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教会騎士アルトの物語 〜黎明の剣と神々の野望〜  作者: 獄門峠
第一部:教会騎士 第二章:ザクルセスの塔
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試験前夜

 

 部屋は静かだった。リークトはエリーに会いに共通談話室へ。アルトは一人椅子に座り机に置かれた手紙を見つめていた。

 ミーナからの手紙が届いてから半年が経ち。また、寒い時期がやって来た。明日は、選抜試験だ。筆記と実技の最優秀者が上級騎士の下に付き、特別訓練を受ける。

 アルトは、上級騎士レイド・グラウェルから教えを請おうとこの一年間を頑張って来た。座学、剣術、マーラ。どの訓練にもひたすら励み、ライバルとなる人物に剣術を学び、上級剣術を身に着けた。マスターとはいかなくても、一方的に負けることはない程度には磨き上げられた。

 彼と過ごす日々で、彼を深く知り、憧れ、尊敬し、一番の友となり、最後はライバルとなった。この試験で一番乗り越えないといけない壁が、彼、ラーグ・ボルティア・エスト=セレスだ。


 選抜試験が近づき、空気がピリピリする食堂でラーグはアルトに宣言した。


「アルト。俺は、全てにおいて手を抜かない。筆記も実技もだ。普段、座学は寝ているがそれは全て知っているからだ。学ぶ必要が無いからだ。だからアルト、最優秀者になりたいなら全力で来い。俺も全力でお前を倒す」


 普段のラーグは二人の時しか『俺』とは言わない。人だかりのある場で言ったのは初めてだ。その言葉の強さと真剣な眼差しを向ける黒い瞳に目が逸らせなかった。


「あぁ。当然、全力で行く。全力でラーグを倒す」


 アルトの宣言にラーグは貴族の笑顔では無く、心からの笑顔を浮かべた。


「ラーグ、勝つのは俺だ」


 この決意を大切な手紙に染み込ませるように、胸に当てて夜を過ごした。


 明日、一年間の努力の答えが出る。


 明日だ。



 ***



「ラーグ。この一年、意外だったよ」


 パトロの言葉に、家から持って来ていた剣の手入れをする手を止める。


「意外って?」


「お前が、南部人、ましてやセレス人以外と本気で関わり、あそこまで育てたのが。そんなに気に入ったのか?」


 ラーグは柄が独特な形をした剣を眺めて考えていた。答えは決まっているが、パトロにどう言ったものかと考えていた。


「・・・気に入ったのもある。奴隷に関して意見が合ったり、俺を理解しようと積極的に関わって来たり。理由は色々ある。だけど、一番の理由は直感だ」


 ラーグの理由を聞き、寝転がっていたベッドからパトロは体を起こす。


「直感って、マーラの感知者としてのか?」


「多分そうだ。アルトと関われ、アルトを導け。そんな直感だ。その直感に従ったら、色々な理由が付いて来て、あいつと今の関係が出来た。直感に従って良かったよ。大切な友人で。ライバルだ」


「そうか。けど、それでお前が考えたセレス家の()()の邪魔にはならないのか? 計画を早く進めるためには、確実な道でお前が最優秀者になった方が良いと思ってたが。アルトをあそこまで育てたら、『もしかしたら』も有り得るんじゃないか?」


 手入れを終えた剣を鞘に仕舞いベッドの側に置き、窓辺の机に座り月を見た。


「もしかしたらあり得るかもしれない。()()()を使うなら、勝ちは揺るぎないが、木剣だからな。だが、それでも戦いたかった。我ながらバカだよな。それと今回担当するグラウェルとか言う上級騎士。あれは信用できない。何かを狙っている感じがする。会った時、お前はどう感じた?」


 ラーグの言葉にすぐにパトロは返した。


「お前の言う通り狙っている。狙いはアルトだと思う」


「そうか。アルトをどうしたいのかはわからないが、親友に手を出されるのは面白くない。アルトがあの男の側に行き始めたら気に掛けておきたい。パトロも()()で忙しいだろうが見ていてくれ。しかし、お前が狙いだったら気にはしないのにな」


 真剣な言葉の数々で、サラッと言われた最後の言葉にパトロは聞き間違いかと、もう一度言うように言った。


「お前が狙いだったら気にしないのにな、って言った」


「聞き間違いじゃなかったか・・・。俺、お前に感謝してるけど()()を破りたい時がある」


「その契約を破れないのが()()の立場だぞ」


「そうなんだよな~。たまには、ストレス発散したい」


「すればいいじゃないか。菓子でも食べて、町のニクス式の大浴場でのんびり過ごして。金ならやるぞ?」


「違う、違う。暴れたいってこと。金は欲しいけど」


「ほら、銀貨五枚だ。暴れたいなら明日は良い機会じゃないか、俺に倒されるまで暴れてこい。()()を出そうか?」


 銀貨を財布にしまい、ラーグの言葉に飛び上がる。


「マジで!? 出してくれよ!」


 その喜び具合に苦笑いを浮かべ、ラーグは手の甲をパトロに差し出す。パトロは手を取り跪く。


「『ラーグ・ボルティア・エスト=セレスがパトロに命じる。選抜試験の剣術試合において、全力を出して攻撃する事を許す。合わせて選抜試験の剣術試合において命令者に攻撃することを許す』」


 ラーグの手の甲に浮き上がった紋章にパトロは口付けをする。紋章は薄っすらと光った。


「これで明日は、お前に日頃の仕返しが出来るな。泣かせてやる」


「やれるものならやってみろ。()()()()使()()()()()()君?」


 力が解放された奴隷は明日の戦いを待ち遠しく思い。

 自分を倒しに来る親友との戦いに胸が熱くなる思いを抱え、彼の壁としての役割を果たそうとラーグは自然と笑みが浮かぶ。明日を待ち望む思いはアルトにも負けていなかった。


 明日は一年間の結果が出る。


 明日だ。



 ***



 明日はアルト、ラーグ以外にも幾人もの思惑が動く戦いが始まる。それらの結果を知るのは()()()()()()()だけだ。


設定の補足。

上級剣術の強さの組み合わせ。覇者の型→決闘者の型。決闘者の型→鉄壁の型。鉄壁の型→覇者の型。平和の型は全てと互角。


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