暖かい手に包まれて
「この白檀の木にも村のみんなの思い出があるよ。この木の側で好きな人にプロポーズしたり、家族でこの丘に弁当を持って来て過ごしたり、削って持って帰って火をつけて香りを楽しんで親に怒られたり。いろんな思い出が・・・」
「素敵ね。アルトはどんな思い出があるの?」
「・・・弟と遊んだ記憶かな」
「弟さんがいるんだ。・・・でも何かあったのね」
「何でわかったの?」
「私のお父さんね、実は病気がちなの。それでも宿の経営を頑張ってて、体調を悪くする時があって。そんなお父さん見てると、変化に気付きやすくなっていったの。それと、宿屋の娘よ。お客さんを観察するのも仕事よ!」
ミーナはニッコリと笑い、どうだっと言わんばかりな顔をした。その自信満々な顔にアルトは吹き出すように笑った。
「もう、何がおかしいのよ!」
「ごめんごめん! すごく自信に溢れた顔がおもしろくて。・・・そうだよ。弟は死んだんだ。二人で森に行った時に魔物に遭遇して。必死に逃げたけど、俺達二人とも傷を受けて瀕死だった。それで父さんは俺を助けて、弟のティトは死んだ。父さんの手伝いがしたくて、俺がティトを森に連れて行ったせいで」
ボーっと話ていたアルトの両手をミーナは強く握り、頭を振った。手に伝わる熱が、あの日、意識を取り戻した時にアルマに抱きしめられた時を思い出させる。
「後悔する気持ちもわかる。でも、魔物に襲われるなんて誰も思わないわ。誰も想像できない。弟さんが亡くなったのは悲しい出来事だけど、でも、アルトは生きて帰れた。オーロンさんやアルマさんだって、アルトだけでも生きて帰って来てくれて嬉しかったはずよ。自分を責めないで。・・・生きててくれて、ありがとう」
その言葉に涙が溢れてきた。自分は生きてていいのか、自分せいでティトは、ずっと苛まれてきた気持ちが涙となってアルトから出て行く。
アルマやモル、いろいろな人に言われても納得ができずにいた言葉なのに、ミーナの言葉がアルトの中にスッと入っていく。会ったばかりなのにミーナの声に不思議な浮揚感を感じながら、涙が落ちていく。
ミーナは何も言わず、手を握りしめていた。
白檀の微かな甘い香りに包まれ、何年も溜まっていた気持ちが流れつきるのを白檀の木は見ていた。
「もう大丈夫。急に泣き出してごめん」
「いいのよ」
ミーナの言葉を受けて、後悔や罪悪感を否定され許されたような気持ちになり思わず涙を溢した。心地よい浮揚感に包まれ心が軽くなっていく。
次第に、初めて会った人の前、ましてや女の子の前で泣いてしまったとういう現実をアルトは思い出し、恥ずかしくなって別の意味で泣きたくなってきた。
そんなアルトの様子を見て、クスリと笑いアルトの髪をミーナは優しく撫でた。
「アルトは泣き虫なのね」
「やめろって! 泣いたけど泣き虫じゃない!」
「はいはい」
照れと羞恥心に駆られミーナの手を払い。赤くなった目と顔の熱を出すように深呼吸をした。
「落ち着いた?」
「・・・うん。ありがとう」
「よかった。悲しい時や苦しい時は泣いてもいいのよ。泣いて落ち着ける事もあるの」
「そうだね。心が軽くなって頭もスッキリした」
それから二人は、丘でアルマが持たせてくれた弁当を食べながら様々なことを話し合った。
「アルマさんのお弁当、本当に美味しかった! こんな美味しい料理をいつも食べてるなんていいな~」
「母さんの料理はどれも美味しいんだ。ミーナの宿屋も料理が美味しいって聞いたけど?」
「宿の料理も美味しいけど、作ってるのがお母さんと私なんだ。だから、忙しいときは余り物とか手早く作れる物しか食べないの。それにしても、この丘は風も心地いいし木の香りもあっていいわ」
風を受けて舞う青い髪を綺麗だなと思いながら、アルトは決めた。
「ミーナ、実は避難場所を教えておこうと思ったのは理由があるんだ。バカバカしいと思うけど聞いてほしい」
「・・・うん」
「最近、同じような内容の夢を毎晩見るんだ。夜に誰かが村に入って来て村人を襲い。その後に、逃げた襲撃者がミーナとよく似た青い髪と青い目の人を攫って行く夢。その瞬間に真っ暗闇になって、光の粒が集まって現れたティトが何かを伝えようとするんだ。多分、村が襲われる。青い髪の人が攫われる。これを伝えようとしてると思う。なんでティトが出るかはわからないけど」
「アルトは正夢になると思ったのね」
「うん。今までは意味もわからず、ただティトが出てくる辛い夢だと思ってた。けど、青い髪と青い目を持つミーナが現れた。しかも、同じ行商人の荷車も一緒に。もう偶然とは思えないんだ。だから、念のために避難場所を教えておこうと思った」
「そうだったのね。ちょっと驚いたけど、聞いたことがあるわ。未来を予知できる人達の事を。その人達はプルセミナ教会に仕える騎士様や司教様達なのだけど、不思議な力で未来を予知できるらしいの。もしかしたら、アルトにもその不思議な力があるのかもしれないわね」
「信じてくれるの?」
「えぇ、信じるわ。宿屋をやってるといろんな人に会うの。その人達からは時には信じられないようなことも聞かせられたし、実際に見せてもらったこともあるの。世界は不思議な事で溢れてるの。だから、アルトの夢に私みたいな青い髪と青い目を持った人が出る夢も、不思議だけどあり得ないことじゃないと思う」
青い瞳から力強い眼差しを送るミーナを、やっぱり不思議な人だと思いながらアルトは頷き、避難場所に行くことにした。
「信じてくれてありがとう。それじゃあ避難場所を教えた後、どうしたらいいか考えようか」
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