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第38話 思い出の味


 前を歩く殿下は白のワイシャツにミディアム丈の濃いグレーのベストを羽織っている。そして黒いパンツ。かなりカジュアルな格好だ。カッコいいっす。

 この国の王様に会うというポジションの私と違い、殿下は自分の父親に会うんだ。というより王城は自分の家なわけだし。そんな気負う必要は無いんだろう。


 まあ、私の服装もこの世界の基準でいえば割とカジュアルな感じではある。ピアノの発表会の女の子スタイルだが。



 その殿下は、真っ直ぐ王城へ向かうと思っていたのだが別の方向に歩いていく。


「あ、あれ? 殿下。道。こっちで?」

「朝食がまだなんだ。食べてから行く」

「あ。なるほど……」

「……ウィノリタは食べたのか?」

「い、いえ」


 なるほど。朝食を。か。門番のおじいさんにサンドイッチを一つ貰ったが、あれは、まあ朝食に入らないだろう。うん。


 それにしても殿下はどこのお店に行くのだろう。そんな自由に街を散策できるような立場には思えないのだが……。あ。エリーゼのお店?

 いや、流石に私を連れてそれは無いか。そこまで女心が分からないわけでもないだろう。


 せっかく殿下と二人で(後ろにクルーガーの目が光っているが)歩いているのだけど、大した会話もなく、私はひたすら妄想の中にいた。



 やがて私達は公園までやってくる。中央公園と呼ばれる王都の中心にある公園だ。王都の拡張によって実際はもう中心では無いのだが、街では最も広い公園で、イベントなども行われるような公園だ。


 私は殿下の目的も分からず公園の中をひたすら歩いていく。今日はヒールの高い靴でなくてよかった。ロファーなので歩くのも平気だ。


 ――手をつなぎたいな。


 殿下の心はエリーゼの物だ。でも私は今だけはちょっぴり独占欲を感じていた。


 現実としては私たちは手をつなぐこともなく、公園内の並木通りを抜ける。すると公園の中ほどに噴水のある広場に出た。

 その一角に一台の荷車を改造したような屋台がある。殿下はそれが目当てだったようでまっすぐにその店に向かう。


「おや、お久しぶりですな」

「ああ。うーん。チェダーチーズとソーセージで」

「はい、そちらのお嬢さんは?」

「え?」


 殿下のやり取りを見るとどうやらこの店を知っているようだ。屋台を見ると早速店主は手を動かしている。まさにホットサンドのようだ。違うのは食パンでなく細長いコッペパンのようなパンを真ん中で切り、そこに材料を挟んでいくようだ。

 店主はそのパンに殿下が注文したソーセージとチーズを乗せて、このパン専用の細長いホットサンドメーカーでグッと挟み、コンロの上に置く。


 ――これって……。


 突然デジャヴュの様に、このシーンがフラッシュバックする。

 殿下は子供の頃からこっそりと城を抜け出しては、この公園の屋台でこのパンを食べていた。そして、エリーゼとの始めてのデートの時も、ここに連れてきて二人で食べるのだ。


 ああ……。まるであのシーンのエリーゼの立場になった気分。


 私は少し興奮気味にパンを焼いているのを見ていた。


「注文は、良いのか?」


 そんな私に殿下が声をかける。いけない。思い出に浸ってしまっていた。

 私は慌てて屋台の壁に書かれた食材表に目をやる。


 後ろからヌッとクルーガーが私の前に出てくる。


「俺はひき肉とチェダーで」

「あいよ」


 相変わらず不愛想な感じだ。もう慣れたから気にしないわ。

 クルーガーもこの店は知っているのだろう。私がぼーっとしているのに少し苛立ちながら先に注文してしまう。私は慌てて食材表を見ながら注文を決める。なるほど、ひき肉は味をつけて調理してあるのか。ちょっと辛いのね。


 それにしてもこれは美味しそうだ。注文にも手を抜くことは出来ない。


「えっと。モッツァレラチーズと、チェダーチーズと、生ハムとアボカド……で。いけますか?」

「お、おお……うちでお嬢ちゃん喰ったことあるのか?」

「え? いや……。始めてです」

「ほお」


 ふふ。プロを唸らせる注文をしてしまったらしいわね。


 私はちょっと自慢げに殿下の方を見る。


「本当に、食べることは好きだな」

「え……」


 殿下は少し笑いながら私を見る。ただ、今までのように、その顔に嫌悪感が無いように思えた。なんとなく目元に優しさを感じ、私は思わず恥ずかしさがこみ上げる。


 確かにエリーゼは「殿下と同じものを……」なんてしおらしい事を言うのだけど。そんな意地汚く見えちゃったかしら……。


 でも。これだけ色々な可能性があるのに、それを試さないなんて。ありえないとおもうでしょ?



 パンは焼き上がるのに少し時間がかかるようだ。殿下とクルーガーは慣れた感じで少し離れたところベンチまで歩き腰掛ける。


 私はきっと顔を真赤にさせている。


 そのまま私はホットサンドを焼いている店主を見つめていた。



 ……。


 やがて、焼き上がり、紙に包まれたホットサンドを手に殿下は先程座っていたベンチで食べ始める。その後、クルーガーのホットサンドが出来上がり、そしてようやく私の分も焼き上がる。


 ――えっと……どうしよう。


 二人がベンチで食べてるのを見て、私は自分の食べる場所を探す。


「なにやっているんだ? ここに座ればいいだろ?」

「え? あ……。はい」


 木陰で立ったまま食べようかと歩き始めたところで、殿下に呼び止められる。確かにベンチは私も座れる余裕はあるが……。少し悩んだ私は、殿下に触れないように椅子の端っこにちょこんと座る。

 

「あ……。おいしい」

「そうだろ? 子供の頃からよくクルーガーと城を抜け出してこれを食べに着ていたんだ」

「そ、そうなんですか」


 ――知っている。


 殿下は私の知っている話を、楽しそうに話す。


 ――何で知っているんだっけ。


 そう。殿下とエリーゼの始めてのデートで、同じ話をエリーゼに聞かせていた。


 ――うん、初デートのシーンだったわ。……あれ?


 そうだ。確か小説の中では、新入生が初めての外出が出来るようになり、悪役令嬢の強引な誘いで、その日と、次の週の休みと、二週続けて殿下を独占する。

 そしてなんとか三週目でエリーゼは殿下とデートが出来る。そんな設定だった。


 今は……。外出が出来るようになって……。三週目だ。


 そして、あの事件が起こる。


 ……何で忘れていたの?



 どうしよう。


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