師という壁
リークトとの試合後、アルトは危なげなく試合を勝ち進んだ。それはラーグも一緒であった。二人は時間が経つに連れ、お互いを意識し、その時を待った。
それは仲間達だけでなく、他のエレーデンテ達、審判や観戦席にいる教会騎士達も同じだった。
「アルト!」
試合を終えて休んでいるところに声をかけられた。アーブとラウがやって来た。
「アーブさん、ラウさん! お久しぶりです!」
「久しぶり。試合見ていたよ。噂で聞いていたけど一年で上級剣術を習得するなんてすごいね!」
興奮気味にラウは上級剣術を身に着けたアルトを褒める。
「あぁ、俺達も上級剣術は探り探りでやっているのに先に習得されるなんて思わなかった。それにしても、すごいな。お前に上級剣術を教えたのセレス家のやつだろ。試合も見たが強いな。決闘者の型なんて初めて見たけど、対人戦で無敵って言われるのもわかった。少なくとも、俺は勝てないな」
アーブは難しい顔でラーグを評価していた。ラウもそれに続く。
「僕も勝てないかなぁ。あの回転切りへの対処もだけど、正面の腕とかを狙ってくる攻撃は真剣だったら、切り刻まれてるよ。でも、戦い方も綺麗だよね。あの型がそういう物なのか、セレス君がそうしてるのか」
二人は初めて見た決闘者の型について話すと、思い出したかのようにアルトを応援しに来たと言った。
「本当は応援なんていけないんだけど、やっぱりリンド村で一緒に戦って旅もした縁もあるから、アルト君の肩を持ちたくなるよ」
「そうだよな。俺も選抜試験の時に、こっそり俺を連れて来てくれた人が応援しに来てたこともあってな。こっそりと応援してるよ」
二人は苦笑いを浮かべ、内緒だ、と言った。
「ありがとうございます。ラーグは強敵ですが、絶対に勝ってレベナティアへの道を開いていきます」
「あぁ、頑張れよ」
「師匠を越えるって大変だけど、越えた先の光景はきっと気持ちいいだろうね。その光景をしっかりと見て来てごらん!」
「はい!」
アルトは二人のもとを去って、服の下の指輪を握った後、最後の試合に臨むべく試合場に出た。
「ラーグ、絶対に勝つからな」
***
「ラーグ、紐はきつくないか?」
「あぁ、丁度いい。これぐらい自分でやるのに」
ラーグは休憩所でパトロに各所の皮鎧の紐を結び調整されていた。
「いや、俺がやる。お前も万全の準備で挑みたいだろ」
「そうだが・・・」
「こういう準備は俺の方が慣れてるんだから任せろ。それに五年も奴隷をやってるんだ。お前の身の回りはお前以上に知ってる。・・・前に来た、俺宛のセラーナ様の手紙の隠し場所も」
「何故、知ってる!? ・・・・・・というか、やめろよ。お前は俺の子分だ。奴隷じゃない」
その言葉にパトロは声を出さずに笑ったが、後ろにいるのでラーグはその表情を気付かない。
パトロはソッと、きつくならず緩まないように紐を結ぶ。セレス人にとって、星の民にとって、友人である侯爵令嬢にとって、何よりパトロにとって、この貴い方に傷が付かないように祈りながら装備を整えていく。
そして、この方の望みが存分に叶うようにパトロは働く。奴隷嫌いのご主人様の為に、悪徳奴隷商人の店を一緒に襲撃して奴隷を助け。教会嫌いなご主人様の為に、エスト・ノヴァに新しく来た教会関係者に卵を一緒に投げつけ。強くなりたいと願うご主人様の為に従卒の仕事を学び、鍛錬できるように周りを整え。一緒に強くなろうと手を差し出すご主人様の為に未熟だが覇者の型を習得した。
そして今回は、ご主人様はアルトが強くなることを望むから、疲れの取り方や食事指導などでアルトをサポートして来た。試験とは言え、ご主人様を傷つけることに加担するのは嫌だが、望まれるのなら仕方がないと働く。
五年前にパトロの人生は見えない鎖で縛られたが、皮肉にも奴隷嫌いなラーグと自分を結ぶ、一番の絆となった。こんな絆の形でもパトロは嫌ではない。この鎖がある間は、ラーグが無事なのだと確信できるからだ。
とことん心酔しているこの方が望む道を、憂いなく進めるように整えるのが自分の役目。今、ラーグはアルトの『師という壁』の道を進もうとする。ここに来てパトロが最後に出来ることは、怪我をしないように適切に防具を着せる事。あとはラーグ自身がどうするか決める。
「よし! これで準備は出来ました。ラーグ様」
「・・・あぁ。ありがとう。あと、その言い方やめろ。それじゃ、行って来る!」
「いってらっしゃい。頑張れよ~」
ラーグの背中はいつ見ても大きい。その大きな背中を手を振りながら見送り思う。
「アルト、お前の師匠は簡単には壁を越えさせてくれないぞ。・・・だけど、すぐに負けるなよ。ラーグ様と俺が、お前を鍛えて来たんだから」
二人が試合場に出たのだろう。歓声が聞こえた。
***
「すごい歓声だな。こっそり応援するんじゃないのか」
アーブとラウから聞いていた話とは違い、堂々と応援する声が響く。
ラーグも試合場に出て、さらに盛り上がる。
「アルト。俺達の戦いはどうやら見世物になっているみたいだぞ」
「そうだね。これだけの観客がいると、余計に負けられないよ」
「ははは。俺もだ。悪いがいつもより手厳しく指導してやるぞ」
「その余裕がいつまで保てるか見物だよ。いくぞ!」
「来い!」
審判の言葉が響いた。決闘者の型と平和の型がぶつかり合う。
お互いは走り寄り攻撃しようと構える。ラーグの足の動きで判断すると、まだ攻撃態勢には入っていない。先手を取るべくアルトは攻撃をする。
しかし、ラーグは剣を受け流し、流れるようにアルトの内側に入り掴み技をしようと手を伸ばす。その手に気付いたアルトは飛び退き距離を取る。
「危なかった・・・」
「ははは。これぐらいは避けてもらわないと困る。今までの努力が台無しだぞ」
そう言ったラーグは攻撃態勢に入っていた。正面特化だ。そこにアルトは飛び退いて無防備な状態だった。素早い突きと細かい斬撃が始まる。急いで備える。
だがラーグの攻撃はいつもより鋭く、いつもより速い。
「っ、速いな!」
「そういえば、技の手の内は明かしているが、身体強化した時の速さまでは教えてなかったな。今、体感してくれ」
パトロとの戦いの時の様にフェイントを含めた腕を狙う攻撃から、細かい防御で対応していく。先手を取ろうとした序盤から、攻守を逆転させられて攻めのラーグと守りのアルトの状態になった。上級剣術を学んでいなければ、この段階で勝負はついていただろう。だがアルトは上級剣術を学んだ。平和の型の特性を活かし、攻撃を受け止め反撃する機会を読む。
アルトは忍耐強く守りに徹していると、絶え間なく続く素早い攻めに一瞬の切れ目を感じた。そこが現状を崩す鍵だと思い、剣を入れる。
ガンッと音を立てて剣はぶつかり合い、ラーグの攻めを止めた。
「くっ」
基本的にラーグの攻撃は片手で行われる分、力押しでは不利になりがちだ。そこから、アルトの反撃が始まる。
一つの小さな剣技を繰り返していく。それは時々、攻めが強く。時々、守りが強い。全体的に見れば攻守のバランスの取れた攻撃だった。一つ一つの剣技を七つ繋げ続ける。踊るような攻撃にラーグも徐々に防御に徹し始めた。
(よし! 押し始めた!)
確かな手応えを感じ、攻めと守りを同時に行う。だが、アルトもラーグも、この攻撃の弱点は知っている。直感力と身体強化を高めながらの攻撃ゆえにいつかは内側のマーラが尽きて、倒れてしまう。攻撃に切り替えたアルトにとっては、持久戦は不利であった。早く勝負に出ないと負けてしまう。
この状態だとラーグは守っているだけで良い。しかし、それも難しかった。決闘者の型は精密攻撃型で守りが得意な型ではない。今、防御できているのはラーグの剣のセンスが良いからだ。いつまでも守っていると大きな隙ができる。
ジリ貧の戦いとなる二人は、勝負所を探り合っていた。
試合場に響く剣の打ち合いは観戦席からの声援で消えゆく。
試合場はアルトとラーグの剣術の戦いに沸き立った。エレーデンテの身で上級剣術を身に着けた二人の戦いは見る者の目を惹く。
序盤はアルトが先制攻撃をしたが、ラーグは上手く捌き攻めに転じた。攻めるラーグ、守るアルトの戦いだ。ラーグの素早い攻撃にアルトは必死に防いでいく。
だが、剣の連撃の切れ目を見つけたアルトの反撃により状況が変わった。攻守が逆転し、アルトが優勢になり始めた。だが、観戦席ではそう見えるだけであった。戦う二人はこの状況のお互いの不利を悟り、状況の打破を狙う。
「ラーグ! 動きが鈍くなって来たんじゃないか?」
「ふん。速さだけが、勝負の決め手じゃない!」
だが、ラーグはいつもの片手持ちによる防御からアルトの攻撃に対応するために、両手で剣を持ち防御を始めた。ラーグが疲れている事の証だった。
(疲れ始めたか。これなら、こっちがバテる前に決着がつけれそうだ!)
アルトは攻撃の手を緩めずに、七つの剣技を繋げていく。高い集中力と身体強化で一撃の攻撃が重く次第に速くなっていく。
それに応戦するラーグの眉間に皺が寄る。と、そこでアルトの手に衝撃が伝わった。
(なんだ!?)
ラーグはアルトの剣を見切ったのだ。動作の隙間を見つけて、今よりも速さが出る前にアルトがやった様に、隙間をマーラでさらに強化した腕で剣を突き出し、アルトの流れを途絶えさせて崩した。
「うわっ」
動作を崩されて、勢いで転倒しそうになるのを上手く転がり立ち上がると、目の前にはラーグの得意な回転切りが迫っていた。アルトはこれから来る衝撃に備えて剣を吹き飛ばされないように強く柄を握りしめてラーグの剣を受けた。
ガンッ
「ッ!」
木剣から出るような音ではない音と激しい衝撃が伝う。
(次、来る!)
ガンッ
再び来た衝撃に腕が痺れる。木剣が割れていないのが不思議に思うくらいの衝撃だ。
そこからはラーグの激しい回転切りの連続だった。アルトは受け止めるのが精一杯な状態だ。
(体が。マーラが尽きそうだ!)
吹き飛ばされないように腕にマーラを集中させて剣を握りしめる。だが、アルトが攻勢の時に使っていた身体強化と集中力が仇となる。次第に体に疲労が襲い始めた。
(くそ、どうすれば)
ラーグもアルトの疲労を見抜き、すぐに動けない事を察して攻撃を十分に溜めてから一撃を繰り出す。
「アルト、疲労が出て来ただろう。降参しろ。もう勝ち目はないぞ!」
「・・・いやだ! 絶対に諦めない!」
一撃を受け止めるだけでも精一杯になる中、考え続けた。次の一手を。
必死に考える中、声が届いた。
「アルト、頑張れ!」
「頑張れ!」
「諦めるな!」
剣を受け止めるので顔は向けれないが、間違いなく自分を応援する声が聞こえる。仲間達の声だ。
(エリー、クラルド、リークト)
「レベナティアになるんだろう! 負けるな!」
「アルト君、頑張れ!」
(アーブさん、ラウさん)
リンド村で一緒に戦った騎士達の声も聞こえる。
(そうだ。俺はレベナティアになるんだ。そして・・・!)
アルトは一か八かの賭けに出ることにした。リンド村で魔物ドヴォルと戦った時みたいに、相手を吹き飛ばせないか。
ラーグは今、勝利を確信してアルトの心を挫くかのように重い一撃を与えるために、次の攻撃までの時間が空いている。
(父さん、母さん、ティト。力を貸して!)
次の攻撃の前に、ゴル村で熊の様な魔物を吹き飛ばしたように、リンド村でドヴォルを吹き飛ばしたように。ありったけの思いを込めて手を突き出した。『吹き飛べ』と。
「なっ!」
剣を振り下ろそうとしたラーグは、吹き飛ばされた。場外までは飛ばせなかったが、体勢を崩し倒れている。アルトは頭痛に襲われるが、痛みを堪えて状況を見た。
(今だ。これなら全面防御もできない!)
走り寄り剣を振り上げる。最後の力だ。
「ラーグ!」
ラーグも吹き飛ばされた混乱から醒めて、向かってくるアルトを見た。
「なめるな!」
ラーグの正確無比の突きが出される。この突きを避けれればアルトが勝つ。
この瞬間、アルトの時間はゆっくりと進む。試合場を固唾を飲んで見守る観戦者達。狙いを定めているラーグの目。ゆっくりと迫る突きの剣。
着実にラーグの剣はアルトの腹部に迫る。
(くそ、ダメか!)
すると、ラーグの剣は徐々に右へとズレていきアルトの腹部から脇腹へと掠めていく。見ると、目をこちらを捉えたままラーグは頭を押さえていた。
「ぐあぁぁ!」
アルトの剣がラーグの肩に入った。ラーグの苦痛の声が響く。
「そこまで!」
審判の止め声が入る。
アルトは勢いのまま地面に倒れ込む。ラーグは肩を抑え倒れる。二人同時に倒れ込み会場はどっちかと注目する。
「勝者、アルト!」
歓声が響く。エリーはリークトに抱き着き、クラルドは手摺にもたれ掛かる。
「勝った・・・」
体の力が抜けて瞼が重くなる。意識を保ちたいが襲い掛かる疲労に身を任せて瞼を閉じた。
アルトはラーグを倒したのだ。
読者のみなさまへ
今回はお読みいただきありがとうございます!
「面白かった」
「続きが気になる」
と思われた方は、よろしければ、広告の下にある『☆☆☆☆☆』の評価、『ブックマーク』への登録で作品への応援をよろしくお願いします!
執筆の励みになりますし、なにより嬉しいです!
またお越しを心よりお待ち申し上げております!




