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第30話 遅く起きた昼に

 ……。


 楽しいこと、つらいこと、ワクワクすること、悲しいこと。


 色々な事があっても、時間はひたすらその時を刻んでいく。それだけは、世界の誰でも平等に進んでいく。日が昇り、日が沈む、星の瞬きと、風の音。


 ……ふう。


 ちょっとおセンチな気分――。


「良いから起きてください!」

「駄目ぇ。今日は二限目から行く……」

「その二限目に間に合わなそうだから起こしているのですっ!」

「……お昼から行く」

「ほんとにもう……。だめですぅ!」


 あのお茶会から数日、だんだんと私の気持ちは落ち着いていた。なので今日のこれは、気持ちが沈んでの話ではなかった。

 実は昨晩は本を遅くまで読んでいて、普通に寝不足だったという話。


 この世界はまだまだ本の値段が高く庶民が手にするにはハードルが高かったが、最近の王都では質が悪い安い紙に雑誌のように文字を刻印された格安の薄い本が出始めていた。

 そういった本は、ラブロマンスの話が人気を博し、街でも庶民たちが手に取りんでいるという。そんな本を最近ハンナがちょくちょく買ってきて読んでいる。


 初めは、こんな世界の小説なんて……。位の気持ちでいたのだ。日本の少女小説を読みまくった私には、そんなクオリティは無いと。


 ……だが試しに読んでみてそれが誤りだったと知る。


 おそらく、私のいるこの小説を出したレーベルの作品が、そういった形でこの世界に入っているように思えた。もう転生して何年も経ち忘れているのも多いが、何冊かは読んだことのある小説にかなり近い内容に思えた。

 もちろん、時代設定的に日本の女学生のロマンスのようなものは無いが、そういった小説の設定がこの世界に置き換えられたりしているようにも思えた。


 したがって当然クオリティは高い。私は思わず、ハンナの本を借りて、深夜寝落ちするまで、読み続けてしまったという話。


 ……。


「ほら、パンを焼いたので、それだけでも食べて」

「でも、もう二限はじまっちゃうし……」

「途中からでも行きなさい」

「はーい」


 私は追い出されるように部屋から出て、校舎に向かう。


私は前世では高校生だった。だから当然学校に通ってたし、遅刻したりしたこともある。それでも出席日数などは成績などに繋がっていたし、親の目の光る実家からの通学だ。義務的に頑張って通学をしていたのだけれども……。

 実はこの学院は生徒の出欠席を取ったりしない。出席することが当たり前という事もあるのかもしれないが、下手したらサボるのが癖になりそうな気もしてしまう。


 うん。良くないわよね。


 必死に自分に言い聞かせながら廊下を歩いていく。


 それにしても、授業中の学校の廊下って何処も同じような雰囲気がする。皆が教室で勉強をしている中、私は一人静まり返った廊下にいるだけで、どことなく解放されたような自由と、取り残された不安の入り混じったような不思議な気持ちになる。


 校舎の中を進んで行き、二階に上がる階段の前を通った時、上から人が下りてくる足音が聞こえた。


 ……ん?


 反射的に階段を見上げると、踊り場から一人の男が顔を出した。男は私を見た瞬間眉毛を少し上げ、驚いた顔になる。そして私はその顔を見た瞬間まるで見てはいけない物を見てしまったと顔をしかめる。


「おーい、やだなあ。そんな顔して。美人が台無しだよ」


 イライジャ・ブルーノートだった。


 イライジャは、まるで旧知の友とあったかのように手を広げ笑顔で降りてくる。私は逃げるように先に進もうとする。


「まち給え。ウィノリタ嬢」


 同じ侯爵家の子息で、学院の先輩であるイライジャに声を掛けられて無視できる程の強さは私には無かった。ため息をつきながら歩みを止める。


「……なんでしょうか。これから授業に向かおうと思いますので」

「んん。今からじゃもう行ってもしょうがないんじゃないか?」

「御要件は何でしょう」

「そんなツンケンするなって。せっかく会ったんだ。お茶でもどうかな? ってね」

「ですから。私はこれから授業に……」

「ふむ。もう半分時間は終わってるよ。話の途中で聞いても時間の無駄だと思わないか?」

「学生ですから。少しでも先生の話を聞けるのであれば聞くのが努めかと思います。ブルーノート様も授業をお受けになられたらいかがです?」

「うーん。やだなぁ。イライジャって呼んでよ」

「おふざけはおやめになさって下さい」


 ほんとに、何なの? この人は。

 私がせっかく授業に出る気になったというのに、何故邪魔をしようとするのでしょう。


 寝坊して遅れたことを棚に上げて居ることは分かっているが、仇敵を目の前にして下がることは出来ない。少し強い口調でイライジャに言い放ち、横を通り抜けようとする。


「うーん。でもなあ。変な噂が広がったりしても困るでしょ?」

「変な噂?」

「そそ。誰かさんの許嫁が解消されてしまったとか……」

「なっ……」

「あーあ。ウィノリタとお茶でも飲みながらお話したいな」


 なんてことを……。これは完全に脅しじゃないか。

 イライジャはニヤニヤと笑いながら私にお茶を付き合えと迫る。


「……そんな事広めたら、ブルーノート様のお立場も危うくなりますよ」

「何で僕の立場が?」

「そ、それは。殿下の言葉を盗み聞きして、それを広めるだなんて、許されるわけはありません」

「だから、何で僕が盗み聞きしたことになるの?」


 何を言ってるの? この人は。あの時、私の前に出てきてそれを言っていたじゃない。


「私にそうおっしゃいましたよね?」

「ん? いやあ。覚えてないなあ」

「私が覚えていますっ!」

「でも、そんなの誰にも証明は出来ないよ」

「私が証明出来ます」

「どうやって?」

「どうやってって……。あの時あの教室にこっそり入ってきた貴方を私が見たからです。貴方がその話を知っているということはその時にちゃんと聞いています」

「でもね。アンバーストーンの人間がそれを言ってもね。それってブルーノートを陥れたいだけじゃないの? 単なる派閥の争いでしょ? ってことになると思うよ」

「なっ」

「ふふふ。分かったみたいね。僕がそれを知っていた証明なんて、君は出来ない」

「ぬぅ」


 イライジャは悪魔のような笑顔で私に笑いかける。確かに……。私が言ったところでその言葉の信用性は下がってしまうかもしれない。

 私は、返答に窮し、固まってしまう。


「さ、行こうか。ウィノリタ……。いや。ウィナで良いね」

「お断りします。アンバーストーンと呼んでください」

「やだよ、堅苦しい。ね、ウィナちゃん」

「なんて人なの……」


 私は完全にイライジャのペースに巻き込まれてしまっていた。言われるがままに食堂に向かって歩くイライジャの後ろをついていくしかなかった。


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