カラムリア・テイゾ大司教
開けられた扉の先は、大きな机に書類が重なり奥の巨大な窓から光が差し込む。アーブとラウの後ろを歩くと、足元がフワッとした。それは絨毯だった。足音を吸収するような厚い赤色と淵が金糸で編まれた絨毯。アルトはこれを踏んでいいのかと迷ったが、前に進んだ。上を見上げると天井が高く、絵が描かれていた。一人の輝く女性が、黒いモヤモヤを纏った男女に光を浴びせている絵だった。
(ここって、教会?)
アルトが住んでいた場所に教会は無かったが、教会かと見紛う作りの部屋だった。
アーブとラウは部屋の主に跪いた。アルトもそれを見て真似をする。
「テイゾ大司教。マスター・コルテスの命により、教会騎士候補アルトを連れて参りました。また、この度はリンド村への救援、ありがとうございます」
アーブが恭しく、机の奥に座る老人に告げた。白色の祭服を着た白い髪と長い髭の老人はズレた眼鏡を掛け直し、穏やかな声でアーブ達三人に話した。
「コルテス卿の書状を読んだがリンド村が壊滅せずに済んだのは、そなたら二人の尽力に寄るもの。怯える村人達を鼓舞し共に戦うことは難儀がおおかったろう。よくやり遂げました」
「はっ」
「さて、口上はここまでにしようか」
「はい。テイゾ様」
テイゾの言葉に返した二人は立ち上がった。ラウが立ち上がっていいと言った。
「アーブ、ラウ。二人とも無事で良かった。サルージ卿の捜索も続けている。せめて、火葬はしてやりたい。それとリンド村に犠牲者が出たのは残念だが、よく村を守った。新たな教会騎士候補の護衛もご苦労様」
「ありがとうございます。ですが、書状にも書かれている通りほとんどは村人と、そこにいるアルトの力があったので、何とか生き残れました。マスター・グラウェル、お久しぶりです」
「あぁ、今回は色々とご苦労様。なかなか面白い騎士候補を連れて来たことも良くやった。私は、レイド・グラウェルだ。よろしく」
アーブが部屋の隅の長いソファに座っている黒色ローブを着た白髪交じりの茶色の髪と瞳の男性に挨拶をした。歳は四十代くらいに見える。
アルトにテイゾが話しかけた。
「初めまして、アルト君。私は、バラール地方管轄の大司教兼聖地コバクの代官をしているカラムリア・テイゾです。書状を読みましたが、二度も故郷を魔物に襲われご苦労もあったでしょう。よく生き延びましたね。亡くされたご家族への祈りを」
テイゾはロザリオを出して、印を組み祈りを捧げた。
祈りが終わったのを見てから、かつて教えてもらった礼法でアルトは挨拶をした。
「家族への祈りをありがとうございます。リンド村で薬師をしていましたアルトです。よろしくお願いします」
「おぉ、綺麗な礼ですね。アーブ、ラウ。早速、後輩から見習うことが出来ましたね」
「テイゾ様、俺達は魔物退治に忙しいので」
「バカ! 失礼しました。しっかりと見習います」
「アーブ、そんなことを言ってると幼き頃みたいに打ち首にされかけますよ」
「・・・はい」
テイゾ大司教は、フッと笑い三人をグラウェルが座るソファの向かい側のソファに勧めた。グラウェルは一連のやり取りに笑っていた。
奥に控えていた従者が五人にお茶を出した。お茶を一口飲み、テイゾは話し始めた。
「さて、コルテス卿からも聞いていますが、アルト君の話を聞きたくてコバクに寄ってもらいました。マーラの感知者になった経緯や今回ドヴォルが使った魔法について。そして、キケロ・ソダリスについて」
どうしようかと思ったアルトはアーブを見た。
「大丈夫だ。見たこと、聞いたこと、感じたことを、そのまま話すんだ」
「わかりました」
アルトは、コルテスに話した内容と言わなかった感じたことを伝えた。テイゾとグラウェルは話が進む度に、表情が深刻なものになっていった。話して大丈夫なのか心配しながらも全てを話した。
「突然、未来予知が出来るようになったのも驚きですが、眠っている人のマーラを覚醒させる技。なんとも恐ろしい」
「そうですね。しかも、話が事実なら魔物がマーラを使って魔法を繰り出すとは。それも件のキケロ・ソダリスがやっていた事と類似している。それを読み取れるアルト君の感知者としての能力の高さ。これは僥倖と言うべきか。教会騎士としては積極的に鍛えたい人材です」
テイゾとグラウェルの話し合いは続いた。
結論に達したかグラウェルが三人に話した
「アーブ、ラウ。一か月後に今回集まった騎士候補たちのエレーデンテ課程が始まる。それまでにアルト君をザクルセスの塔まで護衛を命じる。失うわけにはいかない人材だ。必ず送り届ける事」
「「はっ」」
グラウェルの言葉に続いてテイゾがアルトに話した。
「アルト君、恐らくは君自身が思っている以上に、君の存在は大きい。エレーデンテを含め修業を乗り越えた先に、君は立派な騎士になるだろう。それは激しい戦いに身を置くことも意味する。いつか、ゴル村を滅ぼした『たいこう』という存在とも戦う時も来るだろう。その時の為にも自分を守れるように、そして魔物や邪神を崇拝する異教徒に怯えずに民が暮らせるように、しっかりと修業に励みなさい。プルセミナ様のご加護がありますように」
「わかりました。ありがとうございます。俺、頑張ります」
アルトの言葉にテイゾは頷き優しく微笑んだ。
五人はそれぞれの要件を話し終えた。グラウェルが三人に問いかけた。
「今日はコバクに泊まるんだろ。城の方に泊まるか?」
『城に泊まる』という言葉にアルトはギョッとした。それに気付いたラウが笑いながら、グラウェルに伝えた。
「いえ。アルト君は都会が初めてで城下町に興味があるでしょうから、そちらに泊まります。今日は観光がてら物資を補給して、明日の朝に出発します」
「ははは。そうか。アルト君、城下町には色々な物がある。楽しむと良い。それと、私もエレーデンテ課程の途中にザクルセスの塔に戻る。その時にでも、また話そう」
「はい。よろしくお願いします」
グラウェルは頷き、テイゾは微笑みながら別れを告げた。
「そういうことなら、私と会うのは今日が最後かな。君が話してくれた事は私から、エストへ手紙を送っておこう。それとザクルセスの塔に行くまでに様々な光景を見る。バラール地方から出て、初めて触れる世界には衝撃を受けることもあると思う。その時は、今まで君が助けて来た人達やこの街の民の笑顔を覚えておいてほしい。それが、君が教会騎士になった後に励みになるだろう」
「それは、どういう意味でしょうか?」
アルトの質問には答えずにテイゾは微笑むだけだった。横にいたアーブとラウは顔を曇らせた。
「・・・アルト君、行こうか。それでは、失礼いたします」
ラウとアーブは一礼をして退出した。アルトも慌てて一礼して後を追った。
***
閉まった扉を見て、テイゾとグラウェルは話した。
「アルト君といい、今回のエレーデンテは一癖も二癖もある者ばかりか。ギレスめ、余計なことを」
「この手柄でギレス大司教は枢機卿への大きな一歩を踏み出しましたな。代償は大きく思えますが」
「対応を間違えれば『聖戦』が起こるやもしれん。何もなくても腐ったリンゴが上に行って腐敗を広げる。彼は幼き頃、教会の窓ガラスをよく割っていたそうだが、今は噂通り度量の大きさを願うばかりだ」
「あの街、ましてやあの家で育てば当然ですな。マーラの感知者になった経緯も、あの家の者らしい出来事です」
テイゾは深い溜息をつき、お茶を飲んだ。
***
コバク城を出た三人は、貴族街を抜けて城下町にやって来た。ラウは今日の宿屋を確保しに分かれて、今はアーブとアルトで街を見回っていた。
色々な店や品物に目移りしながら歩き、人にぶつかる度に謝るアルトにアーブは小さく笑いながら後ろをついて行く。
「都会の人ってぶつかっても気にしないのかな?」
「こんだけ人が多いと気にもならないさ。でも身なりの良い奴には気を付けろよ。大体は遊びに来た貴族だ」
「・・・わかりました。気を付ける」
幼い頃のアーブが処刑されかけた話を思い出して、背筋が伸びる。ただ、ある事に気付いた。
「アーブさんは何で人とぶつからないのですか?」
「ん? あぁ、常時マーラを使ってるからだよ。人の歩き程度ならマーラを使えばわかるぞ」
「そうだった! 今まで感知者ってバレないように過ごしてたから忘れてた。もう使っていいんだ」
「・・・アルト。常時、マーラを使えるのか?」
「使えますよ。家の中で妹の子守してるときとか、マーラをずっと使って様子を気にしながら仕事してました」
「・・・そうか」
アーブは複雑そうな顔をしながら、アルトをついて行った。
「あっ! 薬の店だ!」
気になる店を見つけて、流れが出来ている人混みの中を走り出すアルトは、人を綺麗に避けながら店に入った。溜息をついたアーブは人の流れの中で何人かとぶつかり、嫌な顔をされながら向かった。
「薬学の本があんなに売ってて、すごかったな~。中級回復薬の材料まであった」
屋台で買った串に刺さった焼鳥を食べながら、見て回った感想を話す。
「ザクルセスの塔に行けば、タダであの店の本の品揃えを超える量の本が読めるぞ。薬学だけじゃなくて色んな種類の本がある」
「本当に!?」
アーブの言葉に今日一番の反応を見せた。
「本が好きなのか?」
「本も好きだけど、薬学の本に興味があります! もしかしたら、上級回復薬のレシピもあるかも」
「薬が好きなんだな。エレーデンテの頃に習ったけど、難しくて試験はからくも合格だったな」
「薬学は父と弟と兄弟子との思い出ですからね。それにしても薬学の訓練もあるんですね。楽しみです!」
「期待してるようなものじゃないぞ。中等症の怪我した時に即席で作れる回復薬だ。調合が面倒だったな」
「それなら、初級回復薬を即席で作れる物かな? でも、あっちに行ってからも調合が出来るのは嬉しいです」
「そうか。楽しみの訓練があると気持ちが違うからな。頑張れよ」
その後も、街をグルっと見て回り観光と明日の準備を整えてラウと集合した。宿屋に着いて部屋の扉を開けると久しぶりのベットが待っていた。
「生き返る~」
ベッドに飛び込み、沈む身体に満足感を感じて起き上がった。荷物を置いたら夕食だ。
「こっちだ!」
宿屋の一階に降りると、アルトを見つけたラウが手を振っていた。
「すごい、量ですね」
「これはコメっていう作物をスープで煮て作られた料理なんだ。名前はピラフィーっていうらしい。コバクに来たら絶対に食べたい料理だよ」
「これがワインと合うんだよな! 早く食べよう」
アーブに急かされて、三人は食べる。
歯ごたえのあるコメに、玉ねぎなど野菜のスープが染み込んで美味しい。他の具材にもスープが染み込んで一体感のある料理だ。
二人の真似をして白ワインを飲む。
(合う・・・)
そこからの三人は無我夢中でピラフィーとワインの口にかきこんだ。普段は上品に食べるラウでさえ、今は夢中だ。
美味しい料理とフカフカのベットに満足しながら、聖地コバクでの夜は過ぎて行った。
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