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教会騎士アルトの物語 〜黎明の剣と神々の野望〜  作者: 獄門峠
第一部:教会騎士 第二章:ザクルセスの塔
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アルトの願望

 

 冷える地下室で抱きしめ合う二人の熱は、お互いの存在を感じ合い心を慰めた。


「大丈夫?」


「うん」


 名残惜しくアルトから離れるミーナに、アルトも名残惜しかった。


「アルト、渡した指輪は持ってる?」


「うん」


 首に掛けていた、鎖を通された指輪を出した。ミーナは指輪に触れた。


「教会に着いていくことは出来ないけど、私の心はこの指輪にあるって思って。どんな時でも、アルトの側にいるって。この先、辛くて悲しいことがあっても、この指輪の中に私がいるから。アルトを守ってるから」


「ありがとう。尚更この指輪は大切にするよ」


「うん。大切にしてね。アルト、愛してる」


「俺も愛してる」


 最後にもう一度抱きしめ合い、ミーナは仕事があるからと地下に残った。

 一階へ上がり、胸の指輪を握る。


「ふぅ」


 ミルテナに挨拶して宿屋を後にした。


 アルトはマールを尋ねた。いつも入る裏口から、治癒院と兼用になっているマールの自宅へ向かった。


「マールさん、いる?」


「・・・アルト君?」


 寝起きの声でマールは尋ねた。


「うん。今、大丈夫?」


「あぁ、大丈夫だよ。おいで」


 自宅に繋がる扉を開けると、貰い物のソファにマールは座っていた。酒瓶を片手に。

 アルトは近くにあった椅子に座った。


「この時間から、飲んでるなんて珍しいね」


「そうだね。普段はこんな時間に飲まないけど、今日はね」


「戦いも終わって、怪我人の治療も一通りやったからね。今日くらいはいいんじゃない?」


 アルトのその言葉にマールは笑みを浮かべて違うと言った。


「違うよ。こんなに飲んでる理由は君だよ」


 マールに指を差され、不思議に思った。


「俺が理由?」


「そう。・・・オーロンさんから託された君を、守りきれなかったから」


「逃げなかった話の事?」


「それもあるけど、それを含めてだよ」


 相当、飲酒したのか、気だるげにマールは話した。


「アルト君の力が、教会に知られた。おそらく、教会騎士にされると思うんだ。今回の事を見ての通り、教会騎士は命懸けの仕事だ。危険な世界。そんなものから、君を守る事が僕の役目だと思ってる。だけど、うまくいかないなぁ。守ろうと動いても、君は行ってしまう。用意した道を行かずに、自分で考え選択する。その結果、どんどん僕の手が届かない所に行ってしまう。教会に行ってしまえば、僕にはどうしようもない」


 マールは持っていた酒瓶から酒を飲む。口を手で拭い、話を続けた。


「ミーナさんのことが好きなんだろう?」


「愛してる」


「・・・そうか。それなのに何故、逃げる道を選ばなかったんだい?」


「それが、ミーナの笑顔に繋がると思ったから」


「でも、教会騎士になれば、ミーナさんは笑顔でいられないだろう。ミーナさんはアルト君のことが好きなんだから」


「ここに来る前に、ミーナと話て来たんだ。お互いの思いを伝えあった。嬉しかった。ミーナが俺を『愛してる』って言ってくれたんだ。本当に嬉しかった。残れるなら、このまま居たい。だけど、あの選択で教会に行く道が決まったけど、間違っているなんて思わない。戦う選択を選んだから、ミーナの大切なものを守れた。リンド村やミルテナさんやコーゼルさん。それと、俺が悲しむ姿を見なくて済んだこと」


 アルトの最後の言葉にマールは少しだけ目を見開いた。


「さっき会って確信できたけど、俺があのまま父さんとマールさんを失っていたら、俺はずっと悲しんでいたと思う。そんな俺を見たら、ミーナは笑顔でいられなかった。だから、あの選択が良かったと思ってる。俺も二人が無事で嬉しいし、ミーナに笑顔でいてもらえる。それに教会に行くなら、別の方法でミーナを、マールさん達を守る」


「別の方法?」


 アルトは息を吸い、確かな口調でマールに伝えた。


「教会騎士になって、世界から魔物をいなくさせる」


 ストンっと握っていた酒瓶をマールは落とした。


「まさか・・・」


「うん。多分、魔物を倒していく道のどこかに魔物を生み出す存在がいると思う。もしかしたら、『たいこう』かもしれないし、別の何かかもしれない。ただ、その根源を断ち切って世界から魔物をいなくさせて皆を守る。ミーナも、マールさんも、父さん達も、誰かの大切な人達を守る。理不尽に殺される命が無くなる世界にする」


 アルトの途方もない願望に驚き脱力した。ソファに沈むマールに近寄り手を握った。


「だから、マールさん。今まで守ってくれてありがとう。今度は、俺がマールさんを守るよ」


 その言葉にマールは答えれなかった。自分が思っていた以上に成長していた愛弟子から、目元を覆い隠すのでいっぱいだった。

 そんなマールの側で、アルトにたくさんの薬草や薬の作り方を教えてくれた手を握っていた。



 ***



 リンド村の戦いが始まってから、四日が経過した。村の外から、たくさんの馬の走る音と翻る太陽の紋章の旗がやって来た。

 聖地コバクから援軍が到着したのである。一日早い到着だった。

 門で見張りを続けていてくれたアーブやラウは、その到来を心待ちにしていた。ラウの案内で一団が門広場に入った。村人は突然現れた一団に興味を惹かれて家から出て来た。アルト達も様子を窺っていた。

 その一団から黒色のローブを纏った五十代の女性と男性が来た。


「マスター・コルテス。マスター・ニクラム」


 アーブとラウはお辞儀をして二人の上級騎士を迎えた。『マスター・コルテス』と呼ばれた女性が二人に問うた。


「貴方達が救援を出した下級騎士ですね。この村に魔物の大群が攻めて来たと連絡を受けて急ぎ来ましたが、どういう状況なのですか? この様子だと戦いが終わったように見えますが」


「はい。戦いは終わりました。ドヴォル三体とスピナー二十体が村を襲いました。スピナー十体を討ち取った後に、ドヴォルが残りのスピナーを殺し、その、何と言いましょうか、魔法みたいな技を使い門を破壊しました。侵入してきたドヴォル三体を私達と村人達で倒すことが出来ました」


 アーブの報告にコルテスとニクラムは驚いた。ニクラムが信じれないといった様子で聞いた。


「スピナーはともかく。お前達がいるとはいえ、ドヴォルを村人が倒しただと!?」


「はい。そのことについては、内密にお話があります」


「わかりました。とりあえず、この村は守られたわけですね。リンド村からの救援の後に、西にあるダボンの街からも救援が出されているのです。そちらの救援にニクラム卿が向かいます。ニクラム卿、この状況ですと、五分の四の手勢を率いて行かれた方がよろしいでしょう」


「あぁ、そうさせてもらう。お前達は、ダボンの街に来た魔物の情報は持っているか?」


「私が説明いたします」


 ラウはニクラムに斥候で見た時の状況を話した。


「わかった。ダボンは大きな壁があるが、急いだほうがいいな。すぐに出発する」


 ニクラムは一団を編成しなおし、すぐに村を出発した。コルテスはアーブ達を見て、そういえばと名前を尋ねた。


「貴方達の名前を聞いていませんでしたね」


「私は、アーブ。こっちは、ラウです。マスター・サルージのもと、ドンゴ地方南で発見された魔物を討伐するために向かいました」


「そうですか。・・・サルージ卿はここにいないのですね」


「はい。書状に書いた通りドヴォル十体の足止めをしているのが最後に見た姿です」


「・・・あなた達はよく頑張りました。壊滅してもおかしくない中で大勢の避難民を連れ、リンド村を守りました。本当によく頑張りました」


「・・・ありがとうございます」


「・・・」


 涙ぐむ若い教会騎士二人をコルテスは優しい眼差しで励ました。


「コルテス卿、村の現状と『内密の話』について、説明をしますので、こちらへどうぞ。ラウは村の代表者達を集めてくれ」


「わかった」


 その日の昼は、村長や門番の長モルや薬師マールなど村の代表者達が集められて、会議が行われた。

 昼下がり、会議は終わり。アルトは村の集会所に呼ばれた。


 アリアは出かける準備をするアルトに問いかけた。


「アルト。緊張する?」


「うん。少しだけ」


「大丈夫よ。集会所にはモルとマールもいるから、何かあったらフォローしてくれるわ」


「母さん、ありがとう。いってきます!」


 アリアはアルトを見送った。言葉では大丈夫と言ったが、アリアも息子の未来を思い緊張していた。

 村の集会所に入ると、右側には村長や村の代表者達。左には下級騎士の二人、奥中央に『マスター・コルテス』が座っていた。

 コルテスは温和な笑みを浮かべてアルトに話しかけた。


「緊張しなくても大丈夫ですよ。さぁ、この椅子に座って」


 アルトが中央に置かれた椅子に座ると話を始めた。


「今日は、貴方のマーラに関する話を聞きたいの。まずは、自己紹介するわね。私は、プルセミナ教会騎士の上級騎士マデラ・コルテス。あぁ、貴族の生まれですが、気にしなくてもいいですからね。貴方の名前は?」


「門番の長モルの息子、アルトと言います」


 こうして、上級騎士マデラ・コルテスとアルトの話が始まった。


 上級騎士マデラ・コルテスは歳相応の柔らかい笑みを浮かべて、アルトが緊張せずに話せるような配慮をしていた。その配慮にモルとマールは少し安心して、会話が始まるのを待った。


「アーブ達にも話したかもしれないけど、あなたがマーラの感知者であることに気付いた経緯を教えてくれるかしら?」


「はい。ある時から、夢を見るようになりました。夢の内容はいつも同じで、四年前に死んだ弟ティトが光の粒が湧き出て固まって現れ、その後に、村が襲われる光景。青い髪の女の子が攫われる光景。村の近くにある森に行く光景。これらを見た後に、ティトが再び現れて、声にはならないのですが何かを語りかけてきました。そこで眠りにも醒めて、夢が終わります」


 コルテスは頷きながら、聞いていた。


「ある日、夢に出て来た青い髪の女の子が実際に村に来ました。その他にも、夢で見た、細かい所も一致していて、正夢なのかと思い夢の内容が現実に起きないように行動しました。

 そんな時に村にもう一人、誰かがやって来たと聞き、それが未来予知が出来ると聞いた教会騎士の特徴に似ていると思い見に行くことにしました。その人はコルテスさんのローブと一緒の太陽のシンボルが刺繍された黒いローブを着ていました。最初にその人を見た時は、光の粒を色々なものに変化させて子供と遊んでいました。彼は、俺達が会いに来るのを未来予知で見て待っていたと」


「なるほど。彼の名前は?」


「教会騎士の上級騎士キケロ・ソダリスと名乗りました」


「キケロ・ソダリス・・・。ソダリス」


 コルテスは、アーブに話した時のように考えていた。しばらくすると、キケロと会ってどんな会話をしたか詳しく続きを聞きたいと言ってきた。


「キケロ様は緊張していた俺達に、水球を作り出して飲ませてくれたり、自分はセレス地方出身やエスト・ノヴァの話とセレス公爵家の後継者の話などしました。

 その後で、マーラとマーラの感知者について教わり、マーラは『物質の根源である』など聞きました。そのマーラに強い思いを込めて手を突き出すと石を吹き飛ばしたり、引っ張り寄せる。最初に作って飲ませてくれた水球は結合したマーラを分解して再結合させた物。直感力が向上するなど教えてもらいました。

 そこで俺の見ていた夢は未来予知なのだとも教えてくれました。キケロ様は俺の感知力が寝たり、起きたりしている状態だと言って、常に起きた状態にするために頭に手をかざし何かをしました。すると、マーラを感知できるようになりマーラの感知者になったと自覚しました。その時に、俺の感知力は強大だから、感知力が暴走しないように制限をかけているとも言っていました」


「マーラは『物質の根源』。マーラを使って物を移動させる。マーラの分解? 再結合?。マーラを覚醒させて、それを制限できる。そして、アルト君が未来予知が出来る。わかりました。その他には、何かしましたか?」


「はい。その後に、未来予知を実際にして、故郷のゴル村が襲われる事などが鮮明にわかるようになりました。ただ、キケロ様もティトが未来予知の中で出てくることはわからないと言っていました。その後は、大まかに未来予知の通り、獣人との戦いと魔物との戦いでした」


 コルテスは腕を組んで考えていた。しばらく、沈黙が続く。


「・・・・・・獣人や魔物との話を聞かせてください」


「はい。最初は、ゴル村の中で獣人と戦いました。直感力の向上か、相手の次の動きがわかるようになり戦いました。その後に、攫われる青い髪の女の子が出て来て、獣人に攫われ森へ追いかけて戦いました。

 ただ、獣人を倒した後に空から女性の声が降ってきました。その声を獣人は『たいこう』と呼んでいました。『たいこう』と獣人の会話の後に、獣人が熊の魔物になり戦うことになりました。守っていた女の子が襲われ、止めを刺そうとした時に、腹から熱いものが上がって来て、その時にキケロ様の言葉を思い出し、吹き飛べと思いを込めて、手を突き出すと魔物は吹き飛びました。その後に、魔物の動きが次々に読めて、腕に力を込めるような感覚で攻撃すると、魔物の腕を斬り落とす程の力を発揮出来て、魔物を倒せました。

 あとは、そこにいる一緒に戦った父モルの重傷を治そうと、キケロ様が言っていた。分解と結合をしてみようとしましたが、出来ませんでした。そしたら、光の粒が周辺に湧き出て、先程、話した弟のティトが現れて父の怪我を瞬く間に治していきました。そこで気絶して。戦いを終えました」


「・・・マーラを使って、直感力の向上と身体能力を強化していますね。魔物を吹き飛ばした力もそうですが、光の粒、マーラだと思いますが弟さんが現れて傷を治癒した。今もそれらは出来るのですか?」


「今回の戦いで、ラウさんが殺されそうになった時に、気持ちが高ぶって、魔物を吹き飛ばす事は出来ました。普段は出来ません。あと、未来予知と人を治癒することも出来ません。直感力の向上と部分的な身体強化は出来ます」


「わかりました。話してくれてありがとう。今の話を踏まえて、ここにいる皆で話し合わなければならないので、家で待っていてください」


 コルテスに感謝を伝えられて、アルトは集会所を出た。自分の未来がここで決められていると思うと、不思議な感覚だった。


「教会騎士だといいな」


 自らの願望を叶えるべく、願うのだった。

読者のみなさまへ


今回はお読みいただきありがとうございます! 


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