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第9話 入学式

 入学式の朝。目を覚ますとすでにハンナが私の着替えを用意してあった。

 目の前に吊り下げられている制服と、その横にはドレスも用意されていた。


「おはようございます。いよいよ入学式ですね」

「おはおぅ……。まだ眠いぉ……」

「そろそろ起きないと寝ぼけた顔のまま出席することになりますよ。」

「うぅ……。で、なんでドレスが?」


 私がドレスの方を指さすと、ハンナは当然のように言う。


「入学式の後に、新入生の歓迎のパーティーがあるじゃないですか」

「うーん……。出なくちゃダメ?」

「当然です」


 ぴしゃりと言い切るハンナを恨めし気に見る。

 歓迎パーティーはイベントが盛りだくさんだ。その中で悪役令嬢が王子と二人でダンスをするシーンがある。悪役令嬢の初登場のシーンで、可憐に踊る2人の描写をこれでもかと壮麗に描かれていた。


 庶民出身の主人公との違いを見せつける演出なのだろうが……。現状その踊る役を演じるのは私だ。正直、気が重い。


 でも……。実を言うとこのイベントに関しては楽観視をしているのだ。

 小説の中に、そういうシーンの描写は無いが、殿下は全く悪役令嬢に興味が無いはずだ。きっと、いや。絶対に裏設定では悪役令嬢が王子を踊りに誘ったに違いない。かなり強引に。


 ふふふ。私が王子に近寄ることなくスルーしていればきっとその場面は回避できるだろう。間違いない。

 頭の中でそんな算段をしながら制服に着替えていく。


 制服は紺色に近い深い緑の落ち着いた色をしている。女子の制服はシンプルなワンピースにボレロを羽織る形だ。そして同じ色のベレー帽が可愛い。

 この服が届いた時は小説の中の主人公と同じ制服を着れるのがうれしくてハンナが呆れる程何度も袖を通したのだが……。


 今はとても重く感じてしまう。


「その髪型にもよくお似合いですよ」

「どうせ帽子もかぶるし」

「帽子もよくお似合いです」

「行きたくないなあ……」

「もう、何を言ってるんですか。はい。可愛い可愛い」


 襟のリボンを結びながらハンナは嬉しそうに言う。私は恨めしそうにハンナを見つめた。


 ……。


 ……。


 入学式は四学年の全校生徒を収容できる大講堂で行われる。学年ごとに人数のばらつきはあるが、およそ一学年百名で四百名ほどの生徒がずらりと並ぶ。こんな大人数の中でも、フェリックス殿下はすぐにわかる。いや。分かってしまう。


 殿下は新入生の代表としてあいさつをする。そのため列の一番前に座っていた。学院長のつまらない長い話を聞きながら、私はその後姿をじっと見つめていた。


 式典も進行し、名前を呼ばれた殿下が立ち上がり前に進む。


 その姿はもちろん、細かい所作など全てが洗練され輝いていた。どうしたらあんな存在感を身に着けられるのだろう。王家のご子息が受けると言われる、幼少期からの帝王学とやらが功を奏しているのだろうか。

 周りからは女生徒達のうっとりとしたため息が漏れ聞こえる。わかる。私でさえ同じ気持ちなのだ。


 殿下はスピーチの原稿など見ることなく、学院生全員へ目を向け朗々とした声を響かす。警戒をしている私すら、思わずうっとりして聞きほれてしまう程だ。

 あの小憎らしい素敵殿下のせいで、会場は夢見心地の女子が大量発生だ。


 やがて式典は無事に幕を閉じる。



 式典が終わると、司会をしていた先生がこの後のパーティーの説明をはじめた。

 会場は同じこの講堂だ。そのために、全ての椅子を片付け、料理などを用意するのにそれなりに時間はかかる。開催は夕食に合わせて行われるという事だった。

 もちろん学院生達もドレスなどに着かえる必要もあるため、丁度良いのだろう。


 出席は新入生は全員。在校生に関しては事前に希望を出した生徒が出席する形になるらしい。会場のキャパの関係上、流石に四百名全員が出席というのは難しいのだろう。



 解散が告げられ、生徒たちがぞろぞろと講堂から出ていく。私はかなり緊張をしていたのだろう、グッと握り続けていた手のひらには爪の跡が残されていた。


「ウィナ? 大丈夫か?」


 皆が立ち上がり帰っていく中、そのまま椅子に座っていた私にアマリアが声をかけてきた。


「アマリア……。ええ……問題ないわ」

「酷い顔色じゃないか。大丈夫か?」

「ふふ……。少し緊張していたのよ」

「……そうか」


 私がアマリアと共に講堂から出ようとした時だった。一人の先生が人混みをかき分けてこちらに向かって歩いてくる。


「えっと。ウィノリタ。だね?」

「は、はい」

「この後少し話があるんだ。ちょっと顔を出してもらって良いかな?」

「え? 話、ですか?」


 なんだろう。何か問題があったのだろうか。横で話を聞いていたアマリアは「じゃあ、私は先に戻ってるから」と講堂から出ていく。

 当然小説には悪役令嬢サイドの話なんて細かく載ってるわけでは無い。私は戸惑いながらも先生の後をついていった。



 ボガードと名乗った先生に連れていかれたのは、応接室だった。一生徒と話をするにはやや大袈裟すぎる感を感じながら勧められるまま腰を下ろす。


「お父様はお元気ですか?」

「え? ええ……」

「そうですか。いや、実は僕は学院時代に貴女のお父様と同学年だったんですよ」

「え? そうだったんですか」


 な、なんだ。そう言う事か……。私は少しホッとして先生に父親の話などをする。


「はっはっは。なるほど。相変わらずのようですね」

「ええ。あまり父の学院時代の話を聞いていなかったので、なんか不思議な感じがしますわ」

「確かに言えないような無茶もたくさんしていましたからね」

「ふふふ、そういう話も沢山聞いてみたいですわ」


 その時、部屋のドアがノックされる。


「ああ、いらっしゃったようですね」

「え?」


 先生は立ち上がりドアの方を向く。するとドアが開かれ、先程式典の司会をしていた先生が入ってくる。そして先生の後ろのもう一人の人物に気がつく。


 ――殿下……?


 殿下も私に気がついたが、一瞬眉を寄せる。殿下が私がウィノリタだという事を気づいたのかはわからない。だけどその動作一つで私の気持ちは暗くなる。

 それでも殿下の登場に私は慌ててソファーから立ち上がろうとする。が


「別に立ち上がらなくてもよい」


 その一言に私は動けなくなる。そんな私の戸惑いとは関係なく先生たちは笑顔で殿下に話しかける。 


「さ、殿下、どうぞお座りください」

「ああ……」


 殿下は言われるままに私の隣にすわる。二人がけのソファーに座る私にゆったりと殿下の重さが伝わってくる。心臓がドキドキと脈打つのがわかる。


 ――どういうこと?


 戸惑う私をよそに、前に座る二人の先生はニコニコと私達を見ている。まずボガード先生が口を開く。


「いやあ。それにしても美男美女。こうして二人で座っているだけで絵になりますなあ」

「いやはや全くです。殿下の許嫁がどんな方なのか、職員もずっと楽しみにしておりまして。こんな美しい方を、全くもって羨ましい限りです」

「ゴホン……で、私に用とは?」


 殿下は二人のおべっかなど興味もないと言った感じで二人に尋ねる。二人は少し当てが外れたように慌てて私達を呼んだ理由を話す。


「今年の歓迎パーティーの幹事をさせていただいているボガードと申します。今日はお二人にお願いがありまして」

「お願い?」

「はい、と言ってもそんな大層な話ではないんです。毎年の恒例の事なのですが――」


 ボガード先生が言うには、毎年歓迎パーティーは舞踏会のスタイルで行われているという。楽団の生演奏が行われ、それに合わせてダンスをするのだ。しかし今日入学してきて初めて顔を合わせた生徒達は大抵気後れしてダンスなどをしないままになってしまうという。

 そこで、数年前からファーストダンスをサクラで仕込み、新入生たちが踊り始めるきっかけづくりをしているという。


 つまり、それを私達二人にやれというのだ。

 

 目の前の二人の先生は、まるでそれが当然のことのように話している。こんなニコニコと、私を処刑台に向かうのを後押しするかのごとく。


「……しょうがないで――」

「お断りします!」


 ため息を付きながら隣に座る殿下がそれを受け入れようとする。それに気づいた私は殿下の言葉を遮るように思わず大きな声で叫んでしまう。


 驚いたように殿下がこちらを向くのがわかる。その目には確実に怒りが宿っている。


「あ、いや……」


 私はやってしまったと思わず目を閉じる。

 完全に反射行動だ。いや。そんな裏設定聞いていなかった。



「な、なぜです? これはとても光栄なことなのですよ?」


 焦ったようにボガード先生が言うが、私は目を閉じたまま絶望の淵にいた。


「ウィノリタ」


 なんとも耳に心地よい声が、私の心を魅了する。そんな声が私の名前を口ずさむのだ。私は幸せの渦に巻き込まれないように必死に自分を制しながらそっと殿下の方を見た。


「な、なんでしょうか」

「私と踊りたくないのか?」

「え? い、いえ……」


 当然だ。許されるものなら殿下とダンスを楽しみたいに決まっている。だけど、もしそれが適うなら、私はエリーゼとして殿下に向かい合いたかった。

 殿下に嫌われるウィノリタとして、ダンスなんて……。


「大丈夫です。引き受けますよ」


 黙り込んだ私を見て、殿下が二人に伝える。二人はホッとしたように舞踏会の流れを私達に説明する。


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