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第34話 開放された週末 2


 雑貨屋で本を買い、その後昼飯を食べたら今度は仕立て屋さんだ。

 これは、王都に詳しい同級生からアマリアが聞いてきて選んだ店だった。


 王都には数多くの仕立て屋が存在するが、仕立て屋さんは、洋服屋というより職人に近い。個人の仕立て屋の場合は数多くの服を仕立てられるわけでもないため、あまり派手に店舗で商売している店は少ないらしい。

 そして各お店がお得意さまの貴族のお客を持ち、一見さんはお断りといった店も少なくないという。


 王都に住む貴族は、基本的に自分の領地を持たない。王家に仕えて、仕事は役所の職員のような事をして働いている。もちろんそういった行政は一般人も働いているため、貴族は管理職という立場になるのだが。

 テルーとドリューの家も同じ様に、アンバーストーン領で官吏として働いているのと同じだ。地方公務員と国家公務員みたいなものだろう。


 そんな王都に住む貴族の子息たちも学院に多く通っている。あまり社交的に友達を増やしていない自分と比べ、アマリアはいろんな子と仲良くなっているようだ。



 私達は王都の、少し古い街並みを歩いていた。王都はどんどんとその規模を大きくしていった為、古い町並みの周りに、次々に新しい街が拡張されている感じなのだ。

 この古い道は、他の道より狭く石畳もすり減ったりと年季を感じさる。周りの家々を見回せば、古い建物が多い。旧市街と言ってもいい場所だろう。


「ここらへんで良いんだとおもうのだけど」


 友達に描いてもらったという地図を見ながらお目当ての店をさがす。すると古い町並みの中に工房が並ぶ通りに出る。

 鍛冶屋や家具屋など、私達は不思議そうに周りを眺めながら通りを進む。


 地図に書かれた店は、多分知らなければ通り過ぎてしまうような地味な建物だった。大きさはそれなりあるのだが、間口は店という感じはなく、なんとなく古びたバーのようなモダンな入り口だ。


 ドアを開けると、そこはラウンジのようにソファーなどがある。貴族の客などがここで座って接客を受けたりするのだろう。

 その奥は扉が開いたままになっており、向こう側に広めの作業場が見え、数人の職人が作業をしていた。私達が中に入っていくと、気がついた一人の若い職人が近づいてくる。


「えっと……。いらっしゃいませ?」


 若い職人さんは少し怪訝そうに声をかけてくる。それはそうだ、女学生四人で来るには少し雰囲気の違う場所だろう。

 アマリアが挨拶をしつつ友達に書いてもらった紹介カードを職人に手渡す。


「ああ、ラスティ―様の……。はい、えっと。どういったご用件で」

「服を一着仕立てて欲しいんです」

「えっと……。うちは男性物の服をメインでやっているんですが……。お嬢様の?」

「そうです。あ、ちょっと待ってください」


 アマリアが私の方を向く。私は心得たとばかりに持ってきていた自分のスーツを差し出す。


「えっと……これは?」

「うちに出入りしている仕立て屋さんに、父のスーツと同じ素材で作ってもらったんです」

「ほう、……見せていただいても?」


 若い職人はそれを受け取ると、服を広げ興味深そうに見つめていたが、すぐに見せの奥の方へ歩いていく。

 どうやら、そこで作業をしていた年配の職人が目当てのようだ。その職人にも私が持ってきた服を見せて何か相談している。やがて、若い職人は、その年配の職人と共に戻ってきた。


「これと同じ様な服を作れば良いの、ですか?」

「そうです。参考にしていただければと」

「なるほど、申し訳ないがちょっとこの服を着てもらって良いか? 私どもは普段、女性のスーツなど作ったことが無くてな、イメージが付かないんだ。です。」


 the職人といった感じの男性は、慣れない敬語を無理に話している感じだ。腕一本で戦っている。そんな年配の職人に、少し前世での自分の祖父を重ねてしまう。


「えっと……。ウィナ、大丈夫かな?」

「うん、良いよ。えっと、どこで着替えましょうか」

「そこにフィッティングルームがあるから、そこで頼む。です。」

「はい。じゃあ……」


 私はすぐに着替える。初めて私のスーツをみたテルーとドリューが歓声をあげる。


「まあ、とても素敵です」

「スタイルが良いから羨ましいです」

「ふふふ、ありがとう。思いつきで作ってみたのだけど、結構気に入ってるのよ」

「はい、良いと思います。これをアマリア様も? わあ。とても似合いそう!」

「ははは、似合えばいいけどね」


 興奮するテルーとドリューとは打って変わり、職人さんは私の服を見ながら、真面目そうな顔で紙に何やらメモをし始める。男性の体型と女性の体型はだいぶ違う、同じスーツでも女性用だと色々と立体感に違いがあるようだ。それなりに対応しないと駄目なようだ。


「なるほどな……。アニカが良いな、これは」


 それと同時に若い女性の職人が呼ばれ、私の採寸などをして、それと服の採寸の差をチェックしていく。そして、アマリアの採寸も行われていった。

 どうやら女性の職人さんは年配の職人さんの娘さんのようだ。話の流れ的に女性の服だからお前がやれ、という感じなのだろうか。


「私が担当させていただいてよろしいでしょうか?」

「ええ。大丈夫ですよ」

「ありがとうございます。私は、アニカ・ベッカーと申します、宜しくお願いします」


 そういえば此処の店名は「クチュール・ベッカー」だ。なるほどあの年配の職人さんが社長のベッカーさんなのか。

 話を聞きながら人間関係を推測していく。

 アニカはアマリアに服のイメージなどを聞きながらメモを取っていたが、突然ハッと顔を上げる。


「あ、すいませんあまり扱ったことのないお洋服でしたので夢中に進めてしまったのですが、こちらの感じ、割と予算の方が膨らんでしまうと思うのですが……」

「このくらいまでなら……」

「んぐっ……。いや。全然足ります。一桁多いです」

「それは良かった。うん、ちょっと上限は無理していたんですよ。はい。それではよろしくお願いします」


 金額的にも折り合いがつきそうだ。

 次は生地選びのようだ。


「ウィナのチェック柄も良いよね。同じようなものにしようかな」

「チェックも良いけど、そうね。アマリアはストライプなんて似合いそうじゃないかな?」

「ストライプかあ……」


 私たちの話を聞いていたアニカが奥から山のようにロールになってる生地を持ってくる。

 アニカの話を聞きながら、アマリアと共に生地をチェックし始める。流石王都。チラッと奥に積まれた生地を見れば、種類が半端ない感じだ。思わず私も自分の服を作りたくなってしまう。


「これ、どうかな? 少し明るすぎるか?」


 私は元々グレーのシックな感じのストライプを考えていたのだが、アマリアが手に取ったのは少し緑がかった明るめの青に、黒のストライプが入った生地だった。確かに明るめだけど、派手な感じじゃないし良いかもしれない。


「アマリアの気に入ったのが良いと思うわ」

「そうか、うん。これにしてみるか」


 デザインの話にもアマリアは不安そうに私に聞いてくる。当然初めて作るタイプの服なのだ、決めかねるところも多いのだろう。


「私のはダブルだけど、アマリアはシングルにしてみない? ベストは……今度でもいいかな? ボタンは一つボタンで少しカジュアルにしましょう。パンツも裾を若干短めに足首が見える感じに、うん。うん。そんな感じ……」


 結局自分の好みを詰め込んでしまう。


「な、なんか詳しいですね。そういうお勉強も?」

「いやあ、父親がスーツを作るときによく仕立て屋さんとお話したんですよ。自分も作ったりしたくて。このスーツも父親とおそろいでって感じで作ったので」

「なるほど……。お父様と仲がよろしいのですね」


 他にも決めなくてはいけない事は色々とある。


 裏地を選んだり、ポケットの位置、ボタンの素材。シングルと言っても襟の形もいろいろある。この世界のスーツは割と広めの襟が流行っているようだけど、私の好みで細めの襟をお勧めした。


 うん、なんでこんな詳しいのかって?


 実は日本で私の祖父が仕立て屋をしていたのだ。もう今の時代は、吊るしの背広が一般的になるからと、父は祖父の仕事を継ぐこと無く、別の仕事をしていた。それでも、私はお祖父ちゃん子だった為に、よく祖父に洋服の話を聞いていたというのがある。


 この世界は小説の世界だ。小説の作者の感覚や知識がこの世界に反映しているのだろう。村人の服や、貴族の女性のドレスなどはよくある中世の世界でありそうな服が一般的であるが、貴族の男性はスーツを着ている。そんな洋服の雰囲気などはほとんど日本人の感覚で合う部分も多い。


 だから、この世界の仕立て屋さんの感覚は、かなり祖父の作っていた背広等の感覚が上手くあてはまるのかもしれない。



 話がある程度決まると、後は仮縫いの予定を決める。私たちは王立学院の生徒だと分かったアニカは、休みの日に合わせて予定を立ててくれる。


 自分の服では無いのだが、とても楽しい時間が過ごせた。


 出来上がりをみて、よさそうだったら今度は私も何か作ってもらおうかしら。レザーでジャケットを作るのもいいわね。

 そんなことを考える。


 ……。


 寮はちゃんと門限がある。

 それでも夕食を食べる時間は十分にあるので、私たちは暗くなるまで王都の街歩きを楽しんだ。

 最近すこし悶々とすることが多かったけど、良い気分転換が出来た。


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