第32話 週末に向けて
殿下が去っていき、それを見つめていたイライジャがボソッと呟く。
「あれぇ? なんか変だな……」
「え? な、何のことです?」
「いや。うーん。殿下?」
「……いつもああいう感じではないですか?」
「そうかなあ……」
「……どういうことです?」
「いやね、なんとなく、あの怒り方。嫉妬してるのかなってさ」
「嫉妬? 誰にです?」
「そりゃあ、ウィナちゃんに。でしょうよ。こんなイケメンと話していてさ」
「まさか、ありえませんわ」
「そうかなあ……」
「ま、良いです。そろそろ私も行かないといけないので」
「うん。じゃあ、また」
「また? ……そんな機会があれば。ですね」
「ははは。あるよ。きっとね」
そう言うとイライジャも立ち上がり去っていく。私はイライジャの言葉に少し動揺していた。
――殿下が私に嫉妬ですって?
ありえないわね。
ありえない。
あれ?
イライジャの奴。自分の飲んだティーカップくらい自分で片付けなさいよっ!
私はブツブツ文句を言いながら、カップやポットをお盆に乗せてカウンターに向かった。
お茶のセットを返却後、私は料理を手にアマリアたちと合流する。
「ウィノリタ様。良かったです。風邪でも引いたのかと」
「心配かけてごめんなさいね、テルー。ちょっと寝坊しちゃってね」
「お寝坊ですか? 珍しいですね」
「昨日遅くまで本を読んでいて、気がついたら明け方まで」
「わあ、すごいです。さすが勉強家でいらっしゃいますわ」
「違うのよ。そういう本じゃなくてね……」
そうか。テルーもドリューも私と同じアンバーストーン領から出てきた田舎者だ。王都で流行ってる小説のことなど知らないのだろう。発行する部数だって地方に回るほどないんだろうな。
私は最近ハマってる恋愛小説の話を二人にする。話を聞いていたアマリアも興味深そうに聞いていた。アマリアの故郷だって私達に負けないくらい田舎だ。当然知らなかったのだろう。
「来週いよいよ街に出る許可が降りるものね。もしよかったら一緒に街の本屋さんを探してみましょうか」
「はい! 嬉しいです。私もウィノリタ様みたいに都会の髪型にしたいんです」
「美容院ね。うーん。私が切ってもらった所はかなりお客さんが増えて大変みたいで、多分予約を入れないと駄目だと思うのよ。予約取れるの先になっちゃうかもしれないけど、そこのお店で良ければ一緒に行くわ」
「本当ですか? ありがとうございますっ!」
そう。いよいよ今週末から私達も外出の許可が出る。私達みたいに地方から来た学生も多いため、学生たちは皆仲のいい友達と連れ添って街へ出るようである。
今週が始まったあたりから、皆ソワソワと週末を楽しみにし始めていた。
「私は先日ウィナが着ていたようなスーツを作りたいな」
「まあ! 良いじゃない。きっとアマリアにお似合いだと思うわ。あでも、王都の仕立て屋さんって私知らないのよね。アマリアは知ってる?」
「うーん。私もよく知らなくて。今度王都出身の子に聞いてみよう」
「そうね。もし参考にするなら私のスーツを持っていくわ」
「それは助かる」
私達も少しづつ週末の予定を立てながらワクワクし始めていた。
話が少し落ち着いたところでアマリアが少しためらいながら聞いてきた。
「そう言えば……。さっきのは誰だい? うちの学年の生徒じゃないよね」
「え? ああ。三年生なのよ」
「……なるほど、上級生か」
なんとなく、私はイライジャの名前を出せなかった。するとすぐにそれを察したアマリアもそれ以上追求すること無く話は別の話題へと流れていった。
それからドリューが、王都の有名な甘味処について熱く語り、否が応でも王都散策は盛り上がっていく。そんな三人の会話を聞きながら、離れたテーブルでエリーゼ達と共に楽しそうに食事をしている殿下をなんと無しに見つめていた。
そういえば。これで学院の敷地から出れるということは、おそらく殿下は王城へ行き、わたしたちの事について陛下と話すことになるのだろう。
そうなると。私は殿下に付いていったほうが良いのだろうか。
こんな皆と街の散策について盛り上がっていたのだけど、その事に付いて全く考えていなかった。
その日の授業が終わり、皆が寮へと帰っていく中、私は殿下のもとに駆け寄る。殿下は私の前ではあまり見せない笑顔でエリーゼと楽しそうに話していた。
「あの、殿下……」
「ん?」
満面の笑顔だった殿下は、私の顔を見ると少し戸惑いの表情を見せる。すると横に立っていたクルーガーが私に話しかけてきた。
「何か要件か?」
「えっと……。その、殿下にお尋ねしたくて」
その言葉を聞いて、殿下はエリーゼに何か囁きこちらを向く。
「どうした?」
「あの……。週末の事で……」
「……週末?」
どうなんだろう。エリーゼの前でこの話をして良いのか悩む。エリーゼの方を見れば少し不安げな目で私を見つめていた。
一方の殿下は、その場で私の話を聞くつもりのようだ。殿下が良いのなら、良いのだろう。私は言葉を続ける。
「今週末から外出が許可されるので、もしかしたら王城へ向かわれるのかと思いまして」
「ああ、そうだな」
「その、私も同行したほうが良いのでしょうか」
「いや。それには及ばぬ」
「了解しました」
「……また、決まったら伝える」
そうか、これでようやく決まるのね。
ホッとする反面、まだ少しだけ寂しい気持ちにもなる。必死に笑顔を作り殿下に笑いかければ、殿下は何も言わずに私の視線をしばらく受け止めていた。
駄目ね。
あまりエリーゼと殿下の邪魔をしちゃ悪いわね。
でも、私は私で思いっきり週末を楽しむんだから。
そう私は決心した。




