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教会騎士アルトの物語 〜黎明の剣と神々の野望〜  作者: 獄門峠
第一部:教会騎士 第二章:ザクルセスの塔
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悲しみの反対側

 ラーグに気絶させられたアルトは数時間後に起きた。医務室の窓からは夕焼けの赤い日差しが入る。決闘で圧倒されたアルトは、重い荷物から解放されたかのように穏やかに眠っていた。


 目をゆっくりと開けると見慣れてしまった医務室の天井に、先程までの事を思い出す。すると、体に違和感を感じた。


「痛くない」


 掠り傷をたくさん付けられた腕は跡も無く、剣で突かれた左肩も違和感がない。跪くほど斬られた足も元通りだ。そこでラーグと戦っている近くでポノリーがいた事を思い出す。


「先生が治療してくれたのか。・・・・・・ミーナ」


 首にさげた指輪を握り、地面に倒れるアルトにラーグが問いかけた事とその答えを思い出す。

 強くなりたい目的。何のためにそれを目指したのか。すっかり忘れてしまっていた大切な事をラーグは思い出させてくれた。


「アルト」


 静かに呼ばれた声に、顔を向けると足下の近くの椅子に座っているラーグがいた。


「・・・ラーグ、ごめん。気付かなかった」


 優しく微笑むと気にしなくていいと言い、体を起こそうとするアルトを手伝った。


「よく眠れたか?」


「うん」


「そうか。それじゃあ、話てくれないか。今まで、何があった?」


 口を開こうとして左手首の冷たさを思い出した。バングルに視線を落とすと、それに気付いたラーグは、皆を呼ぶか、と問いかけた。 


「うん。皆を呼んでほしい。話さないといけないし、謝らないと」


「わかった。少し待っていろ」


 席を立つと、他の仲間を呼びに医務室を出て行った。その間に、話す内容を整理していた。


 しばらく経つと、エリー、クラルド、リークト、パトロがやって来た。皆は会った瞬間、ホッとする表情を浮かべた。それはアルトの顔から険しさが抜けて、穏やかな表情と優しい雰囲気を纏っていたから安堵したからだ。

 それぞれ左右に分かれて座り、アルトの話を聞く態勢になった。

 アルトは小さく深呼吸して、話始めた。


「皆、たくさん心配かけてごめん。リークトには何度も当たるような事をして、本当にごめん」


 頭を下げるアルトの髪をリークトはポンポンと叩いた。


「あぁ、わかった。だから、これはもう気にしなくていいからな」


「ありがとう。それじゃあ、今まで何していたかだけど・・・」


 そこからグラウェルと話した事、どんな理由でレバレスの宝玉にマーラを送り続けたのか。行き詰って、別の方法を試した事。それによってアルトはどんな気持ちで日々を過ごしたか。

 話している途中、家族の死を思い出し言葉に詰まりながらも話し切った。


「アルト、辛かったわね」


 エリーは立ち上がると、アルトを優しく抱きしめた。じんわりと包まれる人の温かさに堪えていた涙が零れていく。エリーはアルトが涙を拭う事を許さないかのように抱きしめ続けた。


「何度も大切な家族の死を思い出して、マーラを出し切って疲弊して。その繰り返しだと辛くなるものよ。アルト、あなたはマーラを出し切って疲れていたんじゃなくて、悲しみ怒り憎しみ、そんな気持ちに心が疲れていったのよ。本当によく頑張ったわね」


 涙が止まらなかった。エリーの労わる言葉と温もりに張りつめていた物が緩み、とめどなく気持ちが溢れる。


「悲しみを糧にしても強くはなれないんだ」


 パトロが呟いた。ラーグ以外の皆が、パトロの言葉に注目した。


「アルト、苦しい時に悲しい事を思い出しても余計に辛くなるだけだ。強くはなれない。人が困難に立ち向かう時、試練に挑む時、必要なのは『悲しみの反対側』の物なんだ。確かに、悲しみは一番強い感情だ。そこから怒りになって強い力を与えてくれるけど、結局は一時的なものだったり、まやかしだったりするんだ。それはあの決闘でわかっただろ?」


「うん」


 アルトの返事を聞きパトロは目を瞑り、何かを思い出しているような顔をした。目を開くと緩く笑い話を続けた。


「辛い時、心が挫けそうになった時に必要なのは、悲しみの反対側、『喜び』だ」


「喜び?」


「あぁ。俺だったら、セラーナ様が作ってくれた菓子を食べた事。ラーグや三人で遊んだ事。旅に連れて行かれて初めて見た景色。母親と一緒に過ごした日々。そんな喜びを思い出すと、胸が温かくなる。そこから新たな力が湧き上がって来る。立ち向かう勇気や希望が持てる。それが、自分を前に進めさせてくれる。アルトだって、今まで頑張って来たのは喜びがあったからだろ。村で薬師として色んな人を救い笑顔にしたって。その笑顔のお陰でさらに薬学を学んだんだろ。そういう喜びだ」


「うん。喜びはたくさんある」


「喜びは悲しみと比べればいつまでも続く感情じゃないけど、数がたくさんある。それを思い出し気持ちを高めるんだ。そうすれば、力は手に入る。その力は、悲しみで得た力よりもずっと強い。俺は、その力のお陰で側にいたい人の近くにいれる」


 パトロはラーグの肩に手を置いた。


「こいつの無茶ぶりにも、その力があれば乗り越えれるしな!」


「ふふ・・・」


「くくく・・・」


 最後の一言にクラルドやリークトは笑いが漏れた。


「パトロ、教えてくれてありがとう。喜びが力になるか。上手く出来るかわからないけどやってみるよ」


「おう!」


 ニカッと笑い、ラーグに寄り掛かる。


「アルトの喜びは何?」


 抱きしめていたエリーは離れてアルトに尋ねる。その問いに真っ先に出て来た事とポツポツと思い出される喜びを仲間達に伝えた。


「ミーナと想いが通じ合えた事。それと、義父さんを助けれた事。弟と俺と父さんで一緒に薬学を勉強した事。母さん達の料理を食べた事。薬師として、村の皆を助けた事。そして、皆に会えた事。他にもたくさんあるよ」


 こうして思い出すだけで胸が温かくなり、喜びが湧きだす。それはアルトの気持ちを穏やかにさせて、安らぎと平穏を与えてくれる。そして、何より活力が出て来た。


「これからどうする?」


「・・・ラーグ、明日付き合ってほしい。やりたい事が出来た」


「わかった。・・・さて、重い話は終わりだ。ポノリー先生から許可は貰ってある。お茶会をしよう!」


 ラーグの掛け声と共に、皆は奥に行き、お菓子と茶器を乗せたワゴンを持って来た。


「アルト、今日は滅多に食べられない生菓子だぞ! パトロが隠していたのを持って来たんだ」


「今日は特別だからな!」


「見て! アルトの好きなニクスの花の紅茶を出してくれたのよ!」


 エリーとリークト、クラルドとパトロが準備をして、珍しくラーグは座ったままだった。


「喜びがまた一つ増えたな」


「うん!」


 ラーグの言葉にアルトは笑顔で答えた。



 ***



 翌日、アルトとラーグはグラウェルの部屋へと来ていた。今日は、昨日の一件から休みとなっていたがアルトは試したい事があると言い、ラーグと共に部屋に来た。

 布に被せてあったレバレスの宝玉を出した。


「これがレバレスの宝玉か。パトロが言った通りの物だな。力強いものを感じるな」


「パトロが何か言ってたの?」


「あぁ、あいつは平たく言えば感知力が鋭いんだ。詳しくは本人も俺もわからないが、特出した鋭さを持っている。昨日、この部屋に来た時に大きな力を感じるって言っていた。恐らくこれだろう。俺でもわかる強さだ。それにしても、勝手に入って良かったのか?」


「大丈夫だと思う。昨日、訓練長とラーグ達が出て行った後にグラウェル卿が『明日は部屋を空けているから好きに使うといい』って言ってた」


「ふふふ。なるほど。休みを言い渡されたアルトが命令を無視して、訓練に出ると思っていたんだな」


「そうだと思う。結果的には無視する事になったけど、どうしても試したかったんだ。喜びの力で感情を高めてマーラを送ると、強くなれるのか。それと、ごめん。何となく不安だったからラーグに付いて来てもらったんだ」


「そうか。何となくが何かはわからないが、直感に従えばいいさ。それじゃあ、やってみよう」


「うん」


 アルトは目を瞑り深呼吸をして、喜びを思い出していく、脳裏に様々な記憶が蘇る。嬉しかった事、笑った事、様々な記憶だ。

 次第にそれは、アルトの内側に広がっていくような熱を与えてくれる。昨日まで、悲しみを使った気持ちとは比べ物にならない優しい熱だ。

 その熱をレバレスの宝玉へと送り込む。宝玉が温かくなっていくのを感じる。それはアルトの手に熱が集まっていただけだが、今のアルトにはわからない。


「・・・」


 隣で見ているラーグが息を飲むのを感じた。

 その間もマーラはどんどん宝玉へと吸い込まれていく。いつもなら、そろそろ疲労を覚える頃だと思いながらも尽きる事のないマーラを送り続ける。

 すると、弾かれた様な感覚が来た。思わず宝玉から手を離し目を開けると、自分の手の周りに光の粒が漂っていた。ゴル村の森でティトが現れた時以来の光の粒だった


「何でこれが?」


「ん? いつも出ているものじゃないのか?」


「うん。いつもはただ疲れているだけ。これが出てくるの何て訓練中は初めて」


「これは何だ?」


 ラーグは光の粒を掴もうとするが、雪の様に消えていく。


「これはマーラだよ。前に話した義父が死にかけた時に、この光の粒が集まってティトの形を作ったんだ。そこからすごい回復力を出して、傷を癒したんだ」


 アルトの話にラーグは驚いた。目の前の光の粒がマーラなんだと。


「これがマーラ。まさか、目に見えるなんて。これ、アルトが集中し始めて、少し経った頃から出て来てたぞ。しかも、掌を包むようになっていた」


「そんなことになっていたんだ。あと、普段なら限界が来ているはずなんだけど全然余力があるんだ。いくらでもマーラが湧いて来るような。不思議な感じだ」


 手を覆っていた光の粒は全て消え去った。アルトはレバレスの宝玉を見た。


「この宝玉、途中からマーラを送られるのを拒絶したような感じがするんだよね。何だろう?」


「ん~。わからないが、さっき見た頃よりすごい力を秘めているぞ。これ。まぁ、喜びの感情で今まで以上にマーラが出せるようになったなら良いじゃないか。訓練の方向が決まったな。明日、宝玉については話せばいい」


「うん。そうだね。何だか今日は、心がすごく軽いよ」


「そうか。それなら久しぶりに城下町でも行かないか? 新しい茶葉を買いに行こう」


「いいね!」


 アルトはレバレスの宝玉に布を掛けて部屋を出た。


 いつもとは違う心の晴れやかさに気を取られ気付いていなかった。アルト自身の変化と宝玉の変化にも。

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