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教会騎士アルトの物語 〜黎明の剣と神々の野望〜  作者: 獄門峠
第一部:教会騎士 第二章:ザクルセスの塔
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人だかりと街で祝杯

 

 厳かに入団式が終わり壇上の人々が去った後、緊張の抜けたエレーデンテ達は班員と喋りながらエレベーターに乗り込んでいく。

 アルト達の監督者であるルベンは十七時にホールに集合とだけ伝えて行ってしまった。


「あれはどうしたんだろう?」


 クラルドが奥に集まっている群衆を指した。下級騎士達が集まっている。聞こえてくる声は喧騒というわけだはないようだ。


「二人とも行ってみない?」


「いいね!」


 エリーは溜息をつきながらついて行く。近づいていくと中心にいる人物に周りが感謝を伝えている場面だった。


「お久しぶりです。その節は家族一同お世話になりました」


「またお目にかかれて光栄に存じます」


「あの時の御恩は忘れておりません。何かお困り事があれば、何なりと申し付け下さい」


「しかし、継嗣様が教会騎士になられるとは・・・。もろもろご用心ください」


 大勢から心配と感謝を伝える人達の中心にいた黒髪黒目の端正な顔立ちと威風ある佇まいの男は、微笑みながら頭を下げる人達に手を添えて、気にするなと言っていた。


「心配してくれてありがとう。皆の気持ちは嬉しいが、私はもう貴族ではない。申し付けるなどしないよ。このご時世だ。会った時がお互いの最後になると思っていたが、皆、元気そうで良かった。これからはエレーデンテとして訓練に励むよ。そして、いつかは君達と共に騎士として大陸の守護者になろう。その時は、友として手を貸して欲しい」


「はい、継嗣様! あ、いえ、せめてセレス様と呼ばせてください。大恩ある方を呼び捨てには出来ません」


「ははは。好きに呼べばいい。私も好きに呼ぶよ。先輩!」


「ご冗談を!」


「まぁ、騎士団長も言っていたが我々は、これからは友だ。友に敬語なんて使わないだろう。楽に話そう。こいつなんて、言った途端に敬語をやめたぞ」


 隣にいた灰色の巻き毛の髪の男の肩を捕まえ、側に寄せた。


「そうですよ。ラーグはもう貴族じゃないんだから、気にしなくても大丈夫ですよ。それに人柄はご存じでしょ?」


「そう、だね。それじゃ、セレス。共に戦える日まで待ってる」


「あぁ、待っていてくれ。共に戦える日まで」


 ラーグは周りにいた下級騎士達と握手をしながらエレベーターに向かった。すれ違う時に、アルト達に気付いたラーグはニコリと笑い通り過ぎた。思わず会釈をする。


(笑顔がカッコイイってどういうこと?)


 周りを見ると、彼を知っているであろう人達は憧れの目を向け、側に寄っていた女性たちは、顔を赤くしながらコソコソと喋っていた。


「ラーグ、モテモテだね」


「ふふ、日頃の行いがいいからな」


「そういう意味じゃ・・・」


「ん? それよりパトロ、食堂に行こう。腹が減った」


「えー、街に行こうよ。金ならある!」


 ラーグは灰色の巻き毛の男パトロに説教をしながら連れて行った。


 アルトはラーグ達が去った方向を見ながら呟いた


「なんかすごい人っぽかったね」


 返事が返ってこない二人の方を見ると、クラルドはボーッとして、エリーは顔を赤くして俯いていた。


(なんだか、既視感があるな。いつだっけ?)


「二人とも?」


「あ、あぁ。ごめん。ボーッとしてた・・・」


「・・・アレはズルいわ。あんな風に成長されているなんて」


「エリー、知り合い?」


「昔、非選任貴族だけのパーティーで会ったことがあるの。彼は、『ラーグ・ボルティア・エスト=セレス』様。このまえ話したセレス地方にあるエスト・ノヴァの領主で大陸で唯一の公爵家の跡取り。大貴族よ。まさか、教会騎士になっていたなんて」


(昔、誰かから話を聞いたような・・・)


「それにしてもズルいわ! 昔、会った時は美しかったけど、あんなにカッコ良くなってるなんて!」


「へ~、エリーは、あんな感じの人が好きなんだ」


「違うわよ! 貴族令嬢達にとって、セレス様は憧れの貴公子なの。御婚約者のセラーナ様と一緒に歩かれている時なんて、二人が眩しくて扇子越しに見ないといけなかったんだから!」


 そこでエリーは、ハッと気づき顔色を悪くした。


「教会騎士になったって事はセラーナ様とは・・・。どうしよう。セラーナ様がお労しいわ!」


「エリー、落ち着いて! セラーナって誰?」


「・・・ふぅ。『セラーナ・ファン・ニクス』様はニクス地方の都市ニクスを治める侯爵家のご令嬢よ。薄い緑の御髪がキラキラととても綺麗で可憐で聡明な方よ。セレス様とは、幼馴染で政略結婚にしては珍しく相思相愛だったの。二人の婚約パーティーの時にセレス様がセラーナ様に二人の髪色に合わせて黒薔薇一本と緑薔薇二本をまとめた三本の薔薇を贈られたの。あれは社交界の伝説よ。美しすぎて、直視できなかったわ。それから、セレス様は令嬢方から『黒薔薇の君』って呼ばれていたの。それなのに・・・」


 エリーは説明している内に興奮して来たのか、顔を赤く染めた。しかし、段々と落ち着き、最後は落ち込んでいた。


「はぁ、ダメだわ。セレス様やセラーナ様の事を思うと、涙が出て来るわ。ごめん。先に部屋に行くね。十七時にまでには調子を戻すから!」


 そう言うと走ってエレベーターに乗った。


「あんなに興奮するなんて。ちょっと意外」


「そうだね。エリーは恋愛の事になるとあんなに取り乱すんだ。覚えておこう。俺達も部屋に戻ろうか」



 ***



 予定の十七時が近くになったので、アルトはクラルドと通路で合流して一緒にホールへ降りた。


 ルベンが先に待っていた。


「来る頃かと思ったよ。エリーは少し遅れてくるみたいだ。座って待っていようか」


「エリーはどうかしたんですか?」


「知らないけど、十七時ぴったりには来ないみたいだよ」


「ん? あっ、そうか。未来予知だ!」


「そうそう。こういうことにも使えるんだよね。目元を赤くして来るみたいだけど、どうしたんだろうね?」


「まさか・・・」


「まさか早速、喧嘩したの? でも、女の子を泣かせちゃダメだよ」


「違いますよ。実は・・・」


 クラルドが地下聖堂で聞いた話をルベンにした。


「あぁ、なるほど。貴族出身だと有名な話だよね。そうか、二人の悲恋を思って泣いてるのか。なら、今日の歓迎会は良い吐き出し口になるかもね」


「歓迎会?」


「そう、俺から三人への歓迎会。訓練は明後日から始まるから、今日は酒飲み二人とお嬢様を悪い道へお誘いしようと思ってね。訓練が始まると、こういう余裕もなくなるから。景気づけだよ。勿論、俺の奢りだ!」


「「ありがとうございます!」」


「そして、今から行く場所はウェールドの麦酒が置いてあるよ」


 ルベンの言葉に内心、大喜びな平民二人が舞い上がっていると、お嬢様がやって来た。


「・・・すいません。遅れました」


 目元が赤かった。


 ***



「それで、セラーナ様が、グッと涙を堪えながら笑顔で手を振って見送ってたんだよ! 手には黒薔薇を持って! あれの意味が分からないやつなんているかよ! あんな姿を見せられたら婚約者じゃなくても、行きたくないって思うわ! それでラーグは一瞥して前を向きながら静かに泣いて。くそ、思い出したら涙がぁ」


「ぐすっ。セラーナ様、お労しい。ラーグ、寂しくないからね! 私達が側にいるよ。ねっ、クラルド!」


「うん、ラーグは一人じゃない! 俺達がいる!」


「・・・もう、勘弁して」


「若いっていいな! 店主! この若人達にワインをいっぱい持って来てくれ! ひっく」


「ミーナ・・・」



 ***



 時はさかのぼり、ザクルセスの塔一階のホールで待ち合わせをしていたアルト、クラルド、ルベン。そこに遅れて、目元を赤くしたエリーがやって来た。


「エリー、落ち着いた?」


「えぇ、何とか。遅れてごめんなさい。久しぶりにあんなに泣いたわ」


「それじゃあ、涙で無くなった水分を補いに行こうか! エリー、今日は俺の奢りで歓迎会だ!」


「ありがとうございます! ルベン殿、申し訳ありませんが私、今日はたくさん飲みますよ!」


「いいねぇ! さぁ、行こう!」


 山を丸ごと都市にしたエストから見える夕日は大きかった。少しずつ伸びていく影を見ながら城下町へ降りて行く。


「思えば、降りていくのは楽ですけど、酔っぱらってこの道を上るのって辛くないですか?」


「ははは。先人達も同じ考えだったんだろうね。実はここに隠しエレベーターがあるんだ。これで、城下町まで一直線だよ」


 三人はエレベーターに乗り、城下町に降りて行った。パルメラ石で照らされた通路を抜けると城下町に着いた。


「ここから少し行ったところに教会騎士御用達の酒場があるんだ。街の人はここに騎士達がよく来るってわかってるから、あまり人気ひとけがない」


「なかなかおもむきのある通りですね」


 落ち着きのある雰囲気で、最初に来た正門周りとは大違いの静けさだった。チラホラと人がいるが、この辺りに住んでいる住人達だ。

 進むにつれて、賑やかな声が聞こえ始めた。その場所に着くと看板には、重装備の騎士が麦酒を飲んでいる絵が描かれている。


「『酔いどれ騎士亭』に到着。最初はマタタビに狂ってる猫が描かれていたんだけど、騎士がよく来るから、この看板に変わったんだ」


「そんなに来てるんですか?」


「よく来るよ。あと、ここを知ってるのは後方支援の騎士だけなんだ。皆は今回、後方支援担当の俺が監督者だったから教えてあげようと思ってね。現場の騎士には内緒だよ。あっちはあっちで内緒の店があるらしいからね」


 三人は苦笑いを浮かべ了承した。

 店に入ると、下級騎士達がいた。店主がグラスを磨きながらルベンに声を掛けた。


「おー、ルベン。新入り連れか?」


「あぁ、今日は歓迎会だ」


「そうか。お前達、運がいいな。今日はウェールドの麦酒を仕入れたんだ。いっぱい飲めよ!」


「「「ありがとうございます!」」」


「皆、適当に座って。店主、つまみセット大盛ね! あと人数分の麦酒!」


「はいよ!」


 しばらくすると、色々な料理と麦酒が置かれた。ルベンがコップを持って音頭をとった。


「さて明後日から訓練だけど、皆なら力を合わせてやり切れると俺は信じてる。皆にプルセミナ様のご加護がありますように! 入団おめでとう。乾杯!」


「「「乾杯!」」」


 四人はゴクゴクと麦酒を飲む。


「ぷはぁ! すごいな。これがウェールドの麦酒か!」


「この味、懐かしいな! 美味しいだろ。風味が豊かで味わい深い・・・」


「余韻がいいわね。他の所の麦酒は荒々しいけど、これはすごく上品」


「ははは。良い飲みっぷりだね~。店主おかわり!」


(父さん、皆、ウェールドの麦酒は噂通りすごく美味いよ)


 アルトは四年前に聞いた噂が本当だったと感慨深く、口に付いた泡を舐めた。


「さぁ、料理も食べよう。揚げた芋が合うんだよな!」


 ルベンは細長い芋を油で揚げた物を食べた。三人もそれを真似て食べる。


「「「!」」」


 熱い芋に塩がほど良く塩が振られて、麦酒が進む。


「美味いな! 手が止まらなくなりそう」


「油濃いのかと思ったけど、塩がちょうどいい具合で美味しいです」


「まさか、揚げ物がここで食べれるなんて思わなかった・・・」


「おっ、これが揚げ物だってよく知ってるね」


「はい、死んだ母さんが遺してくれたレシピ集に揚げ物があったんです。まさか、ここで食べれるなんて思わなかったです」


「ははは。世界は広いからね。同じ発想をする人がいるもんだよ」


「お母さんが遺したレシピ集か。その話、もっと聞いていい?」


 クラルドの質問に答えながら、地元の料理の話へと広がっていった。クラルドはウェールド地方のパンや小麦大麦を使った料理。エリーはプラド地方の魚と独特な穀物を使った料理。ルベンはノーラの北方で育つ家畜を使った料理。それらの話を聞きながら目の前のサーリア地方の料理を楽しむ。


 こんなに笑いながら食事を楽しむのは、リンド村を出てから久しぶりだった。酒の酔いと皆の話の面白さ、美味しい料理に気分が高揚していく。


 そして、気分が高揚している十代の男女が集まれば自然と話は恋愛話と流れていった。主導はエリーだが。


「渡された花束があまりにも美しかったから惚れ惚れしていたら、その方がお酒を飲み過ぎて戻してしまったの! その時にマーラのお陰かピンッと来てドレスを嘔吐物から華麗に避けたわ。百年の恋も冷める気持ちよ。まぁ、実際は二日しか経っていませんけど」


「ははは。可哀想に! 酒の力を借りて頑張ろうとしたんだね」


「それがわかっているだけに残念だったわ・・・。その後は介抱して執事の方に引き渡しました。それ以来、音信不通です。そこは頑張ってよって思ったのに」


「またチャンスはあるさ」


「はぁ、セレス様とセラーナ様みたいな恋愛したいわ。クラルドはどうなのよ!」


「え! 俺!? えーと、その」


 エリーが身を乗り出しクラルドのコップにワインを注いだ。


「ほら、話て楽になっちゃいなさい!」


 言い淀みながら、ポツポツ話したが、衝撃的な展開に静かになった。いや、誰も言葉を掛けれなかった。


「それで、その子に告白したんだけど、その子は弟の恋人だったんだ・・・」


 一同は静かにワインを飲む。


(気まずい! エリー、何とかして!)


 アルトはエリーに目配せするが、それに気付いたエリーは目をそらした。


(この~! しょうがないか・・・)


「それ、じゃあ、俺の番かな。最初の故郷のゴル村にいた時の話なんだけど・・・」


 この空気とクラルドを救うために、アルトは顔を赤くしながらミーナとの出会いやリンド村での別れを話た。


「なにそれ! アルト、あなた何でリンド村に残らなかったのよ!」


「そうだよ! 責任取ってミーナさんと結婚するしかないだろう!」


「側でミーナさんを守れば良かっただろう! なに教会騎士になってるんだよ!」


 エリー、クラルド、ルベンに迫られてたじろいでしまった。


(何で俺が怒られてるんだよ!)


「アルト、右手を見せなさい!」


 帯状のお守りを巻いた右手を見せた。


「これはお守りじゃなくて、両方が同じ色の物を着けていたら『この人は私のもの』って意味なの。なんで知らないのよ!」


「だって、お守りって聞いていたから・・・」


「言い訳よりも今すぐリンド村に帰ってミーナさんと結婚しなさい!」


「「そうだ!」」


 クラルドとルベンもガヤガヤと言っていた。アルトは『お守り』を触り思いを巡らした。


(あの頃からだったのか。ミーナ)


「ルベンさん。教会騎士は結婚してもいいわよね?」


「あ、あぁ。結婚してもいいけど、俺達の仕事はあれだからなぁ。遺す人の事を思うと結婚に踏み切れない騎士が多いんだ」


「はぁ、そうよね。でも、限りある時間だから一緒に過ごしたいって思うのに。それに生き残る可能性だってあるわけじゃないですか!」


「そうだよね。俺も・・・」


「え? 何ですか」


「い、いや。何でもないよ! はい、ワインをどうぞ」


「ありがとうございます。・・・・・・え?」


 ルベンからワインを注がれているエリーが、入口の方をみて固まった。

 どうしたんだと全員が入口を見ると、そこには『黒薔薇の君』がいた。


「ラーグ、あの人達に教えてもらった店はここだよ。ほら、料理も美味そうだ!」


「食堂を我慢した甲斐があったな」


「何でそんなに食堂が好きなの?」

読者のみなさまへ


今回はお読みいただきありがとうございます! 


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