡が私と同じ」


「完&璧に紅葉ちゃんと同じ時だから筆跡鑑定は通用しないよ」


あんたは最&高裁判所行け。 はよ罰せられろ。


「うわしかも俺の分の証人まで記入済み」


「……天音さんと巌先輩」


「賢星くんが書きたがらないから無理矢────お願いして書いてもらったんだ☆」


「今なんて「お・ね・が・いして書いてもらったんだ☆」……」


強い。 この人この作品で最強キャラなんじゃないの?


「……とりあえず婚姻届は没収」


ならなんで破かずにポケットに入れたの?


ま、まさかそれで後々脅す気じゃなかろうな! 今のうちに実印とか隠しておこう。 ついでに記入できないように手も切り落とさないと。 頭にアルミホイルくらい異次元の予防してる。


まぁ過ぎたことは忘れよう。 過去は引き摺らないのが俺だ。 但し恨みは忘れない。 ダッシュババアくらい引き摺ってんじゃん。


※ダッシュババアの伝説内容には地域差があります。


「んで、味はどうなんだ?」


「……?」


「目的を忘れたのか? マドレーヌコレだ」


「…………忘れてない」


忘れてた人の間じゃん。 乱入者が濃すぎて俺も忘れかけてたけど。


「……私が1人で作った時よりずっと美味しい、けど違う」


「ふぅむ……」


作ったのが紅葉だから所々レシピとは違うが、一応レシピと同じ手順で作った。


これは……本人の技量を抜きにしても難しくなってきた。


そもそも論だが、このレシピのマドレーヌが紅葉の探し求めているマドレーヌなのかがハッキリしていない。 全ては紅葉次第な上、当の本人は以前の事故の影響で昔の記憶が曖昧になっている。


明らかになっていることはレシピが手元にある事とレシピ通りに作ると違うということ。 正解が遠い。


1番厄介なのは紅葉の思い出補正。 本人の記憶と実態は大抵かけ離れている。 その齟齬を解明しないと終わらない。


なんだこれ。 仕方なく返事したけど、これならミレニアム問題解いてた時の方が楽だ。 先の見えない暗闇を蝋燭の灯りで彷徨うに等しい。


「……やっぱり、奏士でも難しい?」


紅葉が少ししょんぼりしながら言う。 まだ始まったばかりだから否定も肯定も出来んが……


「いや、もうちょいやってみる」


俺が全部1人で作る禁じ手は最後の最後だ。 それまでは少しくらい試行錯誤してみよう。 普段から余裕たっぷりな奏士くんが手探りで足掻いてる姿を見せる事で読者との親密度を上げるファインプレーに拍手喝采。 もう手遅れやで。


「もう1回作って見るか。 次はさっきよりも正確な分量と時間でやるから覚悟しろ」


「……マドレーヌ食べてから」


「まだ食っとんのか」


残ったマドレーヌをかっこんでリスみたいになった紅葉。 それ口の中死なない? マドレーヌってそこそこ水分持ってかれるぞ。


「…………終わった」


「あーもう急いで食べるから口の周り汚して……」


用意しておいたウェットティッシュで拭う。 お子ちゃまめ。 ここは日本なので綺麗に食べよう。


「……終わった?」


「んー……よし。 俺は材料準備して軽量するから、手を洗っておくこと」


「……(コクリ)」


調理室の冷蔵庫から食材を取り出す。 最初から1回で成功するとは思ってないし、どうせ失敗しても紅葉が食うから材料は多めに用意してある。


「……終わった」


「じゃあレシピを見ながら忠実に作るぞ。 まずは「ちょっと待ったぁ!」うげ」


またですか。 紅茶と残りのマドレーヌあげるんで大人しくしててくださいよ。


「2人とも忘れちゃいけないものを忘れているよ!」


「なんかあったか?」


「……奏士の人間性?」


「黙れ人間風情が」


「……上位存在から言われた」


俺も実際に使うとは思わなかった。


「も〜 2人ともおっちょこちょいだなぁ〜 エプロンだよエプロン! 2人ともエプロン着けてないよ!」


「あ〜」


そういやそうだったね。 エプロン着けてなかった。


「……エプロン忘れた」


「俺は急に呼び出されたから持ってきてない」


ほんともう事前に言っておいて欲しいよね。 今日生徒会休みって聞かされた時は喜びのあまりIt's show timeしかけたんだから。


「ちょっと待ってて!」


天音さんはそう言うと走って部屋を出た。 廊下は走らない。


「お待たせ!」


「待ってないです」


本当に、出てったとほぼ同時に帰ってきた気がして。


「はい! 2人のエプロンだよ!」


「これどこで手に入れたんだよ……」


「被服部から借りてきた! はいこっちは紅葉ちゃんの!」


「……押し切られた」


受け取ったエプロンを持ち上げると柄がこんにちは。


「……ダサい」


紅葉も同じことしてる。 紅葉にはちょい丈が長くないか?


「てか、何故にペアルック?」


青とピンクという違いはあれど柄を合わせるとハートマークが。 引越し業者? それサ○イやで。 ハトのマークじゃねぇのかよ。


「フフーン……お姉ちゃんのセンスを崇めるといいよ!」


「お姉ちゃん頭の病院行った方がいいよ」


「……お姉ちゃん壊滅的センスを見直した方がいい」


「2人とも冷たい!」


だって圧倒的ダサさだし。 この人は人をなんだと思ってるんだ? 服のセンス無い俺でもこのチョイスはしない。


「まいっか。 エプロンに変わりないし」


「……制服が汚れるよりはマシ」


「2人はドライだなぁ〜」


ジャケットは最初から脱いでたからそのままエプロンを身に纏う。 俺はこう見えてそれなりに体格がいいので少しサイズが合わない。 お姉ちゃんしっかりしてよも〜


「……」


エプロンを引かれた。 紅葉ちゃん君のお口は何のためにあるのかな? 物食って俺への悪口言うため以外の使い道を探そう。


「……後ろが結べない」


「はいはい。 あっち向いて」


後ろ向かせて紐を結ぶ。 うわーこうして結んでると分かるけど紅葉の腰ほっそ。 これちゃんと内蔵詰まってんのか? 実は骨と筋肉しかないんじゃ……


「ちょい緩いな……少し絞めるぞ」


キュッと紐を引っ張ると紅葉の腰の細さがより強調される。 制服シャツ越しでこれは逆に心配になってきた。 もうちょい食べさせて太らせた方が健康的なのか? いやこれ以上元気になられても困るが。


「……少しきつい」


「ウエストは少し緩めてあるぞ」


「……おっぱい締め付けられて痛い」


「あーはいさーせん」


「君、もう少し動揺しようよ……」


そんなこと今更言われてもなぁ。


「……よし出来た。 どうだ?」


「……問題ない」


紅葉がぴょんぴょん跳ねたりクルクル回ったりして動作確認。 髪を纏めてるからポニテが当たって痒い。


「んじゃ今度こそ。 まずは────」


「……(コクコク)」


「…………んふふ〜」


──────────────────────────────

午後8時


「……これも違う」


「これもか〜」


あれから何時間経過したか。 放課後入ってすぐ始めたから4時間近くやってる。 途中洗濯物取り込んだり重政に飯食わせたりしたから実働は3時間ちょいか。


「うーん……これも充分美味しいと思うな〜」


「……でもママの味じゃない」


「ママの味? そういえば聞きそびれてたけど、2人はどうして放課後にマドレーヌを作っているのかな?」


「……かくかくしかじか」


「ふむふむ……へぇ〜」


紅葉だけ「かくかくしかじか」で通じるの狡い。 俺が言うとどいつもこいつも「何言ってんだお前」みたいな返事するくせに。


「紅葉ちゃんのお母さんの味か〜 それは私も知らないなぁ〜」


マドレーヌを摘みながら談笑。 冬なので外はもう真っ暗。 部活もどこも終わって撤収してる頃だ。


「何が足りないんだろうな」


「……逆に余分?」


「言うてあれこれ足したり引いたりしてるから、思い出とレシピが違うのか、それとも思い出が違うのか……」


「……私に聞かれても」


「お前以外の誰に聞くんだよ」


「……私も漠然としてるから細かくまでは覚えてない」


やはり紅葉の感覚次第か……


「うーん……考えられるのは味覚の違い、かなぁ」


「……味覚の違い?」


「うん。 子どもと大人じゃ味の感じ方って違うでしょ? ほら、子どもの頃は苦いのがダメだったけど、大人になると食べられる、みたいな。 コーヒーとかピーマンとか」


「……ちょっと分からない」


「こいつピーマン食えないし甘くないコーヒー飲めませんよ」


「あちゃ〜」


紅葉は未だに子供舌だから思い出と味覚が変わってないことを願う。 ちなみにピーマンはペーストにしてもバレるので我が家のピーマン消費量はグッと下がった。 子どもは苦い=危険だと本能で覚えるから困る。


まぁ、大人でも苦いのは嫌ですけどね。 ゴーヤとかビールとか苦いから苦手。


「そうだな〜 レシピ通りってことは、レシピが違うっていうより、紅葉ちゃんが食べたのはレシピ外のモノが入ってた、とかじゃないかな?」


「……レシピ外?」


「うん! ほら、レシピに書くのってアレンジとか抜きにした基本的な事だけだから、紅葉ちゃんが覚えてるのはアレンジしたものなんじゃないかな」


「…………」


「どうだ? 何か思い出せそうか?」


「……やっぱり分からない」


もう紅葉の頭に忘れとんかちぶち込めば解決するんじゃなかろうか。 思考が末期だって。


「う〜ん……あ!」


天音さんが何か思いついたみたいに立ち上がった。 急に立ち上がると危ない。


「紅葉ちゃん紅葉ちゃん、ちゃんとアレは入れたのかな」


「……アレ?」


「ほら、お料理する時に必ず入れるアレだよアレ!」


「…………?」


「ちょっとお耳を拝借……あ、君は聞いちゃダメだからね!」


「はぁ」


言われた通りムー○ィ勝山を憑依させて終わるのを待つ。 ごにょごにょやってるけど今の俺は無心。


「……よし!頑張って!」


「……? 頑張──る?」


「疑問形じゃダメだよ! ちゃんとイメージしないと!」


「……何となく分かった」


何となく分かったらしい。 で、何が?


「終わった?」


「……終わった」


「じゃあ作るか。 時間的にそろそろ帰らなきゃだし」


「……奏士は必要無い」


え俺処分される? 約立たずだったからボス直々に処分される? せめて華々しく散りたい。


「……次は私1人でやる」


「……これはお役御免ってことかな?」


「違う違う。 まぁ座って座って」


天音さんに言われて座り直す。 奏士くん少ししょんぼり。


「安心して紅葉ちゃんに任せてみてよ。 我が子の独り立ちを見守るのも大人の仕事だよ」


それ紅葉が子どもって事になるけど良いの? というか我が子じゃねぇし。


「……レシピ」


紅葉が1人で作っている。 元々レシピは覚えていたし、知能は無駄に高いから今日1日で作り方は覚えたらしい。 最初にスムーズに進んでいる。


「…………」


「ほらほら落ち着いて。 心配なのは分かるけど、君がどっしり構えてないと紅葉ちゃんも落ち着いて作れないよ」


「簡単に言ってくれるなぁ……」


何度も紅葉の石炭を味わい、何度も教え込み、そして再び石炭を味わった経験が落ち着かせてくれない。 紅葉1人で料理させて手に怪我させたら絵に関わるし。 刃物を使わないのが幸いだけど火傷の危険性が残ってる。


「……次は卵」


心配を他所に紅葉は着々と進めていく。 親の心子知らずとはよく言ったものだ。 いや親じゃないけど。 保護者だし。


「…………」


あと紅葉がちょいちょいチラチラ見てくる。 手助けしたいけど出来ないし自分から言い出したんだから最後までやりなさい。


「んふふ〜」


それを見て天音さんは何故かニッコニコ。 娘を見守る母親みたいな感じ出してる。 いや実際の母親がどうなのかは知らんけど。


「ねぇねぇ、柳────えーっと、奏士君、だっけ?」


「ですけど」


意外。 俺の名前覚えられてた。 とある後輩なんか全く覚えてなかったのに。


「ありがとうね」


「……見返りは?」


「違うよ〜 別に期待して言ったんじゃなくて、純粋な私の気持ち。 私の代わりに紅葉ちゃんをずっとサポートしてくれてたでしょ?」


あ〜そういう事ね。 そういや俺の前任者この人でした。


そして俺がこうなった原因もこの人でした。 ならお礼より前に謝罪しろ。


「紅葉ちゃんってほら、素を知るととても人を選ぶでしょ?」


「激しく同意」


「だから私心配だったんだ。 来年も紅葉ちゃんの傍で支えてあげたいけど、前期は保健委員長やらなくちゃ行けなくなったし、私は3年生だから後期の生徒会には参加出来ない」


あーそういやこの人前期は保健委員長やってましたね。 誰も覚えてないプチ設定。


「少し目を離したら案の定紅葉ちゃんは1人で生徒会やってるし、お友達も1人しか居ないみたいだったからもしその繋がりが切れたらどうなっちゃうのかなってずっと思ってた」


あ、1人ってことは神鳴は友達認定されてなかったんだ。 紅葉が素を見せてる数少ない人だろうに。 まぁライバルポニテさんならともかく神鳴と2人になっても会話無いだろうし、妥当か?


「私が学園にいる間は紅葉ちゃんを孤独にしないであげれるけど、私は今年で卒業しちゃうから、紅葉ちゃんが3年生になったあとが心配で心配で……」


天音さん意外と真剣に紅葉を思ってた。 愛が重い。


「だから賢星君には悪いけど、留年して、紅葉ちゃんと同じクラスになって、紅葉ちゃんを最後まで支えてあげよう思ったんだ」


本当にそれだけですか? もっとこう、貴方が紅葉と一緒に居たいだけな気もする。 というかそっちの方がデカそう。 今更だけど俺は貴方にいいイメージを抱いてない。


「でもそんなことしなくてよさそうでお姉ちゃん安心したよ〜」


そう言いながら天音さんは紅茶を1口飲む。 マドレーヌもまだまだありまっせ。


「いつの間にかみんなと打ち解けてお友達が増えて、笑うことが増えて、大事なものが増えて……お姉ちゃん感無量で涙が出ちゃう」


意外と涙脆いんですね。 もうちょい無慈悲な人だと思ってました。


あと先輩に対して敬語使うべきか年下だからタメ口で行くべきか迷うんだけどどっちがお好みですぅ? 結局ぶりっ子に落ち着いてますぅ。


「それにしてもお姉ちゃん驚いちゃった。 あの紅葉ちゃんとこんなにも早く打ち解けた人が居るなんて。 それも男の子!」


打ち解け……たのか? 素が見えてるって意味ではそうなんだろうが、俺は未だに紅葉が素なのかどうか疑ってるぞ。 人間不審・極なもので。


「ねぇねぇ、どうやったの? 私の時は半年くらいまともに見てくれなかったのに!」


「俺も最初はそんな感じですぅ」


「……語尾どうしたの?」


「ちょっとイメトレの弊害で」


いけないいけない。 いい歳した野郎の萌え声は1部除いて耐えられるものじゃない。 訂正訂正。


「最初の頃は紅葉も常に喧嘩腰というか警戒してて……無理やり同じ部屋+2人で仕事することになったから何かしないかずっと見てるしてか睨んでるし話しかけるとそっと逃げるしで苦労しました」


「そうそう! 紅葉ちゃんって最初は絶対に自分から口を開かないの! さすがに仕事関係は話してくれるけど日常会話とか一切しなくて!」


「でもあれだな……癖というか対応が分かってきて、それに合わせてると時々警戒緩みました」


「うんうん! 紅葉ちゃんって警戒はするけど慣れてくると時々素が見えてきてね! それがまた可愛いの〜」


この紅葉オタク激しいな。 赤べこみたいに頷いてる。


「打ち解ける……って言ったらあれだけど、少なくとも警戒を解かれたのは多分アレかな……」


「アレって? ねぇねぇ、アレって?」


「紅葉の警戒が緩んできた頃、クッキー作りどハマりした時がありまして。 放課後も食べようと持ってきた日がありまして」


「お菓子! その手があったか〜」


「放課後生徒会室で仕事した後で取り出したら紅葉が凄く食いつきまして。 今みたいに話すようになったのは多分それから……ですかね」


「へぇ〜 そんな事があったんだ〜」


「まぁ猫は警戒心強い生き物ですから。 その分懐くと物凄く甘えてくるんで、紅葉もそういう性質なんじゃないですか?」


「……私が何?」


おっと紅葉ちゃんいつの間に。 盗み聞きはダメでちゅ。 これもうぶりっ子じゃなくて赤ちゃん言葉。


「いーや 2人が仲良しでお姉ちゃん嬉しいな〜って話」


「……仲良し?」


「この人のフィルター曰くそうらしい」


「……フィルターの交換を勧める」


まそんな事より。


「で、どした?」


「……出来た」


元々が手に持った皿を置く。 綺麗なマドレーヌだ。


「おぉ〜 これ本当に紅葉ちゃんが1人で作ったの?」


「……私にかかればこれくらい夜食前」


「一周まわって最後になってんじゃん」


まぁそれはそれとして。


「マドレーヌの色・膨らみ・香りは問題無し……ちゃんと生地を寝かせてオーブンも予熱してあるからちゃんと膨らんで焼けている」


「……(ドヤ)」


「さぁさぁ奏士君! ちゃんと食べてあげて!」


「……奏士君?」


「え、いやそっちがお先にどうぞ」


「ダーメ! 君が最初に食べないとこれは完成しないの!」


どういうこっちゃ。


まさか毒入り? 最初に食べた人が犠牲となる毒入り?


「……毒なんか入ってない」


「心読むのやめろ」


「……読まなくても分かる」


以心伝心って怖い。 最高のバトルでも始める気か?


「さぁさぁさぁ!」


「あーもうはいはい食べるって」


こうなったら嘘偽りなく評価するからな。 もし上手くいかなくたってくよくよするなよ。


「……あーん」


「いや自分で食べる」


「…………」


「はいはい」


従った方が早いので受け入れる。 だから天音さんはニコニコするのを辞めろ。


「……どう?」


「……ん、美味い」


「……(ムフーッ)」


紅葉ちゃんすんごいドヤ顔。 満足そうでよかった。


味の方は文句無し。 紅葉が初心者であることを考慮しなくても問題無しの出来。


というかさっきまでより格段に良くなった気がする。 俺のサポートが無くなった分多少クオリティは下がったが味だけは急に良くなった。 毒の副作用か? 「せめて最後に口にするものくらい美味しく」みたいな。


「じゃあ次は君の番!」


「は?」


「紅葉ちゃんにお礼しなきゃ!」


「は?」


紅葉の方を見ると顔を近づけて口を開けて準備万端。 その口に虫ぶち込んでやろうか。 今冬だけど。


「……」


「ほらほら〜 準備万端の女の子に恥かかせちゃダメだよ」


さっきの話聞いてこの人の事少しは好きになれそうだったけどやっぱり嫌いだわ俺。 人を簡単に信じるべきでは無いなうん。


しかしやはり従っ以下略


マドレーヌを1つ摘んで紅葉の口へ持っていく。


「…………」


「……ど、どうだ?」


肝心のお味はいかが? 紅葉の思い出の味に近付いたのか?


「…………!」


お、開眼した。


「…………出来た」


「お?」


「……出来た「おぉ」かもしれない」


なんでい。


「……まだちょっと違うけど殆ど同じ味」


「という事は!」


「……この通りで間違い無い」


「やったね紅葉ちゃん! これはもう実質完成だよ!」


「わぷっ」


天音さんに抱き着かれて紅葉が少し驚いてる。


けどそれ以上に近付いた喜びの方が勝ってる様子。


いやー長かった。 ベルから鬼のように連絡が来るくらい長かった。 やべ返信してねぇや。


「いやー終わってよかった」


「……まだ終わりじゃない」


「え?」


「……もっと仕上げて完全に同じ味にする」


「おっとこれは責任重大だよ。 完成するまで頑張ってね奏士君」


「もう俺要らないと思う」


「……奏士君……」


紅葉さん何か? さっきからブツブツ言ってるけど。


もしかして毒の効き目が悪いことを心配して? ごめん、毒……効きにくい体質なんだよね俺。 でもなんか眠くなってきたからちょっとだけ横になるわ。 バリバリ聞いとるやないかい。


「んで、何入れたん?」


「ふふっ、それは〜 どんなお料理も美味しくなる魔法のスパイス、かなっ☆」


天音さんは口に指を当てて茶目っ気たっぷりで言った。 魔法のスパイス……ハッ○ーターンの粉か! 違ぇよバカ。


「何はともあれ、これで最初の目的はクリアだね! 完成を応援してるよ紅葉ちゃん!」


「……頑張る」


えーなんかガールズで盛り上がってるぅー 奏士くん疎外感。 常に外にいるから疎外感もクソもないが。


「盛り上がってるとこ悪いが、そろそろ学園閉めるからお前ら帰れぇい」


「ん、ああそうだった」


見回りかサボりついでかは知らんが、も助がやってきたので帰らねば。 飯作らなきゃだし。 ベル達はもう食べたかな。


チャチャッと清掃。 器具洗って調理台綺麗にしてっと……


「余ったマドレーヌは包んでおくんでどうぞ」


「態々ありがとう! 部活終わりで賢星君お腹減ってると思うから有難くいただくよ!」


「……まだ学園に居るんですか?」


「うん! 校門で待っててくれてるって連絡来た!」


「寒いのに律儀やなー」


俺なら速攻帰るね。 他人の夜道の危険より身の安全を選ぶ。 サムイマジカンベン


「それじゃあ2人ともまたね!」


素早く防寒具を纏って天音さんは帰った。


「……帰るか」


「……ん」


────────────────────────────


暗い寒空の下、帰路に着く。 寒い。


「……寒すぎる」


「ならスカートじゃなくてズボンにすればいいのに」


宿学はそこら辺寛容だぞ。 制服に性別の壁を設けてない。 我がクラスの滝鞠焔がいい例。


「……ズボンはなんか嫌」


「ふわふわしてんなぁ」


まぁなんか嫌ならそういうことなんだろう。


「そういや、結局新しく入れたのってなんだったんだ?」


「……秘密」


「今日付き合った俺には知る権利があると思うんだが」


「……秘密」


「は?」


そう言って紅葉は早歩きで先に行く。


「おい」


俺もそれを追いかけるが、紅葉は更に加速。


「おいなんで先に行く」


「……秘密」


追いかけると紅葉は更に加速。 寒いのに追いかけっこさせんな。


と思ってたら紅葉が突然立ち止まってゆっくり振り返った。


「……寒い」


「忙しいなお前」


カタカタ震えてる。 全身暖かくしてるのにスカートと靴下の隙間だけ何も無い。 そこだけ忘れるとか耳なし芳一かよ。


耳なし芳一ならぬモモ出し今日一つって。 露出区域は変わってないのに他に着込んでる分絶対領域の露出度が上がってる気がする。


「……退散」


「おいコート開けんな」


「……温い」


すっぽり収まってご満悦な紅葉と引き換えに失われた俺の快適感。 狭い。 あと頭邪魔。


「……やっぱり教えない気か?」


「……絶対に教えない」


「今夜はチキンソテーだ」


「……少しブレるけど言わない」


「ブレるんかい」


どうしても言う気が無いらしいのでここまでにしておこう。 深入りと深爪は厳禁だ。 親指の深爪めっちゃ痛てーのなんの。


星灯の夜空の下、俺を犠牲に1つの塊が動く。 傍から見れば不信者だなこれ。 こういうのが都市伝説化するんだろうな。


「……奏士」


「あん?」


「……天音さんといつの間に仲良くなったの?」


「なった覚えは無いが」


「……名前で呼ばれてた」


「そんなのあの人に聞いてよ。 俺は知らん」


「……むぅ」


おやおやどうしたの紅葉ちゃんそんな不機嫌そうな顔して。 もしかして嫉妬か? ボケも大概にしないと呆れられるぞ。 俺のボケ今更だからもう好き放題やっていいと思う。


「……天音さんまで奏士の毒牙にかかる前に止める」


「俺は無毒だし牙も生えちゃいねぇ」


「……奏士の奏士を潰しておく必要がある」


「絶対やめろマジで」


お前今俺の庇護下にいること忘れんなよ。 俺がその気になればお前は寒空の下隙間風に怯える夜を過ごすんだからな。 ただコートから追い出すだけでそんな仰々しく言うな。

はいどーも繁忙期でSAN値削られたので癒しが欲しい作者です。


助けて欲しいと切実に願う。


て訳で以前約束していたお菓子作りです。 一旦今回で終わりますが完全に終わったわけじゃあーりゃせん。 まーだまだ引っ張るかもしれませんねぇ……


それはそうと紅葉√入って天音を出しやすくしたのに卒業まで残り3ヶ月切ってるのどうしましょうね。 というか、結局賢星出てきませんでしたね。 名前以外。


ではここで私の嗜好を暴露

私はイラストを見てる時に「あ! よく見たら○○見えてる!」ってなった時が最高に幸せです。 1番嬉しいのはパンツ見えた時。 やはり初心に帰るものですね。 これ何の話? 私がとても疲れてる話じゃないですか?


では次回もお楽しみに。

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