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教会騎士アルトの物語 〜黎明の剣と神々の野望〜  作者: 獄門峠
第一部:教会騎士 第二章:ザクルセスの塔
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ラーグの見る世界

 

 懲罰室事件から二日が経った。アルトは聞きたい事があったが、疲れているであろうラーグに遠慮と、ラーグと一方的に怒っているパトロの仲直りさせるために時間を使っていた。そして、一日が終わりベッドに寝転ぶ。


「そろそろ、聞こうかな」


 世界を苦しめる邪神の崇拝を許している理由。

 アルトは魔物によって家族を失い故郷を失った。『たいこう』と呼ばれる者も、恐らく邪神なのだろうと思っている。邪神の手先として、あの獣人達が襲い掛かり魔物となってゴル村を滅ぼした。

 そんなアルトにとって、邪神崇拝を許すラーグの家が理解できなかった。


(だから、知ろうと思ったんだ)


 知りたい、理解したい。そして、自分の考えをまとめ意見を持つ。リークトがやったみたいに。


 何となく眠気が来ず、隣のベッドで眠るリークトを起こさないようにソッと部屋を出る。エレベーター側に戻ると小さな談話室がある。そこのバルコニーで夜空でも見ようと思った。


 すると先客がいた。手すりに寄り掛かり、冬が近づき寒くなる中でコートを羽織り両手を紅茶の入ったカップで温めていた。艶やかな黒髪を風になびかせ空を見ている。


「ラーグ」


 名前を呼ぶと空を見ていた顔がアルトの方を向く。


「やぁ、アルト」


 柔らかな笑顔で自分の名前を呼ぶ。


「空を見ていたの?」


「あぁ。ここは星がよく見えるんだ。故郷を思い出すよ」


「故郷?」


「エスト・ノヴァだ。大陸最大の貿易都市で、活気のある町だ。懐かしいよ」


「どんな所?」


「そうだな。大通りには色々な良い香りがするんだ。果物や香辛料、屋台の煙。人の笑顔が多く、交易船が来た事を知らせる鐘が響くと街が盛り上がるんだ。幼い頃、私も鐘の音を聞くと、どんな船や荷物が来たのかと城の窓から船を見た。その度に家庭教師に怒られていたよ」


 カップの中を見ながら笑う。


「良い町なんだね」


「あぁ。人々の顔には希望がある。自由と希望で溢れている都市」


「自由か。・・・・・・ずっと、聞きたかった事があるんだ」


 アルトは少し緊張した。答えを聞くのが怖かった。


「ラーグの家は邪神崇拝するのを許してるって、この前の授業で言っていたけど本当?」


「邪神か。ある意味そうだな。許してる」


「そんな・・・」


 アルトの驚く顔を見て、ラーグは笑う。


「ははは。教会の教えで言えば私も邪神崇拝者だ」


「なんで、そんな」


「私を奴隷にするか?」


 試すような笑みにアルトは戸惑う。


「どうして、邪神崇拝をするんだ?」


「セレス家やセレス地方の民は、『星の民』だからだ」


「星の民?」


「『星々の王マグナス』を信仰している民だ。マグナスは知識と秘密を司っている。マグナスは何度も星の民に知識を授け助けてくれた。まぁ、災いを起こす時もあったらしいが。それで信仰しているんだ。教会の教えで言えば、間違いなく邪神だな」


 笑いながら紅茶を飲み、ホッと息をつく。


「そんな、災いを起こす神を信仰するなんてどうかしてる」


「そうか? サドミア信仰の方が酷いと思うぞ。自分の教えに従わない者を排除して、他の神を信仰しているからって全員を奴隷にして、人間族にも一方的な法を授けて差別し支配する。これが善良な神か?」


 アルトの脳裏にサーリア地方で見た貴族の横暴を思い出させた。飢えで村を捨てて、子供と一緒に命を落とした親子の遺体。何の調べも無く奴隷や処刑される女子供の姿。

 顔色を悪くするアルトにラーグは話す。


「アルトは、バラール地方からエストに来たのだろう。それなら、二つの伯爵領を通った時に見たはずだ。想像をしたこと無い世界を。人を人と思わず搾取し苦しめる奴らと、それに苦しむ人々を。同じサドミアを信仰しているはずなのに、プルセミナが授かった神託とやらの正義と法によって支配される人々を。正義は行われているのか? 法は万人に平等なのか? 人々は救われているのか? 実際は違うだろ」


「だけど! 邪神の力を使って、帝国は大勢の人を支配したじゃないか! それを倒すようにしたのもサドミア神だ!」


 アルトの訴えに、ラーグは静かに答える。


「アルト、知らなくて当然のことだが、歴史は勝者が書く物だ。プルセミナ教は帝国に勝った。ならば、帝国を悪いものとして記し、教会の正当性を記す。そういうものだ。

 邪神を利用したと言ったが、違う。帝国は、獣人族、エルフ族、オーク族が信仰する神を受け入れたんだ。帝国が信仰していた神と同列に置き、彼らを帝国民として融和、つまり一緒に暮らせるようにした。その結果、帝国民として人間族と一緒に戦い、大陸統一が成された。授業で言っていた、辺境民と言う言葉さえ実際には無かった。全員が帝国民だった。地域毎に貧富の差はあったが、辺境民を苦しめる帝国民という図式は無い」


 ラーグの言葉にアルトは混乱していた。自分が何を聞かされているのか理解が出来なかった。


「だけど、だけど、ラーグは何で三百年前の事を知ってるんだ? 作り話じゃないのか? 言っている事がわからない・・・」


 アルトの動揺する姿にラーグはカップを置いて近づき背中を手をおいた。温かい手の熱が背中に伝わる。


「落ち着け。何故、知っているのか。それは星の民だからだ。星の民は、字を覚え書けるようになると日記を書く習わしがあるんだ。それは、死ぬ時まで書き続ける。そして、死後は日記を『ある場所』に納める。マグナスは知識と秘密の神だ。その人が人生で見つけたもの、気付いたことを日記としてまとめて貢物にする。その日記はマグナスの力で永遠にある場所に残される。その膨大な日記を読み、歴史としてまとめている学者がセレス地方にはいる。それで知っているんだ」


「それじゃあ、本当なの? 今の話は?」


「歴史は見方によっては変わるが、ほぼ確定した話だ」


「それじゃあ、最初の授業で言っていた事は嘘だったのか?」


「あぁ。だから『ろくでもない事を教える教会は解散した方がいい』ということだ」


 茫然とするアルトをラーグはバルコニーから談話室へ連れて行った。そこで紅茶を淹れた。


「そういえば、星の民だけの話になったが、獣人族達が自分達の神を崇拝するのも認めてみる」


「え、何で?」


 ラーグはアルトが紅茶を飲み込んでから話した。


「エスト・ノヴァとセレス地方の大部分は獣人族達を、奴隷として扱っていない。名称としては奴隷だが、実際は自由にさせている。そもそも、サドミアの法によって奴隷にすること自体がおかしいんだ。奴隷にする根拠が無いのだから。だから、かつて帝国がしたように彼らと融和するために彼らの神を信仰する事を許している。そうすることで種族の垣根を越えて人心を結束させているんだ」


「でも、魔物を召喚されたらどうするんだ!?」


「魔物は領軍や在地の教会騎士で対処するし、召喚を試みた者は法と証拠によって処罰する。サドミアが押し付けた法ではなく。自分達で決めた法だ。それに、アルトには悪いが私の知る限り、神と魔物の繋がりもまだハッキリとはしない」


「・・・・・・そうなんだ。なんだか、すごいな」


 これまでの話を聞きアルトは座ったソファに力なく寄り掛かる。ラーグは得意気に笑った。


「すごいだろ? 星の民はすごいんだ。知識があれば様々な事が出来る。マグナスの恩恵だな」


「でも、今までの話を聞いてラーグの家が邪神崇拝を許しているって理由がわかった。ラーグから見たら、人間族とか獣人族とか関係ないんだね」


「あぁ、関係ない。全て大事な命だ。命に優劣は無い。それにしても良かったよ。実家や星の民が悪く言われるのは良い気がしないからな。・・・アルト、理解しようとしてくれてありがとう」


 そう言ったラーグは、会った中で一番の笑顔を見せた。


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