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教会騎士アルトの物語 〜黎明の剣と神々の野望〜  作者: 獄門峠
第一部:教会騎士 第二章:ザクルセスの塔
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秘密の茶会

 

 訓練が始まり一か月が経つ頃、アルト達の訓練内容も実務に重きを置いた内容へと変わっていた。

 午前は体力、筋力向上の訓練とプルセミナの福音書を元に法解釈を深め、教会騎士としての在り方を模索する。午後は剣の型の訓練と、教会騎士の力の根源であるマーラの扱い方の訓練。

 マーラの扱い方の訓練は大勢のエレーデンテを苦しめた。寝起きの頭の様にボンヤリと感じていたマーラの存在を更に目覚めさせるのだ。目覚めさせる方法は様々あり、主に瞑想だ。静座瞑想、一点瞑想、香瞑想、舞踊瞑想、そして戦闘瞑想だ。


 この五つの瞑想を下級騎士達がそれぞれ担当し指導する体制だった。そこには、久しぶりに会うアーブやラウもいた。


 アルトは初めて瞑想したのが静座瞑想だった事もあり、そちらを選択した。エリーは舞踊瞑想。クラルドは一点瞑想だった。


「久しぶりだな、アルト。訓練はどうだ?」


「お久しぶりです、アーブさん。大変な日々ですが何とか頑張っています。にしても、アーブさんが静座瞑想を担当するって意外でした」


「何でだよ」


「戦闘瞑想の方がアーブさんらしいなって」


「まぁ、戦闘瞑想も得意だがこればかりは、得意な奴同士のクジ引きで決まった」


 何とも言えずに苦笑いをしてしまう。

 アーブは、急にアルトをジッと見た。


「アルトの場合は、瞑想する必要があるのか疑問なんだよな」


「何故ですか?」


「だってお前、常時マーラを使えるし、部分的にマーラを体に集中させれるだろ。この訓練ってマーラが完全に目覚めきっていない人がやる訓練なんだ」


「そうなんですか。でも、本来の俺の力は未来予知だったりするから、完全体ではないと思います」


「うーん、そうか。まぁ、一度、訓練長と話してみるわ。とりあえず訓練を始めよう」


 アルトが席に着くと、隣に一緒の瞑想を選んだリークトがやって来た。


「アルト、あの騎士と知り合いなんだ」


「うん。村から塔まで護衛してくれたんだ」


「護衛!? お前、実はすごい奴だったの?」


「ちょっと事情があってね。それより始まるよ」


 アーブの声がかかり、訓練が始まった。


 アーブの指導通り、呼吸を整え意識を集中していくと、外側からマーラの流れを感じる。周りの動きや呼吸が伝わる。自分の体を包む温かさ。亡き大切な人達との絆を感じさせてくれる。次第に瞑想は深くなっていき、内側から力が湧き上がる。それは体をすぐに満たし、万能感を与える。その万能感に浸る


「――ト、――ルト!」


 呼ばれる声にハッとする。目を開けるとリークトが呼んでいた。

 どうしたのかと顔を見ると、驚かれていた。


「訓練が終わったぞ。いつまでも目を瞑っているから寝てるのかと思った」


「え? 終わり?」


 周りを見ると、道具の片づけをしていた。視線を感じ顔を向けるとアーブが見ていた。


「やっぱり、アルトにはこの訓練の時間はもったいない気がする」


「え!? すいません。こいつ、普段は真面目で寝たりしないのに、本当にすいません」


 リークトがアーブに慌てて謝る。アルトとアーブはどうしたのかと顔を合わせたが、すぐに理解した。


「悪い。皮肉を言ったんじゃないんだ。アルトはお前達がこの訓練で出来ないといけない事が出来ているんだ。だから、この訓練の時間はもったいないって意味だ」


「あ、そういうことだったんですね。すいません。早とちりして」


「いいさ。アルト、良い仲間に会えたな」


 アーブの言葉に笑顔で答えた。


 食堂に集まって、皆と食事にした。今も、平民出身と貴族出身の仲は悪いが、あるグループだけ出身関係なく和気あいあいと食事を楽しむ。


「クラルド、そんなに食べてよく太らないわね」


「エリーは少なすぎでしょ。体力持つ?」


「エリーが普通の量だよ」


「リークト、このスープの海老はなエスト半島の南部湾岸沿いで獲れた・・・」


「あ、あぁ(今日は海老か)」


「ラーグ、スープ冷めるぞ」


 アルト、エリー、クラルド、リークト、ラーグ、パトロ。

 この五人は、共通談話室で週に一回開かれるラーグ主催の『秘密の茶会』で仲を深めている。この茶会の効果もあり、五人の結束は固い。皆、ラーグの淹れる紅茶に癒され、パトロ推薦のお菓子に頬を落とす。

 この茶会は夜に男子寮と女子寮の分かれ道である共通談話室で行われるので、知っている人は極僅か。たまたま、通りかかった人達は茶会のメンバーに話を聞き、遠慮がちに参加する。それを五人は歓迎する。

 その影響か、出身を気にして対立する人は最初ほど減った。ちょっとずつだが、改善されていく。


 この話題が出る度に、ラーグはアルトのお陰だと言い、アルトはラーグの紅茶のお陰だと返す。

 そして今日は、秘密の茶会開催日だ。


「アルト、マーラの訓練の時すごい集中力だったな」


「へー、俺は早く終わらないかとソワソワしてた」


「一点瞑想だなんて、自分に合わない物を選ぶからだ。私と一緒の戦闘瞑想にしておけばいいものを」


「お前、俺相手だと瞑想させてくれる余裕なんてくれないじゃん! 本気で打ち込んでくるつもりだったろ!?」


「ちっ」


「舌打ちした!」


 ラーグとパトロのやり取りに笑いながら、クラルドは言った。


「でも、ラーグも瞑想しないとマーラを使えないぞ。真面目にやらないと」


「ん? 言ってなかったか。私は、もうマーラの覚醒まで出来ているんだ。マーラの常時使用は出来る。この訓練の次にある、身体能力強化がまだ出来ない。というわけで、パトロ。戦闘瞑想に来い。すぐに覚醒させてやる」


「嫌だ。俺は時間一杯、一点集中で安全に覚醒する」


「それなら、俺が行っても良いかな?」


「クラルドが来るなら、丁寧に瞑想できるように打ち合おう。剣の寸止めも出来るから、怪我は心配しなくて良い」


 ラーグがクラルドに戦闘瞑想のやり方を説明してる横でアルトはエリーに聞いた。


「舞踊瞑想は私には合ってそう。踊りは慣れているし、連続する動きに意識を一点に集中させるって難しいけど、何か感じる物があったわ」


「すごいな。初日から何か掴むものがあるなんて。俺達の所は座って呼吸整えての瞑想なんだ。にしても、今日のアルトはすごかった。微動だにせずに、存在を感じさせないんだ。あの瞑想は部屋でも出来るから、今度、教えてくれよ」


「いいけど、感覚しか教えてれないよ? 俺の覚醒方法は特殊だったから」


「そう言えば、そんな話もしてたわね。どんな方法だったの?」


 こうして、秘密の茶会は行われていく。今日のお供はマーラの覚醒方法だった。



 ***



「ん~、難しい!」


 胡坐をかきながらリークトは溜息をつく。

 マーラを覚醒させる訓練が始まって四日。他のエレーデンテもそうであったが、覚醒に至る者はいない。

 指導をしてくれる下級騎士アーブも覚醒までには一か月はかかったと話していた。


 そんなエレーデンテ達の中で、一人だけ覚醒をしたアルトはいつも通りに静座瞑想をしてマーラに包まれていた。体は揺るがず、呼吸も一定。ただ大きなマーラの流れに身を任せ、内側のエネルギーを体に満たしていた。

 そのアルトの様子を見ていたリークトは前から話をしていた特訓をお願いした。アルトは自分の覚醒方法が特殊なだけにどうすればと思ったが、感覚などそう言った話を求められた。


 今、寮の部屋で二人はベッドに座りアルトの話を聞く。


「えっと、指導でも言ってたけど背筋は伸ばして姿勢良く。呼吸は、最初は息を吐き切って、鼻から息を吸いながら四つ数える。次に息をゆっくりと八つ数えながら吐く。何も考えずに呼吸だけに集中する。何か思っても、呼吸に集中していれば抜けていくから。とりあえず、見ているからやってみてよ」


「わかった。やるぞ」


 リークトは指導通り、行っていく。アルトはそれを見る。


 およそ二十分くらい経つと、リークトは瞑想をやめた。


「どうだった? 何かわかる事はあったか?」


「途中、呼吸が乱れてた。何か考えていた?」


「そうだな。浮かんで来た事が頭から離れないって事があった。それで呼吸に集中しようとしてもタイミングが分からなくなった」


「それなら数を数える呼吸にとらわれ過ぎてると思う。それなら、数えずに呼吸だけしてみよう。思い浮かんでも、考え込まずに呼吸だけ。難しい表現だけど、あるがままなんだ」


「あるがまま・・・。確かに難しい表現だな。わかった。呼吸だけだな」


 リークトは深呼吸して息を吐き切った所で瞑想に入った。最初ほど、呼吸に乱れが無い。アルトもマーラを使いリークトの状態が集中に入っている事を感じる。


 最初に切り上げた二十分を過ぎたが瞑想は続く。


(深く集中しているな。このまま様子を見るか)


 そのまま、リークトの集中を切らさないようにアルトもジッと動かなかった。しばらくするとリークトの体が揺れた。


「アルト・・・。今、微かに内側から何かを感じた。温かい何かを!」


「きっとマーラだ! 俺も瞑想が深くなると内側からエネルギーが湧いてくるんだ。それじゃないかな?」


「やった! アルト、ありがとう! 明日の訓練でもやってみるよ」


「今からやっても良いけど? 明日にするの?」


「時計見てみろよ」


「あ」


 二十時だったはずがいつの間にか零時になっていた。



 ***



「アルト!」


 廊下を歩くアルト達をアーブは呼び止めた。


「どうしました?」


「聖地コバクからグラウェル卿が戻られた。それで昼食を一緒に食べようと、お前を招待されてる」


「グラウェル卿って、コバク城でテイゾ様とお会いした時にいた上級騎士ですよね。何で俺なんかを」


「あの人は面倒見が良いからな。縁もあって気にしてるんじゃないのか。とりあえず昼に食堂で待っていれば、グラウェル卿が迎えに来るそうだ」


「わかりました。待っています」


 伝言を伝えアーブは去った。一緒にいたエリーとクラルドはアルトに上級騎士とも知り合いなのかと尋ねた。


「うん。聖地コバクに寄った時にテイゾ大司教とグラウェル卿に会ったんだ」


「すごいわ。大物二人の名前が出るなんて・・・」


「テイゾ様がすごい人なのは知ってるけど、グラウェル卿も有名人なの?」


「有名人よ! 最近、異教徒の集団百人を一夜で一人で倒したのよ! 『百人切りのグラウェル』って呼ばれているわ」


「物騒なあだ名だね・・・」


「会った時は飄々とした感じのおじさんってイメージだったけど、そんなに強いんだ」



 ***



 午前の訓練をバテバテになりながら終えて、アルト達は食堂へ向かった。


「アルト君!」


 呼ばれた声に振り向き挨拶をした。白髪交じりの茶髪と茶色の瞳、レイド・グラウェル上級騎士だ。


「グラウェル卿、お久しぶりです!」


「久しぶりだな。訓練の影響かな? 前に会った時より精悍せいかんな顔立ちになった」


「ありがとうございます。訓練のお陰で、体も逞しくなったと思います」


「そうか、そうか。懸命に頑張っているようで何よりだ。そっちは君の仲間かい?」


 アルトの返事に、グラウェルはラーグ達五人に簡単に挨拶をして、アルトを連れて行く。ラーグは通り過ぎるグラウェルと目が合い、小さな笑顔をした。


 グラウェルはアルトを連れて、上級騎士専用の赤いエレベーターに乗った。階に着くと広々とした空間だった。


「ここは上級騎士専用の訓練場を兼ねた私室なんだ。さぁ、こっちだ」


 案内された部屋には調度品が並び、グラウェルは貴族なのだと思い出した。部屋を進むと料理が並べられていた。


「すごい!」


「ははは。食堂の料理には飽きるだろう。たまに、こういう物も食べないとね」


「ありがとうございます! 皆にも、食べさせたかったな~」


「料理とはいかないが菓子を持って行けばいい。エストに帰って来た時に寄ったんだ。仲間にあげなさい」


「あっ、すいません。強請ったみたいになって」


「気にしないでいい。さぁ、食べよう」


 アルトの外食と言えば、『酔いどれ騎士亭』の居酒屋料理が鉄板だが、今日の昼は贅沢だった。魚介や肉料理が並び、アルトの腹は空腹を訴えた。

 だが、これを綺麗な黒髪の友人が見たら食堂のパンを絶賛する顔なんて見せずに、感慨深くも無く食べるのだろうなと想像したら笑いそうになった。


「訓練の調子はどうだ? 順調に進めれているか?」


「朝の走り込みとかはキツイですが、概ね順調に進めています。ただ問題が二つありまして」


「ほう。何だい?」


「走り込みの後の、福音書の座学がとても眠たいのと、マーラを覚醒する訓練が暇なことですね」


「はははは! そうだな。私も走り込みの後の座学ほど、苦しい時間は無かったよ。いやぁ、懐かしいな」


 笑いが落ち着いたグラウェルは果実水を飲み、話を続けた。


「そうそう、そのマーラの覚醒の訓練だが。アーブに聞いたが覚醒しているから暇らしいね。それを私も訓練長に話て、次の段階へと勧めてみたが断られたよ。均一にしたいだとさ。まったく、アルト君の様な途方もない才を磨き上げないなんて損失だ」


「正直に言いますと、早く強くなりたいです。手順がどうとか、待っている時間が惜しく思えます」


「ふむ。これもアーブから聞いたが、『レベナティア』になりたいんだって?」


「はい。今まで知らなかった現実に打ちのめされました。貴族は恐ろしいですね。あ、すいません。グラウェル卿も貴族出身でしたね。口が過ぎました」


「いや、気にしなくていい。選任貴族の残虐さは承知している。非選任貴族出身だが、同じ貴族として申し訳なく思う」


 軽く頭を下げるグラウェルにアルトは慌てた。


「頭をお上げください! でも、アーブさんには理不尽を倒す方法を教えて貰いました。そこを目指して頑張りたいです」


「それなら、一つ提案がある。エレーデンテ課程は二年間あるが、一年目で選抜試験が行われるのは知っているか?」


「はい。選抜試験の優勝者が上級騎士に直接訓練をしてもらえると。俺も今はそこを目標にしています」


「それなら話は早い。今回、その訓練を施す上級騎士に私が選ばれた。だからアルト君。私は君に優勝してほしいと思っている。私なら、君の能力を更に覚醒する方法を知っている。それと、君の両親の仇も」


「え? 仇? まさか、『たいこう』の正体が分かったんですか!?」


 アルトは思わず立ち上がり、前のめりになる。グラウェルはそれを手で制し、続けた。


「落ち着いて。最近、私は異教徒のアジトを襲撃したのだが、そこで色々と分かった。異教徒の中に、『たいこう』と叫びながら戦った奴がいてな。ふと君の話を思い出して、倒した後に調べたら『たいこう』の正体が分かった」


 アルトは体が震えた。まさか今、あの冷たい声の主の正体が知れるとは思わなかった。脳裏に浮かぶのは、崩壊した村と、森で戦った魔物。そして、冷たく横たわった父オーロンと母アルマの姿だ。


「『大公』またの名を『ナリダス』。陰謀と享楽と狩猟の神だ」

読者のみなさまへ


今回はお読みいただきありがとうございます! 


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