火酒は苦く、甘い香り
一日の仕事が終わり家族揃って夕食を食べ、それぞれが思い思いの夜を過ごした。
ロウソクの明かりに包まれながらオーロンはウェールドの火酒を舐めながらアルマと話をしていた。
「アルマ、弁当を届けてに来てくれてたのに気付かなくてすまんな」
「いいのよ。二人とも夢中で話してたからお邪魔したら悪いかなって。アルトとあんなに熱心に話したの久しぶりでしょ?」
「あぁ。それにいつもの笑顔じゃなく、昔、ティトと一緒に初めて薬作りをした時に見せた良い笑顔だった。本当に久しぶりに見た」
オーロンは感慨深い気持ちで火酒をあおり、アルトともう一人の息子ティトが共にワクワクとした笑顔で自分の作業を見ている様子を思い出した。温かい気持ちで満ちた日々だった。
「本当に、あの顔を見れて嬉しかった」
「オーロン・・・」
温かい気持ちに心が満たされながら、昔を思い出した。
***
二年前―――
アルト、十二歳。ティト、九歳。
「父さん、薬の色が変わってきてるよ」
「変な臭いもするね」
薬作りを見ていた息子二人の言葉に、オーロンは別の作業から振り返る。そこには薄緑色の液体がある。
「変わっていないじゃないか。臭いもしないぞ」
「変わってるよ! 色が濃くなっていってる。臭いもしてきた。ね、ティト」
「うん!」
二人の言葉を不思議に思いながら見ていると、本当に色が変わり臭いがたってきた。
「あ、しまった! 本当だったのか・・・。二人共、よく気付いたな」
「見てたらわかるよ。だから言ったのに!」
「すまん、すまん」
色が変色してしまった薬を前にオーロンは頭を掻く。
「うーん。効果は変わりないんだが、この色じゃあなぁ」
「色を薄める薬草ってあったよね」
「そうだな。あれなら良いかもしれない。アルト、よく気付いたな」
「えへへ」
オーロンがアルトの頭を撫でると、ティトが声を上げた。
「ベ、えっと。ベルノ草の粉だもん!」
「ティト、すごい!」
「すごいな。どこで知ったんだ?」
「この前、お父さんが読んでくれたページに書いてあったよ」
家に帰った後に、オーロンは二人に強請られて薬草全集を読み聞かせていた。二人は絵本を読まずに薬草全集ばかり読む。
オーロンが読まない日は、文字の読み書きが出来るアルトがティトに読んでいた。難しい言葉で意味が解らずに、たどたどしく読む姿にオーロンとアルマは微笑ましく見ていた。
「ティト、すごいね!」
「賢いな~」
大好きな父と兄に褒められ、頭を撫でられてティトの笑顔は止まらない。
「それじゃ、ベルノ草を粉にするか。ん?」
「どうしたの?」
「ベルノ草が無くなったか。森にいかないと。今は忙しいからなぁ」
空の薬棚を見て呟く。それを二人にジッと見ていた。
「ティト、行こ」
二人は作業場から出て行く。それをオーロンは横目に見ながら、飽きたのかと作業に戻った。
「二人共、どこかに行くの?」
カウンターで勉強していたマールは二人に声を掛ける。
「うん。遊びに行って来る」
「そっか。気を付けてね」
店を出て二人は家に向かう。アルトに手を引かれながらティトはついて行く。
「お兄ちゃん、どこに行くの?」
「地図を持って、秘密の場所に行こう!」
「秘密の場所に!?」
「家に地図があるから取ってこないと。母さんには内緒だよ」
「うん。あの地図だね!」
家に戻った二人は、アルトの部屋にある地図を持って村の門に行く。
「父さん、忙しいから森に行けないんだって。俺達が代わりに採って来てあげよう」
「お父さん、喜んでくれるかな!?」
「いっぱい褒めてもらえるよ。ティトも、一緒に行こっか」
二人はオーロンの喜ぶ姿を想像してニコニコと歩く。そして、門に着く。
「アルト、ティト。遊びに来たのか?」
「ううん。近くに遊びに行って来る」
門の近くで剣術の訓練をしていたモルが二人に気付く。
「そうか。遠くに行くな。川は越えるなよ!」
「うん!」
二人を暫く見ていたモルは、川の方への道に行っていない事を確認して訓練に戻った。
「あの道は森だったよな。まぁ、他の子供も行く程度だから大丈夫だろう」
二人は森の手前まで来て地図を広げる。それは森に生えている薬草の分布図だった。
「よし! ベルノ草を探そう。えっと、池の方にあるから、途中でベリーでも拾っていこうか」
森に入り、進みながらベリーを取っては食べて進んで行く。
「すっぱー」
「ははは。それって今は酸っぱい味だよね。もうちょっとしたら甘くなるよ」
「前に食べた時は甘かったから大丈夫と思った」
森を進みオーロンに教えてもらった新しい薬草を見つけると、分布図に新たに書き込んでいく。
水音が聞こえて来た。
「ティト、もうすぐ着くよ」
「はーい」
袋一杯にベリーを詰めてアルトの側に駆け寄る。
「ん? 何だろう。空気が淀んでいるような気がする」
「うん。何か違うね」
いつもの森なのに、何かの違いに疑問を持ったが二人は進む。その進んだ先で二人は立ち止まった。
声を出しそうになったティトの口を塞いで、急いで木に隠れる。
(何だアレ)
ティトに身振りで静かにと示す。
息を殺し、ソッと木から少しだけ顔を出す。そこにいたのは黒い熊だった。
(あんな熊、見たことない)
何度も薬草を生えている場所を調べようと、森に来ているアルトはここにどんな動物がいるかは知っていた。大きくないこの森には害のない生き物しかいなかった。
初めて見る熊。それは禍々しい空気をまとった黒い熊だった。
(もしかして、魔物?)
アルトは、文字を教えてくれた人が話していたのを思い出した。
禍々しい空気を持ち、不気味な人や動物の姿をしている、恐ろしい存在。『獣人族やオーク族の成れの果て』、『神の世界の汚物が落ちてきた』。色々な呼ばれ方がある。
「ティト、離れよう」
小声で伝え、その場を去ろうとする。気付かれない様に移動していると、パキッと音が鳴った。
足下を見ると枝を踏んでいた。
振り返れば、黒い熊はアルト達を見ていた。
「逃げるぞ!」
ティトの手を引いて急いで逃げる。幸いにも木が邪魔をして黒い熊はすぐにはアルト達の元には行けない。だが、木をなぎ倒して迫って来るのは感じていた。
(逃げないと!)
焦る気持ちが湧く中、ティトを連れて急ぐ。
「あっ!」
「ティト!?」
ティトが身に着けていたベリーを詰めた袋が木に引っかかった。ティトの元に戻り、袋を外そうとする。その時に大きな影が二人を覆う。
「ああっ!」
「お兄ちゃん!」
伸ばされた黒い熊の腕がアルトを襲った。ティトを庇い背中を切られた。木から袋を外せて、ティトに逃げる様に言う。だが、恐怖で混乱してティトも動けなかった。
「ティト!」
痛みを堪えてティトを引っ張って逃げる。だが、怪我で歩みが遅くなる。
「ティト、逃げろ!」
アルトにしがみつくティトは離れない。その背中を押して、逃げろ、逃げろと叫ぶ。
やっと動いた弟の背中を見ながら、自分の背後から迫る存在を感じながら運命を待った。
「なん、で・・・」
黒い熊はアルトを無視してティトの方に向かった。アルトの存在を認識していない様だった。
「熊! こっちだ!」
石を投げて気を引こうとするが無駄だった。今度はアルトが黒い熊を追いかけた。
ティトと黒い熊の距離が縮む。
「やめろー!」
黒い熊が腕を振り下ろした。
ティトの悲鳴と共にアルトの記憶は途絶えた。
モルは、剣の訓練を終えて小屋で休んでいた。漠然と窓の外を見ていると小さな人影が見えた。外に出たアルト達が帰って来たと思い眺めていると、倒れたのがわかった。
それを見て急いで小屋から出る。
「ナートさん、誰かが倒れてる!」
小屋の外の椅子に座っていたナートに声を掛けて、倒れた二人の元に行く。
「どうしたんだ!?」
二人の酷い傷を見て、声を掛けるが意識がない。モルは二人を村に運ぶ。
小屋から持って来た道具で、オーロンから習った応急手当をするが血は止まらない。
「アルト、ティト!」
「オーロンさん、血が止まらない!」
ナートがオーロンを呼んで来た。オーロンは二人の元に駆け付けて傷を見る。
「何で、こんな傷を」
一度、深呼吸して怪我が酷いティトから治療を始める。
「ティト、死ぬな!」
震えそうになる手を必死で制しながら、治療をする。
「モルさん・・・」
「アルト、気が付いたか! 何があった!?」
「森、熊。魔物・・・」
「・・・森に熊の魔物か? アルト? おい!」
アルトの意識は途絶えた。
「ダメだ・・・」
「オーロンさん!」
「アルトを見せてくれ」
ティトからアルトの方へ行き、状況を確認した。そこへ、アルマもやって来た。
血を流しながら横たわる、息子達を見て悲鳴を上げる。
オーロンは薬箱から一本の薬を出した。中級回復薬だ。その薬をオーロンは見つめる。
「オーロンさん、しっかりしてくれ!」
モルは茫然としているオーロンの肩を揺さぶる。
しばらくの沈黙の後、アルトに薬を流していった。傷が治っていく。
「ティト、すまん・・・」
アルトの傷が治っていくのを見届けたオーロンはティトの側で謝り続ける。
「オーロン! ティトを治して!」
アルマの叫びに何も答えれずに、謝り続けていた。
「・・・ティトは、助からない」
夫の言葉を聞き、アルマは言葉が出なかった。ゆっくりとした動きでティトを抱きしめる。
その温もりを感じたのか、ティトの意識が微かに戻る。
「ティト!」
「・・・おかあさん」
最期の呟きだった。
アルマの叫びが響き渡る。
その後、アルトの言葉で森に魔物がいると判断して、門番達を中心に森を探索したが魔物の姿は無かった。アルト達が逃げて来た道は木がなぎ倒されていたが、一部だけ状況が違っていた。
「ここで何があった?」
木が弾き飛ばされているような場所があったのだ。
何日も寝たきりだったアルトは目を覚ました後、何があったか話した。
ティトが死んだ事にショックを受けて、涙ながらに『俺がティトを連れて行ったんだ』と言葉を聞いた時、一連の話を聞き茫然としていたオーロンは思わず『お前のせいで』と言ってしまった。アルマに頬を打たれ意識を戻したが遅かった。アルトにその言葉は届いていた。
アルマに部屋を追い出されて、廊下に座り込む。部屋からはアルトの泣き叫ぶ声が聞こえた。その声を聞きながら頭を抱え蹲る。
「バカだ。どうしようもないバカだ・・・」
***
火酒を飲みながら、あの瞬間の自分の愚かさが記憶から蘇って来る。
それ以来、アルトの笑顔はぎこちなく。態度からもオーロンやアルマと距離が出来ていた。
アルマはたくさんの時間を掛けてアルトの心を開かせれたが、オーロンとはあの言葉が原因で距離は開かれたままだった。オーロンを見る時のアルトは頻繁に緊張していた。
オーロン自身もどうすれば良いかわからずに、時間だけが過ぎていく。
だが、ある日からアルトは薬学を更に学ぼうとし始めた。緊張しながらもオーロンや弟子のマールに教えてもらい、薬を作れるようになって来た。
そして、昔、村に来た剣士から学んでいた門番のモルに剣術を習い始めた。
アルトの心中にどんな変化があったのか聞ければよかったが、その勇気がオーロンには無かった。
しかし、いくら鍛えて鍛錬しても村の外に出る事を恐れていた。試しに出ようとした事があったが、酷く緊張して震えていたとモルから聞かされた。
最近は、夢にうなされ苦しんでいるのでアルマが話を聞くと、夢にティトが出て来て何かを伝えようとしているっと言った。
他にも夢の内容はあるが、アルトはティトが自分を責めていると感じている。
何かしてあげたい、苦しまないでほしいと思うものの、手段が思いつかず深い眠りを誘う薬を与えることしかできない。それも常飲は危険だから毎日は与えれない。
苦い記憶が戻ってきたオーロンは火酒を一気に飲み。酒瓶を片づけ、ベッドに横になった。ロウソクはとても短くなっていた。
今日はアルトの薬学の才覚に驚きもしたが、それ以上に昔みたいに話せて屈託のない笑顔を見れたオーロンは酒の酔いとは違う幸福感に包まれ眠りについた。
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