また会う日まで
アルトの人生を決めた会議の翌日。アルトは早起きをした。
「おはよう、母さん。おはよう、アリル」
「おはよう。今日は早いわね」
「うん。マールさんに贈り物を作ろうと思って」
「贈り物? 何を渡すの?」
「薬師が薬師に渡すものなんて一つしかないよ」
家の庭で育てていた薬草を採り、部屋へ戻る。
「もうすぐ、朝食だからね!」
「はーい!」
薬草と手紙を包み贈り物の準備をする。
また、一階に降りるとモルもちょうど降りて来て朝食となった。
この家で食べる最後の朝食。感慨深いが寂しくもある。
「昨日から、仕込んでおいたのよ。レシピ集にアルマさんのメモがあったの。アルトの大好物だって」
置かれた皿には、ハチミツがいっぱい塗られたしっとりと焼き上がったパンが三枚あった。アルトはこれが大好物であった。初めて食べた時は、美味しすぎて父オーロンの分まで分けて貰って食べた。
卵と牛乳と砂糖を混ぜた液をパンを染み込ませて一晩置く。翌日にしっかりと染み込んだパンをバターをいっぱい使って表面が焦げ目がつく程度に焼き上げる。最後に、ハチミツを塗る。
「ありがとう! すごく嬉しいよ! 母さんがそんなメモしてたなんて」
「バターの良い香りだな。うまそうだ!」
「さぁ、食べましょう」
口に入れれば、焦げ目でカリッとした表面からジュワッと染み込んだ液が溢れて、口が幸せだった。そこへ濃厚なハチミツの甘さが広がる。
初めて食べるモルとアリアは、普段食べる硬いパンがこんなにも美味しくなるのかと驚いた。
「すごく美味しい・・・。メモは知っていたけど砂糖をたくさん使う料理だから、避けていたのよ。ごめんね」
「ううん。仕方ないよ。砂糖は貴重だから」
「でも、砂糖を使った甲斐がある料理だな。すごくうまいよ!」
皆の様子を見ていた赤ちゃん椅子に座ったアリルがバタバタと動いた。その様子に皆が笑った。
「アリルには、まだ早いかな~。大きくなったら食べれるから」
言葉の意味はわからなくても、食べさせてくれないのは伝わったようで、大きな瞳からは水の粒が溜まっていく。アルトはアリルをあやしながら、これを食べた時にどんな反応をするのか想像した。妹の成長を近くで見れないのが残念だった。
そんな朝食を家族四人は楽しんだ。
治癒院を兼ねた自宅の庭でマールは薬草畑の世話をしていた。薬師にとっては日課だ。魔物との戦いで薬をたくさん消費したが、教会騎士が連れて来た一団から、物資を分けて貰えて当面は問題ないが、村の日常が戻ったら、また必要になる。
畑の世話を終えて、庭の椅子に座り休んでいるとアルトがやって来た。
「おはよう、マールさん!」
「おはよう。どうしたの、こんなに早く?」
「贈り物を持って来たんだ」
「贈り物?」
「これ」
差し出された袋には薬草と種と手紙が入っていた。紙にはレシピが書かれていた。内容を呼んだマールは笑った。
「ははは! アルト君、ありがとう。これは村が日常に戻ったら必要になるね。これだけの種があれば作れるよ」
「そうでしょ。だから、俺はいなくなるけど村の復興とか頑張って」
「そうだね。頑張ろうか。また、酒場でこの薬が重宝されるように」
そこには、二日酔い止め薬を一人で量産できるレシピが書かれていた。
「マールさん、今までありがとう。ゴル村にいた頃やこっちに来てからも。たくさん薬を教えてくれて、励ましてくれて、守ろうとしてくれて。いくら感謝しても足りないよ。もっと、一緒に仕事とか研究とかしたかった」
「そうだね。もっと、色んなことをやりたかった。オーロンさんが作ったことがなかった薬とか挑戦したかったね。でも、アルト君には運命が待ってた。薬作りじゃなくて、マーラの感知者としての運命が。その道が君を呼んでいるんだと思う。道の先に何があるのかわからないけど、気を付けてね」
「うん」
「この前、話てくれたけど。魔物を生み出している存在を倒すのは危険な戦いになると思う。しっかりとした準備が必要だ。だから、今までの薬の知識や経験を使って生き延びるんだよ。この知識はオーロンさんと僕からの贈り物だ。お互い生きて、いつか会おう」
マールは手を差し出し、アルトと硬く握手をした。
魔物との戦い以降、宿屋は以前の賑わいが嘘のように静かだった。食事に来る村人もいたが、大体は家族の死を悼み出かける気力が無いようだった。
そんな、静かな宿屋のカウンターでミーナは頬杖をつきながら、明日、去って行く愛しい人の事を思っていた。
「ミーナ」
ボーッとしていたミーナに、その声はかかった。
「アルト、いらっしゃい!」
頭を切り替えて笑顔でアルトを迎える。一緒に居れる時間は出来るだけ笑顔で過ごしたかった。
「今日は挨拶に来たんだ。明日、エストに出発するから」
「うん。知ってる。すごいな~。そういえば昔、キケロ様にエストの話を聞いたことがあったよね」
「うん。古い町並みが綺麗だったって言ってた」
「そうそう。どんな景色なんだろう」
「それなら、いつか見に来たらいいよ」
「え?」
「今すぐじゃなくても、いつかエストに来ればいいんだ。そしたら、一緒にエストを観光しよう!」
「それ、いいね! いつかエストに行くから、面白い所を案内してね!」
ミーナの言葉に頷き、未来の約束を交わした。その後はエストまでの旅程の話しや、今朝の朝食の話をした。
「行っちゃう前にいっぱい話せて良かった。・・・ねぇ、アルト。忘れないでね。貴方のことを愛してるって。腕のお守りは外しちゃダメだからね」
「俺もミーナを愛してるって忘れないでね。このお守りと指輪はミーナだと思って大切にする」
「うん。・・・・・・アルト、目を瞑って」
「うん?」
アルトは言われた通り目を閉じた。少しすると、唇にソッと柔らかい温かいものが当たった。すぐに離れたが、アルトの唇には熱が残った。
驚いて目を開けると、ミーナが顔を赤くしていた。
「えっと、その、それじゃあ、気を付けて旅をしてね。それじゃ!」
そう言い残すと、ミーナは奥に走っていった。
アルトは自分の唇に触れて残る熱にドキドキしながら、宿屋を後にした。
その後の、挨拶回りは何を話したのか記憶には無かった。
最後の夜を過ごして、朝、門へ行った。アーブとラウが待っていた。
「おはよう、アルト君。出発の準備は大丈夫かい?」
「はい。大丈夫です!」
アルトは後ろを振り返り、見送りに来てくれた人達を見た。
モル、アリア、アリル、マール、ミルテナ、コーゼル、そして、ミーナ。
アルトは、モル達とマールの側に行った。
「父さん、今までありがとう。父さん達のお陰で頑張ってこれた。俺を家族にしてくれて本当にありがとう」
「あぁ。俺も立派な息子を持って誇らしいよ。頑張れよ」
「立派な息子の方は、ダメな父親を持って誇らしくできるかわからないけどね」
「何だと!」
「マール、モル! もう、見送りくらいしっかりしなさいよ。アルト、エストまでの旅もだけど、教会騎士としても気を付けるのよ」
「うん。ありがとう、母さん。アリルもお見送りありがとう。大きくなった姿をいつか見に来るからね」
「アルト君、いつか君の願いが叶うことを祈ってるよ。ただ、無理はしちゃダメだからね。生きていれば、いくらでもチャンスはある。忘れないで」
「うん。覚えておくよ。いつか必ず・・・」
モル達の言葉を受けた後、ミルテナ達に声を掛けた。
「ミルテナさんも、コーゼルさんも、この二年間お世話になりました」
「いやいや、世話になったのはリンド村の皆だよ。薬師として助けてもらい。魔物からも村を救ってくれた。ありがとう」
「そうだよ。アルマさんのレシピの一部も貰って、大繁盛さね。これから村も元気を取り戻していく。その時にまた、アルト君が遺してくれた薬やアルマさんのレシピが村をもっと良くさせてくれる。ありがとう。・・・ミーナ」
ミルテナに促されて、ミーナが後ろから出て来た。昨日の事もあり恥ずかしいが真っ直ぐミーナを見つめる。深呼吸して顔を赤くしているミーナに話し掛ける。
「その、ミーナ。今まで、ありがとう。腕のお守りと指輪をミーナだと思って大切にするよ。それと、愛してる」
アルトの言葉に大人達は驚いた。今まで隠れて仲良くしているのは知っていたが、アルトの口から愛の言葉を聞くことは無かった。
その言葉を受けたミーナは、さらに顔を赤くして、答えた。
「私も、愛してる。・・・アルト!」
ミーナはアルトを抱きしめて、涙を溢した。アルトは優しく抱きしめる。
「怪我しないでね」
「うん」
「無茶もしちゃダメだからね」
「うん」
「指輪を大事にしてね」
「うん」
「ずっと、愛してる」
「俺も、ずっと愛してる」
若い二人は抱きしめ合い離れるのを惜しんだが、時間は迫る。
「ミーナ、また会う日まで」
二人はソッと唇を重ねた。
「それじゃあ、いってきます!」
馬に跨り、アーブとラウに従いリンド村を出発した。
第二の故郷、第二の家族、唯一の愛しい人がいる村をあとにした。
遠くなっていくアルトの姿を残された人達は見送った。
「ミーナ・・・」
「っ。お母さん・・・」
ミーナに寄り添うようにミルテナは抱きしめた。落ちた雫を地面が吸う。
「なぁ、マール」
「ん?」
「今夜、うちに来いよ。久しぶりに飲もうぜ」
「・・・そうだね。飲もうか。アリア、お邪魔してもいいかな?」
「いいわよ。私も、ちょっと、飲もうかな」
「アリア、こっちに来い」
「・・・うん」
モルはアリルを抱えるアリアを抱きしめた。マールは静かにアルトが行った方向を見る。
小さな嗚咽が静かなリンド村に響いた。
リンド村編はこれで終わりました。次回からは首都エストが話の中心になっていきます。
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