晴天の佳人
酒場で人生の喜びを味わって帰ってきたオーロンは隣村の宿屋の主人から送られた手紙を読んだ。
「隣村リンドの宿屋の主人の体調が悪いらしい。それで娘を行商とその護衛と一緒に行かせるから薬を売ってほしいそうだ。症状を考えると風邪っぽいな」
「それなら在庫はあるから薬の心配はいらないね。それにしても、すごいな」
「あぁ、護衛がいるとはいえ最近のこの辺りの状況を考えたら怖いだろうに。歳は15だそうだ。アルトの一つ上だな。
それに青い髪らしいから来たら目立ってわかりやすい。」
青い髪の少女と聞いてアルトは驚いた。毎日、夢で見る少女と特徴が一緒なのだから。
何より自分と一つ違いの女の子が、護衛がいるとはいえ村の間を行き交いするのだ。事件以降、アルトは村の外へ出るのに恐怖心があり行動範囲は村の中だけになっている。ゴル村でも、木こりや子供たちが近場で遊びに行く程度は出ているのに、自分は出れない。
青い髪の少女と自分を比較して、改めて情けなく感じた。
「帰りは行商と護衛の一行で行くみたいだから二泊するらしい。ゴル村に宿屋は無いから、明日、村長に話しておこう」
「それなら、うちに泊めてあげたら? 部屋も空いてるし、料理の作り甲斐があるわ」
アルマの言葉にオーロンが頷き、アルトにも見かけたら声をかけるように伝えた。オーロンに返事をして、部屋へ戻った。青い髪の少女。アルトは胸がざわついた。
今日のゴル村は空に雲一つ無くひたすら青い空が広がっていた。日光をいっぱい浴びた薬草畑に水やりをすると小さな虹ができた。畑の世話を終えたアルトは暖かい日差しに目を細め、オーロンの店に行った。
今、ゴル村ではアルトの作る二日酔い止めの薬が好評で、村中の酒飲み達が求めている。
バラール地方で指折りの薬師に、薬を何本も買う村の男達は感謝の言葉と気前良く銀貨払う。オーロンの下で働く見習いのマールは、薬の会計をしながら店の窓から覗く男達の妻の姿と鋭い目線に気付き冷や汗を流していた。
今やオーロンの店はゴル村の酒飲み達の妻にとって悪の巣窟になっているのだ。そして、その薬を作っていると勘違いされたオーロンは村を出歩くと鋭い目線を送られている。
唯一、真相を知っている門番モルの妻であるアリアは、一度、アルトと会った時に綺麗な笑顔で注意をした。その笑顔はいつもの優しいアリアお姉さんではなく、美人故のどこか冷たさを持った笑顔であった。アルトはひたすら『はい』としか言えなかった。
そんな村一番の悪の巣窟である、オーロンの店の扉についたベルが来店を知らせた。
その人が入った瞬間、店にいた男達の目線は、来店客に釘付けになった。今日のゴル村の天気のように晴れた空を思わせる美しい青い髪と深い碧眼、凛とした佇まい。それは、村人は誰も会ったことがないが貴族だと言われれば納得するような雰囲気を放っていた。
静かになった店内で少女の声が響いた。
「あの、ここは薬師オーロンさんのお店でしょうか? 門番の方に、ここに行くように案内されまして」
「あ、はい。薬師オーロンの店です。本日は、どのような、ご用件でしょうか?」
店中の人が惚けていた中、マールが少女の言葉に答えた。見るからに村人ではなく、もしかしたら貴族様の使いかご令嬢かと思ったマールはいつも以上に丁寧に応対する。さっきまで村の荒くれの応対をしていたので、言葉がぎこちなかった。
「隣村のリンドから参りました、ミーナと言います。数日前に母がオーロンさんへ手紙を送り、薬の購入のご依頼をしていまして。その受け取りと支払いに参りました」
ミーナと名乗った少女の挨拶を受けて、マールは思い出したようにオーロンを呼んだ。
「親方! リンド村の宿屋の娘さんが来ましたよ!」
「わかった! 今、調合で手が離せないから少し待ってくれ! アルト、お茶をお客に出してきてくれ」
「わかった。いつものじゃなくて、高いやつ出すよ」
「あぁ、ニクスの花を出してくれ」
砂漠地域が多いニクス地方でしか咲かない星形の花弁が特徴のニクスの花は、濃厚な甘い香りがする。しかし、乾燥させて茶葉にして淹れると、甘く爽やかな香りに変化し心身を癒してくれる。首都エストの貴族がこぞって欲しがる茶葉だ。
お茶を淹れて運んできたアルトは驚いた。店で二日酔いがどうのこうのと騒いでいた男達が静かになるのも納得する見た目や雰囲気をまとい、なにより、夢で見た少女とよく似てる。
嫌な汗をかいたが、表情に出ないように気を付けてお茶をだした。
「・・・やっぱり、驚きますよね。この髪」
静まり返った店内でミーナがポツリと言った。
その一言に、意識を戻した村人達はマールの言葉もあり、用事が済んだ者はそれぞれ出て行った。
「すいませんでした。ミーナさん。村の酒飲み達が喜ぶ薬ができて、ちょうど買いに集まって来ていたもので」
マールの言葉にミーナが笑った。その笑顔には人を励ましたりするような、力のある笑顔だとアルトは思った。
「そうだったんですね。どのような薬ができたのですか?」
「二日酔いの症状を和らげる薬です。その薬をそこにいる、店主である薬師オーロンの息子アルトが作れるようになりまして、それからたくさん作れるようになったので、村中から酒飲み達が買いにくるようになって。アルト君、ご挨拶を」
「はじめまして。薬師オーロンの息子、アルトと言います。遠くからお越しいただき、ありがとうございます」
「とんでもないです! 実はお父さんが病気になったのも、お酒が関係してまして。家が宿屋と酒場を兼ねているのですが、仕事が終わってお客さんと一緒に遅くまで飲んで二日酔いになり、そのまま体調が悪くなって。それで今回、オーロンさんの薬を買ってくることになりました」
「それは大変ですね。事前にいただいた手紙に書いてあった症状をオーロンと私で考えましたが、ひどい風邪だと思いますので風邪薬をご用意しました」
「ありがとうございます。それにしても、二日酔いを和らげる薬なんてあるんですね。初めて聞きました」
「そうですね。私も小さい頃に薬学の本を読んでいたのですが、当時、薬師はいなかったので、オーロンさんが村に来るまで知りませんでした。なんでも、教会で薬学を学んだそうで。もしかしたら不老不死の薬も作れるかもしれませんね」
ミーナはマールと世間話をしながら、アルトが淹れたお茶を飲み驚いた。
「これ、とてもいい香りがします! 甘いのに爽やかで不思議な香りのお茶ですね」
「それはニクスの花という茶葉を使ったお茶です」
「えぇ! ニクス地方にしか咲かない花ですよね。貴族様でもなかなか手に入らない茶葉を。どうしましょう。手持ちのお金で足りるかしら・・・」
慌てるミーナを見て、すかさずアルトが伝えた。
「いえ! お代はいただきませんよ! 驚かせてすいません。父から良い茶葉を使うように言われて、ニクスの花を出しただけなので。ミーナさん、ニクスの花をご存じなんですね」
「はい。宿屋ということもあって、いろいろな地域の人からお話を聞いて。ニクスからいらした人から、ニクスの花のことを聞きました。まさか、飲める日が来るなんて思わなかったわ」
ミーナは感慨深くお茶を眺めて香りを楽しんだ。
しばらく、ミーナとマールとアルトの三人で会話をしていたら、奥からオーロンがやって来た。
オーロンの姿を見たミーナが驚いたが、初見でオーロンを見る人はいつもミーナと同じ反応をされる。盗賊や山賊じゃないとアルトとマールが説明して、ミーナを落ち着かせた。
オーロンの出現により、混乱したミーナを落ち着かせたアルト達は四人で話し合った。
「本当にごめんなさい。以前、宿にいらした薬師様達の体格が、そのオーロンさんより小柄な方ばかりだったので、勝手に思い込んでいまして」
「私も初めて親方に会った時は薬師ってこんなにゴツゴツした体格な人ばかりなのかなって思いましたよ。ましてや、村に来るなり山賊が来た! って大騒ぎになる見た目ですからね」
マールは昔を思い出してクツクツと笑った。その話を聞いたミーナもその場面を想像したのか、笑いを堪えてお茶を口に含んだ。
「父さん、ミーナさんに用意した薬を渡すのと、泊る場所の話をしないと」
「あぁ、そうだったな。ミーナさん、こっちが調合した風邪薬だ。それと、手紙に書いてあった事だが二日後の朝に行商人達とリンド村に帰るらしいが、ゴル村には宿屋が無くてな。出発までうちに泊まってもらおうかと思ってる。よかったら、どうかな? 妻の料理は村一番だと約束するぞ」
「ありがとうございます! 実は私が泊る場所について行商人さんが、女の子を荷馬車に寝かせるわけにもいかないって、村長さんと話をするって言ってくれてて。泊めていただけるなら、とても助かります」
「そうだったのか。それならアルト、村長とその行商人にこの事を伝えて来て、その後、ミーナさんを家まで連れて行ってくれ。ミーナさんは店でアルトが戻ってくるまで待っててくれ」
「わかりました。お世話になります。・・・あの、お店の中を見て回ってもいいですか?」
「あぁ、いいとも。なんだったら、簡単な薬を作ってみるといい。マール、教えてやってくれ」
薬の代金を受け取ったマールは工房へ案内をし、アルトは村長のもとへ行った。
店は朝の喧騒から静かな空間へと変わった。
ニクスの花の茶の残り香が店に漂う。
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