一:犬居の娘
「星見さま、おはようございます。」
わたしの一日は、湯気の立つ朝餉のお膳を、離れ座敷にいらっしゃる星見さまの元へお運びするお仕事から始まります。
襖を開ければ、その方は既にお目覚めになっていて、わたしに気付くと柔らかく微笑んでくださいました。
「おはよう、早苗。」
綺麗な黒髪に、薄桃色の寝間着姿の星見さまは、わたしが幼少の頃より身の回りのお世話をさせていただいている、犬居本家の大切なお嬢様です。
花も恥じらう十六歳。犬居の娘は代々見目麗しく成長すると言うけれど、星見さまもまた同様に、菊の花のように清らかな美を纏うお方でした。
「具合はいかがですか?」
「ええ、今日はとてもいいわ。
先生のお薬がよく効いたみたい。」
昨日より少し顔色が良いように見受けられて、わたしは「ようございました」と安堵します。
星見さまは幼い頃からお体が弱く、一日の大半を床で過ごします。お医者さまのお薬はとても高価ですけれど、命には代えられません。
「早苗。朝餉の前に少し庭に出たいの。
手を貸してくれる?」
「はい。」
星見さまから差し出された手は、とても白く痩せていました。
お体を支えて一歩一歩ゆっくりと縁側へ、そして、真っ白な菊が綻び始める庭へとお連れします。
「……このまま良くなってくれるといいのだけど。」
「大丈夫、きっと良くなりますわ。
そうしたら、早苗と物見遊山に参りましょう。」
不安げな星見さまのお顔をなんとかしたくて、わたしは努めて元気な声で、そう励ましました。
「ええ、そうね…。ありがとう、早苗。」
柔らかく微笑む星見さま。
彼女の口にするお礼の言葉は、わたしには勿体無いくらい優しい響きを湛えていました。
「…じきに“儀式”の日がやって来るわね。」
星見さまは菊花の群れを見つめて、また物悲しい表情を浮かべました。
「でも、こんな体では、きっとお役目を任せてはいただけないわね…。」
儀式と、お役目。その言葉に、わたしはひどい緊張を覚えました。お嬢様のお顔を見上げ、おずおずと訊ねます。
「…星見さまは、お役目を務めたいと思われるのですか?」
「そうね…犬居家に生まれたのですもの。
何も出来ずに病で死んでしまうくらいなら…私に出来ることを果たしてから、逝きたいと思うわ。」
「………。」
星見さまの言葉に、わたしは何も返せませんでした。
病が治るかは分かりません。星見さまだけでなく、そのお母上も、そのまたお母上も、同じ病で亡くなったと聞いています。
そうでなくとも、儀式のお役目を務める…とは、犬居家では“死”を意味するものですから。
そしてそれは、決してわたし自身とも無関係ではなかったのです。
「……星見さまは、今はゆっくり静養なさるべきですわ。お役目の代わりはまだおります。」
「…早苗。」
「…だってわたしも、曲がりなりにも“犬居の娘”ですもの。」
星見さまとわたしは、異母姉妹にあたります。…けれど、「姉さま」と呼んだことはありません。
星見さまは大切な正妻のお嬢様。片やわたしは、本家の娘の身代わりとして産み育てられた、妾の娘だから。
それに、
「…“狗神さま”の元へ行けるなら、これほど名誉なことはありませんもの。」
***
わたし…早苗が生まれた犬居家は、先祖代々続く由緒ある社家でした。
犬居家の現当主であり、星見さまとわたしの父上にあたる 犬居 玄幽さまは、正妻を病で亡くされた後、犬居の血筋ではない三人の妾を囲いました。
大の女好きというわけではありません。ある事情で、犬居という家は昔から、喉から手が出るほどに“女児”を望んでいたのです。
普通なら、お家の存続のために男児を望むはずですが、なぜ女児なのか?
それは、犬居家が代々祀る“狗神さま”のためでした。
狗神さまの息づく土地に、最初の犬居が移り住んでから長い長い時間をかけて、一族は繁栄しました。
広大な土地。峨々たる山々。木材や水、砂金などの豊富な資源を利用して、犬居家は財を築いたのです。
…しかしその代償として、狗神さまは犬居家に対して、ある要求をされました。
“十年に一度、犬居の血を引く若い娘を献げる”こと。
人身御供。つまりは、生贄です。
狗神さまのお守りくださる土地で、実り多く平和な暮らしを送るため、先祖代々、犬居の血を引く若い娘を献げ続けてきたと聞きます。
恐ろしい話…と思われるでしょうか。
しかし当の一族にとっては、幼い頃から、とても尊く誉れ高い風習として教えられてきました。
生贄に選ばれることは、信仰する狗神さまのおそばでお仕えできるということ。一族の平和な暮らしを守れるということ。とても名誉なことだと、わたしも幼い頃に母から聞かされたものです。
その母も、わたしが三歳の時に、流行り病で亡くなりましたが…。
わたし自身、“生贄”とは同時に“死”を意味することは知っています。恐ろしさを覚えるものの、狗神さまの威光は幼い頃から深く心に根付いていました。
辛いとき、悲しいとき、逃げてしまいたい時、心の奥深くで狗神さまに祈り、狗神さまにお目通りが叶う日を期待してしまう。“いつか狗神さまの生贄となること”だけが、この家に生まれたわたしの意義だったのです。
わたしは犬居の血を引いてはいても、妾の子ども。
本家の娘の身代わりとして、狗神さまへ献げるために、産み育てられたに過ぎないのですから。
***
星見さまから、思い詰めた様子で呼び出しを受けたのは、三日後のことでした。
床の上で、体を起こした状態の星見さま。わたしのほうには目を向けず、庭園の…菊の蕾達を見つめたまま、彼女は仰います。
「ーーー…父様に知らされたわ。
私は後世の“犬居の娘”を産むために必要な存在だから、狗神様には差し出さないって…。
…早苗。やっぱり、あなたに白羽の矢が立ってしまった…。」
その話を聞いた時、わたしは不思議と落ち着いていられました。
気付かれない程度の、長い溜め息を吐きます。
「…良かった…。これでやっと、わたしのお務めを果たせます。」
「…あなたはそれでいいの?
当主の娘なのに下働きなんかさせられて。挙げ句、本家の娘を守るために使い捨てられるのよ…?」
星見さまはわたしから顔を背けたまま、しかし声は微かに震え、遣る瀬無さを堪えています。
それは、名誉であるはずの生贄の存在を否定する言葉でした。
…でもその根底にあるのは、
「……あなたが死んでしまうっていうのに…なぜ私は何もしてやれないの…。」
「………星見さま……。」
こんなに想ってくださる方は、大きな大きな犬居家の中で、星見さま一人だけだわ。
彼女の白い頬をはらはらと零れ落ちる涙だけで、わたしの心は充分満たされました。
「…星見さま。わたし、ずっとこの日が来るのを待っていたのです。
生贄は、わたしの生まれた理由…。それを果たせないまま年を取ってしまったら、亡くなった母に顔向けできませんもの。
…星見さまのお世話が出来て、嬉しうございました。今まで、ありがとうございます…。」
「……早苗…。」
苦し紛れの微笑みは見透かされてしまった…。
星見さまはわたしのほうを振り返ると、その白く長い両腕で、小さなわたしの体を強く強く抱きしめました。
お体はすっかり弱ってしまっているのに、その腕だけはとても熱くて、強いものでした。
「……誰がなんと言おうと、早苗は、私のたった一人の妹よ……。」
「………はい…。」
視界が涙で霞む。
しばし抱擁を交わした後、星見さまは懐から、ある物を取り出して見せてくださいました。
「早苗…、せめてこれを、私の代わりに持っていて…。」
星見さまの手に握られていたのは、貝殻のように丸く縫われた、朱色の小さなお守袋でした。
「私の母様がくださったの。私が小さい頃からずっと持ってる物。
早苗をどうか、守ってくれますように…って。」
長い間肌身離さず持っていたのでしょう…。色褪せた生地からは、星見さまのお母上と…そして星見さま自身の強い思いを感じました。
「でも、これ…星見さまの大切な物…。」
「私は充分あなたに守られたわ。ありがとう。
だからせめて、私の代わりに…。お願い…。」
その言葉の、何と慈愛に満ちたことでしょう。
わたしは涙が零れ落ちるのを必死に堪えて、お守袋を受け取ります。
そして、また星見さまと抱擁を交わし、わたしは失礼なことと思いながらも、小さな小さな声で呼ばせていただくのでした。
「姉さま…。」
星見さまの仰る通り、やがてわたしにお達しがあることでしょう。
怖がることなんて何もないわ。元よりこの家に、妾の娘の居場所なんて無かったのだから。
わたしももう十三歳。
立派にお務めを果たせるのか…。いいえ、何としてでも、果たさなければなりませんでした。
***
正式に、わたしが狗神さまの生贄に選ばれたとの知らせを受けたのは、星見さまと抱擁を交わした翌日でした。
重く張り詰めた胸中とは裏腹に、空は高く澄んだ秋晴れ。
使用人の身から一転、わたしは屋敷中の女中達によって、人生で一番と言って差し支えないくらいに、上等な装いに身を包むこととなりました。
唇には紅を差し、白い小袿と白足袋を纏った、一見お姫さまのような、また一見死人のような姿で、唐桶の中へと納められました。
わたしの身柄は四人の担ぎ手によって、犬居の屋敷から北へ行った先の「山犬の岩場」と呼ばれる岩山まで、大切に運ばれて行きました。
犬居家では、“生贄”とは人生で最も大切に扱われる場面であると言われています。
なぜなら生贄の娘は、狗神さまへの贈り物であり、また狗神さまのご機嫌を取るために無くてはならない存在だったからです。
「ーーー早苗様、我々がお供出来るのはここまでです。」
そう声が聞こえたかと思うと、すぐに担ぎ手達の足音が鳴り出しました。わたしと桶をその場に残し、元来た道を一目散に帰って行く音。
やがてその足音も遠ざかって聞こえなくなると、わたしは閉じられていた桶の蓋をそっと押し開けました。
差し込んできた朝日に目が眩みます。
「……っ。」
恐る恐る桶から顔を出したわたしは、目の前の光景に、思わず息を呑みました。
大きな大きな崖の壁が聳え立っています。
その足元には古びたお社と、それを守る対の狛犬像があるだけ。
このお社は「伏水神社」といいます。山の守り神たる“狗神さま”と、大昔に狗神さまの“最初の生贄となった娘”の魂、その二者を祀る場所と聞いています。
そしてこの場所は、置き去りにされた生贄の娘達が、皆人知れず消息を絶つという不吉な場所でした。
神隠しか、はたまた「山犬」の名の通り皆、獣に食べられてしまったのか…。
いずれにせよ、儀式以外では誰一人として、ここを訪れませんでした。
ふるるっと身震いして、わたしは何かに縋りたい気持ちに襲われました。
幸いそこにはお社があります。大昔に建てられたため、あちこち苔生しているものの、この山で祀る神様は皆同じ。
桶から抜け出たわたしは、恐る恐るお社のほうへ歩み寄ります。
通り際、一対の狛犬達を横目に見ると、どうやら唐獅子ではありません。稲荷神社の狐とも似て非なる、力強い姿。それはどうやら“山犬”のようでした。
ーーー山犬の姿をした狛犬なんて、初めて見たわ…。
狛犬達の鋭い眼光から逃げるように、わたしはお社の前へ。
小さく拍手を打ってから、そっと目を瞑りました。
「…狗神さま、狗神さま。
犬居の娘が、この身を献げに参りました…。
わたしが見えていらっしゃるなら、どうか姿をお見せください…。」
気のせいではないはず。
ずっと感じる、この視線の正体は…。
【ーーー懐かしい匂いがする。“犬居”の娘か。】
わたしはどきりとします。
なぜならその声は、すぐ後ろから聞こえてきたから。
驚いて振り返ると、わたしの視界に飛び込んできたのは、予想だにしない光景でした。
「……や、山犬…!」
さきほどまで狛犬像があったはずの台座の上に一頭ずつ、炭色と芒色の、大人の熊ほどの大きさの“本物の山犬”が、それぞれどっしりと座っていたのです。
状況を見るに、“狛犬像が本物の山犬になった”と考えるのが自然だけれど…自然にそんなことが起こり得るのでしょうか。
しかもわたしの耳が確かなら、今この山犬は、確かに人の言葉を口にした…。
「…ど、どなた、です…?」
わたしの涙声混じりの問いかけに、芒色のほうがフスンと鼻を鳴らしました。
【狗神の供物として貴女の身、確かに貰い受ける。】
低い唸り声混じりにそう言うと、二頭の山犬は台座から舞い降り、わたしのほうへ歩み寄って来ました。
ぎらぎらした琥珀色の目玉が、上から下へわたしを吟味するように動く…。蛇に睨まれた蛙のように動けなくなってしまったわたしを中心に、山犬達はゆっくりと周囲を練り歩きます。
まさかこの二頭が、かの“狗神さま”…?
「……い、狗神さま…!
わ、わたし、骨張っていて…食べても美味しうございません…!」
怖くてたまらず、わたしは小さく叫びました。
けれど、どうしたことでしょう。
【…“狗神”?
いや、違う違う!おれ達はただのお使いさ。】
意外にも、そう朗らかに笑ったのは、炭色のほうのお犬でした。
【ほーら怖がってる。脅かしちゃ可哀想じゃないか、仁雷は昔から顔が怖いんだから。】
【……う、生まれつきなんだ。それに俺は脅かしてやしない。毎度こうしてるじゃないか。】
わたしの背後で止まった芒色のお犬は、ばつが悪そうに鼻先を逸らします。
炭色のお犬がわたしの正面に差しかかると、そこでぴたりと足を止めて、自前の大きな鼻先を近づけてきました。
思わず身構える…けれど、取って喰おうというのとは少し違っていました。
【娘御殿。お名前は?】
炭色の毛色は本当の熊のようで恐ろしいけれど、その声はとても優しく、人懐っこい響きでした。
「娘御殿」だなんて…。そんな丁寧な呼び方をされた経験がありませんから、少し動揺しながらも、わたしは恐る恐る名を口にします。
「………さ、早苗と、申します。」
【早苗さんね。良い名前だ。
わざわざこんな辺鄙な場所まで運ばれて、ご苦労なこったね。生憎とここからが長いんだけどね。
まあ、おれ達が責任持って巡礼のお供をするから、安心して身を任せなよ。】
「…え、巡礼……?」
聞き慣れない単語に、わたしは思わず怪訝な顔をしてしまいます。
炭色のしっとりと濡れた鼻が、わたしの匂いをしきりに嗅ぎます。言葉を交わすよりも、匂いのほうがわたしの全てを知れると言うように。
戸惑うわたしの問いに答えたのは、相変わらず鼻先を逸らしたままの、芒色の山犬のほうでした。
【狗神に献げるに相応しい娘かを見極めるため、これから三つの巡礼の試練に挑んでもらう。
試練達成の証に、それぞれの聖地で“宝”を持ち帰ること。】
「………え…?」
巡礼の試練…?宝?一体、何の話?
それは十三年間生きてきて、初めて聞く話でした。
生贄として献げられた時点で、命を落とすと思っていたのに…。
まさか、今まで生贄に選ばれた娘達も皆、同じことを…?
「…もし、その宝とやらを持ち帰れなかったら、どうなるのです…?」
声を震わせるわたしに、お犬達は同時に答えます。
【資格のない者は命を落とすだろう。】
「……そんな…。」
そのあまりの理不尽さに、わたしは喉から叫びたい思いでした。
生贄に選ばれた時点で死ぬ運命は決まっているのに、その上、そんな恐ろしい目に遭わなければならないなんて…あんまりです…。
そんな焦りや恐怖も、匂いからお犬達には伝わってしまいます。
【…ああ、やっぱり血筋だね、早苗さん。
前の娘と同じ“恐怖”の匂いがする。
それでいいさ。今は存分に怖がるといい。
だが一頻り怖がったら、おれ達と一緒に来てもらうからね。】
炭色のお犬が、嬉しそうに笑った気がしました。
芒色のお犬は、逸らしていた鼻先をチラッとこちらへ向けただけで、何も言いません。
わたしもわたしで、この二頭の“あやかし”に言い返す勇気も、ましてや逃げ出す勇気などあるはずもなく…。
「………あぁ…狗神さま…。」
おかしなことに、こんな状況になってもなお、幼い頃から信仰してきた狗神さまに縋らずにはいられないのでした。
【ーーー犬の姿だと一層怖がらせるだけだな。人の姿に合わせておやりよ、仁雷。】
炭色のお犬が、鼻先を上げました。
それにつられるように、わたしはもう一方の…芒色のお犬を見遣ります。
人の姿、と言った意味は、すぐに明らかとなりました。
いつしかわたしの背後に立っていたのは、一人の男の方だったのです。
年の頃は二十歳ほどの、端正なお顔立ち。
忍装束を思わせる、身軽そうな黒い着物。
短い芒色の髪と琥珀色の瞳は、先ほどの山犬のそれと同じ色をしていて、そして首には、刺青らしき黒い紋様が、ぐるりと一周浮かび上がっています。
仁雷。そう呼ばれた男の方は、視線をしっかりとわたしに向けました。
「……っ。」
琥珀の瞳。確かに先ほど、わたしを射すくめた山犬のもの。
認めるほかありませんでした。このお犬達は、姿形を自由に変化させるらしいのです。
蛇に睨まれた蛙とは、やっぱりこんな気持ちなのかしら…。
わたしは、その妖しく光る瞳から、目を逸らせませんでした。
…すると、どうでしょう。
「………っ!」
仁雷さまのほうから、勢いよく視線を逸らされてしまいました。
何やら肩や拳が小さく震えて…様子が普通ではありません…。
「………あ、あの…?」
何か気に障ることをしてしまったのかしら。
喉を詰まらせるわたしに助け舟を出したのは、炭色のほうのお犬が変化した、また別の男の方でした。
「まあ、気にしないでやってくれよ。
仁雷は人見知りなんだ。特に女の子とは喋り慣れてなくてさぁ。」
声のほうへ顔を向ければ、仁雷さまより幾分大柄な男の方が、わたしを高みから見下ろしていました。
同じ黒装束に、炭色の髪と琥珀色の目。お犬の名残が見て取れました。こちらは、首に紋様らしきものはありません。
精悍な顔立ちの仁雷さまとは対照的に、こちらの炭色の方は、優しげな顔立ちに見えます。
にこりと微笑まれれば、恐怖もほんの少しだけ和らいだ気がしました。
「申し遅れたね。
そっちは仁雷。おれは義嵐。
狗神様のお使いで、きみの巡礼のお供を仰せつかった者だ。」
義嵐さまがニカッと笑います。
その歯列からは、お犬の姿の際にも確かにあった、鋭い犬歯がのぞいていました。
なんてこと…。
巡礼。きっとわたしは、自分の常識など及びもしない摩訶不思議で奇想天外な儀式に、否応なく足を踏み入れてしまったのに違いありません。
胸の前でギュッと両手を握り、縋りたい思いで、心の中で必死に祈るのでした。
ーーーあぁ……狗神さま……。