限られた時間
コルテスの言葉に従い家に帰り、アリアがお菓子を作る傍らでアリルと遊びながら過ごした。
「あ~、アリルは可愛いな」
歩くことにも慣れてきて、しっかりとした足取りでアルトの側までやって来ては、お気に入りの玩具を渡す。そんなアリルに愛おしさが爆発したアルトは逃げれないように素早く抱きしめる。
この小さな妹と過ごす時間はアルトにとって癒しだった。この瞬間だけは、自分を囲う様々な問題を忘れれる。この小さな妹の笑顔には、それほどの威力があった。
笑顔を見たさに構い過ぎて泣かれることもあったが、最近は加減を見極めることが出来て、妹の笑顔を独占する。
「最近、アリルのあやし方が上手になったわね」
「うん。機嫌が見極められるようになったんだ。ずっと笑っていてほしいから頑張った」
「本当に好きなのね」
「大切な家族だから」
アリアは、最後の一言にアルトの心の傷の深さを感じる。
(ティトと過ごせなかった時間を、アリルを通して取り戻してるのよね。それが、この子の癒しになってる)
自分の軽率な行動でティトを失い。お互いの気持ちが整理できて、やっと父と子として過ごすはずだったオーロンの死。悲しみの中、ずっと支えてくれたアルマの死。
もっと過ごせるはずだった実の家族との時間。家族を失い心の傷の痛みを、アリア達、義家族を通して癒していく。それがアルトの心の傷を癒す正しいやり方かわからないが、それでもいいとアリアは思う。自分達と過ごす中で、ずっと頑張り続けた、戦い続けたアルトの傷を癒せるならそれでいいのだと。
何よりアルトには時間が無い。集会所で進められるアルトのこれからの人生の話の中で、アリルを可愛がれる予定は組み込まれていない。今しかないのだ。
「はい。オヤツの『桃の甘煮』。アリルにも食べさせて」
アルトはニコニコとしながら、アリルに小さく切った桃を食べさせる。仲の良い兄妹は、お互いに幸せそうだった。自分の作った料理をこんなにも嬉しそうに食べてくれる息子と娘に母は頬が緩む。
夕暮れにモルが帰って来た。長い話し合いで疲労した様子だった。
「おかえり、話し合いはどうだった?」
「そのことだが、夕食を食べてからにしないか? ずーっと背筋を伸ばして、慣れない会議でクタクタだ」
「はいはい。それじゃあ、作るから待ってて」
アルトはグタッとソファに座るモルの背後に立って、肩を揉んだ。
「お疲れ様。疲れた時は肩の血の流れを良くするといいらしいよ」
「ありがとう。・・・お前の手も大きくなったんだな」
「育ち盛りだから。日々、大きくなるよ。父さんの背を超える日も近いよ」
「そうだな。そうだよな」
モルは目を瞑り、手の温かさと肩や首の筋肉がほぐれていくのを感じた。自分の背を超える息子の姿を想像した。
「はい。出来たわよ! 今日は、川魚の揚げ物よ」
小さい川魚に、小麦粉に卵や水などを混ぜた液をつけて、パン粉をまぶして油で揚げた料理。アルマのレシピ集の一つだ。そこにマスタードという粒々した辛いボタッとした物と茹でた卵を混ぜ合わせたソースをつけて食べる。
サクサクとした食感と、中のフワッとした食感の魚の身が美味しい料理だ。そこにソースをつけて食べると油を吸ってベタっとした口にピリッとした辛味と卵の優しい味が口をスッキリさせてくれる。アルト達のフォークが止まらない。
そして、ワインの味を知っている大人組にはワインが欠かせなかった。
熱した油で食材を揚げるという発想は台所の魔術師にしか思いつかないものだろう。
「うまかった~。ワインを飲み過ぎるところだった」
「気持ちはわかるけどダメよ。大事な話があるでしょ」
モルに水を渡し、食器を片づけたアリアが座りテーブルを三人が囲んだ。
「それじゃあ、話すか」
水を飲み、溜息をつくようにモルは話した。
「アルト、お前は教会騎士になることに決まった。首都エストに行って教会騎士団の本部『ザクルセスの塔』で修業をして一人前の教会騎士になること。これが当面の目標だ。その後は、上級騎士達の集まりで決められたことをする。大体は、魔物退治だ」
モルの『魔物退治』という言葉にアリアが反応した。
「絶対に、魔物退治をしないといけないの?」
「俺も同じ質問をしたよ。魔物退治をしない教会騎士もいるけど、魔物を召喚しようとしたり、教会を襲撃しようとする邪神を崇拝する異教徒の討伐に出る騎士かに分かれるって」
「どっちにしても危険なのね。でも、異教徒の討伐の方がマシに思えるけど」
「異教徒の討伐も結局は、召喚された魔物と戦ったうえ、異教徒自体とも殺し合いがあるらしい」
「楽な道は無いんだね。でも、俺は異教徒の討伐に進みたい」
アルトの言葉に二人は驚いた。
「どうしてだ?」
「ゴル村の事で思ったけど、出て来る魔物を倒していくより魔物を生み出している人を倒して、世界から魔物をいなくさせたい。それが、この村や父さんや母さん達。それと・・・。皆を守れる手段だと思う」
モル達はアルトの思いを聞き考えたが、自分達ではどうすることも出来ないことなのもわかっているから、何も言えなかった。
「そんな顔をしないで。死に急ぐつもりもないし、これから教会騎士として強くなってから果たしたい願いなんだ。ティトや父さん達みたいに理不尽に命を奪われる世界を変えたい」
「アルト。それなら死んじゃだめだからね! 生きて、その願いを叶えなさい」
「ありがとう。母さん」
抱きしめてくれるアリアの腕を握り、母の温かさを感じる。
「俺、幸せ者だよ。父さんと母さんの家族になれて。
最初の家族が皆、死んで本当に悲しくて辛かった。ゴル村やミーナを助けようと頑張ったのに、酷い仕打ちだって思った。やっと父さんと心の整理がついて、これからだったのに。母さんにはミーナと一緒に無事に帰って来た姿を見せて、お祝いしようって約束したんだ。ティトを失った悲しみは残っても、それを糧に薬師として大勢を助けれる人間になろうと思ってた。だけど、皆いなくなった」
アルトは、モルを見てはにかんだ。
「そんな中、父さんが俺を拾ってくれたんだ。母さんが俺を迎え入れてくれたんだ。そして、もう一度、兄妹を与えてくれた。失ったものは大きいけど、得たものも同じくらい大きい。失った時間を取り戻させてくれたんだ。感謝してもしきれないよ。本当にありがとう。教会に行っても、ここでの思い出が俺を支えてくれる。それに」
言葉を切って、胸に仕舞っている指輪を握る。
「勇気はたくさんもらったよ。あとは、行動するだけだ」
モルは立ち上がり、アルトを抱きしめるアリアをアルトとまとめて抱きしめた。
「感謝は俺だってしてる。お前のお陰で、俺は立ち直って大切なものを得たんだ。アルト、ありがとう。愛してる」
「私もよ。モルを何度も救ってくれてありがとう。愛してるわ」
二人からの言葉にアルトの胸は満たされて、幸せだった。
しばらく、家族はお互いの温もりを共有した。
「さて、出発は明後日になった。アーブとラウがエストに連れて行ってくれる。そのまま、ザクルセスの塔に行って、そこからは教会の預かりになる。出発までに、色々と挨拶を済ませておくんだぞ。ミーナちゃんもだが、マールにもな」
「わかった」
夜は深まりアルトの人生が決まった日が終わった。
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