決闘
一日の訓練を終えて人が去った訓練場で、二人は真剣を構えた。アルトはモルから貰った剣を構え、ラーグは柄が緩く湾曲した細見の剣を構えた。
側では、ポノリーとパトロが控える。
「アルト、今なら試合はやめれるぞ。本当に来るのか」
「当たり前だ！ ここまで邪魔をされたら、お前を叩きのめすしか怒りが収まらない。いくぞ！」
アルトは増幅されたマーラを使って身体強化を行い、凄まじい速さでラーグとの間合いを詰める。剣を振り下ろす。
金属のぶつかる音があたりに響く。
「案外、遅いじゃないか」
「っ！」
ありったけの力を込めてラーグを押していくが、ラーグは片手で対抗する。剣に集中しているアルトの胸倉をラーグは掴んで投げ飛ばす。
「くそ。はあぁぁ」
素早く受け身を取り、近づかれないように剣を振るう。だが、ラーグはその場に立ったままだった。
「強くなったんだろう？ その強さを見せてみろ。こんな小細工に引っかかっている場合か？」
その言葉にも怒りが湧き上がり、素早く強襲していく。アルトが使っている剣術は平和の型だが、その獰猛な攻撃に平和は感じれない。ひたすら怒り憎しみをぶつけるが如くラーグを襲う。
それに対しラーグは片手のみでアルトの剣を捌き切る。そして、アルトの側へと回り込み距離を詰めると反撃に出た。
（全面防御か。だけどそれなら、もう見切ってる！）
今までの経験でどの順番で剣が流れて来るのか覚えているアルトは気付かなかった。湾曲した柄がもたらす影響を。
「っ！ 何で！」
アルトを襲い掛かる刃は、アルトが把握している位置からズレてやって来る。直感で動作は同じだとわかっていたのに全てを防げない。変則的に迫る刃を認知しても対応が出来なかった。
「あぁぁ！」
体には、木剣で叩かれる痛みとは違う斬られる痛みが走る。痛みに耐えながら、反攻に出たラーグの正面特化への防御態勢を取る。
（突きが、鋭い！ 腕がやられる！）
木剣の時は大振りだった突きも最小限の動きになり、動作が読みづらい。救いなのは振りの剣は防げることだった。押されていくアルトは焦りながら、型を崩さないように防ぐが突きによる掠り切り傷を増やすばかりだった。
痺れを切らしたアルトは衝撃波を放って、状況を打開しようと剣を大きく弾き、手を突き出すと激痛が走った。左肩にラーグの剣が刺さったのだ。払いのけられた剣をすぐに引き戻し、得意の正確無比の突きがアルトの左肩を突き刺した。
「ぐっ！ くそぉ！」
「っ！」
何とか衝撃波を出したが、ラーグはわかっていたとばかりに受け身を取って転がって、すぐに立ち上がると左肩を抑えるアルトに向かう。アルトはもう一度、衝撃波を放つが同じ事の繰り返しですぐラーグに詰められて次は足を斬りつけられた。
態勢を崩し横たわるアルトにラーグは剣を突きつけた。
「・・・見ろアルト。この状況を。お前は強くなったと言ったが、俺には一太刀も入れれてないぞ。無傷だ。それに比べて自分はどうだ。腕を斬られ、肩を突かれ、足を斬られて地面に横たわる。お前は何も強くなっていない。得意の衝撃波も、意味が無い。俺を本気を出せば、腕は深く斬られ、肩は貫通して、足は二度と立てなくなっている。これがお前と俺の実力差だ。回転切りを出すまでもない。これほどの差があるのに、あの選抜試験の敗戦を根に持ってアルトを邪魔する理由がどこにある？」
ラーグは目を細め厳しい声で話、アルトを見下ろす。アルトは痛みと何も言い返せない悔しさに歯を食いしばる。
「アルト、目を覚ませ。お前はそんな顔をするやつじゃないだろ。左手首に付けているバングルを見ろ」
ラーグは声を和らげて話す。左手首には秘密の茶会のメンバーの名前が刻まれたバングルがあった。
「そこに刻まれている名前は、アルトを心から心配して助けになりたいと願う人の名前があるだろう。そして、右手首に巻かれたお守りと首に下げている指輪を思い出せ。それは世界で一番、アルトの無事を祈ってくれている女性の分身と絆の証だろ？ 目を覚ませ。思い出せ。何故、強くなりたい？ 何を目指して努力をしてきたんだ？」
ラーグの問いかけに心の中で一つずつ応えていく。すると、涙が出て来た。
「俺は、魔物のいない世界にしたかった。それで、ミーナを大切な人達が笑顔でいてくれるようにしたかった」
「そうだ。お前の目指している場所だ。そのために強くなろうとしているんだろ。冷静になってよく考えてみろ。アルトが今、進んでいる道が、方法が正しいのか」
無言になるアルトに、突きつけていた剣を腰に下げていた鞘にしまうと。鞘ごと持って振り上げた。
「だが、今は眠れ。何も考えず」
鞘は振り下ろされて、アルトは気絶した。
＊＊＊
「ポノリー、アルトに回復薬を。深い傷は作っていない。せいぜい、肩くらいだろう」
「わかりました！」
パトロと一緒に控えていたポノリーはアルトに駆け寄り、傷の治療をしていく。
「ラーグ、お疲れ様。剣を持つよ」
「ありがとう」
そう言ったラーグはパトロに剣を渡し、剣を持っていた腕を抑えた。
「一撃がとても重かった。獣人二人分の攻撃よりも重い。マーラであそこまで身体強化してるとは思わなかった」
やれやれとラーグの腕をパトロは揉む。
「やせ我慢するから。最後の気絶させるの何て、これを見せたくなかったからだろ？」
「圧倒した方が、今のアルトの心を折るには良いと思ったんだ。これで目を覚ましてくれるかな？」
「大丈夫だろ。最後の涙の時、アルトのゴツゴツしていた気持ちが、軟らかくなっていた。ラーグがここまでやったのにダメだったら、俺が切り刻んで目を覚まさせる」
冗談交じりに笑うパトロを見て、溜息が出た。そしてアルトを見て、憔悴していた顔から表情が柔らかくなった寝顔を見て安心した。
「パトロ、アルト君を医務室まで運んでちょうだい。ラーグ様、お見事でした。傷は全て軽症です」
「そうか。それじゃあ二人共、後は頼んだ。俺は部屋で休んでいるよ。パトロは後で、グラウェルの部屋で気になった事を教えてくれ」
「わかった」
アルトを担いだパトロは返事をして、ポノリーと共に医務室へ行った。
ラーグは体を伸ばし、次のやることに考えを巡らした。
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