自分の剣術を探しに
エレーデンテ課程が始まって四か月、アルトの中級剣術『盾の型』もラーグとの特訓で上手く扱えるようになり、中級剣術同士ではラーグにあと少しという所まで追い込み負けてしまった。
その結果、盾の型使いとしてアルトは一人前の腕と認められた。最初の一年間である程度、それぞれの型を扱えるようになり、それ以降は卒業となるまで剣術の腕を磨く期間の訓練予定だった。だが、アルトの剣術はもう必要なレベルまで達しているという事で、自由時間を与えられた。
この背景には、剣術の教官達は頑なに拒否をする訓練長と協議して決まった。そのついでとして、ラーグも自由時間になった。
この二つの特例を勧めた教官達の狙いは、アルトに上級剣術を習得させる機会を与える事だった。グラウェルに図書館の入館許可を貰っていると知った教官達は、自分達も習得していない上級剣術の指導者にラーグを当てようとした。根本的な剣術の違いはあるが、上級剣術の中でも難しい『決闘者の型』を習得したラーグであれば、アルトの上級剣術への道も拓けると考えたのだ。何より、アルトの力をここまで引き出したのがラーグであることも考慮された。
二人はこの時間を活かして、アルトの上級剣術を探し鍛える時間とした。その準備として入館許可が出ているアルトは図書館に向かう。まずは、図書館などザクルセスの塔の施設を管理している部署に行き、許可カードを受け取る。グラウェルが話していてくれたお陰で、滞り無く許可カードを貰えた。
そして入った図書館の光景に圧倒される。
「本だらけ・・・」
天井高く、たくさんの本棚が並び、様々な分野の本があった。
「これって、上級剣術に関する本を探すだけでも大変なんじゃ。そういえば、アーブさんが薬学の本もあるって言ってたよな。いやいや、我慢しよう!」
思わず薬学の本を探そうとする足を止めて、剣術の本を探しに行く。だが、この量の中から剣術の本を見つけるなんて無理がある。と考えていたら、案内地図と書かれた看板があった。
「えっと、剣術は三階の四から五列目か」
三階の四から五列目。膨大な本が納められていた。幸いにも剣術毎に区切られていた。
「えーと、『鉄壁の型』『平和の型』。とりあえず、基本って書いてあるのを一冊ずつ持って行くか」
二冊の本を携え、寮に戻る。共通談話室でリークトとエリーがいた。手を握り会話に夢中でアルトに気付かない二人にニヤリと笑い声をかける。
「二人共、イチャイチャしてるの?」
「「!」」
二人は肩が跳ねて動揺した。その様子に笑いが込み上げてくる。
「ア、アルト。ビックリさせるなよ!」
「こっちがビックリだよ。入って来た人に気付かないなんて」
「リーが楽しそうに話すのが、可愛くて油断したわ」
「か、可愛いって・・・」
徐々に顔が赤くなっていく二人に笑いが我慢できなかった。
「あははは。リークトは肌が白いから赤くなるとすぐにわかる。剣術の授業中も赤くなってるのがわかるよ」
「授業でもそうっだたのか!?」
アルトの肯定にリークトは顔を手で覆う。
「・・・エルの、剣術に見惚れてしまうんだ。踊るような動きが綺麗だなって」
その言葉にエリーがリークトを抱きしめた。
「あぁぁ! こういう所が可愛いの! 私はリーの堅実な守りも好きよ。実直な性格が出てて、堂々と受け止めて戦うのがカッコイイって思うわ」
「・・・ここ、共通談話室だからね。色々と気を付けてね。それじゃ!」
二人の溢れているハートがアルトに飛んで来る。マーラが具現化したのだろうか?
飛んでくるハートを手で払いながら部屋に入り、本を読む。それぞれの型の特徴と動きが書かれている。
『鉄壁の型』の特徴は名前通り、守りの固さに特化している。防御力はどの型でも一番高いが反撃がしにくい事が欠点だった。さらに上級剣術同士の戦いでは、精密攻撃である『決闘者の型』との相性が悪く、超攻撃力を誇る『覇者の型』には相性が良い。同じ盾の型の派生である『平和の型』とは互角といった感じだ。
「まさに守るための剣って感じだな。平和の型はどうなんだろう?」
『平和の型』の特徴は『汎用』であった。守りの型でありながら、攻撃の技も『鉄壁の型』より加えられ攻守のバランスが良いイメージだ。何にでも対応できる型。他の型との相性を見ると、全て互角。勝てなくても負けない型。
何となく、今の決闘者の型の攻撃で攻めるラーグと盾の型を使い守りに徹しているアルトの、勝てなくても負けない関係を思わせる。
「平和の型の方が向いてそうな感じがするな。足さばきをやってみるか」
椅子から立ち上がり、本を片手に足を滑らしていく。この足の動きに違和感を感じたが、慣れないだけかと思い、鉄壁の型の足さばきをする。こっちはシックリと来て動きやすかった。
交互に繰り返し、感覚を確かめていく。
「うーん。鉄壁の型かなぁ。明日、ラーグに相談してみるか」
本を閉じて、わざとベッドの淵に寝転がりバランスを保っていると扉がノックされた。
「はい。どうぞ!」
「あ、アルトか。リークトはどこにいるか知ってる?」
赤毛の男クラルドが尋ねて来た。
「今なら共通談話室でエリーとイチャイチャしてるよ」
「そっか・・・」
「どうしたの?」
アルトの問いにしばらく黙ったまま考え込んでいる。
「よし! 実は・・・」
クラルドの言葉に驚いたアルトはベッドから落ちた。
「実は、酔いどれ騎士亭の給仕の女の子が気になるんだ!」
床から起き上がり、クラルドを正気かと疑う目を向ける。
「ナフィさんの事だよね? 正気? 店主さんのメイスが振り下ろされるよ」
最近、酔いどれ騎士亭には新しい人が働いている。店主メトナーの姪のナフィだ。ダークブロンドの髪と明るい青い瞳が綺麗な華奢な女の子だ。トレーを片手に給仕として店内を走り回り、仕事を頑張っている。
店主メトナーはナフィのことを可愛がっており、ちょっかいを掛ける客にメイスを振り回している。最近ではメイスを腰に下げて仕事をしている。
「それでも、ナフィさんと仲良くなりたい。出会ってから一目惚れしたんだ。あの綺麗な瞳に心が吸い込まれたんだ!」
よりにもよってな相手に恋をしたクラルドにアルトは困った。
あの店との関係を悪くしないように先輩騎士達から注意を受けていた。
都会や発展した町での教会騎士のイメージは『魔法を扱う怪しい騎士』『不吉を呼び込む厄介者』という思いを持たれている。本部がある首都エストでさえ、その様な扱いなのだ。
そんな扱いなので、教会騎士関係者は城下町の店でもあまり歓迎されない。街で遊ぼうとするなら、エレーデンテなら制服を着替え、教会騎士ならローブを脱ぎ、身元を隠さないと町では落ち着けない。それを知ってアルトは思い出した。聖地コバクに寄った時にアーブとラウがローブを脱いで町に入ったことを。
そんな肩身の狭い教会騎士達を受け入れてくれるのが『酔いどれ騎士亭』だ。元兵士だったメトナーは何度も教会騎士に助けられたことがあり、教会騎士の強さの要因や厳しい人生を知って、煙たがられている教会騎士達が安らげる場所として入店を許している。教会騎士やエレーデンテ達が心置きなく楽しめる場所であるのだ。他にも似たような思いを持ってくれている店はあるが、それらの店は教会騎士が来る店として一般人の客が遠のいていく。酔いどれ騎士亭もその一つだ。自分達の存在がいかに迷惑をかけているか知っている教会騎士達は店主達に感謝して、良い関係を維持できるように心がけている。
そんな貴重な店の店主の姪にクラルドは恋をした。これは、あの酒場に通う教会騎士全員にとって問題となる。メトナーの可愛がりっぷりを考えると、上手く事が進んで落ち着けばいいが、何か下手な事があれば、自分達は追い出されてしまう。
「・・・クラルド、ナフィさんはやめた方がいいと思うよ。メトナーさんの様子を考えると、中途半端な事をしたら、教会騎士達が出禁にされるかも」
「わかってる。俺も考えたよ。でも、あの二人を見ていたらいいなって思ったんだ。前線に出ればいつ死ぬかわからない中でも、人生を精一杯生きて、幸せを分かち合える人がいるっていいなって。俺もそんな風になりたい」
「リークトとエリーか」
共通談話室で見た仲睦まじい二人の姿を思い浮かべる。エリーとリークトが恋人になった事を周りが知ってから、クラルドだけではなく、この生活に慣れて来たエレーデンテ達の中でも恋人関係が出来た人達がいる。冬も来て人肌が恋しくなる時期も重なるのだろう。
「そういえば、何でリークトを探してるの?」
「どうやったら付き合えるか秘訣を聞いてみようと思って」
「なるほど。それなら、エリーにも聞いてもらったら? 何か良いこと聞けるかもよ」
それを聞いて共通談話室に向かうクラルドを見送り。ベッドに座った。
「皆、いいなぁ」
何となく呟いた一言に胸が切なくなる。ミーナと離れて四か月。『愛してる』と呟きキスを交わした日から四か月が経ったのだ。胸の切なさは消えることなく残り続ける。彼女の代わりだと渡された幸運の指輪を握りしめる。
ミーナと過ごす時間は幸せだった。そして、恋心を自覚してからミーナと会える時間はとても幸せだった。何を話そうかと迷い、少しでも長く側にいれないかと理由を探した。
意味には気付かなかったが、成人祝いの時に貰った帯状のお守りは嬉しくて眠るまで、ずっと眺めていた。そして幸運にも、細かく注文の入る薬の配達などの理由ができて会える時間が増えた。同じ空間にいるだけでも嬉しかった。他愛も無い会話をして、たまに彼女の美味しい料理を食べて笑える日々が楽しく、幸せだった。それが、後悔はないがミーナのために戦い今ここにいる。
(会いたいな・・・)
アルトは大志を持ってザクルセスの塔で暮らし訓練を頑張っているが、人間である。大切な人との別れはいつまでも胸に切なさを与える。
ただ、その切なさがアルトを動かした。
「何か、助けになればいいけど」
共通談話室へと向かう。
***
「まずは、焦らずに相手を知ることよ」
共通談話室に行くとエリーが話をしていた。三人はアルトを見ると、席に座るように促した。
「時間はかかるけど、相手をよく知ることが大切なの。何も知らないのに告白されても困るでしょ?」
「どうすれば、相手を知ることができるのかな?」
「まずはメトナーさんに、話を通しておくと良いよ」
アルトの言葉に三人が注目する。
「どうしてメトナーさんに話ておくんだ?」
リークトの質問に予想だけど、と前置きをする。
「メトナーさんの、ナフィさんを見る目ってとても心配してるように見えるんだ。周りが聞いていたことなんだけど、ナフィさんはメトナーさんと一緒に暮らしているそうだよ。姪が一人、叔父の下に暮らすってことはナフィさんの親はエストにはいないんだよ。だから、メトナーさんが親代わりにナフィさんの面倒を見てるって思う」
「なるほどね。理由はわからないけど、ナフィさんが親元を離れてメトナーさんと暮らしているなら、ナフィさんにとってエストは初めて来るような場所なのかもしれないわね。ナフィさんの見た目を思うとメトナーさんも心配になるはずよ」
「そんな時にクラルドが誘ってナフィさんが遊びに行っても良いと思っても、メトナーさんは少なくともいい顔はしないと思う」
「だから、話を通しておくか」
「俺達はあの店によく行ってるし、エレーデンテで身元が確かだ。メトナーさんの許可を貰った上で、ナフィさんを遊びに誘うと角は立たないし、ナフィさんの意思次第だと思う」
「えぇ、筋は通ってるわ」
エリーの同意も得れて、クラルドにどうするか尋ねる。
「三人共、ありがとう。まずは、メトナーさんの許可を貰うよ。その後はどうしようか」
「忙しくない時間に酒場に行って、ナフィさんと話をしてみたら? 彼女の好みとかわかると遊びにも誘いやすいと思うぞ」
「そうね。酒場が混む時間は決まっているから、忙しくない時間に何回か通ってナフィさんと話て顔を覚えてもらったら?」
リークトとエリーのアドバイスを受けて方針は決まった。
「クラルド、時間は掛かるだろうけど焦らずに行こう」
「あぁ、わかった。三人共、相談に乗ってくれてありがとう!」
アルトは友達の恋が実ることを願った。
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