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第五話 散策


 私のワガママで始まった街の散策だったが、慌てたのはハンナだけではなかった。護衛のミュラー達も街へ私達二人だけで行くのにNOを突きつけてくる。

 言われてみれば確かにその通りなのだが、メイド服のハンナも、ジャラジャラと鎧を着る護衛騎士も引き連れて歩くのは勘弁だ。私はミュラーと交渉して私服の護衛騎士が私達の近辺をウロウロすることで話が付く。


「王都の治安は世界一なんでしょ? 問題ないわよ」

「あまり無茶はしないでくださいね」

「大丈夫。約束するわ」


 私は意気揚々と屋敷から出る。動きやすい服装に、革の編み上げ靴を履きスタスタと歩いていく。目的地は貴族街の外にある商店街だ。ミュラーは何度か父とこの街に来ているようで案内をしてくれる。


 貴族街の正門を出てしばらく歩くと商店が並ぶ街並みが現れる。その中から一軒の喫茶店を見つける。オープンテラスのある良い感じのお店だ。流行していると聞いていたが店内はそこまで混雑してる感じではない。数組の人たちがのんびりと朝食を楽しんでいる程度だ。


 店のエントランスに行くと、食器を運んでいた店員さんが「お好きな席にどうぞ」と声をかけてくる。私は道沿いの街の景色がよく見えそうな席を選んだ。


 私とハンナの二人で席につくとすぐに店員がやってくる。その店員はフワッとした金髪の可愛い女の子だ。それを見て、流石オシャレな店には素敵な店員がいるんだと満足しながら軽く朝食を頼む。ハンナも同じものを頼んだ。


 まだ朝も早く、開いていない店もある。石畳に水をまきデッキブラシで掃除をするおじさんなどを眺めながら都会の空気にうっとりとする。


「素敵ね……。こういうお店がアンバーストーン領にも必要だと思わない?」

「たぶんあると思いますよ?」

「え? そうなの? たまには領都も散策するべきだったかしら」

「でもまだウィナには早いんじゃないかな。お客がみんな立ったままお酒を飲んだり……」


 どこの立ち飲み居酒屋よ……。


 心の中でそっと突っ込みながら私は優雅に朝食を楽しむ。日本なら生意気そうな子供が二人で気取りやがってとか思われるかもしれないが、ここは王都の繁華街。貴族が普通に歩く街で、そんなことを思う人はいないだろう。


 食事を終え、ゆったりと珈琲を飲んでいると先ほどの店員がやってくる。


「お皿をおさげしてもよろしいですか?」

「おねがいするわ」


 2人のお皿を重ね、厨房に持っていこうとする少女を眺めながらふと声をかける。


「素敵なお店ね」

「あ、ありがとうございます」

「それに素敵な街……私は田舎から昨日きたばかりなの。街の住民たちが羨ましいわ」

「そうなんですか。でも私もまだこの街にきて一月ほどなので」

「あらそうなの……ん?」


 嫌な予感が持ち上がる。


 ……喫茶店の店員……。


 ……一か月ほど前に上京。


 チラッと見れば、少女は本当に美しかった。金髪をふわっと後ろで束ね、碧色の大きな瞳は見る者を虜にする美しさを秘めている。


 ――そういえば、主人公は田舎からやってきてお金が無くてすぐにバイトを始める設定だった。そして……。


 この店で初めて王子と顔を合わす。



 小説を読みながら私も友達も皆、この子に感情を移入させ物語の世界に浸っていた。一人称視点の小説だっただけに少女の描写は「美しい」と描かれてはいたが……。


 ヒロイン……ここまで美しいとは。


 エリーゼ……恐ろしい子。


 私は顔に縦線を浮かべながら一気に珈琲を飲み干す。激熱の液体が喉を焼くように流れていくが、そんなことは言ってられない。時系列など分からないが、このままここに居たら王子と遭遇する可能性もある。これはやばい。


「よ、用事を思い出したわ。ハンナ。さっ行きましょ」

「ちょっ。ウィナ何よ突然。まだ紅茶が……」

「良いから。早く飲みなさい。次! 次よっ!」


 私はハンナの鞄から財布を取り出すと中から一枚の金貨を取り出してアンナに渡す。


「美味しかったわ。これで足りるわね?」

「き、金? あ、はい」

「おつりはチップ。取っておいて」

「え? でもこんな……」

「良いの。私も貴方も田舎からやってきて分かるわ。都会って色々と物価が高いわよね。うん。気にせずとっておいて」


「ちょっ。ウィナ」


 焦ったようにハンナが抗議をしようとするが、私は目で制す。小金貨は大体一万円くらいの相場になる。どう考えても食事の値段よりチップの方が多い。

 私としては貧乏な主人公が苦労する話を痛いほど知っている。チップという名目で援助できるなら援助してあげたいのがファン心理というものだろう。


 ブツブツ文句を言うハンナの手を引き、私は足早に店を離れていく。


「なんなの? いったい」

「えーと。そう。髪を切ろうと思って」

「……髪ですか? そんなの私がやりますよ」

「どうやら王都には専門の髪結い師なる者がいるそうなのよ」

「なんですか? それ」

「都会の素敵な髪型にチェンジして見たくない?」

「私は特に……あ! 前!」


 ハンナの方を向いて歩いていた私は、街角から現れた人影に気づかずそのまま衝突する。思わずつんのめり、転びそうになったところをぶつかった相手の手が伸び私を支える。


「ご、ごめんなさいっ」


 私は慌てて謝るが、男性の後ろにいた男が勢いよく前に飛び出し怒鳴りつけてくる。


「貴様っ!――」

「よせ。クルーガー」


 ――クルーガー???


 私は恐る恐る顔を上げる。先ほどのエリーゼの柔らかな碧眼とは違う、もっと、もっと……深い吸い込まれる様な蒼い瞳が私を覗き込んでいた。私はそのまま固まり、動けずにただその瞳に魅入られていた。


「……ウィナ!」


 ハンナの慌てたような声もどこか遠くに聞こえていた。


「……そろそろ手を放してもいいか?」

「いえ……。え? あ、はい」


 私は慌てて体勢を整えて、チラッと男性を見る。間違いない。


「で、殿下……申し訳ありませんでした」

「ん? そうか分かるか。……今年学院に入るのか?」

「はい。田舎から来たので舞い上がってしまい……」

「そうだな。この街は人が多い。気を付けなさい。……護衛は、私の顔を知らないようだね」


 血相を変えて駆けつけようとするミュラーに視線を送り王子は呟く。王子に気が付いたハンナが止めなかったら、ひと悶着が起きていたかもしれない。


「も、申し訳ありません」

「いや、かまわない。学院で会う事があったら宜しくな」

「……はい」


 そう言うと、王子……。フェリックス殿下はクルーガーを従え、私たちが居たカフェに向かって再び歩き出した。

 私はその後姿に、深々と頭を下げた。


 ……。


 ……。


 ――やっぱり……貴方は私の顔など分からないのですね。


 思わず涙が出そうになる。

 私が王子の肖像を持っているように、王子にも私の肖像画が送られている。


 しかし、記憶に残るほどその画を見ていないのだろう。



 ……小説の中で、私は主人公であるエリーゼになり。そしてエリーゼとして王子に恋をした。でも、もうそれは叶わない。大好きで、大好きで、夢中で何度も読んだ王子は……。もう手の届かないところにいる。


 今の私は王子の許嫁ではあるのだが、むしろそれは王子にとってはそれは私の存在を邪魔なものとして捉える肩書でしかない。


 ――負けるな。


 私は必死に自分に言い聞かせる。それでいいんだ。私は……私で幸せになるの。

 そう。私には不幸へのフラグを折って戦う道がある。


 

 顔をあげたとき。私は必死な笑顔でハンナに微笑んだ。



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